栗東寮118号室 ホラー映画研究会   作:月兎耳のべる

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※今回の映画は「厳密にはホラーじゃない」とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが承知の上です。ご理解のほどをよろしくお願いします。(スリラーとホラーの境界って結構あやふやな所あるので……)

【あらすじ】
 山でのフリークライミングの最中に夫・ダンを落下事故で亡くしたベッキーは、悲しみから抜け出せず1年が経とうとしていた。ある日、ベッキーを立ち直らせようと親友のハンターが新たにクライミングの計画を立てる。今は使われていない地上600mのモンスター級のテレビ塔をターゲットとして選んだ彼女たちは、老朽化で足場が不安定になった梯子を登り続け、なんとか頂上へと到達することに成功するのだが…。


第四回『FALL/フォール』(米 2022)

「そういやウマッターでさぁ──」

 

 うん。と見ず知らずの言葉に(うなず)いてしまう。

 発生源は名も知らぬ栗毛のウマだった。

 

 

 

 学生達でごった返す廊下、その壁に背を預けていたナイスネイチャ。彼女はすぐ隣の談笑に何気なく耳をそばだてていた。

 

「──あれ、見た? ()()()()()()動画」

「見た見た! あれヤバイよね~!」

 

(のぼってみた……?)

 

 歌ってみたでもない。踊ってみたでもない。作ってみたでもない。のぼってみた……のぼってみたって何だろう? 訳もなく手元で(もてあそ)んでいたウマホ。それで何気なく探ってみる。

 

(のぼってみた……のぼってみた……あ。これか)

 

 時を経たずしてたどり着いたのは、「富士山に()()()()()」という動画だ。カラフルで目を引くタイトルに、これまた着飾ったウマ娘が大げさなポーズを取っている。

 

 なるほど登山動画。確かにチャレンジブルな内容ではある。しかしこれぐらいの内容は今時さほど珍しい内容でもないように思える。何だろう、登山ブームがひそかに来てるんだろうか?

 

「やっぱさ~、〇▲ちゃんはマジバイブスすごすぎっしょ~。見てるとずーっと尻尾ビリビリするもん!」

 

「まっさか100階建てビルを登るなんてね~、次は東京タワー挑戦したいとか」

 

「パネーっしょ!」

 

(え、あー。そっちね)

 

 ……と思ったらイリーガルな挑戦系の動画だった。

 それなら興味を()かれるのも無理はないか、ネイチャは一人頷いていた。

 

 いわゆる「やってみた動画」は今でも大人気だ。

 

 視聴率を求めるがあまり内容が過激になる傾向がある中で、はた迷惑、あるいは命知らずな挑戦をする配信者も少なからずいる。ネイチャもそういう動画を何度か目にしたことがあるが見るたびに思い浮かぶのは決まって称賛ではなく、呆れだった。

 

 命が惜しくないのか。

 仮に事故ったらどうするつもりなんだ。

 自分が死んだ時、家族はどう思う?

 親友は? 周りは? 学校は?

 人に心配かけさせて何がしたいんだ?

 

 誰よりも現実に苦しめられているネイチャだからこそ表ではなく裏を見てしまう。

 

 この子達からすれば、自分はさぞかし()れたウマに見える事だろう。しかし周りを(かえり)みず、ただ撮れ高だけを求めるやり方は絶対に良くないし、法も許さない。やるべきではないだろう。

 

 ──ただし、

 

(分かってても怖いモノ見たさで時々開いちゃうアタシ……はー、ほんと人の事言えないわ)

 

 善良であるという自負はあるが、率先的に(とが)める程の正義感は持ち合わせていない。身内に被害が出るならその限りではないが、基本は見ないフリをしている。そんなちゃんちゃらおかしな自分の倫理観をネイチャは軽蔑してしまう。

 

 ああやだやだ、また自己嫌悪してる。切り替えるために街猫特集を眺めていると、ほどなくしてガラリ。すぐ目の前の扉が開いた。

 

「ごめんごめんネイチャ、お待たせ~」

「お帰りタンホイザ。大丈夫?」

 

 現れたのはマチカネタンホイザである。

 右鼻にティッシュを詰め、おでこに絆創膏をつけて保健室から出てきた彼女は照れ臭そうにしながら歩み出し、ネイチャも付き従った。

 

「あはは、心配なしだよ~今日もお世話になりました~」

 

「ま、これくらいはね。でも今月入って3回目は流石にねぇ?」

 

「まあまあまぁ~。トレーニングしてたらね、そりゃハプニングも起きるよ~」

 

「アンタの場合ハプニング起き過ぎなんだって」

 

 チームカノープスの輝く有形文化天然キャラ、マチカネタンホイザ。おっちょこちょいに定評がある彼女は本日もランニングマシンでずっこけて顔面を強打。いつものように鼻血を流した。偶然その場に居合わせたネイチャが手慣れた様子で保健室に連れてゆき……今に至るという事だ。

 

「あとトレーナーから連絡。『今日はトレーニング中止。体を休めてください』だってさ」

 

「えぇー……今日は気合十分だったんですけどねぇ。えいえいむーん!って感じで……」

 

「ま、そういう事もあるって。我慢我慢」

 

「……『えいえい』くらいならやってもいいのでは?」

 

「ダーメだって。今日は安静にしときなよ」

 

 鼻血は軽い症状に見えるが、ことウマ娘達にとってはそうではない。肺に空気を送り込む口や鼻のうち一部でも使えないと十全な力を発揮できないうえ、他の怪我にも繋がりかねない。

 

 やる気は買うがまずは治してからだ。親友が怪我をするのは絶対に見たくはないため、こういう時のネイチャは決して折れない。タンホイザもその事を知っていたので素直に従った。

 

「むーん……じゃあ部屋でごろごろしますかぁ……あ。そういえばネイチャってホラー映画好きなの?」

 

「え」

 

 すると唐突に変化球が飛んできた。

 答えは決まってるはずなのに、どう返答すればいいのかネイチャは一瞬考え込んでしまった。

 

「……嫌いだけど。なんで?」

 

「あれれ? 違うの? 毎日ホラー映画見てるんだよね~?」

 

「どこ情報? ねえそれどこ情報?」

 

 秘密にしてる訳でもないが周りに言いふらしたつもりもない。一体どこの誰がそんな噂を広めてるのだ。マーベラスサンデーか? マーベラスサンデーなのか? ちょっと強めに否定しようと思ったネイチャだが、その前にタンホイザが答えてくれた。

 

「だって部屋隣だよ~*1、マーベラスちゃんとネイチャの声よーく聞こえてくるもん~」

 

「う゛。……うるさくしてごめん」

 

「いいよ~。でも楽しそうにしてるなーって思ってたから。それなら何で見てるの?」

 

「ホントは嫌なんだけど、マーベラスがどうしても一緒に見たいっていうから……」

 

 本当にそうなの。ここ最近ホラー映画を立て続けに見てるけど別に得意って訳じゃない。どこからともなくマーベラスサンデーが持ってきちゃうんだって。ふーん。じゃあ面白い作品はなかった? ……まあ少しくらいそういうのはあるけど……なんて話をしていると、タンホイザが「ぽむ」と手を叩いた。

 

「じゃあさじゃあさ~今度私にも何か貸して欲しいな。時々そういうの見たくなるんだよね~、交換しようよ!」

 

「こ、交換?」

 

「そうそう交換! 私もホラー映画少しだけ持ってるからそれと交換ってことで~」

 

「え。え。いやねタンホイザ? アタシは持ってないからそう言うのはちょっと……」

 

「そっかー。あ、じゃあマーベラスちゃんに言えばいいのかな? うん、マーベラスちゃんに相談してみるね!」

 

「いや待ってそれ(まわ)り周ってアタシが犠牲になる奴だから──」

 

「あーそうだ! ごめんねネイチャ! 教科書忘れてきちゃった! またね!」

 

「ちょ、タンホイザ! ちょっと、ちょっと~~~!?」

 

 返事を待たずにタンホイザはばたばたと走りさり、ぽつんとネイチャは取り残されるのだった。

 

 

 

 

 

ー 第四回『FALL/フォール』(米 2022) ー

監督: スコット・マン

 

 

 

 

 

 その夜、マーベラスサンデーとナイスネイチャはベッドの上に置かれたDVDを挟んで座り込んでいた。

 

 かたや満面の笑み。

 かたや絶望のへの字である。

 

 DVDのパッケージには非常に高そうな鉄塔の頂上に取り残された二人の女性の姿。そしてシンプルな「FALL」というタイトルが刻まれていた。

 

 

FALL(落ちる)」。

 もう見たくなさが半端なかった。

 

 

「……タンホイザと交換したの?」

「マっ☆」

 

 びっ、とサムズアップしたマーベラスサンデーに、ネイチャは今日何度目かになるため息をついていた。タンホイザが何でこんなのを持ってたかは知らないが、ゾンビ、幽霊、殺人鬼と来て、今度は無機物ときた、バリエーション豊かな選定でうれしい限りである。ホントにやめてほしい。

 

「今日見るの……?」

 

「マーベラスっ☆」

 

「明日じゃダメ?」

 

「ノットマーベラスっ☆」

 

「一人で見てもらってもいい?」

 

「じゃあ今から一人で見るね?」

 

「それ巻き添えになる奴って知ってるんだからね!?」

 

 困った。今日のマーベラスサンデーも絶好調だ。目は爛々と輝いて「絶対にネイチャと見るぞ」という意思で溢れている。ネイチャはどう切り抜けようか頭をフル回転させていた。

 

 知っての通りネイチャはホラー映画が苦手だ。さらに言うとスリラー映画はもっと苦手だ。何が苦手って、その展開が好きになれないのである。

 

 何かが意図的に襲ってくる、というのは百歩譲って納得できる(できないこともある)。しかしこういった自然災害あるいは人工物系は決まって「身勝手で迷惑な人物」が登場し、創作だと分かってはいるものの()()()()()()()気持ちになって仕方がない。それは時折挟まれるグロテスクシーンよりも直接神経を逆撫でしてくるものだ。

 

 例え勧善懲悪(かんぜんちょうあく)が守られていたとしても、一時でも気分の悪い物を見たくない。そういう思いからネイチャは固辞し続けているのだ。

 

「ネイチャー。じゃあ再生するねー」

 

「ってアタシの要望は無視ですかっ」

 

 ただしその力説はマーベラスを説得するには至らなかったようだが。たまらず抗議をするとマーベラスは首を傾げた。

 

「でも現実にそういう迷惑な人はいるよね?」

 

「え……そりゃぁ、まあいるよね。うん」

 

「そういう人達がネイチャに関わろうとしたら?」

 

「えぇー……波風立てない程度に距離を取るかなぁ……」

 

「だよねっ☆ だから事前練習だと思って、そういう人から距離を取るためにはどうするかって見ながら考えたらいいんだよ!」

 

「な……るほど……?」

 

 確かに反面教師だと思えば使えるのかも……? いや、そもそも映画の状況はめちゃくちゃ特殊なのでは? 極限状態だよね? それだとあまり参考にならないのでは!? 反論する前にDVDは再生され、膝を占拠されたネイチャはがっくしと項垂(うなだ)れるのだった。

 

 

 

 

 ──ぶち、とマーベラスサンデーが再生ボタンを押し。映画が始まった。

 

 

 

 

 唐突だが、2024年現在の世界の構造物高さランキングは下記の通りである。

 

 ブルジュ・ハリファ:ドバイの超高層ビル 829.8m

 ムルデカ118:マレーシアの超高層ビル 680.5m

 東京スカイツリー:日本の鉄塔 634.0m

 上海中心:中国の超高層ビル 632.0m

 KVLY-TV塔:アメリカの電波塔 628.8m

 KXJB-TV塔:アメリカの電波塔 627.8m

 KXTV/KOVR塔:アメリカの電波塔 624.5m

 ………

 ……

 …

 

 今作で登場する電波塔「B67テレビ塔」。そのモデルは「KXTV/KOVR塔」だそうだ。構造は細長い金属棒が天めがけて一色線に伸びているという物で、それを支えるために四方を、これまた長いワイヤーで地面とつなげている。何でこんなに電波塔が大きいのかっていうと、広大なアメリカの土地を電波でカバーするために必要だとか。(なお東京タワーは333m)

 

 なんであれ気軽に登るような物ではない。

 誰だってそう思うだろうし、ネイチャも強く強く思っていた。

 

 じゃあ何だって主人公たちが登っちゃうんだって話だが……以下がいきさつである。

 

 ①主人公ベッキーはロッククライミング中に婚約者ダンを滑落事故で亡くす。

 ②数年に渡ってベッキーふさぎ込む。

 ③事件の際に一緒にいたハンターという女性が訪れる。

 ④ハンターはベッキーが過去を乗り越えるために電波塔の登頂を誘う。

 ⑤ベッキー断る。

 ⑥しかし婚約者の遺灰を眺めてたら考えが変わり、やっぱり行くことに。

 

 

 ネイチャは一連の流れで早くも気が狂いそうになった。世の中には理解が及ばない人もいるのだと思い知った。

 

 

 婚約者含むベッキー達はロッククライミングが好きなようだ。

 ネイチャは飲み込んだ。

 理解はできないが危険を承知で命を投げ出す人は世の中にいる。一方的な否定など出来るはずがない。

 

 

 事件から数年経っても主人公ベッキーは落ち込み、酒浸り+父親を邪険にしていた。

 ネイチャは何とか飲み込んだ。

 気持ちは分かるけど危険を承知だったのでは。自己責任では。……という考えにはひたすら(ふた)をした。そう考えると作品を楽しめなくなることをネイチャは知っていた。ただただ娘を心配する父親が可哀想だと思った。

 

 

 そんなベッキーに対し、親友兼事件当事者であるハンターが危険度満点の高いところに行こうと誘った。

 ネイチャは飲み込めなかった。

 婚約者を滑落事故で亡くしたのにまた傷口を抉るってどういう判断だ。一万歩譲って荒療治と認めてもいいが、それだったら電波塔じゃなくて山にするべきだろうと思った。

 

 

 一度は提案を跳ねのけたベッキーは、しかし婚約者の箱詰め遺灰を眺めている途中で気が変わり、行くことに承諾した。

 ネイチャはキレそうになった。

 

 

「い、いやアタシはもう悪い事になるって知ってるからね!? やめろよって考えちゃうんだけどさぁ……! いかにも危険があるところに何でまた親友を連れてくのさ! しかも命の保証とか特になし!? あとベッキーもベッキーじゃない? 婚約者(ダン)だったらきっとチャレンジするって???? おかしいって!!!?」

 

「ネイチャすごい早口ー」

 

 若さ故の短絡思考をあざ笑う演出なのか、それとも何も考えていないのか。実態は定かではないが冒頭の時点で突っ込みどころ満載だ。そしてそんなネイチャをよそに、よせばいいのに二人は鉄塔の元にたどり着いてしまう。

 

 見渡す限りの広漠な原野。

 そこにぽつんと(たたず)むは(くだん)の「B67テレビ塔」。

 

 わざわざ「DANGER OF DEATH(死の危険あり)」と(ただ)し書きされた封鎖ゾーンをくぐりぬけ、ハゲワシが飛び交う不吉な荒野を通り、そうして邂逅(かいこう)するは天を貫くバベルの塔。首が痛くなりそうなほど長い支柱。そんな支柱をシンプルな鉄骨が支える単純な構造。内部に取りつけられた頼りない金属の梯子(ハシゴ)。何十年も整備されずに錆だらけになったソレが、風でギシギシと異音を立てて佇んでいる。

 

 こんなの登る奴の気がしれない!

 

「いやいやいや無理無理無理……!」

 

「あははは、むりむりむりー☆」

 

 直前になって怖気づいたベッキーに「そうだよよしなよ!」と同意するネイチャ。しかし無情にも親友の説得で登り始めてしまう。

 

 吹きさらす風が鉄骨を揺らし、二人の体重を受けた梯子がギリリと嫌な音を掻き立てる。それだけでもめちゃくちゃ嫌だが、カメラは更に嫌な場面を提供し続けてくれる。

 

 サビつきすぎて穴の開いた鉄骨。

 今にも取れそうなネジ。

 遠ざかる地面。強くなる風。

 老朽化したハシゴ。壊れたボルト。

 足場は(もろ)く、頼りなく。

 親友はハシゴを揺らして脅かしてくる。

 

 枚挙に暇がないバッドサイン。もうこの先悪い事しか起きないですよ! と全てが語っており、彼らが登るにつれてネイチャの顔色がどんどん悪くなっていく。

 

(何が嫌ってさぁ、普通絶景ときたら壮大なBGMと相場が決まっているのさぁ……なんでこんな絶望感を掻き立てるBGMばっかり流すのさぁ~~~!)

 

 絶対に安心なんてさせてやらないぞ、という強い意志を感じる。

 ネイチャは心の底から制作陣を恨んだ。

 

 そうして300mを超え400m、500mとぐんぐん登り。途中のアンテナ部分を何とか乗り越え。落ちそうで落ちない、そんなハラハラ感を煽るシーンを何度も何度も見せられた挙句……ようやく、ようやく! 二人は頂上にたどり着いた。

 

 そこは地上600mの絶界。

 

 手すりのない、大人二人がようやく座れる狭い足場でベッキー達は喜びあった。ネイチャは勿論喜べなかった。むしろ今後を考えて胃が痛くなっていた。はいはい登頂したよねお疲れ様じゃあもう帰ろう何も起きないうちにホラ早く──、

 

「もおぉぉぉ~~~~!! 何でそんな事するのさぁ!?」

 

 ──そうは問屋がおろさなかった。実は配信者であるハンター、陽気にあっちをパシャパシャこっちをパシャパシャし始めた。更に撮れ高のためにワザワザぶら下がってパシャったり、同じ事をベッキーに強要したりと無茶苦茶である。ネイチャは叫べばいいのか、怒ったらいいのか分からなくなっていた。開始30分も経っていないのに、とにかく疲れ果てていた。

 

「ネイチャどうどう☆」

 

「はぁ……はぁ……! うぅ~……ま、マーベラス、こういう所登ってみたい?」

 

「うーん。ネイチャが嫌ならいいかなー」

 

「おぉよしよし……そう言ってくれてアタシはうれしいよ……」

 

 (ちまた)蔓延(はびこ)る迷惑系インフルエンサーなんて絶対に見習わないで欲しい。ネイチャはひしとマーベラスを抱きしめて願うのだった。

 

 

 さてさて。何とか事故なく危険行為を済ませた彼女達。決別の為に持ってきた婚約者の遺灰。それを空にぶちまけると、すっきりしたと告げるベッキー。

 

 用事を済ませ彼女達が意気揚々と帰ろうとしたその時である。足をかけたハシゴが途中で崩壊! 危機一髪のところでハンターに引き上げられたベッキー。しかし崩壊したせいで帰り道は封じられてしまう。ようこそ地上600mの監獄へ。そう、ここに来てようやく「FALL」は始まったのである。

 

「もうお腹いっぱいなんだけど……」

 

「わくわく……☆」

 

 天空の牢獄に囚われた二人。

 その現状はかなり絶望寄りだ。

 

 携帯は圏外。(地上では通っていたのに、空は通らないらしい)

 水と撮影ドローンを入れたバッグは落として50m下のアンテナ部分にひっかかってる。

 主人公であるベッキーは足に深い怪我。

 備え付けてあった双眼鏡と発煙筒はあり。

 寂れた土地なので滅多に人通りはなく。

 最悪、誰も気づかない可能性だってあった。

 

 取り乱すベッキーに対し、ハンターだけが常に冷静なのが唯一の救いか。

 

「でも……どうすんのさ。携帯通じないんだったら助けは微妙じゃない?」

 

「フレアガンがあるよー☆」

 

「けど、周りは人はいないんだよね? 一発こっきりだし……使いどころが微妙そう」

 

「あとは、バッグの中にあるドローンとか?」

 

「……そのためにイチかバチかでロープだけで降りるの?」

 

 すでに嫌な予感しかしない状況の数々。

 勿論主人公達も様々な試行錯誤を繰り返していく。

 

 高所では圏外になるなら、ある程度スマホの高度を下げれば助けを呼べるのでは? という着眼点からロープでくくりつけたスマホをアンテナより下までぶら下げたり。はたまた、靴の中にスマホと緩衝材になるものを詰め込んで落としてみたり。(勿論失敗)

 

 人と犬が偶然近づいたので、これまた靴を投げて気を引いたり、声を張り上げたり。夜中、近くに止まっていたキャンピングカーめがけてフレアガンを撃って、無視されたり。

 

 ハンターが水とドローンの入ったバッグを取りにいこうとロープだけで降り、手に怪我をしながらも命からがらバッグを取り戻したり……と。とにもかくにもハラハラの連続である。

 

 今まで見てきたホラーの中で最も新しい映画だけあって映像技術、演出は巧みの一言。引いては寄せて、引いては寄せてという緩急の連続にネイチャは心乱され続けた。「どうしたら視聴者は緊張するのか」という問いへの答えを知ってるぞと言わんばかりに、それはもう常に製作者の掌の上で転がされていた。

 

「マーベラスっ☆ ネイチャすっごいドキドキってしてるねー☆ 聞こえてくるよー?」

 

「うぅぅぅぅ……そうですよドキドキしてますよ! ホントに!!」

 

 願わくば心臓があと4つぐらい欲しい。いや、5つあったら余計うるさくなるだけか。とにかくこれだけ心臓に悪い展開が続いているのにまだ映画は半分以上残ってると来た。こんなにも長く感じる映画は久々だった。

 

 さてさて。この映画のメインはそんな極限サバイバルなのだが、もう一つ推されているテーマは登場人物二人のドラマであるとネイチャは気付いていた。

 

 途中、ハンターがベッキーの婚約者ダンと過去肉体関係にあったと偶然分かる。ベッキーは勿論その事は知らず、こんな事態の最中に露見して大いに困惑していた。そりゃそうだろうとネイチャもマーベラスも頷いた。

 

 ハンターは弁解する。

 

 一夜の過ちだった。

 最低な事をしたと思う。

 でも誰よりも優しくて夢中になった。

 ベッキーが結婚したから引こうとした。

 だけど忘れられなかった。

 ダンの死は、私にとっても辛い事だった。

 

 逆ギレするのではなく謝罪を繰り返すハンター。彼女の中では親友であるベッキーも大事なようで。ベッキーはそんなハンターに対して突き放すことも許すことも出来なかった。

 

 つまるところ、ハンターの迷惑系配信者としての振る舞いも今回のチャレンジも、ダンを失った事による自暴自棄の現れだったのだ。

 

「……でも、その自暴自棄にベッキーを巻き込むのはどうかと思うけどねぇ……」

 

「うーん☆ ノットマーベラス……☆」

 

 二人の関係が急速にギクシャクするが、現状もどんどん悪くなっていく。いがみ合っている場合ではない。鉄塔で一夜過ごしたベッキーは、()()()()()()()()()()()()()()何度も脱出を試みる。

 

 ドローンを使って助けを呼んだり。

 そのドローンが電池切れになったり。

 バッテリーが切れたので塔の天辺についた飛行灯(足場から更に30m上にある部分)から盗電したり。

 充電のためにその頂点で数時間しがみついたり。

 そしたら血の匂いを嗅ぎつけたハゲワシに襲われたり。

 ようやく充電したドローンはトラックに轢かれて結局助けを呼べなかったり……。

 

「もういいよ……もう助けてあげようよ……」

 

 これが迷惑系配信者の末路! ざまあみろ! ……なんて狭量な考えがネイチャに浮かぶわけもなく。生き残ろうと試行錯誤し、その度にひっくり返されて絶望に嘆く様を見て、ひたすらに胸が痛んだ。何だったらもう楽にしてあげてもいいんじゃないか? そんな思いさえ飛来した。

 

 そして極めつけに。

 

「……え!?!?!? 嘘!?」

「マッ!?☆」

 

 終盤。ハンターが死んでいたことが判明する。

 

 彼女はアンテナに引っかかったバッグを手に入れようとした際に落下。アンテナ部分に体を強く打ち付けて即死していたのだ。途中のハンターの姿は全て、現実を受け入れられなかったベッキーの幻覚だったのだ。

 

 すでにハゲワシの餌となったハンターを見てベッキーは絶望の涙を流す。そして追い打ちをかけるように鉄塔に迫るハリケーンを見て、死を覚悟する彼女。しかし脳裏に思い描くのはずっと心配していた父親の姿。ここからベッキーは、なけなしの体力を振り絞って最後の脱出計画を試みるのだった──!

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「……なんか。おぉ……」

 

「……マーベラス……☆」

 

 最終的にどうなったかは、あえて触れない。

 しかしひとつ言えるのは、生きること()()を考えるというのは、かくも覚悟を決めるものなのか、という事。その凄まじい生存本能にネイチャ達は言葉を失った。

 

 そうして程なくして流れるエンディングを前に、二人は同時に息をついた。

 

 ネイチャとしてはやはり好ましい映画ではなかった。

 

 導入の時点で首を傾げる内容で、そのストーリーラインもすっきりする内容ではないし。何やら教訓めいたセリフはあったが、とってつけたような感じがして何一つ胸に響かなかった。しかし「ハラハラさせる」「驚かせる」という点で言えばこの映画は満点だと思った。

 

「まあ、迷惑行為はよくないってことだけは伝わったかな……マーベラスはどうだった?」

 

 膝上で拍手していたマーベラスをちらと見る。

 多分同じ考えなのかな? そう予想していたネイチャだが、そうではなかったようだ。

 

「『人生は(はかな)い。人生はあまりにも短い。だから一瞬一瞬を大切に。人生を噛みしめて生きるべきだ。その姿勢が尊さを伝えることになるから』」

 

「え? ……あ、あーうん。映画のセリフね。何か言ってたよね」

 

「婚約者のダンも『生きることを恐れるな』って言ってたし、ベッキーは今回の事件でそれが身に染みたんだと思うな☆」

 

「まあ……そうだね。その結果酷い目にあってるけど」

 

「例えそうだとしてもだよ~。婚約者の死と親友の死、2つの大きな教訓を経て、ベッキーは学ぶことが出来たんだよ」

 

「……何を?」

 

「前に進んで欲しいと願う、親の愛っ☆」

 

 人と人との絆を再確認できた。それだけで満足っ☆ と言わんばかりに両手をぱぁっと広げたマーベラスに、そんなもんですかねぇ、と腑に落ちないネイチャ。

 

 何やら寂し気なエンディングテーマを聞きながら、二人は余韻に浸るのだった。

 

 

 

*1
ネイチャ達は118号室。タンホイザは119号室。




「ハゲワシって生で食べてもいい奴?」
「いやダメでしょ絶対……」


『FALL/フォール』:(Fall)
 制作年:2022年(アメリカ)
 監督:スコット・マン
 上映時間:107分
 配給:ライオンズゲート(米)
    クロックワークス(日)

 ナイスネイチャ評:★★☆☆☆
 感想:初めからこんなところ行かなかったらいいのに……って思っちゃうと素直に楽しめないかもしんない。でもほんとハラハラした。演出が全部心臓に悪すぎる……。

 マーベラスサンデー評:★★★★☆
 感想:演出、映像、高純度のハラハラ+ドキドキが楽しめてマーベラスっ☆ 人間ドラマも小気味よくてマーベラスっ☆ 登場人物は4人くらいなのに、これだけ濃密な100分を味わえる映画はなかなかなしっ☆
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