栗東寮118号室 ホラー映画研究会   作:月兎耳のべる

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■あらすじ
 小説家である「私」のもとに女子大生の久保さんという読者から1通の手紙が届く。「今住んでいる部屋で奇妙な“音”がするんです」好奇心を抑えられず、調査を開始する「私」と久保さん。すると、そのマンションの過去の住人たちが引っ越し先で、自殺や心中、殺人など数々の事件を引き起こしていた事実が浮かび上がる。彼らはなぜ、“音”のするその「部屋」ではなく、別々の「場所」で、不幸な末路をたどったのか。「私」たちは数十年の時を経た壮大なる戦慄の真相に辿り着き、やがてさらなる事件に巻き込まれていく──。


第十二回『残穢 -住んではいけない部屋-』(日 2016)

 ぱちん、と乾いた音がナイスネイチャの耳を叩いた。

 まるで洗濯バサミが弾けたような音だった。

 

「……また?」

 

 自室で机に向かっていたネイチャは(いぶか)しがった。最近、この変な音がよく聞こえてくるのだ。最初こそ家鳴り*1か何かだと考えていたが、どうにもおかしい。自然と音のした方向をじっと見てしまう。

 

 それは決まって壁から聞こえていた。

 

 方角でいうと東。ネイチャのベッドが隣接しているその壁の、更に奥から響くように音がする。ノックではない、まるで強く手を叩いたような感じ。聞くところによると、家鳴りは建材が温度により伸び縮みすることで起こるらしいが、それにしては変だ。この現象、決まって「休日」「昼下がり」「一人きり」という条件を満たすときだけ聞こえてくるのだ。

 

 我慢できない訳ではないので放っておいたが、いざ意識すると気になって仕方がなく。ネイチャは重い腰をあげて探索を開始した。

 

 最初に疑ったのは隣室のマチカネフクキタルだった。占い好きの彼女は様々な開運グッズを部屋にもちこんでは、"シラオキ様"に熱心に拝んでいる。「また拝んでるのかなぁ」と考えていたのだが、例の音は拍手にしては散発的だ。念の為部屋をノックしてみると、同住人であるパジャマタンホイザが出てきた。

 

「……おマチさん~? 今お出かけ中だよ~……ふぁぁ」

 

「ありがと。ってか、もうお昼すぎなんだけど……」

 

 次に疑ったのは上だ。ネイチャたちのいる118号室のちょうど真上に位置する218号室。そこはダイイチルビーとケイエスミラクルの部屋になっている。その時はジャージ姿のルビーが出向いてくれた。彼女はお人形のような容姿の先輩で、関わり合いが薄いため緊張したが、表情を変えずにこう答えてくれた。

 

「……()()()の音だと思います」

 

 思わず窓の外を見ると、なるほど確かに外は雲一つない快晴。なぜ思い当たらなかったのか、とネイチャは顔を赤くした。確かに音は決まって昼下がりに起きていた。だったら誰かが布団か何かを干していてもおかしくはないだろう。

 

 礼を言ってそそくさと退散する。自室に戻り「あー恥をかいた」とベッドに突っ伏すと……ぱちん。また例の音が響いた。そういえばアタシもそろそろシーツ干さないとかな~、と何気なく窓の外を(うかが)った。しかしすぐに首を傾げることになった。

 

「誰も干してないじゃん……」

 

 周りを見渡すが、栗東寮はもとより三浦寮のどこの窓辺も布団やシーツらしきものを干していない。あてが外れ、ぼーぜんとしていると、またもぱちん。ぱちん。と立て続けに例の音が響くではないか。ネイチャはだんだん怖くなってきた。

 

「え。いや……ま、まさかね?」

 

 ここ最近は特にホラー映画に日常を侵食されていたネイチャである。やけに解像度が高くて、嫌な想像が頭に浮かんで仕方がない。何だか怖くなって部屋の外に出ると、ぱちん。あの音が追いかけてくるように廊下に響いた。耳と尻尾がぴーんと直立した。

 

 ──ぱちん。ぱちん。ぱちん。ぱちん。ぱちん。

 

「ひっ。な、なに? なになになに!?」

 

 ──ぱん。ぱぱぱん。ぱぱぱぱん。ぱぱん!

 

 いままで散発的だったそれが連続し始める。まるで合唱のように四方から聞こえるそれに、取り囲まれている気分になり、思わず駆け出してしまう。とにかく音の鳴らない方へ! 玄関に向かっていくと、その頃には最初とは比べ物にならないほどの音量になっており、まるで寮が揺さぶられているかのように錯覚してしまう。そして、

 

 ────パァンッ!!!!!

 

「うにゃぁっ──!?」

 

 耳をつんざく衝撃音! 窓ガラスをもビリビリと揺らすそれに、とっさに耳を塞いでうずくまる。幸いなことにネイチャだけが聞こえていた訳ではないらしい。なんだなんだ、何事だと、部屋から生徒達がわらわらと飛び出してきた。

 

「爆発……!?」「今の何?!」

「すごい音だったねー!」

「避難とかしたほうがいいのかな」

「みんな大丈夫だったかしら?」

「まさか……タキオン先輩?」

「ありえる」「何したんですか?」

「心外だねェ!」

 

 あれよあれよとロビーに集まったウマ娘たち。あれだけ強い音なのだ、ガスでも漏れたんだろうかと全員が全員不安そうにしていたが、それにしては警報はうんともすんとも言わない。一体何が起きたのだろう? ネイチャはひとまず寝癖の残るタンホイザと合流して無事を祝い合った。

 

「いや~すんごい音だったねぇ……」

 

「ホントにね。ところでタンホイザ、アンタって最初から聞こえてた?」

 

「ん~、言われてみればって感じ? 確かに前から音がしてたような……」

 

「聞こえてたんかい。ならそう言ってよ」

 

「えへへへ、あんま気にしてなかったものですから~……ところで、これってもしかして……幽霊の仕業だったりするのかな?」

 

「……流石にそれは」

 

 違う、と言い切りたかった。けれども考えても考えても、この異常な音の説明はつかない。拍手の音とも、はたきの音とも違う。寮全体にまで響く音。まさか寮内で花火を楽しんだ訳でもあるまいし……答えられずにいると、タンホイザは我が意を得たり! としきりにまくしたて始めた。

 

「絶対! 幽霊の仕業だよ~!」

 

「いやいやいや、流石に早計すぎるでしょ……ほら、水道管とか配管の音かもだし」

 

「ネイチャもそうじゃないって思ってるでしょ~? こういう説明出来ない現象は、きっと(けが)れのせいだよ~」

 

「け、穢れぇ? タンホイザ、大げさにしすぎ」

 

「だってだって、最近読んだ小説でも、こういうのは土地に残った穢れだってさ~……例えば、重賞に勝てなかった子たちの念が蓄積してたとか~」

 

「そんな訳ないでしょ……」

 

 この寮の歴史は詳しくないし調べたこともないが、仮にそうならもっとすごいことが起きてもおかしくはないだろう。……でも、ひょっとして……本当にそういうこともあるのかしら? 少し不安になっていると、わいのわいのと盛り上がる皆の前に、顔を青くしたウマ娘が一人、トボトボと歩いてきた。

 

 ヤエノムテキだった。

 

「ヤエノさん?! どうしたの顔真っ青にして……!」

 

 気付いたカレンチャンが声をかけると、皆の注目が集まる。怪我でもしたのか、大丈夫かと(ねぎらい)いの声が次々と飛んでいくと、彼女が大きく腰を曲げて謝り始めた。

 

「も、申し訳ありません皆さん……! 今回の件、私がすべて悪かったんです……!」

 

 

 

 

「──拳から出た衝撃波のせいだったらしいよ。音を置き去りにする速さを手に入れたみたい」

 

「えぇ~……☆」

 

 

 

 

 

ー 第十二回『残穢 -住んではいけない部屋-』(日 2016) ー

監督: 中村義洋

 

 

 

 

 

 夜。いつもの部屋でネイチャはマーベラスサンデーに語っていた。昼下がりの騒音事件の真相が結局幽霊の仕業ではなかったことに、マーベラスはがっかりした様子を隠さなかった。

 

「まあこういうもんですって~。世間で怪現象って言われるものは、結局何かしらの理由があるもんですよ」

 

 『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』という言葉もある。ヒトは説明のつかない物事をついつい、幽霊や神様の仕業だと考えてしまうモノなのである。

 

 現実主義であるネイチャは、こういった幽霊の存在を基本信じてはいないが、否定もしない。とはいえ、世の中にある説明の出来ない事象は、結局は幽霊や神の仕業ではなく自然現象や誰かのしでかしたものであるという、おぼろげな確信があった。

 

「でもさでもさ、これが仮に幽霊の仕業だったとしたら、すっごくマーベラスだと思わないっ?」

 

「えぇ~……マーベラスかねぇ……?」

 

「マーベラスだよ~っ☆ タンホイザも言ってたでしょ『土地には穢れが残る』って~、アタシもそこまでは言わないけど『土地に記憶は残る』って思ってるんだよねっ☆」

 

「記憶ねぇ……それは例えば、この部屋にも?」

 

「そうっ、この部屋にもっ☆ 卒業していったウマ娘の軌跡……楽しいと思う気持ち、嬉しいと思う気持ち、悔しいと思う気持ち。それがこの部屋にもきっと残されてるっ! それがネイチャやアタシも気づかないだけで、何かしら影響してくれてるとしたら……それって絶対マーベラスなことだよっ☆」

 

 言われてふと思い出す。この部屋に備え付けられていた自分のベッドに、つけた覚えのない落書きがある。お世辞にも上手と言えない、けれども癖になる猫の絵。誰が、どういう気分でこれを書き残したのだろうか。これもまた『記憶』といってもよいのだろうか?

 

「……あ。そうだそうだ、タンホイザが読んでたっていう小説。アタシ心当たりあるんだ~☆」

 

「へぇ~。そんなに有名な小説なんだ? 一応伺っても?」

 

「『残穢(ざんえ)』ってやつ。『残る』と『穢れ』って書いて残穢だよ」

 

「ざんえ……あーもしかしなくてもホラー小説だよね?」

 

 びっ!と嬉しそうにサムズアップするマーベラスに、はぁ、とわざとらしくため息を付くネイチャ。なんとなく先の展開も読めてきた彼女は、す、と手を差し出すとスムーズにソレが置かれた。やっぱり映画DVDだった。

 

「……ですよね」

 

 登場人物であろう男女5人が、全員片耳を抑えているパッケージ。中央には「奇妙な音の謎は、その部屋の過去につながる」と書いてある。一見するとホラーではなく、サスペンス物か? と誤解しそうなパッケージである。

 

「最近のネイチャって本当にホラー慣れしちゃったんだね~、アタシちょっと寂しい~☆」

 

「アレだけ見せられれば誰だってね……」

 

 怖いどころか、興味のほうが勝ってきている今日この頃である。ネイチャは抵抗なくそれをDVDにセットすると、いつものように膝上にあがってきたマーベラスを抱き上げて準備を整えた。

 

 

 

 

 ──ぶち、とマーベラスサンデーが再生ボタンを押し。映画が始まった。

 

 

 

 バリアー。

 

 子どもが誰かとじゃれ合うときに、必ずと行っていいほど口にする言葉である。

 

 例えば誰それがトイレに行ったのを目撃したり、ありもしない細菌があると(はや)し立てて、「うわーばっちぃ~、バーリア! 俺無敵~!」などと小学生特有のマウントを取るアレである。

 

 筆者も幼い頃、友達が展開したバリアーに対してどう対抗するかを考えた結果、「バリア返し」をあみだし、最終的には「バリア返し返し返し返し」でカウンターされた記憶があるが、それはともかく。この「ある種の(けが)れの感染を防ぐため」に行われる行為は、その起源を調べてみるとかなり古い。さかのぼってみると13世紀の頃から見受けられたという。

 

 当時の呼びかたは、地方によって違うが「エンガチョ」が一般的で。「エン」は(けがれ)(えん)を表し、「チョ」は擬音語のチョンが省略されたもので「(えん)を(チョン)切る」を表しているそうだ。

 

 ではそんな忌避すべき「穢れ」とはなんなのだろうか?

 本作の冒頭では、それについて説明がなされる。

 

 

「……穢れ=不浄。汚れ。死・出産・疫病・失火(しっか)・悪行などによって生じ、災いや罪をもたらすとされる……ねぇ」

 

 

 タイトルコールに写った文字を読み上げると。その「穢れ」という文字の上に「残」が浮かび上がった。

 

 女性のモノローグで始まった本作は、どうやらこの声の主が主人公で、その職業は作家。しかも怪談雑誌を担当しているようで、その出だしも読者から募集した体験談を語るものだった。

 

 語られるのは九州地方の古い家。

 そこに出てくる、焼死した幽霊の話。

 

 感情の薄い語り口にあわせて流れる恐怖映像に、思わずひゃー!っと叫んでしまう……ような怖さは全くない。あまりにもあり触れている内容のせいか、その後すぐに登場した主人公も眉一つ動かしていなかった。

 

「……冷めてる主人公だね。なんというか、日頃の疲れが滲み出ているというか……」

 

「なんだか斬新……☆」

 

 年は若くもなく、老いてもいない。30後半か40代前半ほどの女性。その職場は京都市のとある賃貸。小説家らしく本と様々な書類で囲まれていて、あまり整理整頓されていない感じがリアルな大人感をかもしだしている。

 

 そんな主人公の元にある日、「すべての始まりとなる手紙」が届いたという。差出人は建築科に通う女子大生。その手紙に記載されていた怪談は、「自分の住むマンションの一室で、不思議な音がする」というものだった。

 

「ふーん……」

 

「さーって音がするって~」

 

 曰く、自分が見ていないときに限って和室で音がする。

 曰く、それは誰かが掃除をするような音。

 曰く、ずっと同じ場所を掃除している。

 

 何だか地味な怪談である。手紙には証拠となる写真なのか、和室に謎の光がうつりこんでいるものが同封されていたが、主人公は「カメラのフラッシュに反射した浮遊するホコリだ」と断言。どうやら職業とは裏腹に、かなりリアリストのようだ。ネイチャは共感を覚えた。

 

 その後も差出人から続報が続く。畳を擦るような音は今も続いており──今度は、部屋を開けたときに一瞬、帯のようなもの引きずられる所が見えたという。その女子大生は、この幽霊が、着物を着た女性であると本能的に理解したそうだ。

 

「つまりそこから導き出されるのは……」

 

「着物の女性が、過去にその部屋で首を吊って……☆ その帯が畳をさ~って擦ってた……☆」

 

「うへぇぇ……」

 

 挿入されるイメージと、布地と畳の擦過(さっか)音にネイチャは耳をおさえた。とはいえ、これもまあありがちな展開の範疇(はんちゅう)である。主人公も「とっさに扉を開いたことで差し込んだ光が、帯に見えたのだろう」と懐疑的。頼もしい限りである。

 

 そしてこの話は、主人公が過去の内容の似た怪談話を思い出したことで転じていくことになる。その怪談も「主婦が家事中に何かが擦れる音を聞いた」というもので、部屋こそ違うが住所は同じマンションだった。

 

(ははーん……なるほどね。この物語はこのマンションにある謎を解き明かしてく感じね~。大体分かったわ。マンション内で意味深な復讐劇とか惨劇があったんでしょうね~)

 

 一人したり顔で納得するネイチャ。

 しかし、その予測はすぐに外れることになる。

 

「あれ? ……その部屋で、過去に自殺者はいなかった?」

 

 主人公と女子大生のやり取りが続く中、次第に明らかになっていく事実。それは、このマンションには過去に自殺者はいないこと。そして2つの怪談は、それぞれ202号室と405号室で隣り合ってもいないし、距離的にも近くない位置で起きたということ。そう、関連性が薄いのだ。

 

 不思議がった女子大生が周辺に聞き取りをしてみると、このマンションに引っ越してからの住人の転居率が、かなり高いことが判明する。そして引越した住人の中には、精神を患って自殺した人がいるとも。

 

 しかし、その自殺者が悩まされていたのは、「着物の女性」ではなく「赤ん坊の声」だったという。女子大生と主人公はそんな不可解な謎に迫ろうと、本格的な調査に乗り出し始めるのだった……。

 

 

 ──そう。何を隠そうこの映画、ホラー映画というよりミステリー映画なのである。

 

 

 最初こそ呪われたマンションの話だろうと思ったら、その土地に問題があるという話になってゆき、主人公たちは過去の住民たちに話を聞いて原因を探っていく。途中途中で過去の出来事にフォーカスしたホラー演出は挟まるが、その演出はかなり……いや、大分あっさりだ。ネイチャはかなり拍子抜けした。

 

「盛り上がるような、盛り上がらないような……」

 

「すごくスローペースな盛り上がりだよね~☆」

 

「うん。でも……アタシはこういう感じの好きだな~……」

 

 とはいえ、拍子抜けしたのはそのホラー部分に対してであり、モノローグによって語られるミステリー部分は至極真っ当で、非常に興味を()かれたし、そんなホラー映画らしからぬこの展開をネイチャは気に入りだしていた。

 

 本作の特異なところとして、ホラー映画なら普通差し込まれるであろう『緊迫感』というのがほとんど無いことがあげられる。主要人物たちは一向に危険に晒されず、ただただ周りの証言をもとに真実を明らかにしていく。その探偵モノめいた展開は、二人の心を掴んで離さなかった。

 

 

 ──さて。本作が進むにつれてネイチャ達は大きな謎にぶち当たる。それは『様々な怪談が出てくる』ことだ。

 

 

 開かずの部屋に焼死した幽霊があらわれる話。

 首を吊って死んだ着物女性が出る話。

 複数の赤ん坊の声にうなされて自殺した男の話。

 別のマンション住人にかかった不審電話の話。

 縁の下に話しかけるボケた老人の話。

 マンション建設前にあったゴミ屋敷で変死した男の話。

 

 

 どれも一見、関係がないものばかり。だが、そのマンションのある敷地、その周辺に住んでいた人の証言から、おぞましい関連性が見えていく。

 

 バブル崩壊前後。かつてマンションと同じ敷地にあった屋敷に住んでいた男は、敷地ではなく家の隙間をゴミで埋め尽くして孤独死した。生前、彼は家の隙間を嫌っており、それは家から響く謎の音を嫌っての行動だとか。

 

 高度経済成長期。同じ敷地にあった別の屋敷に住んでいた女性は、娘の結婚式お披露目直後に、家で着物姿のまま首を吊って死んだ。そしてその女性が、普段から謎の赤ん坊の声に悩まされて精神を病んでいたとか。

 

 第二次世界大戦中。同じ敷地にあった長屋に住んでいた女性は、妊娠しては赤ん坊を複数遺棄して捕まっていた。そしてその女性は、床下から聞こえてくる誰かの声に命じられてやったとか。

 

 大正時代。同じ敷地にあった屋敷で若い男が、精神を患って私宅監置*2されていた。そしてしきりに誰かを殺せ、焼け、と恨み言を吐いては、座敷牢に備えられていた便所からたびたび抜け出し、床下を這い回っていたとか……。

 

 過去にあった事件が、ひとつ。またひとつと次の事件につながっていく。その事実に登場人物も、そしてネイチャ達も背筋が薄ら寒くなっていくのを感じた。握り合っていた二人の手が、汗ばんでいた。

 

「……こ、こういう怖さかぁ~、こりゃ~予想外ですねぇ……!」

 

「あんまり見ない感じだよね~☆」

 

 最初はどことなく『リング』に似ていると思った。『リング』もホラー映画だが、そのボリュームの大半は呪いのビデオの起源を探るミステリーパートが大半だったから。

 

 けれど『リング』にあって『残穢』にないものがあるとすれば……それは、主人公たちに訪れる危機である。なんと、すでに映画的には後半にさしかかっているのに、怪現象による実害を主人公らは一切受けていないのだ! もうここまで来ると完全にミステリー映画だよね、とネイチャは思わずにはいられなかった。

 

(……とはいえ、ここまで暴いて何もないってことはないと思うけどね~……主人公の身の回りも些細とはいえ、変なこと起きてるみたいだし……)

 

 物語の行く末を心配していると、話は大正時代の同屋敷に飾られていた「とある一枚の掛け軸」に行き着く。それは戦国時代の着物姿のお姫様を描いたもので、一見普通の絵なのだが時々、その顔がひどく歪むともっぱらの噂だった。そして、その顔が歪むときに、周囲に災いがもたらされるとか。

 

 主人公らはホラー作家のツテを頼り、その掛け軸がどこから来たのかの調べると、とある九州地方の怪談に詳しい作家が心当たりを述べる。それは、北九州最強怪談と呼ばれる「奥山家」にまつわる話……地元の郷土研究家によれば、明治時代に小さいながら炭鉱を経営する奥山家は地域でも有名な資産家。掛け軸も奥山家が所蔵するものだったそうだが、そこでは炭鉱事故が相次いでいたそうだ。

 

 当時の炭鉱の技術は未熟で、その安全管理は杜撰(ずさん)だった。一度炭坑内で火事が起きると、その火を消すためには入り口を閉じて、空気を遮断しない限り消えない。だから一度ソレが起きれば、中に人が残っていたとしても強行されたそうだ。それは当時の倫理観の問題というより、炭鉱を継続するためには仕方のない処置だった。

 

「うわぁ……ひど……あ。もしかして『焼け』『殺せ』って言葉って、その取り残された人の仕業ってこと!?」

 

「だろうね~……☆ あと、この話って……もしかしなくても……冒頭の怪談にあった『黒焦げの幽霊』が炭鉱で死んだヒトなんじゃない?」

 

「……あ!」

 

 そんな奥山家はある日、家族と使用人を皆殺しにした挙げ句に自殺し、一族は断絶した。その後、元奥山家の敷地に建った「真辺家」でも似たような不幸が重なった──そう、それはまさに九州地方の古い家にまつわる、あの怪談話。ここに繋がるのだ。

 

 では九州の怪談話が、なぜ京都に広がったのか──?

 

「やっぱり、例の掛け軸のせいってこと……? この幽霊騒ぎはすべて掛け軸が原因……?」

 

「掛け軸は京都の例の屋敷にいた人の嫁入り道具だったそうだけど……違うよネイチャ。掛け軸は原因の1つ。コレの本質は蓄積した怨みや穢れが、土地や道具を介して周りに感染したせいだよ」

 

「それって……いやでもそうだとしたら……キリがないじゃん!?」

 

 まるでウイルスだ。強い怨みが怪現象を起こし、ひとたび不幸が広がると、その土地や道具が感染源となって穢れになるなんて……人類が生きている限り、終わりがないではないか! 事実、解体された奥山屋敷の部材が様々な地方に売られた結果、その建材を使用した家では怪現象が次々と巻き起こっていた。

 

 パズルがようやく1つ完成したと思ったら、また別のパズルが現れたようだ。ネイチャはその途方もなさに、嘆かずにいられなかった。

 

『死は、ある種の穢れを生むのかもしれない。特に強い無念を残し、(うら)みを(ともな)う死は「穢れ」となる。』

 

『だが、それは本来、無制限に残るものではないし、無制限に感染するものでもない。』

 

『穢れに触れる我々も、呪術的な防衛は行う。死者を供養し、土地を(きよ)める。だが、あまりにも強いためにそれでもなお残る何かがあるとしたら──』

 

「だから残穢なんだ……」

 

「マーベラス……☆」

 

 タイトルの意味がようやく()に落ち、ネイチャは鳥肌が立ってしまう。そしてより体を前に傾けて映像にのめり込んでしまう。この映画はこの先、どの方向に進んでいくのだろう。どういうオチになってしまうのだろう!? ただそれだけが気がかりだった。

 

 そして見守る中、主人公らは奥山家の跡地である真辺家が、廃墟として残っていることを聞き、その土地に向かった。そうして、その不気味に(たたず)む屋敷で彼らが見たものとは──!?

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「……うーん。そっか。そうかぁ……」

 

「……マーベラース……?」

 

 和テイストの荘厳(そうごん)なEDテーマが流れる中、ネイチャたちは二人して腕を組み、(うな)っていた。そういう着地点なんだ~という納得と、そういう締め方なんだ~という物足りなさが、喧嘩していた。

 

 結論から言うと、主人公たちは誰一人として死ぬことも傷つくことも無かった。

 

 そして『穢れ』の連鎖も、結局は何ひとつ変わることはなかった。ただあるがままに穢れは侵食し続け、主人公たちはそれを静観する形で終わってしまったのだ。

 

 とはいえ主人公たちの身の回りに、その後何もなかったのかといえばそうではない。主人公にはその後、謎の無言電話がかかるようになり。すべての始まりとなったマンションでは、やはり引っ越しが度重なっていた。それは『穢れ』が伝播し続けていることに他ならず、ネイチャも薄気味悪さを隠せなかった。

 

「個人的には……納得できるし、嫌いじゃないかな。あくまで主人公たちって怪談の秘密を探ってただけだし。実際この怪談自体も、それを解き明かした人に害するものではないって納得できるから。でも……」

 

「うんっ、アタシもそう思うなぁ☆ むしろ最後の最後まで、傍観者っていう立場を貫いてくれたから、なんとなくゾワゾワ~ってした後味悪さが残るENDって感じがマーベラスっていうか? けど……」

 

「「オチがね~……」」

 

 ED手前、最後の最後に唐突に流された、幽霊による一連の恐怖演出。アレがどうしても違和感を覚えて仕方がなかった。

 

 怪異のひとつに、今回の話をまとめていた編集者の一人に、例の黒焦げ幽霊が襲いかかるというものがある。それが『調べても穢れてしまう』ということを表現したいのは分かるのだが、ありきたりなホラー演出を荒っぽいCGで表現された結果、チープになってしまい。逆に物足りなさを助長してていた。

 

 ……ひょっとしたら制作側はこう考えていたのかもしれない。「あれ? ホラー映画なのにホラー演出少なすぎね? じゃあホラーだし、こういう幽霊演出いれとくか!」って。しかし、そのとってつけたような演出が本作では逆に浮いていて、歯に挟まったような感じが残ってしまった。

 

 幽霊映画のハズなのに、いざ幽霊を出すと微妙になるとは。皮肉なものである。

 

「いっそあの演出……無くても良かったんじゃないかなぁ?」

 

「同意☆ でも映画ってエンタメだし、やっぱりこういうのは少量でも欲しいよねっ☆」

 

 確かにそうかも。とネイチャはほんのり理解をしめしながら、マーベラスの頬をぐにぐにともてあそぶのだった。

 

 

*1
温度や湿度等の変動が原因で、家の構造材が軋むような音を発すること。

*2
日本にかつて存在した、精神障害者に対する制度で、自宅の一室や物置小屋、離れなどに専用の部屋を確保して精神障害者を「監置」することである。




「多分今回の騒動の根本はあの掛け軸なんだろうけど……アレの由来はなんだろうね?」
「……探ったら穢れが感染しちゃうかもよ?」
「……質問撤回しまーす」

『残穢【ざんえ】―住んではいけない部屋―』:
 制作年:2016年(日本)
 監督:中村義洋
 上映時間:107分
 配給:松竹

 ナイスネイチャ評:★★☆☆☆
 感想:静かなホラー映画……っていうより、ミステリー映画かなぁ。こんなに人が死なないホラー映画はじめてみた。(過去には死んでるけど)淡々と謎が解けて、繋がっていく展開は結構アタシ好みだったかも。ただ最後が……ねぇ。

 マーベラスサンデー評:★★★★☆
 感想:ストーリーがしっかり寝られたミステリーメインのホラー映画っ☆ 繋がらない怪談話が調べると繋がっていく展開はワクワクが抑えられなくてマーベラスっ☆ とはいえ、呪怨みたいな怖さを求めてると肩透かしあるかも? オチの弱さも惜しいけど、一見の価値アリだと個人的には思うっ☆
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