拝啓、 。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。 作:桜ナメコ
書き溜めはないです。
文字数は2000〜5000を幅広く前後いたします。
「起きて、アリカ。もう朝よ」
優しく頭を撫でられ、さらさらとした長髪に指を通される感覚。
その声と手つきが驚くほど優しくて、そのまま深い二度寝へと落ちてしまいそうになるのを鋼の意志で堪えた。
沈みゆく意識を気合いで引っ張り上げて、なんとか瞼を持ち上げる。
「…………ぅ……ぁい……ぉはよ、ふーかちゃん」
「……おはよう、アリカ。朝ごはん、もう用意できるから顔洗ってきて」
「……あい」
愛清フウカ。
ゲヘナ学園二年生にして給食部の部長。
同居生活に彼女が加わってから、既に早一週間近くが経とうとしていた。
ハルナちゃんが借りたシェアハウスはかなり立派なもので、私とハルナちゃんの部屋とフウカちゃんの部屋の他に、まだまだ空き部屋が幾つか余っているような状態だった。
キッチンは料理店でも開けそうなほど多機能&高機能なものであり、最初フウカちゃんは「学園のよりも高性能」と複雑そうな顔をしていたけれど数日も経てば適応し、気づけば楽しそうに料理をするようになっていた。やはり彼女は根っからの料理好きなのだろう。
ベッドから出て目元を擦りながら洗面所へと向かう。途中、リビングへと顔を出すとフウカちゃんが作ったと思われる料理の配膳をしているハルナちゃんの姿があった。
「おはよ、ハルナちゃん」
「……! おはようございます、アリカさん。本日の調子はどうですか?」
「んー、ぼちぼち元気? だよ」
「それは何より。もう準備は終わりますから、少しだけ待っていてくださいね」
テキパキと皿を運びながらも、所作が急いでいるように見えないのは何故なのだろうか。この分だと、仮にカップ麺を啜る姿でも優雅なものになっていそうである。
顔を洗い、寝癖をなおす。
鏡を見るとそこに映っているのが自分だと言うことを強制的に自覚させられるような気がしていて、居心地の悪さにも似た居た堪れなさを覚える。
この居た堪れなさと私がスーパーでハイパーな美少女だというのは特に関係のない別の話ではあると思うけど…………あ、美人度に関してはハルナちゃんには負けるかな。
空を閉じ込めたような青の左眼。
色が抜け落ちた灰の右眼。
いわゆるオッドアイというやつだが、余りにも印象が違いすぎて怖い。念入りに変装してメカクレ美人にでも扮すれば、双子役ぐらい演じられてしまいそうである。
大き過ぎる羽の手入れについては風呂上がりにフウカちゃんに手伝って貰っていた。甲斐甲斐しく、楽しそうにお世話をしてくれるフウカちゃんには頭が上がらないし、超可愛い。というかお嫁に欲しい。なんならお嫁に貰って欲しい。
日々、何かお返しをしたいなぁなんて思いが募っていくばかりである。
「お返し……お返しねぇ……」
思い出したくないことを思い出した。
どんよりと気分が沈み込みそうになったところで、リビングからフウカちゃんの声が聞こえる。
「アリカー? もう、食べちゃうわよ!」
「ふふ、そう慌てることはありませんわよ、フウカさん。皆で揃って食べること、これも美食の探求に欠かせぬ一つの要素ですわ」
「今、行きます! 待ってくれてありがとう、二人とも!」
嫌なこと。気が向かないこと。
そんな面倒事は色々と、ごく普通にありふれているものだ。
向き合わなくても構わないものなら無視してしまえば良いと思うし、やらなくていい苦労はしなくても良いと思う。
ああ、だけど。
これはきっと、避けては通れない――通ってはいけない私にとっても大切な障害なのだろう。
思い出す。
無力を痛感したあの日のことを。
苦々しい記憶の跡を。
✳︎
それは、アリカがハルナに拾われた二日目の朝のこと。初めてフウカの元を訪ねる少し前の出来事。
「私、アルバイトをしようと思います!」
「――――」
優雅に紅茶を味わっていたハルナはアリカの宣言を聞いて表情を無にすると、ゆっくりカップをテーブルの上に置いた。
「……アルバイト、ですか?」
「うん、アルバイト!」
「そ、それは、その……お小遣いが必要というわけでは――」
「ないです。というか、こんな状況で黙ってお小遣いを貰っていられるほど図々しくないからね、私!?」
家賃なし、食費なし、着替えはハルナのお下がりを無償で頂き、下着類に関しても新しい物を用意してもらっているという現状。
幾らアリカが一人じゃ食事もできないようなポンコツ生命体なのだとしても、流石にハルナの厚意に甘え過ぎであるという自覚はあった。
どうしてもっと早く気づかなかったのだろうか? レストランで注文が行えなかったことが意識に強く残っていたのか、コンビニやスーパーで買い物自体は問題なく行えていたことを彼女はすっかり忘れていた。
アルバイトにてお金を稼ぐ。
家賃は兎も角、食費やその他の生活必需品ぐらいは自分の手で用意するのが道理というものだろう。
女学生に養ってもらうのを迷いなく是とする世界線なんてあってたまるかという話だ。
思いついたら、直ぐに行動。
即断即決……浅慮が過ぎるともいえるアリカの発言に頭を抱えることになったのは、
「というわけで、早速だけど履歴書を買いに行ってきます!」
「ま、待ってください。もう少しだけ考えませんか? ええと…………そうです。アリカさんは学生証をお持ちではありませんよね?」
「学生証……うーん、なさそう。そもそも私が生徒かどうかが怪しいぐらいだからねぇ――あっ! 免許証! 免許証見つけたよ! 私、免許取ってたんだ!」
数少ない持ち物であった財布の中から、彼女は夢語アリカと名前の記されたカードを見つけ出した。
「普通車の免許、かな? うん、なんか運転免許を取ったことがあるような気がしてきたかも!」
テンションの上がったアリカが高々と免許証を掲げる。
ハルナは微笑ましそうにしながらも、その免許証の詳細を確認し――絶句した。
「……………………18歳?」
「……え? 誰が?」
「……アリカさん、その年齢は?」
「わかんない。覚えてないかな」
「…………免許証、私が預かっておきますね」
「なんでぇ!?」
ハルナは内心、驚愕にて打ち震えていた。
どう見積もっても15歳。ジュンコよりも歳上はあり得ないだろうと思っていた相手がまさかの自分よりも一つ歳上の成人女性だった。
衝撃の事実に混乱が治らない。
ただ一つわかるのは、アリカに彼女が自分よりも歳上であるということを伝えてしまえば、彼女が変に調子付きそうであること。
アリカが大人ぶって自分やフウカの面倒をみようとする様子を想像してみると――あ、これはこれで微笑ましくていいかも――ではなく、流石に外聞に支障が出そうだと判断する。
詳しい事情がわかるまで、しばらくの間は免許証の管理をハルナ自身が行うことに決めた。
「…………記憶障害……童顔……栄養失調……いえ、ですが――」
「な、なに? お胸? は、ハルナちゃんなら、触っても――」
「違いますからね!? 誤解しないでください!」
どう見ても子供だ。
少なくとも、精神的に成熟しきっているかと問われたのなら否が先に出てくるだろう。(これで彼女が特に何の問題も抱えていない18歳の女性であったのならば、失礼極まりない話にはなるのだが)
ぽよぽよと自身の胸を両手で持ち上げ、首を傾げている無防備な生命体。
これが18歳の成人女性? もしもそうならこの存在自体が奇跡すぎる。
「コホン、では学生証はないということで、まずは口座を開設するところからになりそうですわね」
生徒一人の学籍情報を偽造するとなれば、ミレニアム所属のハッカーにでも頼る必要があるだろう。
しかし、今回の目的は飽くまでも口座の開設に過ぎない。そこまで入念に手を回さずとも問題の解決は図れる。
キヴォトスが誇るテロリ……否、美食の探求者たるハルナ自身、学生証に結び付けられた個人の口座を凍結されたことは少なくない。
生徒一人分の新規口座の獲得など難しくはないはずだ。十二分に要領は掴めている。
――となれば、だ。
アリカがアルバイトを始めるにあたり、その阻害因子はそう多くはなく、話は現実味を帯びてくる。
最後に残った問題にハルナは再び頭を抱えることになった。
「……よーし、じゃんじゃん稼ぐぞー。期待しててね、ハルナちゃん! 私、頑張っちゃうから!」
この子が働きに出て、無事に帰ってくる想像ができない件について何か対抗策はあるのだろうか?
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後日
「……っ! …………っ! は、ハルナちゃん! ハルナちゃぁぁん! わ、私、私ぃ! 頑張ったのに! 頑張ったのにぃ! うわぁぁぁんっっ!!」
傷だらけ、汚れまみれ、見るに堪えないギャン泣きで帰ってきたアリカを見て、ハルナはブチ切れた。