拝啓、 。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。 作:桜ナメコ
「待っ、ちょっと、待って! タイム! 痛い強い怖い! 大人げないって! もっと手加減プリーズ! 死んじゃうってば!」
「ふむ……あなた、妙にタフですね。それに攻撃をしてくる素振りもない……私、もしかして舐められているのでしょうか? うふふふっ」
なんだ、そのえッッな笑い方!
怖いからやめなさい。油断しちゃうでしょ!
狐面の女性――確か『ワカモ』と誰かが言っていたような気がするが――との戦闘(蹂躙とも言う)を開始して早数分。
気配を隠し、死角から強烈な狙撃による一撃叩き込んでくる彼女と、翼の防御力に頼る他にない脳筋な私。
戦闘の相性は非常に悪いと言ってよかった。
はっきり言って、どこを守ればよいのかがわからない。意識の外から銃弾を脳天に叩き込まれたら、いかにこのスーパー美少女な私といえど数発で気絶する自信がある。
一対一でこれだけ翻弄されているのだ。集団戦で遭遇する可能性などは考えたくもなかった。
今の所は勘と気合と運のみでほぼ全ての弾丸を翼で受け続けることが出来ているが、この均衡がいつまで続くかはわからない。
先生ちゃんたちの手が空くまで凌げればよいのだが、望み薄と言っていいだろう。
だってほら、この混乱の中でも耳を澄ませば戦車にブチ切れているユウカちゃんの怒鳴り声が聞こえてくるし。傷痕残らないといいけど。
「――ッ!」
「やはり油断しているように見えて感覚は鋭敏。いえ、過敏と言った方がよろしいでしょうか」
殺られる。
殺気の弾丸に身体が反応する。
説明不能な直感だけを頼りに回避行動を取った。
それこそが、致命的なミス。
彼女が仕掛けた狡猾な罠。
「暇つぶしには悪くない時間でしたわ」
「うっそでしょ。殺気だけ、飛ばすとか――ッ!?」
防御行動をスカされた。
それを理解した次の瞬間、強烈な衝撃が額の中心に叩き込まれる。
痛みを感じる時間すら与えられない。
ぱちり、と。
何かの照明が落ちるような感覚を最後に、私の思考がシャットダウンする。
「――っ!!! ぁ、っぶ、なかった!!!」
「…………は?」
――のを気合と意地と根性で踏みとどまる。
「……あ、たま、おもすぎ……力、入らないや」
意識が完全に飛びかけた。
なんなら確実に一回は気絶した。
一瞬で現実に戻ってこられたのは、奇跡と言っても過言じゃない。
ふらふらとする視界の中心に、私を見て固まっている女性の姿を収め直す。
狐面の下に隠された素顔を拝むことは出来ないが、小さくない動揺が生まれていたことは確かだった。
「…………それほどになってまで、守りたいものがここにあると? ふふふっ、ますます壊したく――」
「……詳しいことは、知らないよ」
「……?」
「でも、皆が頑張ってる……その理由がここにある。だから退けない。私は我儘だから……私が好きだと感じた人には、幸せになってもらいたいんだよ」
踏ん張れ、私。
気合いを入れろ。
「もちろん……私はまだあなたのことを知らないから。もし、あなたにものっぴきならない理由があるのなら、考え直しはするけれど」
一歩、前に出た。
意識を此処に留めるように。
強く、強く足を踏み締める。
狐面の女性は私に反応して銃口を持ち上げようとしたが、途中で動きを止めた。
「そうじゃないなら、退けないよ。私は皆の力になりたいから。だから、何か理由があるなら教えて欲しい。別にこのまま戦ってもいいけど……多分、私はしつこいよ?」
仮面越しでも目が合った。
彼女が真剣に、私のことを見ていてくれるのがよくわかった。
ややしばらく、無言のまま私たちは見つめ合う。
ひらりと着物の裾が揺れる。
はぁ……と。
小さなため息の音だけを音に残して、その女性はゆっくりと背を向けた。
「興が冷めました。私はここまでにします。あとはお好きなようにしてください」
「……はぇ?」
意外や意外。
戦闘では勝ち目がないと確信したので、適当に会話をつないで時間稼ぎができないかと試してみれば、まさかの撤退宣言を頂けた。
急な態度の変化に困惑を隠せないアリカさんだが、当然、彼女の結論に異論はない。
よかった、ありがとう。
そんなありきたりなお礼を口に出そうとしたところで、急速に地面が顔に迫ってきていることに気がついた。
あ、これ、まずい。
アドレナリンだけで身体を動かしていたツケがきた。空を飛びすぎた際のガス欠にも似た虚脱感が全身を襲う。
結果、悲鳴すら上げることなく私の身体は地面へと叩きつけられ、今度こそ完全に意識がシャットダウンした。
✳︎
どさり、という乾いた音が耳に届いてから数秒後。
彼女は背後を振り返る。
まさかアレだけの啖呵を切っておいて、それはないだろうと。
半分ほどの呆れをもって、狐のお面を身につけたその女性――狐坂ワカモは、あっさりと気絶した少女に目を向ける。
「…………」
らしくない。
ワカモ自身、自分の行動が理に叶ったものではないことを理解していた。
無秩序で、暴力的で、衝動的で。
『災厄の狐』の名は飾りではない。
そのような自分が他者の言葉に影響を受けて行動を捻じ曲げるなどあり得ない、あるはずがない。
「……………………はぁ」
だというのに、だ。
ゆっくりなれど、迷うことなく踵を返し、意識を失った少女の元へと足を運ぶ自分がいる。
戦闘を始めた頃は何も感じていなかった。
少し硬いだけの障害物。
有象無象の一人に過ぎない誰とも知らぬただの女子生徒。
その認識が変わり始めた瞬間をワカモは思い出すことができなかった。
ただ一つ。
彼女の瞳の奥の輝きに何かを奪われた。
忘れていたものを強制的に呼び起こされているような奇妙な感覚は、ワカモの動きを少しずつ鈍らせていった。
「…………どこかで出会ったことが……いえ、ありませんわね」
疑問符を浮かべる。
他者への興味が薄い自覚はあった。
だからと言って、この少女を見過ごすかと自問してみれば、あり得ないとの回答が即座に浮かぶ。
結局、戦闘中に感じていた『やりづらさ』の正体は掴めないままだった。
倒れた少女の奥へと目をやる。
目的としていたシャーレの入り口は、すぐそこにあった。
「………………………………本当に、何故?」
もはや、ワカモにはわからない。
自分の行動の理由が、その意図が。
土埃に塗れ、所々から出血の痕が見える少女を地面から引き剥がし――
ワカモが戦闘をやめたとしても、彼女の手中から既に離れた後であるこの騒動は止まることがない。
不良生徒は溜まったストレスを一気に発散させるために、相手を選ばずに発砲を続けていた。
その対象には当然のようにワカモも含まれていて、少女に膝枕をし続けている現在の彼女は、格好の的だった。
近くにいた不良生徒が自身に狙いをつけていることを、ワカモは肌で感じ取る。
慣れた手つきで弾丸を装填し、眠り続ける少女の頭を落とさぬように片膝を立てた。
銃を構えた。
スッと心が落ち着き、思考が冷えていく。
一つ、二つ、三つと簡単に標的を黙らせる頃には、結論は完成した。
理由は不明。
少なくとも情に流されたわけではない。
だがしかし、確かなことが一つあった。
どうやら自分はこの少女を傷つけられないようである。
既に疑問を抱くのはやめた。
答えが変わらないことを本能で理解していたから。
「…………面倒なのに、引っかかりましたわね」
不満げにボソリとつぶやき、しばらくの間、彼女は引き金を引き続ける。
狐坂ワカモ――先生の到着により、運命の出会いを果たす5分前の出来事であった。
✳︎
「………――カ! アリカ! 大丈夫!?」
「んぅ……ぇぁ? せんせーちゃん? どったの、そんな慌てて」
「あ、慌てもするよ! ちょっと見ない間にこんなにボロボロになって!」
意識が戻って、最初に視界に飛び込んで来たのは先生ちゃんの顔とお胸だった。意外と立派なのね、あなた。
「あ、なんか言われてみれば、節々が痛い……えっ、普通に全身痛いんだけど!? キツめの筋肉痛みたいな感じで!」
「見た目より大丈夫寄りの痛がり方だね……?」
身を起こす。
先生に言われて全身の状態を確認してみれば、痺れにも似たジンジンとする痛みが筋肉中に走っていた。
「って、あれ? 先生ちゃん一人?」
「……? うん、心配だったから」
キョトンとする先生ちゃん。
何だ可愛いな、この成人済み女性。
あまりにも純粋な心配の目を向けられて、一瞬だけ言葉に詰まる。
「うーん……んー……その気持ちは嬉しいけど、やっぱ危ないよ! 私たちと違って流れ弾一発でお陀仏なんだから、ふらふら歩くの禁止です!」
「ふふっ、アリカは心配性だね」
「私が変なわけじゃないでしょ、これ!? どんなメンタルしてんのさ、先生ちゃん」
いいですかー? 銃弾って危ないんです
よー? なんて話をチクチクと説いていると、段々と身体の調子が戻ってくる。
ヨイショと掛け声と共に立ち上がり、大きく伸びをした。
「……んっ、無事だったならそれでいいけど……それじゃ、シャーレの地下に向かうとしましょーか。接敵したら走って逃げるよ。今の私、多分ガス欠状態だから」
先生から話を聞く限り、私の意識が途絶えていたのはたったの十数分だったらしい。
まぁ、この治安世紀末なキヴォトス内で無防備なまま十数分も倒れていて、よくも無事だったものだと自身の幸運に感謝したくなる気持ちはあるのだが。
キヴォトス人の回復は早い。少なくとも、私の身体は。
そのため既に多少の擦り傷などは癒えているようなのだが、翼に力が入らない感覚は消えないままだった。
体力回復の中でもHPとMPのように、そもそもの回復のベースが別れているイメージで合っているのだろうか?
「っと、到着かな。お先をどうぞ、先生ちゃん」
「ありがとう、アリカ」
幸い、というか流石にというべきか。
経路確保のための対不良戦闘にも終わりが見えてきていたようで、道中私と先生ちゃんを狙い撃ちするような相手と遭遇することはなかった。
一応、いつでも先生ちゃんを庇える位置に置きながらも、機密情報等にはなるべく触れないようにという方針でシャーレ内部から地下へと向かう。
「…………ここ、だよね?」
「うん、行き止まり。目新しいものと言えば、アレだけど……」
暗い部屋の中心には浮遊する謎の物体や、近未来的なモニターが多数配置されている。
これからどうしたものかと先生と共に室内を見学していると、バタバタバタという大きな音が上の方から聞こえてきた。
「ヘリの音……多分、リンちゃんかな?」
「あらま、重役出勤だね……やっぱ先生ちゃんも後からくるべきだったのでは?」
「皆に任せてばかりというのも悪いから」
「流石すぎる」
雑談を交えている内に、カツカツという規則正しい靴音が聞こえてくる。
一応、その足音の発生主が敵対者である可能性を捨て切ることなく、先生ちゃんに一歩だけ近づいたが、その警戒は不要だった。
「お待たせしました」
「「あっ、リンちゃん」」
「誰がリンちゃんですか」
頭が痛い……とため息を吐きながら、リンちゃんはシャーレ地下に保管していた『連邦生徒会長が残したもの』を取り出した。
「こちらです。見た目はただのタブレット端末ですが、私たちでは起動すらできませんでした。連邦生徒会長は先生ならばこれを扱うことができるとだけ……では、邪魔にならないよう私は離れていますので」
「わかった。ありがとう、リン」
「ご苦労様、リンちゃん」
じぃ……という呆れ混じりの視線が眼鏡を貫通して私に突き刺さる。
「…………私が今何を考えているのかわかりますか、アリカ?」
「も、もも、勿論、私も離れますよ? やだなぁ、もう! リンちゃんってば、冗談が通じないんだから」
乾いた笑い声が虚空に消えた。
とてとて、と忙しなく音を立て、リンちゃんの元へと駆け寄る。
「はぁ……よろしい。先生を待つ間、何もしないというのも勿体無いので、少し時間をいただけますか?」
「おっけー。何か雑用でもある?」
「いえ、そうではなく……単純に、あなたにシャーレの案内をしようかと」
リンちゃんと共に地下を出る。
案内は5分程度で簡潔に、とのことだったが、いまいち彼女の行動の動機が汲み取れない。
「別に私は他の皆と違って、何処かに所属してたりはしないんだけどね……デートのお誘いは嬉しいけど、リンちゃんが案内してくれてもそれを活かせる日は来ないんじゃないかなぁ……?」
「世迷言をほざくお口はこれですね」
「ほぇんなふぁい」
「はぁ……こちらへに向かう前に軽く調べてみたのですが……夢語アリカという名前の生徒は、過去から今に至るまでこのキヴォトスに存在していません。あなたが嘘をついているならば話は変わりますが……そうでないのであれば、あなたはその存在自体が何者にも保障できない不安定極まりないものとなるでしょう」
重役出勤とか言ってごめんなさい。
どうやらこの非常事態にも関わらず、手間を取らせたようである。
まったくリンちゃんってば、お人好しなんだから……冗談を抜けば、潜在的な不穏分子の一つと疑われた自覚はあるけれど。
「つまり、それは今までと変わらないってことでは?」
「…………それに慣れている今が異常ということです。少々、乱暴な物言いにはなりますが、わかりやすく言い換えれば――あなたは今、人権を喪失している状態といっても過言ではないのですよ?」
「わーお、そりゃ文句なしの異常だねぇ……」
実際は買い物も何もできないあたり、人権以外にも色々なものを失っている気はするのだが……まぁ、頼りになる家族が二人も居るので収支で言えば余裕のプラスである。
「それで、その実に悲しい話と私にシャーレを案内することの何が関係あるの?」
「……一つだけ、あなたを助ける手段があります。勿論、それは先生の意思次第ではありますが、きっと先生は迷いなくあなたに手を差し出すでしょう」
冷たさすら覚えるほどの美しく真剣な顔。けれど、レンズの奥の瞳には確かな優しさが込められていた。
「故に、あなたには選択肢があります」
続く言葉に目を見開く。
「このまま表舞台に上がることなく静かに息を潜めるか、それとも――このキヴォトスにおいて唯一のシャーレ専属の生徒として、新たな未来を刻むのか」
私のために色々と考えてくれたのだと、その事実がわかっただけで飛び上がりたくなるほど嬉しかった。
浮かれ気分にならないように努めて冷静なまま思考を回す。
「……うん、やっぱりそうだ」
決まってる。考えるまでもない。
これまで、たった一つの道しか見えていなかった。だから、彼女らに甘え続ける他に選択肢はなかったのだ。
でも、それ以外に方法があるのなら?
疑問に思う必要すらないだろう。
「ありがとう、リンちゃん。私はね――」
✳︎
その物語の始まりを。
人気のない寂しげな部室。
薄暗い部屋の中にぽつんと落ちた陽だまりの中、翠と浅葱の少女は差し出した手を確かに握りしめて、私の誘いに答えてみせた。
『私に出来ることがあるのなら喜んで。新たに居場所を頂けるのなら有り難く――この翼に役割が生まれるのなら心の底から光栄だと誇りに思うよ』
わざとらしく仰々しく、明るく元気に、楽観的に見えて思慮深く、可愛らしく、格好良い。
虹を映す蛋白石のような掴みどころのない在り方に対して、心地の良さを覚え始めるまでにそう時間は掛からなかった。
だから、と。
握りしめた拳をさらに強く握り込む。
静かに眠り続ける少女の髪をそっと撫でて、彼女は箱舟の浮かぶ空を見上げた。
「絶対に、取り戻す――待っててね、アリカ」
少し不穏気味ですが、ハピエン推奨派なのでご安心を。
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感想評価、誤字脱字報告いつも助かっております。
のんびり投稿していくので気長によろしくお願いします。