拝啓、 。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。 作:桜ナメコ
「ジュリちゃん、そっち下処理終わってる?」
「はい! こちらです、アリカ先輩!」
「ふへへっ、先輩、先輩かぁ……えへへ、何度聞いても照れちゃうね?」
「今、ちょっと照れてる場合じゃないから早く手を動かして! あと、アリカはうちの生徒じゃないでしょ」
「……これだけ馴染んでて、どうして私ここの生徒じゃないんだろう?」
「そんな悲しくなることを言わせないの」
「私にはその返答が既に辛いよ、フウカちゃん」
フライパンを振りながら、横目でお鍋の様子を確認し、止まることのない生徒からの注文を頭に流し込みつつ、隙を見て具材を切り揃える。
えげつないマルチタスクをこなしながらも、時には罵倒を浴びせられることもある給食部の仕事は率直に言って地獄です。
職場環境の劣悪さだとゲヘナ風紀委員会も中々だとは思うけど、給食部と比べたら天国のようなものだ……というか、風紀委員会の悲惨さに関してはヒナちゃんが背負いすぎなだけの可能性が大いにあると思うのよね。
「げ、元気出してください、アリカ先輩!」
「えへへっ、元気出しちゃう! ジュリちゃんはいい子だねぇ……」
「チョロすぎない???」
むん、と両手でグーを作って私に応援の言葉をかけてくれるこの発育のよい可愛らしい女の子の名前は牛牧ジュリちゃん――ゲヘナ学園給食部の一年生で、厨房にて奮闘するフウカちゃんの唯一の味方だ。(時々、意図せずして敵になるだなんてことは、思ってしまったとしても口に出してはいけない)
彼女は諸事情で料理を上手に作れないこと以外には割と本気で欠点のない素直な良い子だ。こんな私を先輩だなんて慕ってくれている時点で、その性根の良さは透けて見えるというものである。
ジュリちゃんとの出会いは必然的なものだった……なんて表現するのは、少し大袈裟かもしれない。そう深く考えることでもないのだが。
ゲヘナ学園での日常――暇さえあればフウカちゃんかヒナちゃんの元へと顔を出していた私が、給食部所属のジュリちゃんとエンカウントするのは時間の問題だったというだけの話である。
「それで折角なら厨房に入ってくれてもいいのに、呑気にお茶してる先生ちゃんはどーしてここに?」
「私が入っても邪魔しちゃうだけ。応援しててあげるから遠慮しとくよ。用事については……もう少しして、落ち着いてから話そうかな」
「先生ちゃん、もしかして料理が――」
「何のことでしょう」
私の言葉を遮ったのは、澄ました顔でお冷を注いだコップに口をつける童顔の大人。
最近、趣味が余りにも少年メンタルに寄っていたり、片付けが苦手だったり、書類仕事が得意ではなかったりすることが判明しつつある彼女の横顔にジト目を向けた。
どうやらこの上司、こんなにも可愛らしい顔をしている癖に女子力というものとは縁がないらしい。
「まぁ、いいけど……休日ぐらいちゃんと休むんだよ、先生ちゃん」
「アリカもね」
「その言葉はヒナちゃんに言ってあげて」
あの子、常に頑張りすぎなんだから。
今度、また強制的に家に連れ込んでやろうかしら。ヒナちゃんは抱き枕にするとお日様の匂いで熟睡できるんだよね。
と、まぁ、そんなこんなで数十分が経過しまして。
「ふへ〜、疲れたぁ。やっと落ち着ける」
「まだ洗い物が残ってるの忘れないでね」
「……今度、超巨大な食洗機でも買おう。ミレニアムにでも行けばあるよ、多分。予算については私がマコトちゃんと話してみるから」
「……そういえば、少し前に万魔殿の議長さんはイブキさんとアリカ先輩には甘々だって噂が流れてましたっけ?」
「相変わらず、凄い勢いで顔広げてるのね……」
基本的に前から万魔殿の皆は飛び級天才幼女であるイブキちゃんに甘かったらしいのだが、彼らからすると、どうやら私も同じカテゴリーに含まれるみたいだ。
揃いも揃ってロリコンさんなのかな? なんて疑問は心の内にそっと仕舞い込むとしよう……その場合、マコトちゃんがヒナちゃんに当たりが強いのは例外になるのだろうけど。
「と、そんな話がしたいんじゃなかった。いつも話がそれちゃうんだから、困ったもんだよ…………で、先生ちゃんはジュリちゃんに話があるんだって?」
反省、反省とつぶやきながら話を本筋に戻す。どうやらジュリちゃんが個人的なお悩み相談をシャーレにしていたらしいのだが――
「うん。確か料理を上手に作れるようになる方法を考えて欲しいって話だったかな」
「あれま、なるほど…………頑張って?」
先生ちゃん、生きて帰れるといいなぁ……なんてことを考えながら、私は苦笑いのフウカちゃんと仲良く洗い物を続けるのだった。
・
・
・
「いったぁっ!? 痛い、痛いんだけど! ちょっ、噛まないで! 普通に気持ち悪いんだけど、なにこれ!? ふぎゅ――待って、なんか目の中に汁入ったんだけど!?」
「あ、アリカ先輩、大丈夫ですか!? す、すいません、さっきパンちゃんが逃げ出しちゃって!」
「早くとって! てか剥がして! 何でもいいから助けて、ジュリちゃん――いや、何でも良くはないけど!? パンちゃんって何さ!?」
まぁ、無事に済むはずがないんだよね。
なんなんだ、この黒紫の触手ハンバーガー擬き! 普通に肉弾戦で負けたんだけど! 私が弱すぎるのか、これ? 噛みついてくるし、絡みついてくるし、ベトベトしてて非常に気持ち悪いんですが!
事情を聞く限り、つい先ほどまでジュリちゃんは先生ちゃんと協力してパンケーキを作っていたようなのだが、何故か料理の過程で『パンちゃん』なる大小様々な生命体が大量に誕生してしまったとのこと。何言ってんだ、私。
一応の味見係として食堂の隅っこで談笑しながら待機していた私とフウカちゃんでしたが、当然のように厨房より発生した大惨事に巻き込まれ、現在へと至ります。
「騒がしいと聞いて来てみれば……何なの、それ。大丈夫、アリカ?」
「あっ、その声はヒナちゃん!? 助けて! 因みにお姉ちゃん、今何にも前が見えてないです! 見てわかるだろうけど謎生命体に顔面張りつかれてるんだよね、絵面大丈夫そう?」
「それだけ元気があるなら大丈夫ね……じっとしてなさい」
「ごめんねヒナちゃん、ありがとう!」
すまない妹よ。仕事を増やして申し訳ないけど、今回ばかりは私が悪いわけじゃないと思うんだよね!
たん、たん、たん。
冷静沈着なヒナちゃんらしい規則的なリズムで銃弾が放たれる。
食堂内の損傷を最小限に抑えつつ、彼女は着実に一種のバイオテロ(物理)と化したその現場を制圧していった。
途中、何をしても私の精巧で美麗な顔面から離れようとしない不遜な『パンちゃん』もいたのだが、ヒナちゃんが私に当たるギリギリを狙って撃ち抜いてくれたので問題なし。
ただ、粘液で全身がべちゃべちゃになってしまったので、風紀委員会でシャワーを借りることになりました。
物理的にパンケーキとの喧嘩で負けた人間とか私以外に居るのだろうか? 割と普通に屈辱なんだけど……あ、ヒナちゃん服貸してー!
✳︎
「ただいま〜……ふぅ、酷い目にあったぁ」
「ご、ごめんなさい、アリカ先輩! 私のせいでご迷惑を……」
「あはは、全然気にしなくていいんだよ、ジュリちゃん! 挑戦に失敗はつきものだからね。むしろタイマンでパンケーキに敗北した私の方に非があるくらいだよ。私、実はいつかジュリちゃんの手料理を食べさせてもらうのすっごく楽しみにしてるんだから!」
ヒナちゃんに服を借り、着替え終わった私が食堂へに戻るとそこにはモップがけをしているフウカちゃんと、見てわかるぐらいに落ち込んでしまっているジュリちゃんの姿があった。
「あ、アリカ先輩……わかりました! 私、もっともっと頑張りますから! 待っててくださいね?」
「うん! あ、言うまでもないけど、楽しみにしてるのは私だけじゃないよ?」
「え? それは、どういう……」
首を傾げたジュリちゃんが私の視線の先を追う。
「……当たり前でしょ。ジュリが頑張ってるのは、私が一番知ってるんだから」
「フウカ先輩……!」
ちょっと照れ臭そうにしているフウカちゃんも、いつもと同じように抱きしめたくなっちゃうぐらいに可愛らしかった。
普段からハルナちゃんに振り回されている印象の強いフウカちゃんの先輩らしい姿を見れて、大満足な私です。
感極まってフウカちゃんの元へと駆け寄っていったジュリちゃんを、後方腕組み連続頷きスタイルで見守っていると、唐突に横から声をかけられる。
「アリカって銃が嫌いなの?」
「……先生ちゃん、アリカさん今すっごく驚いた」
「それはごめん」
どれくらい驚いたかと言えば、バサっと音を立てて翼が動くぐらいには驚いた。有翼の人にしか伝わない比喩表現とか誰得なのかわからないじゃんね?
「銃ねぇ……銃かぁ……銃なぁ……」
「絶妙にニュアンス変えてくるのやめてね? 流石に私でもその感情の機微については汲み取りきれないよ?」
「ちょっと待ってね。今、頭の中整理してるから」
これまで深く考えたことはなかった……いや、無意識的に考えることを避けていたのだろうか?
ただ、冷静になってみると違和感が思考の至るところから芽生えてきていることに気がつく。
どうしてだろう。
私が夢語アリカとしてこの世界で目を覚ましたその瞬間から、私は銃という存在を身近なものだと思えていないのだ。
「嫌い、とかじゃない……と、思うよ? ハルナちゃんの銃とかかっこいいと思うし、可愛い見た目の銃は好きだしね」
先生ちゃんは私の言葉に意外そうな顔をした。まぁ、気持ちはわからないこともない。
治安が終わり散らかしているこのキヴォトスで、ここまで頑なに銃を使用しない生徒を先生ちゃんは私以外に見たことがないのだろう。因みに私もない。やっぱり異端児なのだろうか、私?
「戦闘は好きじゃないし、得意でもない。けど、忌み嫌うものだと感じるほどじゃない……おかしいね、私もどうしてここまで銃を握りたくないのかわかんないや」
口に出して、確認をする。
人を傷つけるものだから? そんな考えを潜在意識でするほど自分の優しさに自信は持てないし、そもそも私はこの武器が人を助けるものとなり得ることを知っている。
「…………まだ、そのときじゃないのかもね」
「……先生ちゃん?」
深々と思考の海に沈んでいこうと意識が集中を始めたところで、先生ちゃんが口を開いた。
「……そのときじゃないっていうのは?」
「たとえ理由がわからなくてもアリカがしたくないと考えている間は、そのままでいいのかなって思ったの……きっと武器を取らないという選択肢を選ぶことが出来るあなたなら、そのときが訪れた瞬間に間違えることなく、決断を下せるとそう思ったから」
だから、大丈夫だよと先生ちゃんは、大人らしい笑顔を見せる。
心強さを感じながらもなんだかちょっと癪だったので、私は不満げにボソリとつぶやいた。
「……まぁ、この話を振って困らせたのも先生ちゃんなんだけどね」
「マッチポンプって言いたいのかな???」
「冗談………ありがとね。また暇なときに考えてみる」
「うん。アリカなら大丈夫だよ」
ぽふりと頭を撫でられる。
先生ちゃん、セクハラだーなんて冗談を言ってみると、面白いぐらいに狼狽えていた。
「そういえば、着替え貸して貰ったんだね? よく似合ってるよ」
「ヒナちゃんの服だからちょっと胸がキツキツなんだけどね。コートの中がこんな薄着だって知っちゃうとお姉ちゃんちょっと心配かも。ちょっとえっちだよね、これ」
「発言が命知らず過ぎる」
しばらく談笑していると掃除を終えたフウカちゃんたちがやってきて、料理の反省会が開かれることになった。
へこたれることなく、積極的に意見を出していくジュリちゃんと彼女を支え続ける二人の姿を横目に笑みを深める。
努力を重ねる姿は美しいものだ。
望んだ結果が出るとは限らない。その未来を私なんかが保証できるはずもないのだけれど、それでもせめてこの夢の終わりが優しさに溢れたものでありますようにと。
夢語アリカは希わずにはいられないのだ。
✳︎
「……あれ、フウカ? どうしたの、一人で」
「せ、先生!? わ、私はただ、明日の給食の仕込みを済ませておこうとしていただけで……」
「……何か、後ろに隠さなかった?」
「…………気のせいです」
「いや、今――」
「気のせいです!」
先生が人の気配につられて厨房へと顔を出すと、そこにはアリカの保護者の一人であるという愛清フウカの姿があった。
そういえば今日はジュリに呼ばれたということもあって彼女と交流する時間はあまり取れていなかった。せっかくならシャーレに帰る前に軽いコミュニケーションでもと思って彼女に近づくと、フウカの表情に浮かんでいた焦りの色が濃くなっていく。
「……私、見ない方がいいかな?」
「…………見られて困るもの、ではないですけど」
はっきりとしないフウカの口振りにはどこか照れのようなものが残っていて、彼女が気不味そうにしている原因はそう深刻なものではないのだと伺えた。
少し真剣に頼んでみれば彼女は特に渋ることもなく、事情を話してくれるだろう。別に言い換えるのならば、その情報は先生として知るべきものとしての優先度は驚くほど低いはずだ。
「……チラッ」
「――あっ!?」
だから、先生が不意打ちのようにフウカが背中に隠したソレを覗き込んだのは、単純なる興味本位に過ぎなかった。
明確な理由も正当性もなく、ただフウカのことが知りたいからという我欲のみに突き動かされた先生の行動に、フウカは驚きで目を丸くする。
「…………料理本?」
「あはは……えっと、はい……料理本、です」
先生は心底意外だといった風に首を傾げた。
以前より、フウカの料理の腕については、ハルナやアリカから何度も素晴らしいものだと聞いていた。
つい先ほどまでも、ジュリが最も尊敬している料理人の一人だと彼女の名前を挙げていたぐらいだった。
そんなフウカが料理本を片手に厨房で料理の練習をしていた、なんて事実は先生には奇妙としか思えないものだったのだ。
「何か特別な本……ってわけでも、なさそうだね?」
「はい。ごくごく普通の、基礎的な料理本です……それこそ、内容の全てをとうの昔に覚えきってしまったぐらいには」
ペラリ、と優しい手つきでページを捲る。
手元の本へと落とされたフウカの視線は慈愛に満ちていて、同時に何か昔のことを思い出しているかのような懐古の念を覚えさせるものだった。
「内容を覚えているのに、どうして?」
「…………」
問いを投げた先生は、既にフウカの答えに予想をつけていた。
彼女の瞳の輝きと全く同じものをつい先日、目にしたばかりだったから。
「……今を見つめ直すため、そして未来に向かうため。先輩として、私もジュリに負けていられませんから」
「それは……あの子の為なのかな」
少しの間。
ゆっくりと言葉を選び取るように、フウカは答えを返す。
「…………私は、料理が好きです。料理を作ることも、私の料理を食べて美味しいと笑ってくれることも、全てが大好きです。ただ――そうですね、先生の言った通りです。あの子と、アリカと会ってからは、その意味が少しだけ変わってきたように感じます」
黒舘ハルナと全く同じ。
決して折れることのない真っ直ぐな信念をその瞳の輝きに宿して、彼女は微笑んだ。
「……私は、誰にも負けないぐらいの幸せを、あの子に届けたいんです。可愛らしくて、危なっかしくて……目を離せば、すぐにでも居なくなってしまいそうなあの子の居場所になりたいんです」
圧倒される。
その覚悟に、その意志の強さに。
「だから、今に満足なんてしていられないんですよ、先生」
「……フウカはすごいね」
「え、ええっ!? い、いきなり何の話ですか?」
「何でもない。フウカみたいな子が一緒にいてくれたら、アリカも安心だなって」
「そう……だといいですね……えへへ、なんだか、落ち着いてくると少し照れちゃいますけど」
少し赤らんだ顔に手で風を送ってから、フウカは料理に集中し始める。
邪魔をするのも悪いと思ったので、ひとまず先生は厨房から退散することにした。
その中で、ふと思い返す。
黒舘ハルナは少女の救いを求めた。
空崎ヒナは少女の強さを信じた。
愛清フウカは少女の幸福を願った。
では、彼女は。
他でもない夢語アリカは――
「あなたは何を想うのかな?」
その問いに解はない。
調月リオに狂おしいほどの母性を掻き立てられるのだけど、あの子実はロリだったりしませんか?
目一杯に頭撫で繰り回して、甘いものいっぱい食べさせて、もう何でもいいからすやすや幸せそうな顔で眠ってて欲しい。
ACT.6終了。
次回はまだ少し構想に悩んでいるので時間かかるかも?
番外編とかでアコ、マコト、ユウカあたりと絡ませたりもしたいのですが、またおいおい考えます。