私は何度も高校一年生に戻るのを繰り返している。目的は特にない。しいて言えば、多分面白いから。でも今回会った山田は疲れた顔で「もう時間は戻りたくない」と言う。話だけは聞いてやろう。

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時間遡行自由形

時間が巻き戻るときに特有の浮遊感が私を包み、目をぎゅっと閉じて開けるとそこは高校一年の入学式の朝。

「あつこ!」

背中を叩くのはキミで、それが同じ時間が始まったことを合図する。

「また3年間一緒かー!なんか変な感じだね」

「そうだね。またよろしくね」

「よろしく!」

キミの叩く手を避けてみる世界線も試してみたが、それは思い出しても何が起きたのかいまだにわからない。

私が避けると思わなかったキミがつんのめり、前に居た山田の背中へ頭から突っ込んで色々あって私とキミは山田に目をつけられる。

その3年後、実は世界の命運を握っていた山田は一番だいじな場面でぎっくり腰になり世界が終わる。

入学式の日にキミのヘッドバットを喰らっていない世界線ではどれも山田は腰の不調なく20歳の同窓会に顔を出していたので、やっぱりそれが原因だったとみて間違い無いと思う。

山田とは関わらないのが私たちにも世界にとっても素晴らしく最適なので、ひとまずここはキミの挨拶をかわさずに受けるのが吉だ。

「でもあつこは絶対清雅(せいが)第一に進むと思ってたけどなー。この際気になるから聞くけどなんでこっちきた?」

近隣でもっとも難関な進学校である清雅第一高等学校を選ばず、私はキミと同じ市立丸山高校に入学した。

「キミと同じ高校に通いたかったから」

「え?! うそお!」

「ほんとほんと」

「うそだよぜったい〜」

キミが嬉しそうなのがわかる。

ちなみにここで正直に「いや、落ちたんや」と答えると中学3年の夏以降私を連れ回して遊んだキミが気に病んで色々あって闇堕ちして同クラスの山田に当たりなぜかそれで激落込みした山田が大事な戦いで敵に隙を見せて世界が終わる。

山田もっとがんばってくれ。世界はお前にかかりすぎてる。

 

キミと分かれて自分のクラスへ向かうとこれまであったどの世界線でも起きなかったことが起きる。

同じクラスに山田が居る。

山田はキミと同じクラスで、私と同じクラスになることは三年間なかったはず。

何が世界の歯車をずらしたんだ?

「宮下敦子だよな。ちょっと話せないか」

警戒していると山田が私の席の前に来て言う。

すでに山田は私のことを知っている。

そんなはずはない。山田とは高校が初対面のはずで、最初の接触はキミのヘッドバットが無ければ1年の文化祭実行委員の初回会議までなかったはず。

「君は何回目だ?」

「何が?」

「とぼけてるのかほんとに知らないのか……。すくなくとも今までの宮下はどれも何周かした後だった。もう一度聞く。君は何周目だ? 宮下敦子」

どうやら今回の山田は一味違う。

山田も時間を巻き戻してきたらしい。

しかしだとしたらいままで会ったどの山田とも違う山田ということになる。

「あなたは山田。中央府に選ばれて世界掌握委員会を潰すために暗躍しているエージェントってことで合ってる?」

「……え?」

「……ん?」

「いったいなんて……すまん、一回で理解できなかった。もう一回言ってくれないか」

「いやだから。なんか政府が裏で組織した非公式戦闘集団の一員で、世界的に暗躍するテロ集団をなんとかしようとしている、そういう非公式の活動に従事している人っていう認識なんだけど」

「そうなのか……、他の世界ではそうなのか……」

「ちょっと話が見えないんだけど、私はもう多分30回くらいは高校一年生をやり直しているけど、あなたもそうなの?」

「30回? たったの?」

「え? あなたはちがうの?」

「僕は……」

山田は暗い表情でうつむき、「……回さ」

「え?」

「数えきれないほど、と言いたいけれど、全部覚えてる。1023回。これで1024回目の高校1年生さ」

彼の表情は疲れきっていて、顔は確かに15,6歳の少年の山田の顔なのに、これまでの世界線でこんなに疲弊した山田を見たことはなかった。

「あんた、大丈夫?」

「ああ、大丈夫さ……心がどれだけ擦り切れても、身体は元気なんだ……。すくなくともこの時期はまだ」

 

山田はそこでまるで人が変わったように意気消沈してしまい、廊下にうずくまってしばらく声も発さずにじっとしていた。

私はからかうことも立ち去ることもできず、ただじっと彼が復活するのを待った。

「そろそろホームルームが始まるけど」

「どうだっていいじゃないか。今更そんなこと」

「どうして? 入学最初のホームルームは大事だよ」

「はっはっは。おいおい、30回も高校生をやってるんだろ? 今更なにがホームルームだよ。学校生活をロールプレイする余裕がまだ残ってるなんて心底うらやましいよ」

「そうじゃなくて! 一回目のホームルームに出ないと世界が終わるんだってば」

「は?」

「あんたがホームルームに出れないと、勝手にクラス委員長決めが始まって立候補した鈴原キミとペアの委員長になってなんやかんやあってキミに告白して振られて落ち込んだあんたは死ぬ。そんで世界は終わる」

「……なんだって?」

「あれ? でもキミと同じクラスじゃなくて私と同じクラスだから平気か。そっかこのパターンは知らん――」

「ちょっとこっち!」

「え?ちょっと」

 

山田に連れられて入ったのは視聴覚室Aという空き教室だ。視聴覚室とは名ばかりの、使われなくなったオーディオビデオ機器やブラウン管テレビ、古いレコードプレーヤーなどがほこりをかぶっている、物置と化している部屋だ。

「なになに」

「ちょっと僕らの知っていることを整理したい」

山田は勝手知ったる様子で隅から黒板を車輪の音を立てながら引っ張ってきた。

私の小指より短い赤のチョークで黒板の左端に「山田」「宮下」と書き、それぞれの名前から矢印を右方向へ二本引いて見せた。

「つまり僕らは今こうしているわけだ」

山田はぐるぐるとチョークで黒板に円を描く。矢印の端から端へ行ったり来たりする横に長い楕円だ。私たちはループしている。

「でもその繰り返しは、お互いに重なっていない。多分」

そう言ってもう一つ、下側の矢印――私の名前から伸びた矢印に同じように楕円を描いていく。もう一つの楕円と交わらないように。

「つまり、僕らはいま、まったく異なる世界線の繰り返しの果てに、おそらく偶然交差して同じ世界線に居るんだ」

山田は自分の名前の横の楕円から一本の線を伸ばし、同じく下側の私の楕円からも一本の線を伸ばし、二本を合流させた。

「これはつまりこういうこと。世界は繰り返されるだけじゃなく、交わらないいくつもの並行した繰り返しが存在する。僕と宮下はそのうちの二つの並行する繰り返しをそれぞれ生きていて、なぜかこの世界線ではふたつの並行世界が重なっている」

「興奮してるところ悪いけどさ。だとするとこの世界をまた巻き戻したら、二人とも一緒に『戻る』のかな。それともどちらか片方はこの世界に居続けるのかな。それとも……」

「どちらか一方は消えるか」

暗い部屋で山田と私の視線が合い、私はつばを飲み込んだ。

「……まあ、繰り返した後の世界がそのあとどうなるのか、観測していないからわからないけどね」

 

そのあと視聴覚室でしばらく話し合ったのち、どうやらやはり山田は別の世界で何度も高校生をやり直してきたらしく、そこではいつも宮下敦子、つまり私は重要な協力者だったらしい。

山田によると、山田の時間遡航は戻れるタイミングが決まっていて、高校三年の卒業式の夜を最後に、目覚めると高校入学式の朝になっている。

私も時間を戻ると入学式の朝に来るのは同じだ。でも一方で、私は自分の好きなタイミングで時間を戻ることができて、何度か実は臨終間際まで人生を生きたこともある。

結局死ぬのが怖くて、息を引き取る直前に時間を戻ってきてしまったのだが。

実際年老いた身体から記憶の彼方の高校生活に戻ったのはとても刺激的で、同時に強烈ななつかしさにおかしくなってしまいそうな体験だった。

88歳の夏に独りベッドで意識が遠のくとき、私は耐えることができずにまた高校一年の春に戻ってしまったのだった。

そこでキミに背中をたたかれたとき、初めてそんなに長く時間をあけてから遡航したときは、膝から崩れて泣いてしまった。

キミは「え?! ごめんね!? いたかった?! 大丈夫あつこ?!」とうろたえて一緒に泣き出してしまって私がなだめることになってしまった。

とりあえず今はそれから10回ほど20代、30代まで過ごした後に戻ってくることを繰り返している。

いろいろな人生のパターンを試すのが面白くて、メモは残しても持ってこれないが、頭の中にいろんな人生のパターンをストックしている。

危険なルートに手を出して実際にまずいことになりかけたときは緊急避難でこうして戻ってきてしまっている。

その中には山田が絡んだものもあって、大体それで世界が終わるので地雷にもほどがある。

あのあといろいろな人生を試したが、どうやらイレギュラーなポイントは山田のみで、山田の高校時代を邪魔しないことで世界の平和が保たれることがわかってきたときむしろ呆れたくらいだった。

山田一人が世界の命運を握っているという事実が奇妙だったのもあるし、なにより山田が世界を終わらせてしまうのはたいていキミが原因、というかキミに振られて自暴自棄になった山田が仕事を果たせずに秘密結社のなんかの組織がやばい実験を成功させて世界を終わらせてしまうのだ。

いろいろ試したが、山田が失恋しないだけで山田はちゃんと世界を救う。

ヒロインが地雷要件になっているヒーローなんて罠過ぎるが、山田が豆腐メンタルなのが悪いのでとりあえず世界は山田とキミを遠ざけておけば安心。

それが私のループで学んだ教訓だ。

 

そういう全部を話したら山田は怪訝な顔をしていた。

「どうやら僕の過ごしてきた世界線と君が過ごしてきた世界線は本当に根本的に違うみたいだな……」

「どうして?」

「だって僕は悪の秘密結社と戦ってなんかいない。ごく普通の高校生だし、鈴原さん? ってのがどんな人か知らないけど、正直そこまで失恋とかに左右されるっていうのが、自分のことながら理解できないな……。それはいままでもずっとそうだったよ。正直時間遡行を経験しているのに君の話はそれでも荒唐無稽に聞こえるよ……」

「まあ、信じなくてもいいけど。実際この世界線では『そっち』が真実みたいだし」

 

「こんにちは~~。居ますか?~」

外から聞きなれた声がする。

「誰だ?」

小声で山田が確認する。私は声の主をわかっていたが、山田と会わせるのは躊躇する。

でも秘密結社も山田の裏任務も無い世界ならいいのか?

「ちょっと~!いかがわしいことしてんじゃないでしょうなー」

ガラリとドアを開けたのはキミだった。

「やっぱり居たか。二人とも初日から飛ばしすぎでは?」

キミが笑って部屋に入ってきて私の肩に手を置く。

「んで? こちらのボーイは誰ぞ?」

にやにやしているキミは明らかに楽しんでおり、「いや~知らん人。いまんとこ」とお茶を濁すと「うそのにおいがするぜ!」そう言って山田のほうに向かった。まだそれで世界が終わった記憶が生々しくて「ちょっと……」と呼び止めそうになる。

「あつこと知り合いですか? 予備校とか。それとも初対面? 君誰?」

「」

「おーい。ただの屍か……? ホームルーム終わっちゃったけど? あ! そうだあつこ!」

キミが振り返る。山田はさっきからフリーズして様子がおかしい。

「なに?」

「なんか先生がさ~、いない二人を委員長にしちゃえば? だって。なんかみんな、まあいいんじゃん? みたいな雰囲気で決まっちゃったよ?」

「え、まじ? てかキミも同じクラスだったんだ」

「そうだよ~! せっかく喜びを分かち合おうと思ったらおらんし。あとこの人マジで誰? つか大丈夫? 一緒にやってけそ? おーい。きこえてるかー」

山田の前で手を振るキミだが、山田はぼうっとキミを見て「あ……じゃい…」とうなずいている。

「……ねえ、山田ってひと? なんかやばい人っぽいから気をつけなね。あつこ委員長いっしょにできるこれ?」

キミが心配そうにしながら山田を一瞥した。

うーん……多分。

「まあいいや。もうみんな連絡事項聞いて帰り始めてるから、ゆっくりもどってきてね。一応クラス委員長の引き継ぎと説教もあるみたいだからがんばって!」

ガッツポーズをして廊下へ小走りに去って行くキミを見送った後、「……おい、マジで大丈夫か」と聞く。

「……ああ、何とか持ちこたえた」

どっかの世界線でぎりぎり敵の攻撃耐えたときのセリフなそれ。

「あんたさ、失恋で左右されるとかあほすぎとか言ってたけど」

「……そこまでは言ってない」

「……大丈夫そう? 正直だいぶ『くらってる』ように見えるけど」

「……そう見える?」

「すくなくともこれまでキミに振り回されてた世界線のアンタも最初はそんな顔してた気がする」

「そっか……そっかあ……」

両手で顔を覆った山田は耳まで真っ赤である。

なんかまあいいや。

好きにしたらいいと思います。

「そういえば山田はループの目的ってなんだったの?」

「なにが?」

「いや、千回もやり直してるくらいだから、よっぽどひどい未来を変えたいのかと」

「ああ、違うよ。宮下と違って僕は自由に遡行してるわけじゃない。むしろ僕の意志じゃなく勝手に始まる時間遡行から脱出するのが目的。もう疲れたからね、まじで……」

そのときまた一瞬疲弊した顔を見せた山田だったけど、すぐに元気を取り戻して言った。

「こうして今回はイレギュラーな宮下にも会えたし、どうやら君が意思しなければ時間はもう巻き戻らないのかもしれないからね。いったん様子を見てみるよ」

「そう」

山田は疲れた表情は残しながら、すこし肩の荷が下りたような様子だった。

実際、私は今まで希望しなければ人生の最後まで行けたし、今回も同じなら、もう山田がループすることはないはずだ。

「そういえば、これまで千回も繰り返しておいて、キミには会ったことなかったの?」

山田は、ハッとした顔をして私を見る。

「僕は彼女に会うために――」

「言うな言うな、さすがにそれはバグりすぎ」

こいつ全然冷静になれてないじゃん……。

 

 

 

******

 

 

ーーなんやかんやあって10年後。

 

 

「というわけで僕らはあつこさんのおかげでこうして二人でいると言っても過言ではないっ!」

「そうだそうだー!」

結婚式に呼ばれて友人のスピーチを両方から頼まれて両方断ったのがよくなかったのか、二人して披露宴の最後に馴れ初め語りついでに爆弾を投下しやがった。

「僕らの愛と三人の友情は永遠です! これは時間を何度巻き戻しても変わらない真理だと信じます」

それ伝わらないぞ。目配せすんな。新婦も若干怪訝そうである。

とりあえずこれで私の時間遡行はいよいよ封印することになりそうだ。

さすがに親友二人の幸せをなしにするほど野暮ではないつもりだ。

「あつこーー! うけとれーー! あたしたちの、元気玉!!」

オーバースローピッチングで元野球部の花嫁からブーケがぶん投げられた。

花びらが舞う中私は何とかそれをキャッチして、やっぱり時間戻せねえかな~無理か~と思う。

 


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