拝啓、 。今日も元気にキヴォトスでニートやってます。 作:桜ナメコ
「……ねぇ、アリカ」
「はいはい、何ですフウカちゃん?」
「今更だけど、あなたってゲヘナの生徒じゃないわよね」
「うん。そうだけど、どうして?」
「……どうして、さも当然みたいな顔で
ジト目を向けてくるフウカちゃん。
のんびりとしたテンポの会話からは想像ができないほどの早さで、次々に作業を片付けていく彼女の姿は圧巻の一言に尽きる。
「ハルナちゃんが『一人で家に居てもお暇でしょう?』なんて言って、ここまでスマートに案内してくれました!」
「その気遣いが、どうして私には向かないんだろう……?」
「…………? ハルナちゃん、フウカちゃんのこと素敵な友人だって絶賛してたよ? 献身的で真心に富んだ芯の強い人です、だって」
「――ッ!?」
あっ、フウカちゃんの手元が狂った。
お顔、真っ赤にしてる。わかりやすいなぁ。
「ハルナちゃん、かっこいいよね!」
「…………まぁ……ごく稀に、ね」
うんうん、わかるわかる。
腕組みをしながら何度も頷き、ハルナちゃん談義を続けたいところなのだが、フウカちゃんはどうしてそんな複雑そうな顔をしているのだろう。
「私もハルナちゃんみたいになりたいなぁ」
「お願いだからやめて! 想像すらしたくないわよ、そんな地獄……! いい、アリカ? 今のままのあなたが一番なんだからね」
「もう、フウカちゃんってばお上手なんだから〜!」
そうだよね。
人の良い所は千差万別。それこそ人の数だけあるのだから、無理にハルナちゃんの背を追う必要はない。
そもそも、私なんかがハルナちゃんのような聖人を目指すだなんて思い上がりも甚だしいという話である。
え、何です、フウカちゃんその目は? 「もう、訂正は諦めたよ」って何の話かな?
「よーし、私は私! ちゃんと身の丈を弁えて、ほどほどに頑張るからね! ということで、エプロン借りてもいいかな?」
「えっ、手伝ってくれるの? すごく助かるけど、アリカって料理が出来ないんじゃ――」
驚き顔のフウカちゃんに、私は最近発覚したとある事実を告げるのである。
「ふふっ、フウカちゃん、私は自分のために料理が出来ないだけだよ? 他人のご飯を用意する分には全く問題がないのです…………悲しいことにね」
「難儀な身体してるわね……」
「まったくだよ」
「でも、正直助かる。今日はジュリがいないから、いつもより更に忙しくって」
「忙しい中、話しかけちゃってごめんね!?」
「大丈夫。慣れてるから! じゃあ、早速手伝って貰ってもいい? どんどん指示出すからね!」
「お、お手柔らかに、お願いします……!」
そんなこんなで、微力ながらフウカちゃんのお手伝いさんを頑張っていると直ぐにお昼時が近づいてくる。
忙しくて目が回るなんて言葉があるけれど、アレって次から次へと作業が押し寄せてくるせいで、落ち着いて呼吸が出来なくなるのが原因なんじゃないかな? 忙しさが増していくに連れて、どんどん意識が擦り減っていくのがわかった。
「ふ、フウカちゃん、これいつまで続くの!?」
「まだまだ始まったばかりよ! 銃弾が飛び始めたら本番! すぐに風紀委員を呼ぶから、そうなったときは教えて!」
「物騒過ぎないかなぁ!?」
「慣れよ、慣れ。最近は誘拐の頻度が減ったから、まだマシな方!」
「フウカちゃん、定期的に誘拐されてたの!? 危ないよ! 大丈夫? 何もされてない?」
「……………………今は大丈夫だから、気にしないで。ほら、盛り付け遅れてるわよ」
なんて治安の悪い学園なんだ。
誘拐の常習犯なんてロクな奴じゃないだろう。フウカちゃんの可愛い顔に傷でもついたらどうしてくれるんだ。
「もしも、誘拐犯が来たなら私に言ってね? 戦い……はちょっと管轄外だけど、逃げるだけなら頑張ってみるから!」
「……そ、そうね。でも、無理はしちゃダメ」
「わかってるよー」
未だに発砲したことのない拳銃は兎も角、違法バイトのことを思い出せば、逃げるだけなら難しいことではない……はず!
意外と背の高いフウカちゃんだが、この身体のキヴォトスパワーにかかればどうということはあるまい。格好良く、お姫様抱っこなんて決めてみせようじゃないか。
「だ、大丈夫よね? アリカが居れば、流石のハルナも……いくらハルナでも……誘拐、しないよね?」
後ろでボソボソとフウカちゃんが何かをつぶやいていた気がしたが、恐らく独り言だろう。
仕事を迅速に回すコツは、要項の口出し確認にあるのかもしれない。
――と、そんな忙しくも和やかな一時をフウカちゃんと共にしていたときだった。
「信じられねぇ。道理で、ただでさえ不味い給食がもっと不味く感じるわけだ」
強い敵意の滲んだ声がした。
✳︎
「下がって!」
「きゃっ……!」
直ぐ様、近くに立っていたフウカちゃんを背中側に移動させる。
いつでも彼女を翼で守れるような体勢をつくってから、声の主へと目を向けた。
「なんで、ゲヘナにトリニティのクソガキが入り込んでんだよ。ここは、陰湿で高慢で、上品と性格の悪さの意味を取り違えているようなお嬢様が来るような場所じゃ――」
「――って」
「あ?」
「……あ、アリカ?」
怒り心頭、不満たらたら。
現れたのは、何やらひどくトリニティへの恨みを募らせているゲヘナ生徒のようだった。
ツノと蝙蝠のような翼。
これぞ、まさにゲヘナ生徒という典型的な生徒に見える。
簡単に向けられた銃口を見て、キヴォトスでの引き金の軽さを改めて実感する。
違法バイトであれだけ撃たれたのに、怖いものは怖いのだなぁと他人事のように考える。
ああ、でも。
「……謝って」
「……はぁ? 何にだ?」
退く気にはなれないかな。
「……フウカちゃんに、謝って」
第一声が、不味い給食だ?
あんなにも食べる人を想って料理をした優しい女の子に、なに舐めたことほざいてやがる。
「不味いって言ったことか? ただの事実だろ。ここの生徒なら皆知ってる」
ハルナちゃんから聞いたことがあった。
キヴォトス有数のマンモス校であるゲヘナ学園の生徒全員をたった二人で――正確には、一人はサポート役に徹しているとのことだったが――支えているのが、フウカちゃんが部長を務める給食部なのだと。
結果、二人で4000人前の食事を用意するなんて修羅場は珍しくも何ともない……らしかった。
余りにも人間業じゃなさ過ぎて信じられていなかったが、今日の働きを見る限り多分事実である。これに関しては事実じゃない方が幸せそうなのだが。
まあ、そんなこんなのパンク寸前の環境下では、フウカちゃんの実力が全くと言っていいほどに発揮できないため、給食部の評判は散々なものになってしまっているとのことだ。
フウカちゃんとの顔合わせのために初めて学食を訪れた時のことを思い出す。
ハルナちゃんは給食を口にしながら「フウカさんの本来の料理の腕はこんなものではありませんのよ?」と何度も私に伝えてくれた。
正直、今の私は食事ができるというだけで、それがどのようなものであっても有難いと思ってしまう身体になってしまっている。
おかげで「美味しい」や「不味い」なんて品評をすることは少なくなってしまったのだが、確かにフウカちゃんが家で作ってくれる料理と、給食で提供されている料理の味の差は天と地ほどのものだった。給食も普通に食べれたので、ただ天が高すぎるだけのような気もしたが。
だからと言って、だ。
違うでしょ。そうじゃないでしょ?
店を開いているわけでもない。
彼女は皆と同じ生徒で、同年代の女の子で。
ただ一つの工程も手を抜かず、限られた時間の中で、その膨大な作業の全てに対して真摯に向き合って。
「聞こえなかった? フウカちゃんに謝ってって、言ってるの」
そんな彼女に与えられる最初の言葉が『いつも通りに不味い』なんてふざけたものであって、良いわけがない。
「……あ、アリカ! いいよ、私は別に……そ、それに美味しくないのは、事実だし――」
「……違うよ、フウカちゃん。そうじゃない。論点はそこじゃない」
大翼を広げる。
これ以上、フウカちゃんの視界に目の前に立つ無礼な生徒を入れたくなかった。
私の背中を彼女が撫でた。
落ち着いて、私は大丈夫だから、と。
朝、目を覚ましてと髪を撫でるときのような優しい手つきで。
その優しさを大切に受け止めながら、ゆっくりと言葉を返す。
「美味しいとか不味いとかじゃない。私がしたいのはそれ以前の話だよ」
「…………チッ! よくわからない話で本題を煙に巻こうってか? また、トリニティらしいやり方だが……ここはゲヘナだ。これ以上、お行儀よく話なんてさせねえよ!」
銃口から覗く発火炎。
これは当たるなという確信を抱きながらも、不思議と倒されるような気はしなかった。
「ハッ、撃ち返してくる根性もないような奴が私に説教垂れるなんて、百年早いんだよ」
「アリカ!? ちょっと! あなたいきなり発砲なんて、何考えてるの!」
フウカちゃんってばそんな風に心配してくれると、私、簡単にフウカちゃんのこと好きになっちゃいそうだから、あんまりかっこいいことしないで欲しいなぁ。
「いーよ。全然、大丈夫――で、気が済んだなら、早く謝罪してよ?」
そう言って、スーパーハイパー美少女の私は余裕の微笑みを無礼な生徒へと向けてやる。
内心で
(何で!? 何で!? 何で!? やっっっばい! めちゃくちゃに痛かったんだけど!? しんどい、辛い、死ぬぅぅうう!)
なんて情けないことを考えながら。
✳︎
視界の隅に、どこか見覚えのある翠色を見つけた。
今日も今日とて騒がしい学食で、いつも通りご飯を人並み5人分ほど平らげてから、その場を後にしようと移動しているときだった。
騒ぎの中心に目を向ける。
一人の生徒が厨房に銃を突きつけている状況は見慣れたものだが、銃を向けられている相手が普段とは違っていた。
「……不味かった食事に美味しいと言え、なんてことが言いたいわけじゃないんだよ。美味しいものを美味しいと言っていいのに、不味いものを不味いと言って何が悪いんだ、なんて話をしたいわけでもないの」
説教……だろうか?
その声を聞いて、ようやく思い出した。
前に一度だけ出会ったことのあるスーパーの前で、お湯を入れたカップラーメンを抱えて右往左往していたあの少女だ。
「食材のつくり手に、料理のつくり手に、今、君が当然のように食事ができている現状に――どうして、一番初めに感謝の気持ちが出てこないのか、それが私にはわからない」
……あの目は、誰かと似ているような。
群青と灰の瞳。
非常に特徴的なその双眼に似通った知り合いなど心当たりはないけれど。
既視感にも似た感覚が、どうしても拭いきれなかった。
「美味しかったやら、不味かったやら、と平然とそう言えるような環境を、皆が何の疑問も抱かずに温かいご飯が食べられるようなこの状況を――フウカちゃんの優しさを、当たり前だと思うなよって言ってんの」
「…………っ!?」
「誰の献身があっての今かなんて考えるまでもないでしょうに、余りにも無礼が過ぎる。これ以上、情けない人間になる前に反省したらどう?」
「……ごちゃ、ごちゃとッ! 言わせておけば――!」
反論に詰まり、理性による判断を苛立ちが凌駕したのだろう。
叱られていた生徒は牽制ではなく、一切の加減をせずに彼女を撃ち抜こうと引き金に手をかけた。
あれだけ勢いよく煽っていた彼女はというと、その大きな翼を目一杯に広げて背後を守ろうとする動きを見せながら、ギュッと目を閉じて痛みに備えるような姿勢を取っていた。
要するに。
「私の出番、ということですよね★」
一宿一飯の恩というには宿が一つ足りていないが、あのときに貰ったカップラーメンは非常に美味しかったので。
そんな気まぐれで、鰐渕アカリは彼女を助けようと決めたのだった。