拝啓、  。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。   作:桜ナメコ

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 序章 最終回。
 時に性別不詳が望ましいとされることもある先生ですが、今作では女性の予定でございます。
 GLタグをつけていますので、ご了承を。

 感想評価、誤字脱字報告いつもありがとうございます。






ACT.4「懐郷 ♯不審者 ♯おじさま ♯罪人」

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、しまった」

 

 口から零れ落ちたその声は、我ながら恐ろしいほどに能天気なものだった。

 きっと間抜けとはこのような者のことを言うのだろう。

 

 そんな確信を抱きながら――

 

「……なんか、はぐれたんですけど」

 

 私は一人、その場で立ち尽くしていた。

 

 そろそろ首輪とリードでもつけてもらった方が良いのではないだろうか? 

 そんなイかれた思考を検討しそうになる程度には愚かな自分に呆れてしまう。

 

「…………ここ、どこ?」

 

 紛れもなく迷子である。

 疑いようのない迷子である。

 これ以上ないという程に堂々たる迷子である。

 それは、恥ずかしいとかの感情を通り越して、もはや誇らしくなってくるレベルの迷子であった。

 

 ハルナちゃんお勧めの柴関ラーメンを後にして、約数十分。

 そこから少しだけ移動をして、アビドス自治区の中では比較的、賑わっているらしい街の中を観光しようという提案が話題に上った直後の出来事である。

 

 盛えていると聞くだけあり、街中を往来する人の数はかなりのものだった。

 犬にロボット、ヘルメットを被った少女に始まり、顔にヒビの入った真っ黒なサラリーマンまで自然と街中を闊歩しているのだから、都会って凄いよなぁ……なんて不思議な感動を覚えてしまう小市民なアリカさんです。

 

「…………これ、どーしましょ」

 

 誰かに助けを求めたい所なのだが、正直言って何をするべきなのか自分で把握できていない時点で、割と状況が終わっている。

 事前に集合場所とか決めておけば……いや、普通に考えて迷子になるとか思わないじゃんね? 何歳児だよ、お前さん。

 

 こんなことになるのなら、ハルナちゃんの申し出を素直に受け入れて、スマホを買って貰えばよかった。

 後悔先に立たず、なんてのはよく聞く話ではあるのだが、なってしまったものは仕方がないのでいつまでも項垂れているわけにはいくまい。

 

「迷子センターとかないよね?」

「……おや、お嬢さんは迷子なのですか?」

 

 見た目的には問題なく行けるのではないか? と緩やかに錯乱し始めたところで、紳士的に話しかけてくれたのは――顔面が真っ黒でヒビの入ったサラリーマンであった。

 

「ふ、不審者だぁぁあああ!?」

「ククッ、これは失礼。怯えさせるつもりはなかったのですが」

 

 何でよりにもよって、今さっき見て見ぬフリをした不審者オブ不審者な人外さんだけが親切に声をかけてきてくれてるわけ? え、これお礼言うべきなのかなぁ!? 

 

「な、何です? 私、食べても美味しくないと思いますよ? あと顔大丈夫?」

「……愉快な方ですね。心配は不要です。お困りなのはあなたの方なのでは?」

「えぇ……その顔で紳士的なの脳がバグるんだけど……いや、見た目で人柄を判断するのが愚行なのはわかってるけどさ……えぇ……」

 

 困惑で脳がいっぱいになり、おろおろとしていると謎のサラリーマンは「これをどうぞ」なんて言って天然水のペットボトルを渡してくる。どこまで紳士なんだ、この人。

 

「…………っ、…………ん、ありがとうございます。お水頂きました」

「ふむ……私がその水に何か細工をしているとは思わなかったのですか?」

「――ッ!? え、したの!?」

「していませんが」

「無駄にびっくりさせないでくれないかなぁ!?」

 

 一々、人の厚意を疑うようになったら生きづらいと思うのですが、その価値観はキヴォトス人には標準装備されているものなのでしょうか?

 

「さて、それで迷子でしたか。お嬢さんは、お一人でここに?」

「ううん、他に友達が二人いて……にしても、お嬢さんって――あ、自己紹介をしてなかったもんね。私は夢語アリカ、あなたの名前は?」

「クックックッ、本当に愉快な方だ……さて、名前ですか。そうですね……ここでは、黒服と呼ばれています」

「黒服さん……え、ボーイさんってこと?」

「違います」

「わぁ、即答」

 

 安心したよ。

 その風貌で黒服さんなんてされたら、お客様方は気が散って仕方がないだろうし。

 

「さて、学生らしからぬ話は傍に置いて本題に戻りましょう」

「はーい。ま、私生徒じゃねーのですけど」

 

 黒服さんが話題の軌道修正をする。

 いい加減、迷子問題を解決するために思考を働かせようとしたところだった。

 

「――ほう?」

 

 ゾクリと背筋に悪寒がはしる。

 何かを間違えたような、致命的に択を違えたような、そんな感覚を察知する。

 

 この人、ただの紳士じゃない。

 

「アリカさん、あなたが生徒ではないというのは……」

 

 表情の読み取りにくい黒服さんが、何だか笑っているように見えた。

 キヴォトスでは『生徒である』ことに何か意味があるのだろうか? この暫定人外サラリーマンの反応を見ると、何かがあるようにしか思えない。

 

 一歩、距離を詰めてくる。

 突然の出来事に脳が仕事をしていない。

 

 ――すぐ側で、ガチャリという音がした。

 

「……お前、その子に何するつもり?」

 

 はっきりとした冷たい声。

 ぐいと身体が引き寄せられて、私はその声の持ち主に目を向ける。

 

「おっと……これはこれは()()()さん、暁のホルスがどうして此処に?」

「私がどこに居ようが、私の勝手でしょ」

 

 私と同じぐらいの大きさの身体。

 その背に私を隠すようにして、彼女は黒服さんへと向き合っていた。

 武器であるショットガンはリロード済みで、いつでも戦えるといった状態である。

 

「迷子だというアリカさんを手助けしていただけですよ。あなたが来たのなら、私の出る幕はなさそうですが」

「…………」

「ククッ、では今日はここまでにしておきましょうか。ホシノさんと真正面から対立しては身が保ちませんので」

 

 降参の意を示すように仰々しく両手を掲げる黒服さんを前にしても『ホシノさん』と呼ばれた少女が警戒を解く様子は見られない。

 

「では、アリカさん、また機会があればお会いしましょう」

「……その機会が物騒なものにならないよう願ってるよ…………あと、お水、ありがとね」

「クククッ、ではお二人とも、良い休日を」

 

 言うが早いが黒服さんは人々の雑踏の中へと歩いていき、直ぐにその背は見えなくなる。

 彼が完全に居なくなったことを確認すると、隣にいた少女はようやく長い息を吐いた。

 こちらを向き、ほにゃりとした笑顔を見せながら彼女は口を開く。

 

「……それで、君はどうしてアイツに絡まれてたのかな?」

「……え、えっと、その……迷子で、困ってただけ、なんだけど」

 

 これがヒナちゃん同様、この先長い付き合いになるアビドス高校所属の生徒――小鳥遊ホシノとのファーストコンタクトであった。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 夢語アリカ。

 

 翠色と浅葱の長髪に、群青と灰の瞳。

 低い背丈に立派な胸。

 白の大翼はこれまでに見た誰よりも大きく、その横顔が大人びているようにも見える時もあれば、幼さを覚えさせる一面も持ち合わせている。

 それがその日、小鳥遊ホシノが出会った少し不思議な女の子だった。

 

「うえ〜、わざわざゲヘナから来たの? おじさん、そんなに長い間トラックに乗ってたら腰とか肩がガチガチになっちゃうよー」

「またまた〜、おじさまってばまだ若いでしょ。華のJKだよ、JK! 私なんてペット兼ニートみたいなものなんだから……あ、なんか話していて悲しくなってきた」

 

 自身をおじさんと称するホシノを前にアリカは多少の疑問を覚えたようだが、ホシノに合わせるよう彼女はホシノを『おじさま』と呼んだ。

 珍しい呼ばれ方に少々面食らったホシノだが、こうも無邪気に人懐っこい笑顔を向けられては気にするほどのものではないかと思えてしまう。

 

「柴関ラーメンってことは、もしかしたらセリカちゃんに会ってるかもね」

「セリカちゃん?」

「うん、おじさんの可愛い後輩だよ。黒髪で猫耳の女の子。ちょっと騙されやすいけど、素直な良い子だよ」

「あ! 多分、あのアルバイトの子かな? 『ごちそうさま!』って伝えたら『また来てね!』って頭撫でてくれたんだよね!」

「あれ、おじさんの知ってるセリカちゃんの2、3倍はフレンドリーなセリカちゃんだね?」

 

 満面の笑みで食事を続け、何度も賛美の言葉を繰り返すアリカの姿に柴店長とセリカの両名が骨抜きになっていた、なんて事情をホシノが知る由もなかった。

 何か良いことでもあったのだろうと後輩の行動についての思考を結論づけ、ホシノは「美味しかったなぁ」とつぶやきお腹を撫でながら頬を緩ませている少女の姿を盗み見る。

 

「…………」

「……ん? どうかしたの、おじさま」

 

 やっぱり何度見ても、だ。

 ノイズにも似たとある思考が浮かんでくる。

 それがシミのように脳内にこびりついて離れない。

 

「……そういえば、アリカちゃんって姉妹とかいるの?」

「うぇっ、し、姉妹? えっと……血縁者がいるかどうかの話なら、わからないが答えかなぁ? 推定というか予定というか、四捨五入したら妹みたいな子は一人いるけど」

「……四捨五入したら妹って何?」

「え、文字通り以上の説明はないけど?」

「そっかぁ……」

 

 何やら意識の遠くなりそうな概念に触れたような気がして、深掘りはやめる。

 聞きたかった情報はその前の『わからない』という回答についてだ。

 

「その……わからないって言うのは?」

「あー、えっと……まぁ、いっか。私、記憶喪失なんだよね。気づいたらキヴォトスに居た、というか自然発生したというか……そんなわけで、私にとっての家族はお世話になってる友達の二人になっちゃうかも」

「……そうなんだ。ごめんね、不躾な質問で」

「ぜーんぜん、気にしなくていいよ」

 

 記憶喪失。

 シロコと似たような状態なのだろうか?

 疑問は尽きない。

 

「それがどうかしたの?」

「……何でもないよ。気のせいだった」

「そう? なら、いいんだけど」

 

 アリカを連れて街中を見て回る。

 周囲を見渡し、瞳をキラキラと好奇の光で輝かせる彼女に頬を緩めた。

 

「……本当に、気のせいなんだよ」

 

 薄れない。

 掻き消せない。

 塗りつぶせない。

 

 その思考がどうしても消えてくれない。

 

「あっ、ハルナちゃんだ! おーい、ハルナちゃーん! やっと会えたね! むぎゅ〜っと、ってあれ? 待って、ち、力が強くて抜けられないんだけど!? ハルナちゃん!?」

 

 視線の先には家族のような、と言っていた友人に抱きしめられてワタワタとしている少女の姿。

 

「ごめんね、心配させて? えっ、不安? 不安は特になかったけど……だって、ハルナちゃんとフウカちゃんなら、絶対に私を見つけてくれるって信じてたからね!」

 

 ふふんと胸を張っているアリカを前に、白髪の女性は喜びと不満の入り混じった複雑そうな顔をする。いじいじと頬を引っ張る女性に対して、少女が「ひはい、ひはい」と騒いでいた。

 

 

「…………やっぱり、似てるなぁ」

 

 

 傷口が疼く。

 今日は眠れそうにないな、と意識の片隅でぼんやりと考えた。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「クックックッ、クックックッ――クククッ、おや、いけませんね。気を抜くと笑いが……クククッ」

 

 薄暗い部屋に異形の笑い声が響いた。

 

「クククッ、まさか、これほどの望外な幸運が訪れるとは――プランを見直す必要がありそうですね」

 

 機嫌が良いのを隠そうともしない異形の元に、一つの影が近づいていく。

 

「しかし……アレについては適任が他にいるというのも事実です。ククッ、サブプラン程度に考えておきましょうか」

「…………」

「そうでしょう、ゴルコンダ、デカルコマニー」

 

 その影は返答する。

 

「……適任、ですか。確かにあの者の罪を、その業の深さを正しく計れる者はわたくし以外には居ないでしょう」

「まぁ、そういうこった!」

 

「人の身で其に触れる意味を。『崇高』へと至ったその傲慢の極地に何を残すのか。わたくしの命題は『テクスト』と、そして『記号』によって飾られていますが――その世界の中で彼女は異質に過ぎます」

 

「わたくしはただ知りたいだけなのです。このキヴォトスで最も罪深き存在であるあの少女が、己を何者と示すのかを。その証明と変容を」

「そういうこった!」

 

「クククッ、なるほど。理解はしました。ですが、私にとっても彼女に眠る『神秘』は得難いもの――それは、キヴォトス最高の神秘たる暁のホルスに劣っていないのですから」

 

「あなたを止めることはしません。解釈の幅を狭めるような無粋な真似は、わたくしの趣味にそぐわぬものです。しかし、一つ忠告を。必ず『清算』の刻は訪れます。キヴォトス全土――いえ、この世界そのものを揺るがすほどの『清算』に巻き込まれないようご注意を」

 

「……ええ、忠告ありがとうございます、ゴルコンダ」

 

 異形たちは闇へと消える。

 

 それはキヴォトスに『先生』がやってきたという噂が広がる二週間ほど前の出来事であった。

 

 

 

 

 

 





 ポッキーが食べたい気分。
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