拝啓、 。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。 作:桜ナメコ
広場へと走り込む私の視界を埋め尽くすマズルフラッシュ。
その光の焚かれようを見て、まるで謝罪会見の現場を体験しているようだ、なんてどうでもいいことを考えた。
幾つもの銃口から放たれる閃光を前にして思考のかたまった私の身体は、けれども反射的に最善の防御行動へと移っていた。
可能な限り速度を落とすことなく、アタッシュケースを抱え込むようにしながら、前方へと転がり込む。その際に身体全体を包み込むようにして大翼を活用する。
そして数秒後、自身の本能による判断が正しかったことを理解する。
――――ッ!!!!
おとがきえた。
身体がなくなった。感覚が消えた。
意識が飛びかけた。
爆発によって軽く十数メートルは吹き飛ばされたことに気がついたのは、視界に映る全てが焼き尽くされていることを理解してからだった。
『――ゃん! 嬢ちゃん! 無事か!?』
「…………びっっっっっくりしたぁぁ!? え、嘘でしょ。全身めちゃクソに痛いんだけど、何考えてんのアイツら!?」
たらりと何かが頰を伝う感覚。
手を当てると鉄に似た独特の匂いと温かさを感じさせる赤い液体が付着した。
こめかみの少し上あたりからの出血。アドレナリンが効いているのか、痛みもなければ恐怖も感じない。
ただぼんやりと「めっちゃ血だなぁ」なんて脳細胞が息をしていない感想を抱いたぐらいである。
「……あー、もう……服、汚しちゃったなぁ……せっかく、ハルナちゃんから貰ったのに……」
翼が綺麗に入るようにと、ハルナちゃんが丁寧に調整してくれたお下がりの服。
血が滲み、土埃に塗れ、焼けこげ、酷い所では裂けてしまっているそれを見てから、一度強く目を閉じる。
「…………はぁ……よしっ!」
息を吐き、気合を入れ直す。
大丈夫、身体は無事だ。
ならばと奮起し、発破をかける。
勝気に強気に、せめて根性ぐらい見せてみろと。
「……それにしても、死んだかと思ったぁ」
びっくりした。
その一言で片付けてはいけないような攻撃を受けたような気がしたが、とりあえず無事なので深くは考えない。
翼で覆いきれなかった部分に小さな擦り傷や軽い火傷が見られたが、体の大部分を包み込めるだけの大きさの翼を持っていたのが幸いした。
爆発の直撃、更に言えばその直前、集中砲火を浴びたその美しい大翼には数えきれないほどの弾丸が直撃していた。
そして、その全ては、アリカの翼に傷一つをつけることができなかった。
まるで何か不思議な力に包み込まれているかのように、その純白の翼は彼女の身を完璧に守り抜いてみせたのだった。
『うん、大概な身体してるねぇ、嬢ちゃんも』
「何の話!? 背中めっちゃ痛いんだけど!? 余裕とか何一つないんですけど!」
『そらそら、動けるなら急いで走った。もう三秒も止まってたらすぐ蜂の巣にされちゃうよ』
「縁起でもないこと言わないで!?」
立ち上がり、再び私は走り出す。
その最中、確認のために視線を落とした。
アタッシュケースに大きな傷は見当たらない。
「……まだ、ツキがある方!」
自分を励ましながら、その身一つの突貫を続ける。
『ツキというか……ああなるから、迂回するべきだと言ったんだけどね。ほら、そこを右』
「あんな短時間じゃ、地図なんて頭に入ってないの! 最短経路しか覚えてないって! 迷子になったら、終わりなんだからしょうがないでしょ!」
耳に取り付けた通信機から先輩アルバイターの呆れ声が聞こえた。
彼女はドローンを飛ばして私のサポートをすると同時に、狙撃による阻害因子の除去を並行して行なってくれていた。
先輩が非常に頼りになるのはその通りであるのだが、それはそれとして味方が彼女しかいないのに、敵方の数がバグのように多いのおかしくない?
内心キレながら、私はアドバイス通り進行方向を右へと切り換える。
「行け行け! 仕留めろ!」
「撃ち放題だ! 反撃ないぞ!」
「逃すな! 追え! 捕まえろー!」
「やだやだやだやだ! 野蛮すぎるって!? 多過ぎるってぇ!? 君たち、もっとお淑やかに生きない!? ほ、ほら、あんまりガッついてるとモテないよ!」
「「「うっせぇ、死ねぇぇええええ」」」
「図星だからって怒らないでくれないかなぁ!?」
彼女らの声に背を追い立てられるようにして、一歩ずつ加速していく。視界の半分ほどが涙で潰れてしまっているのはご愛嬌。既に慣れたものだった。
屋根の上に5、6人。
前方地上に10ちょい、後方に同じくらい。
既に振り切った相手の数を考えると、かなりの人数を私だけで相手していることになる。
『もう少しだけ頑張りな! 次のエリアに入れば大分楽になる!』
「……えぇ、本当? 目的地、まだ遠かった気がするんだけどー?」
『本当だから疑わない…………大丈夫、そろそろ、こっちの援護部隊の待機エリアに入る――驚かずに走り続けるんだよ!』
倉庫地帯を抜ける。
その先には開発の進んでいる都市部が広がっていた。
見るからにエリアが変わったのがわかる。
先輩の言葉が正しければ、もう時期に援護が来るはず――というか、今更だけど驚かないようにって何にだ?
そんな疑問を口にする直前のことだった。
「くふふっ、やっっと来たね? さぁて、それじゃあ盛大にやっちゃおうか!」
どこか小悪魔めいた可愛らしい声が聞こえたと思えば、何かバッグのようなものが走り続ける私とは逆の方向へと飛んでいった。
声のした方向へ視線を飛ばす。
建物の屋上に立っていたのは白の髪をサイドにまとめた私に負けず劣らずの可愛らしい少女だった。
「……おーい、荷物運びの巨乳っ子ちゃん? もっと走らないとー!」
何やら私に向かって叫んでいるようだが、その音は明瞭に聞こえない。どうやら、私の脳は彼女の言葉を理解したくないらしい。
だって、絶対に良いことじゃない。
ほら、見たことか。今あの子、素晴らしい笑顔で「あ・ぶ・な・い・よ・♡」なんて口パクで伝えてきやがった。
チュドーンッ! と、先の爆発にも負けず劣らずの爆発が生まれた。
爆風を背に受けた私は風に煽られたゴミ袋の如く空へと浮き上がる。
「だと、思ったよ! もう!」
空中にてグルグルと回り続ける視界。
いい加減、吹き飛ぶのにも慣れてきた。
「――な、ら! こん、ぐらいで!」
タイミングを見計らい、気合いを込めて――大翼で力強く空を叩いた。
スパンッ!
何かが爆ぜたような鋭い音。
同時に、ふわりと身体が浮き上がるような感覚を覚える。
手にした推力は私に充分な身体の制動権を与えた。
「もう、一回!」
出来る、という感覚があった。
そういうものだろうという認識があった。
だから、やった。
より力強く、より気合いを入れて。
それが、このキヴォトスにおいてどれだけ非常識な行動に当たるのかを最後まで理解しないまま。
「わー! すっごい、何あれー!?」
「……夢、じゃないよね」
「………………アル様?」
「――綺麗な、光……流れ星のよう」
それはさながら弦を引き絞り、矢を射出する弓のように。
青白い光を纏い始めた双翼は再び大空を蹴り出して――その小さな身体に逃亡成功の確信と、キヴォトス最速の称号をもたらした。
✳︎
「ふむ、確かに物品の無事を確認。タイムロスもなく、追手も許さぬ完璧な仕事……文句のつけようがないな。ご苦労だった、ありがとう」
その機械頭の大人は、私からアタッシュケースを受け取ると依頼内容についての確認を行い、満足そうな顔でお礼の言葉を口にした。
「さて、では早速、アルバイト代の入金と行こう。見事な働きぶりには、それ相応の対応を。勿論、多少は色をつけるとしよう。タパタパヘルメット団と便利屋68――彼らとは異なり、君への支払いは現金での手渡しでよかったかな?」
あの先輩、タパタパヘルメット団って名前の組織の人だったのね。由来が知りたいなぁ。
便利屋なんちゃらさん? は多分、あの小悪魔系爆弾魔の所属している組織なのだろう。
ハルナちゃんが恐らくは無理して用意してくれた口座に関しては、正規のバイトで稼いだお金だけを入れたい。
そんな小さな意地のため、現金でのバイト代の受け取りを頼んでみると、機嫌が良かったからか機械頭さんは快く了承してくれた。
「では、封筒にまとめよう。しっかりと確認してくれたまえ」
一枚、二枚と次々に一万円札を封筒の中へ閉まっていく様子を失礼のない程度に凝視して、その数が十を超えた時点で数えるのをやめた。
流石は違法バイト。
金の動く額が庶民感覚をインストールしている私にとってはとんでもないことになっている。
でも、これだけあれば、あの如何にもお嬢様然としている彼女にも少しは有益だと思って貰えるかもしれない。
ゴクリ、と唾を呑む。
目的の成就は直ぐそこである。
「さて、このぐらいか。では、また気が向いた時には依頼を引き受けて貰えるよう願っているよ」
差し出された封筒。
後はこれを受け取って無事に帰るだけで、私の初バイトは成功に終わる。
恐怖に耐え、虚勢を貫いたあの地獄のような時間が報われる。
歓喜か緊張か。
震える手で封筒を受け取ろうとして、その封筒に私の手が触れた。
その直後だった。
『――の――の――を確認、――の権限が――に――ため、自動的に――の――を――に――します』
機械音声のような、あの声が脳内へと響く。
そして、受け取ったはずの封筒の重さが一瞬にして掻き消える。
『――の――は――の――に――されました。――の――は――になりました。――の――は残り――です』
「――――は?」
声はもう、聞こえない。
部屋に残されたのは封筒が消えたことに動揺を隠せていない機械頭と、全てを理解して絶望に浸っている私のみ。
「君、今、私が渡そうとした封筒は――」
「…………ああ、大丈夫ですよ。ちゃんと……受け取り、ましたから……」
まだ混乱している彼にペコリと頭を下げる。
この人に罪はない。犯罪的な善悪はわからないが、少なくとも私を害そうとする気は微塵もなかった。
取引現場の部屋から出て、三秒ほど立ち止まってから、私は呆然とした思考のまま帰路につく。
「そう、か……そっかぁ……なるほどなぁ」
時間が経てば経つほど、思考の中で高い比重を占めていた『衝撃』は砕けて解けて溶けて無くなっていき、次第に『絶望感』と『虚無感』の占める割合が増えていく。
「――私、お金を稼ぐことも出来ないのかぁ」
無力だ。
どうしようもないぐらいに私は無力だった。
このまま消えて居なくなってしまった方が、ハルナちゃんのためになるんじゃないだろうか?
そんな否定材料の存在しない考えを浮かべつつ、けれども足は彼女の元へと動き続ける。
「…………暗く、なるなよ」
笑え、頼むから笑ってくれ。
こんな『私、不幸です』なんて顔をした人間が一番鬱陶しいことぐらい、考えずともわかるだろ。
……家のドアの前で気持ちを作り直そう。
大丈夫、私なら出来る。頑張れる。
自分を偽装る。
せめて、ハルナちゃんに心配をかけないように――笑いながらダメだったよ、なんて話せるように。
そう思ったのに。
彼女はドアの前で、私を待っていて――
「……っ! …………っ! は、ハルナちゃん! ハルナちゃぁぁん! わ、私、私ぃ! 頑張ったのに! 頑張ったのにぃ! うわぁぁぁんっっ!!」
ギャン泣きで抱きつくとハルナちゃんは優しく私を抱きしめて、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
何度も何度も彼女の名前を呼んで、何度も何度も謝って、延々と泣き続けて、次第に自分が何を言っているのかもわからなくなって、終には糸が切れたように眠りに落ちた。
✳︎
目を覚ますとハルナちゃんが一枚の紙を見せてくれた。
何かの契約書だろうか? そこには確かに私の筆跡による私の名前と、違う筆跡でハルナちゃんの名前が書かれていて――
「えっと、これは……両名の同意が得られた場合のみに解消可能な契約で……『夢語アリカは半永久的に黒舘ハルナの被扶養者として、充実した生活を送ることを誓います』……?」
「ええ、最初からこうしておけば良かったです。大丈夫ですよ、アリカさん。この先、あなたは私が養ってあげますから!」
数十年後、この契約書が『夢語アリカのニート宣言』という名で非常に歴史的価値の高い資料として博物館に展示されることになるのだが、それはまた別の話。