栗東寮118号室 ホラー映画研究会   作:月兎耳のべる

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リクエストから。tokoさんありがとうございます。

【あらすじ】
 宇宙貨物船ノストロモ号が辺境惑星LV-426から発せられた謎の信号を受信。惑星を調査するため乗組員が惑星に降り立つと、そこで地球外生命体の宇宙船を発見する。その中を調査すると、そこで乗組員のケインが謎の生物に寄生され、意識不明の状態になってしまう。急いで、寄生されたケインを回収、ノストロモ号に戻り、地球への長い旅路に戻る。その後、ケインに寄生していた謎の生物は勝手にはがれ取れ、ケインは目を覚まし、元気そうな様子を見せる。乗組員たちが安心した矢先、突如ケインが苦しみだし、その腹部からエイリアンが飛び出し、逃げ去っていく。ここから、まともな武器のない状況での乗組員たちと一匹の「エイリアン」との命を懸けた戦いが始まる。


第九回『エイリアン』(米/英 1979)

 

 宝塚記念。

 それは阪神レース場で()り行われる一大イベント。

 

 有マ記念と同様にファン投票で出走ウマ娘を決めるレースだが、こちらは上半期の締めくくりを飾る競走として「上半期の実力ナンバー1決定戦」とも言われている。

 

 メインスタンドに所狭しと集まった観戦者。彼らの期待は熱狂を呼び、会場は5月とは思えぬほどの熱気に包まれていた。スタンドの先頭で待機していたネイチャも、周りの熱にあてられてウズウズを抑えられずにいた。

 

「う~……イクノ、大丈夫かな?」

 

「大丈夫だよ~、今朝もすっごい落ち着いてたし~」

 

「イクノいけるぞー! うおー! いけー!」

 

「ターボ、応援はもうちょっと先だから。控えて控えて」

 

 本日はチーム総出でイクノディクタスの応援である。

 

 先頭の柵に並んだマチカネタンホイザ、ナイスネイチャ、ツインターボの3人は観客と同じく、親友の出番をいまかいまかと待ち望んでいる。最近のイクノは特に走りのキレが良く、その実力はカノープスの全員が太鼓判を押すほど。ネイチャもまた、問題が起きなければ入賞は間違いないと信じていた。しかし、

 

(一着ってなると……なかなか険しい道のりになりそう……!)

 

 柵を握る力が無意識に強くなる。

 パドックに居た面々は誰も彼もが強豪ぞろいだった。

 

 不死鳥 グラスワンダー。

 笑門来福 マチカネフクキタル。

 白い稲妻 タマモクロス。

 女帝 エアグルーヴ

 クールビューティー メジロドーベル。

 

 そして。

 異次元の逃亡者 サイレンススズカ。

 

 全員が一線級のG1ウマ娘であり、その実力は折り紙付き。この日のために仕上げてきた彼女達はその見目の良さとは別に獣のようなプレッシャーを覚えて仕方がなかった。その中でもネイチャが特に怖いと思ったのは、サイレンススズカである。

 

 お家芸である大逃げ。

 あれはヤバすぎる。

 

 脅威のスピードに加えて、最後まで先頭を突っ切るタフなスタミナから繰り出す絶望的な引き離し! それは他のウマ娘に否が応にも対処を迫り、結果としてペースが崩される、まさしくスズカだからこそ取れる戦法。

 

 常に全力疾走のターボもある意味同じ戦法ではあるが、スズカのソレとはあまりにも完成度が違う。ああでもない、こうでもないとトレーナー含めて何度となく対策を練ったが、ついぞ結論は出なかったのが記憶に新しい。はたしてイクノは勝ち切れるのだろうか?

 

(……って何ネガティブになってるんだアタシ! イクノは全然気負ってなかったでしょ、ならそれを信じてあげなきゃ!)

 

 ぴしゃり、と自らの頬を叩く。したら思った以上に強くて「うにゃぁ~……!」と悶えたが、お陰で目が覚めた。ネイチャは自身を鼓舞するように叫ぶ。

 

「タンホイザ! ターボ! イクノが勝てるように精一杯応援するよ!」

 

「うおおー! ターボ応援する! 応援するぞー!」

 

「えいっ! えいっ! むーんっ! ……あ。ネイチャ、出走まであと何分だっけ?」

 

「えっ? ……15分くらいかな」

 

「おっけ~。じゃ先にお手洗い行ってこようかな~。ターボも行く?」

 

「いく! あとジュースほしい!」

 

「はいはい。じゃあジュースも買いましょうか~ってことでちょっと行ってくるね~」

 

「あ。うん……いってらっしゃい」

 

 しかし決意したと同時に一人になったネイチャ。その締まらなさに頬をかきながら柵にもたれかかる。ぼーっと眺める視線の先には、静寂に包まれた2200mのコースがあった。

 

(……もし自分がこのレースに立つとしたら)

 

 一体どういう戦法を取るべきだろう。先行? いや、差しがいいか。皆の注目はどの道サイレンススズカになる。それならスパートをかけるタイミングは似たりよったりになるハズ。となれば……そのスパートをかけるまでが勝負どころだ。

 

 最初から位置取りを探りあうより背後から機を伺い、一気に差す。もし自分が走るならそうでないと勝ち目はないだろう。イクノなら差し寄りの先行で、先行集団の後ろから虎視眈々(こしたんたん)と機会を狙うに違いない。

 

(でも……本当にそれでイケるの? そんなのみんな同じこと考えるんじゃない? うぅ~……分からない……!)

 

 悶々とするネイチャが思考の海に潜ろうとした矢先、不意に何者かの気配を感じ取った。タンホイザかしら? やけに早い帰りだけど何かあったのだろうか? そう思って顔を上げれば……予想外の人物がそこにいた。

 

「ッ!? か、会長さん!?」

 

「やぁナイスネイチャ。隣いいかな?」

 

 飛び上がりそうなくらい驚いたネイチャ。何故こんなところに生徒会長サマが来ているのだ!?

 

「あ、もしかしてエアグルーブさんの応援……ですか?」

 

「それもある。しかし彼女だけではない。今日は参加するウマ娘全員の応援をするつもりで来ているよ」

 

 会長サマらしい百点満点な回答。たなびく前髪を上品に流す仕草も相まって、どうにも憧憬(どうけい)を覚えてしまう。しかしそうなると有象無象なウマ娘たるアタシに、一体どのようなご用事なのだらう? 身を固くするネイチャに、ルドルフは相好を崩した。

 

「そんなに緊張しなくていい。別に生徒会長としてここに来たのではないからね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうだとも。今の私はこの勝利の行く末を知りたがるただの観客さ。キミに話しかけたのも別に他意はないよ。偶然見知った娘を見かけたからね」

 

 ……と、言われて幾分か気分は軽くなったが、それでもネイチャの口は重かった。あの会長サマと一体何を話せばよいのだろうか? 失礼なことを口走らないだろうか? 適切な距離感ってどうすればいい?! すぐに訪れるであろう沈黙を想像して早速胃の痛みを覚えはじめたネイチャ。死に物狂いで頭を回転させた彼女は、ようやく言葉を絞り出す。

 

「……え、映画!」

 

「え?」

 

「あ……あはははは。いや映画がね~……あ、アタシ最近なんだか、みょ、妙に映画を見る機会に恵まれてまして~……会長さんって映画とか見たり……します、か?」

 

「……」

 

 そしたらルドルフが呆気にとられた表情を見せるものだから、ネイチャの顔は瞬く間に真っ赤になった。

 

 失敗した失敗した失敗した失敗したー!? よりによって何で映画のこと話しちゃうかなぁ!? ここはどう考えてもレースの話でしょうに! 悶絶のあまりブレイクダンスしたくなったネイチャだが、不意にルドルフが口元を抑えて笑い始めたので驚いてしまう。

 

「ふ、くく……いや、無礼千万な真似をすまない。久しくそういう質問をされてないから意表を突かれてしまったよ」

 

「ご、ごめんなさい! 急にこんなこと聞いちゃって……!」

 

「構わない。いまの私達は単なる観客同士。何気ない話をするのも当然と言える。……しかし、映画か。機会は多くないが知見を広めるためにできる限り見るようにしているよ。ただ最近の映画はあまり目を通していないから、どこまでついていけるか……」

 

「アタシも正直変な映画ばっかりで最近のはあんまりですよ……それで、会長サンはどういうのを見てるんでしょうか?」

 

「そうだね……『市民ケーン』。『ローマの休日』。『北北西に進路を取れ』『ショーシャンクの空に』。『天使にラブソングを』。『ライフイズビューティフル』。『スタンドバイミー』や、『ニューシネマ・パラダイス』。『アマデウス』もあったね。……あぁ。最近だとアレか。『トップガン・マーヴェリック』。あれは非常に迫力があった。どれも評判に値する素晴らしい作品だったよ」

 

「ははぁ……」

 

 知ってるような、知らないようなラインナップである。ただそのどれもが名作に部類するのだろうとネイチャは思った。その中で唯一見たことがあるのは『トップガン』だ。あのマヤノが番宣に駆り出されたものだから、学園内で知らぬものはいないと言える。

 

「キミはどうかな。ナイスネイチャ?」

 

「え!? あ、ま、まあ見てるんですけど……あまりお勧めできるようなモノではなくて」

 

「……そうなのかい?」

 

「い、いえいえいえいえ?! 別にすごく違法なやつとか、そういう教育に悪いやつとかではなくてね!? まあ教育には悪いんですけども!!」

 

 かくかくしかじかと伝えれば、会長はこれまた笑った。もういっそ殺してくれとネイチャは耳まで真っ赤にして黙り込むしかなかった。

 

「二度もすまない。そうかそうか、ホラー映画が寄ってくるのか。それは災難だね」

 

「ホントですよ……この間なんか、マックイーンが『ホラー映画研究会を作ったなら入れてくださいまし!』なんて鼻息荒く来て……」

 

「正しく申請してくれるなら設立もやぶさかではないよ」

 

「ごめんこーむります」

 

 ──当初こそギクシャクしていた会話は、気付けば弾み始めていた。

 

 主にネイチャの愚痴が大半を占めていたものの、ルドルフはそんな境遇を真剣に聞いてくれて、さらに聞き上手なものだから、喋る口が止まらなかった。

 

「善意でホラー映画を持ってこられると防ぎようがないんですよね~……見たくないって言ってるんですよ? それでも噂が噂を呼んでホラー映画がやって来るからホントどうしたものやら……マーベラスにもう金輪際見ないって伝えて関係にヒビが入るのもイヤだし……どーしたらいいと思います?」

 

「中々に難しい話だね。しかし……そうだね。まずは頻度(ひんど)を減らすことが先決だろうか」

 

「頻度を?」

 

 ルドルフの言い分はこうだ。毎日毎日ホラー映画を見てるから噂されるのだ、なら時々見る形にすればよい。どうしても断れない場合を除いて、可能な限り見る回数を減らしていけば自ずと周りの評価も変わっていくものだ、と。

 

流言蜚語(りゅうげんひご)*1はその寿命も短い。キミが率先的に見たくないと拒めば、それ相応の評価に落ち着いていくと思うよ」

 

「……アタシ、ちゃんと断れますかねぇ」

 

「そこは頑張り次第だろうね。そしてもう一つ言えることがあるとすれば……うん。いっそホラー映画を受け入れて、プラスの恩恵だけ(あず)かるのはどうかな」

 

「え」

 

「確かにホラー映画は怖いし、気持ちが萎えるかもしれない。しかし話を聞くに、映画をキッカケに交流が広まっているだろう?」

 

「……まあ、確かに?」

 

「映画から得られる教養は多く、またそこに込められた多種多様なメッセージ、教訓、視点は人生に(いろど)りを与えてくれる。どうせ見る運命(さだめ)ならばただ拒むのではなく、糧にしてしまうのも悪くないと思うよ。まあ、ナイスネイチャの気持ち次第だがね」

 

 まさかの真反対の提案に釈然としなかったが、会長が言うとそれもアリなのではと思えてしまう。とはいえ、そんな方針を鵜呑みにするほどホラー映画に対する抵抗は薄れていないのだが。

 

 ネイチャが感謝を述べようとすると「あぁそうだ」と、ルドルフが何かを思い出した。

 

「私が知るホラー映画だとコレがあったな……ナイスネイチャ、君はどうかな?」

 

「え?」

 

エイリアン(ALIEN)を見るのは()()()()かな?」

 

 しばしの沈黙ののち、二人の間に春の名残が吹きすさび、

 ネイチャは思わず「はい?」と聞き返していた。

 

 

 

 

 

ー 第九回『エイリアン』(米英 1979) ー

監督: リドリー・スコット

 

 

 

 

 

「わぁ!? ネイチャネイチャ、どうしたのこれ!?」  

 

「えぇっと……やむにやまれぬ事情がありまして」

 

「マーーーーーベラーーーーースっ☆」

 

 

 レースが終わり、寮に戻ったネイチャは何とも言えぬ顔でDVDを掲げていた。

 

 

 謎の生物の横顔がドアップで写され、真ん中に『ALIEN』と書かれた不気味なパッケージ。普段なら手に取るどころか近づかないこの作品を、なんとナイスネイチャは自ら借りてきていた。

 

 ルドルフのアドバイスに従うのなら、自分からホラー映画に関わらないのが正しい行いだろう。しかし冗談かどうかは分からないが、あの会長サマがせっかく提示してきたものを無視できるほど、ネイチャは無神経ではいられなかった。

 

 彼女にさえオススメされるのならいっそ諦めがつくというものである。ネイチャはやけっぱちになりながらマーベラスにDVDを渡していた。

 

(……えーえーそうですとも、どーせアタシはホラー映画大好きウマ娘ナイスネイチャですよーだ……はぁ)

 

 その一方で、会長ほどの方が手放しに『素晴らしい』『非常に怖かった』というほどのホラー映画である。興味は尽きなかった。

 

「有名作品ではあるよね~、ちょくちょく最新作やってるらしいし……全部ミテナイケド」

 

「アタシも2とかは見たことあったけど、初代はないな~☆ 楽しみっ☆」

 

 メジャータイトルかつロングランタイトルであることもネイチャの判断力を鈍らせていた。大半において知名度があることはイコール名作だ。誰もが楽しめる作品になってるなら、ホラー嫌いの自分とて見れる内容になってるはずだ、そういう慢心が彼女にはあった。

 

「まあ言うて古い作品だし……そんなグロいとかはないでしょ」

 

「これサンゲリアと同じ年の作品だよー」

 

「……いや、それでもさ!」

 

 いつものように準備を整えた二人は、定位置を確保。

 膝上にマーベラスを載せて視聴を始めるのだった。

 

 

 

 

 ──ぶち、とナイスネイチャが再生ボタンを押し。映画が始まった。

 

 

 

 

 [名]alien - éiliən

  1:在留外国人、異邦人

  2:よそ者

  3:異星人、宇宙人

 

 日本で「alien」が意味する内容が「外国人」から「(攻撃的な)異星人」と理解されるようになったのは、この作品が世に出回ってからだという。

 

 誰も彼もが宇宙に思いを()せていた1980年代。そこに突如現れたこの作品は、輝かしい宇宙生活と隣り合わせになっている不穏と孤独を見事に表現し、そして後続の創作に大きな影響を及ぼした、誰もが認めるSFホラーの傑作であり、金字塔である。

 

 特に印象的なのは、シュルレアリスム*2の巨匠デザイナーが手掛けた造形美術だろう。

 

 彼が手掛けた機械とも生物とも取れぬデザイン群は他の作品とは一線を画すもので、無機物が表す静謐(せいひつ)と、有機生命体ゆえに感じ取れる生理的要素、それらが冒涜的なまでに混ざり合って一つの世界観を形成している。それは芸術を知らぬ一般人を(おび)えさせる一方で、()()()()()()()と分からせてしまうほどの、圧倒的な美を誇っていた。

 

 ナイスネイチャもその昔、そんな世界観をCM越しに享受し、衝撃を受けた覚えがある。自分が想像する宇宙人像がいかに陳腐(ちんぷ)だったのかを思い知り、こんな作品は絶対見ないぞ! と固く胸に誓ったのだが……。

 

(まさか今になって観る羽目になるとはねぇ……)

 

 若干ふてくされながら視聴し始めたネイチャ。天下の会長サマははたして本当に怖がったのだろうか。リップサービスか何かじゃないの? そう斜めに構えていたものだったが……始まってすぐに、その態度は急変した。

 

 

 心を占めるのは、一抹(いちまつ)の感動。

 この映画が一線を画するものだと、出だしから思い知っていた。

 

 

「おぉぉぉー………!」

 

「マー……!」

 

 若干の不穏さを感じさせるBGMと共に始まった本作は、クールなタイトルコールのあと、漆黒の宇宙を泳ぐ、途方もなく大きな宇宙船を映す。そして船の一角で静かに起動する謎のプログラムが、冷凍睡眠装置で寝入っていた7人の住人(+一匹の猫)を目覚めさせるところから始まる。

 

 時間にして3分も満たない。たったそれだけのシーン。

 なのに、ネイチャは(うな)っていた。

 これが『サンゲリア』と同じ時代に作られたとは、到底信じられなかった。 

 

 とにもかくにも、その見事なデザインの数々ときたら! 

 

 古めかしさと近未来が交じり合ったレトロフューチャーな内装。可能な限り無駄をなくした工学的な通路。それらが見事に調和を取っており、また隅から隅まで作りこまれていると一目で分かる。しかし一目で金をかけてるように見えるその内装を、無駄に目立たせることなく、本当に実在しているかのように撮影するその手法は、SFをよく知らないネイチャをしてワクワクさせるものだった。

 

 無論、すごいのはデザインだけではない。登場人物たちの演技にも凄みを感じた。シームレスに始まった搭乗者達の食事シーンとその会話は、本当にそこで生活をしていたかのように自然で、また人間味を強く感じ取れた。

 

 一切の手抜きを感じさせない、制作陣の本気が感じ取れる本作。開始して5分も経ってないが、すでにネイチャの中では『シャークトパス』を遥かに超えた傑作になっていた。

 

「これがCGのない時代に作られたなんて……」

 

「すごいよね~☆ 今見ても古臭さを感じがないのが面白いよね。あと無駄にカチャカチャ機械いじる感じがすごく好きっ☆」

 

 マーベラスの言う通り、宇宙船はコックピットは勿論、部屋や、通路、そして壁の至るところを色とりどりのスイッチやトグルが埋め尽くしている。それを搭乗者が手慣れた様子で押したり、引いたり、差し込んだりするたびにネイチャに無いはずの男心がくすぐられて仕方がない。

 

 当時のSFマニア達はさぞかし燃えたことだろう。その作りこみにネイチャも訳知り顔でうなずいていた。

 

 ──さてさて。本作は地球に帰ろうとしていた貨物船ノストロモ号が辺境惑星から発せられた謎の信号を受信したところから始まる。

 

 搭乗員は最初こそ無視しようとするが、雇い主の契約書に知的生物の調査義務があるようで、渋々信号を発する惑星を調査することになる。しかし、そこには悪夢のような宇宙生物がいて……といった内容である。

 

 一聞するとありがちだが、登場人物は英雄的な人物ではなく単なる労働者たちであり、また現実でありえそうな雇用関係が未来の宇宙世界でも再現されているのが、何とも興味深い。今ではありふれた巨大宇宙船や謎の惑星という舞台も、ことこの世界観においてはワクワクしてしまうのは、はたして『名作』という事前評価が産む、贔屓(ひいき)目なのだろうか?

 

 少なくともネイチャは冒頭から引き込まれており、普段より言葉数少なく画面を凝視していた。

 

 ──本作でネイチャがなにより興味を惹かれたのは、やはり異星人(エイリアン)だろう。

 

「うげぇぇ……」

 

 信号を頼りに調査船が見つけたのは、ある異星人の船。まるでトイレのU字蓋みたいな形をしたそれに乗り込んでみれば、そこに広がるのは冒涜的な光景だった。

 

 それはあまりに黒く、おぞましい世界。

 

 黒光りする謎の有機物、それが宇宙船内を血管のように埋め尽くし。人類の手ではどうあがこうと作れない異世界を作りあげていたのだ。

 

 その統一されたデザインは非常にむごたらしい一方で()()()、グロテスクとは違う生理的な嫌悪感を覚えていた。この感覚、なんだか覚えあるなぁとネイチャは既視感を覚えていたのが、すぐに思い出した。Gである。それと遭遇した時と同じ気持ちになっているのだ。

 

 そう思い至った途端、ネイチャは軽く仰け反っていた。

 

「……何食べたらこんな世界を考えつくのさぁ」

 

「少なくともニンジンじゃダメかも……☆」

 

 ある意味褒めたくなる圧倒的な造形美に恐怖し、耐えていると、ケインという探索者が下層であるものを見つける。それはこれまた薄気味悪い卵のような物体である。地下に大量に産みつけられたそれは、昔草むらで見かけたカマキリの卵をより気持ち悪くしたような形で、ネイチャは肌がそばだつのを抑えられなかった。

 

「いやいや卵の口開いたって逃げなあかんってホラダメだってあ───ッ!!!??」

 

「マーベラッ☆」

 

 そして口をあけた卵の中をケインが覗いた瞬間。人の手に似たエイリアンが飛び出したのだから、ネイチャは目を背けた。恐ろしいことに、このエイリアンは頑丈そうなヘルメットを貫通させて人の顔に張り付くばかりか、首筋に尻尾を巻き付けてガッチリと首を絞め、更に口の中に管を突っ込むという、悪魔的な生態をしているのだった!

 

「あかーんこの人死んだ……死んだよ…………え? まだ生きてる? 酸素をわざわざ送ってるの? 何その生態!?」

 

 医務室に運び込まれたケインを検査する一行。未知の病原菌を恐れ、男の再冷凍を提案するクルーもいる中で、男がエイリアンに生かされているということが分かると、船長はエイリアンの取り外しを決意。しかし皮膚に食い込むくらい掴んでおり、また触手を切ると、鋼鉄の床を簡単に溶かしてしまう強酸が零れ出ることが分かり、放置するしかなくなってしまう。

 

 しかし、それから何時間も経つと顔に引っ付いていたエイリアンは自然死。囚われていたケインは、悪夢を見たと気分悪そうにしていたが、元気に食事をするまで回復していたのだった。

 

「……いや。怪しいよね」

 

「何もないわけがないんだよねー……☆」

 

 誰かをびっくりさせて満足して死ぬ生物なんているわけがない。何かがある。そう考えていたからこそ食事中に苦しみだしたケインを見て、ネイチャはほら来た! と身構えた。

 

 しかし、予想は予想である。

 想像力を飛び越えたモノが出されたら、もう叫ぶしかない。

 

「───ひ、いいいぃっ!?!?!?」

 

「うぎゅぅっ!?!?☆」

 

 何が苦しいのかテーブルの上で激しくのたうちまわるケイン。訳も分からずなだめつかせるクルー達を差し置き、ひと際強い悲鳴があがれば、同時に腹部から大量の出血! そしてネイチャと、クルーの考えがまとまる前に、肌色の生物が腹部を貫いて飛び出したのだ!

 

「こここ、こんなん夢出るって絶対~~~ッ!!!」

 

「ネイチャ~、くるしい~!」

 

 マーベラスをへし折らんばかりに抱きしめてしまったネイチャは、これを見ちゃダメだと判断した昔の自分は正しかった、と強く強く思うのだった。

 

 

 ──そんな悪夢のような一幕の後。始まるのは腹から飛び出した謎の生物の捜索劇である。

 

 

 数千もの人が住んでも余裕がありそうな巨大宇宙船の中を、たった7人(今や6人)で探し始めることになった一行。流石に無茶がないだろうか、と思わずにはいられないが、その捜索劇は一転して逃走劇に転じることになる。

 

 なんと逃げ出した生物は、数時間も経たぬうちに人を遥かに超える大きさの怪生物に成長。まさしくパッケージの『エイリアン』となり、捜索するクルーを一人、また一人と襲い始めたのだ!

 

 遠い未来の宇宙船。安全であろうはずのその場所が、一瞬にして逃げ場のない密室となる展開に、ネイチャは背筋を震え上がらせてしまう。

 

(……続き見るの怖ぁッ! でも怖いのに面白いなぁ畜生!?) 

 

 『13日の金曜日』や『FALL/フォール』と言ったワッと驚かせるホラーではない、その世界観とストーリーでじわじわと攻め立ててくる巧みな構成に、ネイチャは恐怖と同時に快感をも覚えてしまい、困惑してしまう。

 

 次はどうなってしまうのか。

 この先に何が待ち受けるのか。

 

 きっと最悪の展開が待っているはず。

 なのに瞬きすらできずに見てしまう。

 そんな矛盾を秘めた状態。

 

 ネイチャはまんまと『エイリアン』の世界観に囚われ、クルーと共に絶望を味わっていた。

 

 ──そうして読み通りの、最悪の展開がやってくる。

 

 それをもたらしたのはエイリアンか? いや、違う。ネイチャが強く絶望し、心を(すく)ませたのは、『アッシュ』というクルーだった。

 

『アッシュ』は宇宙船の科学部長という立場で、異星人の調査などを一挙に引き受けていた人物だ。しかし、不審な行動を取ることから、たびたび主人公『リプリー』の不信を買っていた。業を煮やしたリプリーが『マザー』と呼ぶAIで彼を調べると、アッシュは異星人を捕獲するために本社から遣わされた監視役であるという事実が発覚する。

 

 そして……異星人の捕獲が最優先で、クルーの命は二の次である、という本社の命令が下されていたことを知ると、秘密を知られたアッシュは口封じにリプリーを気絶させ、殺害しようと企てる。

 

「こ・い・つぅ~……! だから幼虫とか殺そうとしなかったのかぁ……! って……雑誌? え、雑誌丸めて何す……えぇ~!? 雑誌口に詰め込んで窒息死狙い!? どういう殺り方よ!?」

 

 暴れるリプリーの口に無理やり雑誌を詰め込もうとするアッシュ。そこに偶然かけつけた他のクルーがアッシュを止めようとするが、彼は微動だにしない。ついに他のクルーが金属タンクで殴ると、まるでがゲームキャラがバグったかのように狂いだすと共に()()()()()()()()()

 

「ぇひ──っ!?」

 

 そしてなおも暴れるアッシュをクルーが攻撃すると、首から上がいとも容易くもげ、人とは思えぬ白い臓器と牛乳のような血液をまき散らして倒れたのだ。

 

 そう。アッシュは人ではない。

 会社が送り込んだアンドロイドだったのだ。

 

 人と言えば赤い血を流す。絶対普遍のイメージを持っていたネイチャにとって、先ほどまで普通に会話していた人物が、白い血を流し、首が取れても動ける()()()()()()()であったという事実は到底受け入れ難く、その衝撃に呼吸すら忘れてしまった。

 

「2とかでも出てきたけど……こっちの方が怖~……☆」

 

「……」

 

「……ネイチャ、大丈夫ー?」

 

「……気持ち悪ぃ……」

 

「だ……大丈夫?」

 

 思わずマジトーンでマーベラスが心配してしまうくらいにはネイチャの顔色は悪くなっていたが、それでも視聴を続けた。それぐらい、続きが気になって仕方がなかった。

 

 リプリーは首のもげたアッシュを電流を流して復活させ(!!)ると、雇い主である会社がクルーの命は考慮せずにエイリアン捕獲を企ていることを改めて伝えてくる。話の中でアッシュは、あのおぞましい宇宙生物を「完全な生物」「純粋で。良心に左右されない素晴らしい生存本能を持つ」と評価していた。

 

 そして極めつけに。

 

「君たちも生き残れない。同情するよ」

 

 と言うセリフを笑顔で吐き捨て、火炎放射器で燃やされた。

 最後の最後までネイチャの心をかき乱してやまない、最悪の人物であった。

 

 

 ──いよいよ映画はクライマックスに突入する。

 

 

 7人から3人と大幅に人数を減らしたクルーたちは、いまだエイリアンの徘徊する宇宙船の自爆装置を作動させ、脱出ポッドを目指すことに。

 

 リプリーは自爆装置の作動と脱出ポッドの用意。残り二人は酸素の冷却材を可能な限り集めようとするのだが……唯一のペットである猫をリプリーが探しだしたので、ネイチャは気が気でなかった。

 

「いやいやリプリーさんや、猫はいいから早く脱出! 脱出準備ー!」

 

「ネイチャひどい~、猫ちゃんは大事だよ?」

 

「今は言ってる場合じゃないって!?」

 

 幸いにも、その行為がリプリーの命運を分けるわけではなかったが、二名のクルーは音に釣られたエイリアンが襲ってしまい……とうとうこの広い宇宙船でリプリーは一人ぼっちになってしまう。

 

 そしてリプリーは大急ぎで船の自爆装置を作動させ、ポッドで脱出を試みるのだが──!?

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「……すごかったぁ……!」

 

「マーベラス……☆ マーーベラース……っ☆」

 

 スタッフロールが流れ始めた後、ネイチャはほーっと肩を撫でおろしていた。トレーニング直後のように心臓が早鐘を打っているが、不思議と苦しさはなく、むしろ心地よさを感じていた。それぐらいスゴイ物を見た、という実感があった。

 

 映画で充実な時間を過ごした、と思えるのはかなり久しぶりだ。

 

 魅力的な登場人物。息をつかせぬストーリー。緻密な舞台設計に、おぞましいクリーチャー、そしてそれを盛り上げるBGMに、巧みなカメラワーク! 会長が絶賛したのも頷ける、まごうことなき名作。ホラー映画で拍手してしまったのは、過去にも先にもコレだけだろう!

 

「この間の『シャークトパス』がアレだったからか、余計に名作に思える……!」

 

「ホントにねー☆ これはもうスタンディングオベーションだよっ☆ 骨太SF+ホラー+サスペンス+ミステリー要素と大盤振る舞いなのに破綻もなく、それでいて面白いっ☆ 2時間という短い時間でよくぞまとめたよねーっ☆」

 

「これが約50年前の作品だってのが信じられない……いや、驚いた。驚いちゃった。めちゃくちゃ怖いのに目が離せないと思ったのはホント初めてだった……!」

 

 最初の態度はどこ吹く風。興奮冷めやらぬままマーベラスと語る姿は、まるでサメ映画を語るマックイーンのよう。ネイチャは尻尾をぶんぶんと振りながら、思うがままに感想を重ね合った。

 

「一番怖かったのはあのアンドロイドで間違いないけど、やっぱりエイリアンの造形もすっごい怖かったなぁ。あの目のない気持ち悪い化け物! 口元からだらだらと溢れる大量の涎とか、二重になってる口とか、出会いたくなさが半端じゃなかった……! ……動きはちょっと着ぐるみっぽかったけどね」

 

「そんな化け物と宇宙船の中で戦うんじゃなくて、逃げまどうしかないっていう展開がいいよね~。私はあの自爆装置の起動シーケンスと、アナウンスがすごく好きっ☆ BGMじゃなくて環境音を重きに置いてあるから、秒読みする無機質な声がすーっごく怖いっ☆」

 

「あー分かるなぁ~! あれホント焦るっ! そしてそれにあわせてエイリアンも襲ってくるから気が気じゃないっ!」

 

「個人的にマーベラスポイントが高いのは、自爆装置に何個も何個もセーフティがあったところかな~☆ そして起動しても途中解除できるってのもいいよね~。よく映画に出てくる自爆装置って簡単に押せる割に解除できないのが多いからっ☆ そこがリアリティを補強してる……マーベラスポイント100点っ☆」

 

「……う、うん。そうなんだ? それよりやっぱりアタシはリプリーの人の演技が──」

 

 

 気分が晴れやかなのは、結末がハッピーエンドだったから? いや関係ないだろう。それがホラー映画だとしても、制作陣の熱意が直に伝わってくるほどの名作は、それだけで気分が晴れやかになる。そのことをネイチャは理解した。

 

 おかげで話しても話しても語し足りない! ネイチャの舌は回りに回り、マーベラスもまた同じ気持ちなのか、二人して夜遅くまでおしゃべりに興じるのだった。

 

 

 

 

*1
事実とは異なる伝聞。確かな根拠のないうわさ。デマ。

*2
目に見て捉えられることができる意識的な世界観ではなく、人が無意識の中に抱えている世界観を表す主義。別名『超現実主義』。




「エイリアン感知センサーが超デカいのイイよねっ☆」
「車のバッテリーくらいでかかったよね……スマホくらいの大きさにならなかったんだろうか」


『エイリアン』:(原題:ALIEN)
 制作年:1979年(イギリス・アメリカ)
 監督:リドリー・スコット
 上映時間:117分
 配給:20世紀フォックス


 ナイスネイチャ評:★★★★☆
 感想:いや、面白かった! 古い作品だからって舐めてかかったけど、こんなにスゴイ作品があったとは……ストーリーと世界観でしっかり引き込まれて、自分のことのように夢中になっちゃった……手に汗握るってこういうことなんだなぁ。いまだにサンゲリアと同じ時代の作品って信じらんない……ただ主役であるエイリアンより、正直アンドロイドの方がめっちゃ怖かったデス……。

 マーベラスサンデー評:★★★★★
 感想:名作中の名作~っ☆ エイリアンの造形美もさることながら、宇宙船というだだっ広いはずの空間を密室に変え、逃亡劇を考案するその手腕に脱帽! 世界観がきっちり練られているから強い説得感があって、そして見ていて飽きないっ☆ マママママママーベラーーースっ☆ あの狭い隙間の中で丸くなってるエイリアンが個人的に一番好きっ☆ かわいい☆
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