拝啓、 。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。 作:桜ナメコ
「というわけでアリカさんの初出勤ですよ、先生ちゃん。ふふふ、思う存分、喜びに咽び泣きなさいな」
「おはよう、来てくれてありがとう。首を長くして待ってたよ。2日ぶりだね、アリカ」
「うーん、通常運転みたいで何より」
フウカちゃんお手製の愛妻弁当をテイクアウトしたのち、我が家からテイクオフして数十分。
シャーレへやってきた私を出迎えたのは、やや寝不足気味に見える先生ちゃんだった。
「あれま……先生ちゃん、しっかり寝てる? 酷い隈だよ」
「あはは、心配させてごめんね。ちょっと書類仕事に追われてて……最初だから仕方ないかな」
「それもそっか……じゃあ、私に任せられる仕事は遠慮せず回してよ。無理は禁物! 折角可愛い顔してるのに勿体無いもん」
シャーレ就任から間も無いというのに、既に使われていないデスクの上へと栄養ドリンクの空き瓶が幾つか確認できる辺り、無理を効かせているのは歴然である。
となれば、私の助けが断られることもあるまい。多分、猫の手ぐらいには役に立てるだろう。
そんな私の申し出に、コホンッという可愛らしい咳払いが返された。
――私の背後から。
「そう簡単に誰も彼もを褒めていては言葉が軽くなりますわよ、アリカさん?」
「そうかな? 思ったことを口にしてるだけなんだけど」
「……だからこそ、より罪深いのですけど」
さらさらの銀髪を指先でクルクルと弄っているその人――黒舘ハルナは頰をほんのりと紅に染め上げて、私にジト目を向けていた。
「アリカ、その子は?」
「あ、えっと、この人は――」
「黒舘ハルナ。このキヴォトスでアリカさんと最も深い関係にあると自負する一人の美食家ですわ……どうぞよろしくお願いしますね、先生さん?」
まさかの保護者同伴で初出勤した私を見て、先生ちゃんはぱちくりと瞬きを繰り返す。
あ、いくら先生ちゃんでもハルナちゃんに色目使ったらダメなんだからね? おーい? ちょっと、視線だけで会話進めるの禁止だってば!
「よろしく、ハルナ。それで今日はどうしてここに? 生徒が顔を見せてくれる分には何だって嬉しいことだけど」
「…………まさかのアリカさんと同じタイプですか」
「……何か言った?」
「いえ、こちらの話です。今日はアリカさんがお世話になっているということで、ご挨拶に伺っただけです。チナツさんがご一緒されたようで疑っていたわけではありませんが、アリカさんが泣かされるようなことがあっては困りますから」
「人を泣き虫みたいに言わないでよー!」
「泣き顔も可愛らしいですが、アリカさんには笑顔の方が似合いますもの」
「何一つ否定してくれてないんだけど!?」
いや、確かにハルナちゃんには何度も泣き顔見られてるけど! 先生ちゃんの前で言わなくても良くないかなぁ!?
「……ハルナはアリカのことが大切なんだね」
「――ッ、ええ。大切な方です。本当に」
「は、ハルナちゃん! わ、私もハルナちゃんのこと大好きだからね!」
感極まってハルナちゃんに抱きつくと、彼女は優しく私の頭を撫でてくれる。
「あら、泣かせてしまいましたわ」
「ハルナは悪い人だね」
「こ、これはズルだよ! 反則だって!」
気づいたときにはハルナちゃんの先制パンチから始まった二人の顔合わせは、いつしか私を仲良く揶揄い続ける会へと変化していて――大好きな人と尊敬している人が仲良く過ごしている姿を見ていると、なんだか胸の奥の方がじんわりと温かくなってくる。
「…………ふふっ」
人はこれを幸福と称するのだろうか。
一人きりだった世界が遠い昔のように思えるほど、この場所は灯に満ちている。
「それじゃ、お仕事を始めましょうか!」
笑顔で元気よくそう言うと、二人は揃ってその整った顔を綻ばせた。
✳︎
「あ! アロナちゃん、おっはー」
『おっはーです、アリカさん! 今日も元気ですね!』
「もちのろんよ。アロナちゃんは今日ももちもちだねぇ」
『褒め言葉であってるんですよね……?』
雑務処理の休憩時間。
コーヒー片手にお茶請けの菓子をつまむハルナの視線の先には、何も映っていないタブレット端末の画面に満面の笑みで話しかけているアリカの姿があった。
「……先生、あちらは?」
「うーん……説明は少し難しいけど、アリカと私にしか見えない女の子が画面に映ってるはずなんだよね…………本当は私にしか見えないし、声も聞こえないはずらしいけど」
「なるほど。つくづく不思議な方ですね」
理由は私にもわからないんだよねぇ……と思考を放棄した様子の先生は終わらない書類地獄を味わい続けて、幾分か痩せ細ってしまったようにも映る。
「そろそろ仮眠を取っても良いのでは? 先を見て生活しなければ、いつか潰れてしまいますよ」
「……それもそうなんだよね。どうしよう」
「よろしければ、精のつく料理を味わえるおすすめの店などを紹介しますが」
「有り難く教えて貰おうかな」
意外というべきか、それとも流石というべきか、素行以外は完璧な美少女だと一部では評判のハルナは雑務処理の能力も人並み以上に持ち合わせていた。
このテロリスト、根本的に物覚えがいいのである。細々とした作業が苦手というわけもなく気配り上手で博識とくれば、先生が予想していた以上の戦力となることも想像に易い。
結果、アリカとハルナは先生が抜けても問題ない程度の作業効率を維持することに成功していた。
「確かに今日までに終わらせなくてはならない仕事にも目処がたったし……お言葉に甘えて少し休んでくるよ。アリカとハルナも自由に休憩して。生徒にだけ働かせるなんて私が休めないからさ」
「あら、それもそうですか……わかりましたわ。アリカさん、お腹の空き具合はどうですか? 近くに前々から目をつけていた喫茶店があるのですが」
「アロナ、私今から仮眠を取ろうと思ってるんだけど、目覚ましを頼んでもいいかな?」
丁度空になったカップを丁寧にデスクへと置き、アリカへと声をかける。
仲良く談笑していたらしい彼女は、パッとこちらへ振り向くと素晴らしい笑顔で駆け寄ってくる。
「やった! デートだね、デート! あ、でもでも、お弁当は美味しく食べれるようにちょっと控えめにしないとね!」
「ふふっ、そうですわね。フウカさんお手製ですから」
「わけっこしよ、わけっこ! 何が有名なの? そのお店」
「それはですね……」
ふふんと腕を組みながら、その喫茶店がどのような評判であるのかを語り始めるハルナとキラキラと目を輝かせるアリカを横目に、先生は
『仲良しなお二人で微笑ましいですね!』
「そうだね。今度、私たちもデートしよっか?」
『……! 約束ですよ? 楽しみにしています!』
手をつないで部室を出ていく二人の姿は、友達のようにも、家族のようにも、ともすれば恋人のようにも見えて――
「……保護者とニート、ね」
どうしても、彼女はハルナから説明を受けていたアリカの事情について思考を回さざるを得なかったのだった。
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「アリカさんは、一人では生きていけない人間です。これは何の比喩でもなく、文字通りの意味で――強制的に自立が不可能な状況にあることを指しています」
「……どういうこと? 学籍がないって話なら、アリカとリンちゃん――連邦生徒会の生徒から聞いてるけど」
二人で話したいことがある。
そう言ってハルナに連れ出されたのはシャーレの最下層だった。
初めてアロナと出会った時のことを思い出しながら彼女の話を聞き始める。
その内に話の重大さが笑い話にもならない深刻なものであることを理解した。
「つまりアリカは――自分でお金を稼ぐこともできなければ、望んで食べ物を食べることもできず、記憶もなく、戸籍もなく、家もなく、たった一人きりで消えてしまいそうだった所を、あなたに保護されたと」
「…………ええ、何も間違っていません。そういえば、最近になって食べ物以外でも自分の為の買い物は不可能だと判明しましたわ。尤も不幸なことに彼女は財産を築くことができないため、それほど状況が悪化したわけではないのですが」
少し前にスマホを買いに行った際に判明した悲しき事実を聞き、先生は頰を引き攣らせた。
「あの子が友達の半強制的なニートをやってます、なんて言った時にはどういうことかと思ったけど……まさか、そんなことが――」
「私は時々、わからなくなります……彼女は決して、我儘を言いません。欲しいものを教えて欲しいと言えば、彼女は
その苦悩に対して正しい答えを与えることなんてできない。きっと正解なんてものは存在しないのだ。
「先生、私はあの子を救って欲しいわけではありません。ただ、知っていて欲しいだけ。彼女の原点を、初めから歪んでいたものなど決してこの世界には無いのだということを忘れないで頂きたいのです」
そして最後に少女は笑った。
「あの子の世界は私が守ります。けれど、この先の未来、常にあの子の傍に私がつくことは難しいでしょう」
これが本題です、と言葉をつなげる。
「どうか先生にはその手助けを――私が居ないとき、代わりにアリカさんを守ることを誓って頂きたい。それが彼女の家族として、あの子をシャーレに所属させる上でのたった一つの条件です」
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思い出す。
整った顔立ちから向けられる真剣な眼差しは、剣呑ともいえるほどの鋭さを覚えた。
けれど、そこには確かな情愛があったのだ。
「まったく、本当に愛されてるなぁ……ちょっと怖いくらいに」
責任を重荷に感じたことはない。
それは、彼女が背負うべき当たり前の事柄なのだから。
ただ、それはそれとして。
「重い……よね? 多分。アリカは気づいてなさそうだけど」
負わなくてはならぬ責任といえど、先生にも管轄外はあるのだとそう思った。
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「やあ、おはよう! 昨日ぶりだね、先生ちゃん」
「……お、おはよう、アリカ」
「まだまだ出勤2日目だからね! 丁寧に気を張りすぎずに頑張るよ!」
「うん、頼りにしてる! ……で、なんだけど」
本日は快晴。
絶好の飛行日和。
うっきうきで出勤した私の後ろに先生ちゃんの視線が移る。
「ど、どなた?」
「妹です!」
「違うわ、せめて姉にして」
「じゃあ姉です」
「姉よ……間違えた。ゲヘナ学園風紀委員長の空崎ヒナよ。あなたが先生? アリカとチナツがお世話になったわ」
頭を抑えて空を見上げた先生ちゃんが、ボソリと小声でつぶやくのだった。
「…………保護者が多い」
5、6年ぶりに熱が出たと思ったら、コロナに初罹患しておりました。
皆様、インフル以外にもお気をつけて。
後半部分だけ39.1度の頭ふわっふわな状態で書いたので、誤字大量発生していたらすまない。