ドラゴンメイド・ラブコール   作:久本誠一

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連続投稿3日目。
全7人となったことで、3話目にしてまだ折り返しではない幸せよ。


ラドリーとのお昼寝の場合

 気が付けば、少しの間眠ってしまっていたらしい。そもそもわざわざベッドに飛び込み枕に顔をうずめた時点で想定できる話ではあったけれど、まさか本当にそのまま昼寝のコンボに繋いでしまうとは自分でも思わなかった。

 小さなあくびをしながら上半身を起こしていまだ半覚醒状態の頭を軽く振り、窓越しに外へ目線を向けてすっかり暮れなずんだ空とその下に広がる森、遠くの山を一瞥する。はてラティスとお茶会していた時にはあの窓も開いていたはずだけど記憶違いだろうか、そんなことをぼんやり考えながらもいまだ思考能力が冴えきっていない頭ではそれ以上先に繋がらず、なんだか妙にスースー感じる胸元と目の前にどんと置いてある青いモフモフした物体を見比べる。ああなるほど昼寝中はこれがずっと手元にあったから、急に起き上がると風が涼しく感じるんだ……。

 いや待った。ようやくしゃんとしてきた頭で思い返す最後に見た記憶では、こんなものはここにはなかった。しかし同時になんだこれ?と思うまでもなく、その正体にも既に思い当たるものが私の記憶にある。むしろ問題はいつからこれが、いや、彼女がここにいたのかだ。

よく見ればかすかに一定のリズムで揺れているそれの向こう側を目で辿っていけば、案の定そこには静かに寝息を立てるひとりの美少女。最初にそれを見過ごしたのはなぜかその体の上に布団のようにいくつかの衣類、それもここで用意してもらった私の服が覆い被さって一種のカモフラージュとなっていたからだ。

 

 ―――――ラド……まあいっかあ……

 

 色々と聞きたいことはあったけれど、心底幸せそうに私の服にくるまり眠っているラドリーの姿を見ると、わざわざ起こすのもなんだか忍びなく。代わりにいつの間にか私の上に掛けられていたこのベッド本来の掛け布団を、出来る限りそっと被せておいた。

 ところが、それがかえってまずかったらしい。急に一定だった呼吸のペースが乱れ、形のいい眉がぴくぴくと動きだす。

 

「ん……」

 

 そして年齢(正確には人間に換算した場合の年齢、だが。先ほど聞いたラティスの話も擦り合わせると、実年齢自体は薄々そうだろうと思ってはいたがやはり彼女の方が私より上のようだ。だからといって、今更態度を変えようとも思わないが)やそれに応じてまだまだ全体的に幼く美と女の間に少の字、あるいは人と基準によっては幼の字が欠かせないようなあどけない顔立ちの割には妙に色っぽさを感じさせる声とともに、ついにその目が開いてしまった。

 

「あれ……?」

 

 つい先ほどまで外に広がっていた青空のように澄んだ瞳……私の好きな綺麗で大きくて、人外の証である爬虫類じみた形の瞳孔を持つ彼女の瞳が所在なくふわふわと動き最初に自分が寝転がっているベッド、次いでいくつもの私の衣類、そして体の上の布団を経て最後にそれを覗き込むような姿勢で固まっていた私を認めて止まる。

 そこからじわじわと事態を把握するにつれて驚愕の色が表情全体に広がっていき、同時にみるみるわかりやすく血の気が引いていく様はいかにも表情豊かで感情が顔に出やすい彼女ならではで、ある意味ではとても見応えがあった。

 

 ―――――えっと。おはよう、ラドリー

 

「ご……」

 

 何と言っていいのかわからず、とりあえず一番無難な挨拶でお茶を濁す。しかしラドリーの表情の変化に比例してぎこちなくなっていく場の空気は、残念ながらその程度ではほぐれてくれず。それが限界に達した時、とうとう彼女は飛び起きた。

 

「ごめんなさい、じゃなかった、えっと、申しわけございません、ご主人さまっ!」

 

 自らの立派な尻尾に足を取られそうになりながらもパタパタと小さな体でよく動き、ベッドの上で正座してそのまま土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。しかしそんなことをされても、そもそも私とて怒っているわけでもなければ責めるつもりも全くないのである。

 

 ―――――まあまあ、いったん落ち着いてほら

 

「で、でも、ラドリー、ご主人さまのお洋服をしまいに来たらご主人様がお昼寝してて、だからメイド長みたいにカッコいいお姉さんみたいになって褒めてもらって頭も撫でてもらおうって、それで、それで……」

 

 一体、何があったのか。半泣き状態でまくしたてるラドリーの要領を得ない話をなだめながらもどうにか聞き出してわかるように構成すると、どうもこういうことらしい。

 まずラドリーがこの部屋にやってきたのは、口にしていた時間から考えると私がいつの間にか寝落ちしてからそう遠くはない頃だ。ナサリーに手取り足取りで皺の出ないたたみ方を教えてもらい、苦戦しながらもどうにか完成した洗濯済みの私の服をしまいに来るという大役(原文ママ)を仰せつかった彼女が部屋に入ると、私としても寝るつもりはなかったので開いたままの窓とベッドの上でぐーすか寝ている私の姿が目に入った。

 

『失礼します!ラドリーが、お洗濯ものを持ってきました!あれ、ご主人さまお休み中だ』

 

 最初はそのまま起こしてくれようとしていた……のだがそこでふと、以前自分がお休みの日に昼寝していた際、たまたま何か用があって部屋の中に入ってきたハスキーさんにこっそり布団を掛けてもらっていたことを思い出したらしい。それが印象に残って嬉しかったので、自分も同じことをやって褒めてもらおうとして(あと同時に、私に対して他のメイドたちのように甘やかしたいというのもあったのだろう。得意顔でお姉さんぶろうとする姿が目に浮かぶようだ)まず風邪をひくといけないので窓を閉め、それからベッドの上によじ登って布団を掛けようとしてくれた。

 

『ふふーん、仕方がないですねえご主人さまは?もしラドリーが来なかったら、風邪をひいちゃっていましたね?まあ、ラドリーがメイドさんらしく助けてあげますけど!』

 

 ところが、ここに思わぬ誤算があった。まずひとつが、最初に持ってきてくれた私の服をまず片付けるなりその辺に置いておくなりするのではなく片手に抱えたまま掛け布団の移動を強行した点。

 そしてもうひとつが、そもそも私の部屋のベッドはなんだか妙に大きいのだ。ラドリーたちの寝室に置いてあるベッドも割合豪華な代物なのだが、質はともかく常識的な大きさのあれとはサイズ感からして違う。以前色々あって当時はまだいなかったラティス以外の皆が日替わりで代わる代わる私と添い寝しに来ることになった時―――――あれは確かに最高の体験だったけれど、同時に毎夜すぐ隣の手を伸ばせば届くような位置に感じられる可愛らしいパジャマに身を包んだ女体の気配や風呂上がりの石鹸やシャンプーの香り、更にはもっと直接的に彼女たちから飛んでくる普段より無防備な、お互い眠っているような時間にもまだ私と一緒にいられることを素直に喜ぶ眠気交じりの甘い声等、等、等でギンギンに(効果音は……まあこれが一番正しい。結果的には何も起きなかったけれど。起きなかったけれど!)緊張し続けてろくに眠れず、重ね重ね最高だったけれどそれはそれとして色々危なかったし凄まじく気疲れする数日間でもあった―――――にもまだスペース的には余裕がたっぷりあり軋む音ひとつ聞こえなかったことを考えると、それ以上の人数での同時使用にも十分に耐える(しかもそこからこの屋敷同様、魔法でしれっと拡張される可能性まである)だろう。毎日まるで小人か人形にでもなったつもりで眠りにつくのにも、いい加減慣れてきたから何も言う気はないけれど。

 そして当然、そこに被せる掛け布団の方もそれなりに大きく重量もある。彼女もその身に秘めたパワーは確かにドラゴンのそれであるため重量それ自体はまるで問題にもならないだろうが、フルスの状態ならばいざ知らず体のサイズも手足も小さいラドリーとしての姿で、まして片手でどうこうするのはいささか厳しいだろう。

 

『よいしょ、よいしょ……うわっ!?』

 

 そして案の定というべきか、辛うじて半分ほど私の体に掛けたあたりでつんのめって倒れ込む。しかし私、そこまでやられてなお一切気が付くことなく寝ていたのか。それもそれでどうかと思う。先のような例外を除けば基本的には毎日たっぷり健康的に快眠しているつもりだったけれど、もう少し普段から睡眠時間を延ばすべきだろうか?

 いやそれは後で考えるとして、今はその後だ。すんでのところで私の上に直接ダイブする事だけは避けた(さすがにそこまでされたら私も起きる)ラドリーは、この無駄にでっかいベッドの上で勢い余ってぶちまけた私の服に埋もれることとなる。

 

『うわ、うわわ!?』

 

 ―――――で、すぐ起きようと思ったけどお布団に勝てなくて、ちょっとだけのつもりがすっかり寝ちゃっていた、と

 

「は、はい……」

 

 見るからにしょぼくれ、後ろに垂らした尻尾にも元気がないラドリー。何度も繰り返し私に怒るつもりはないということは伝えたのだが、まあそういう問題ではないか。空回りしがちとはいえ仕事自体には毎日が全力投球の彼女のことだ、張り切っているにもかかわらずミスをしたという事実そのものにダメージを受けているのだろう。

 ふぅむ、と小さく息を吐く。私が下手な言葉を掛けたところで、これはかえって逆効果だろうか?しかし何度も繰り返す信念だけれども、美少女は笑っていてこそ、だ。それに主人を名乗る以上、メイドのメンタルケアにも責任はある……と私は思う。多分これもナサリー辺りに丸投げすればもっとスマートに元気づけてくれるだろうけれど、目の前の彼女を自分では放置して任せっぱなしというのはあんまりにも無責任というものだ。そんなもの私の驕り、あるいは自己満足と言われれば返す言葉もないけれど。

 では、どうするべきだろう?少し考え、思い切って口を開く。ハスキーさんがちらちらその片鱗を見せている私に対する異様なほどの知識量を考えるとこれも彼女たちにとっては既知の話かもしれないが、好きな子が多少なりとも気が楽になってくれるならばなんだっていい。

 

 ―――――まあほら、仕事ってミスしながら覚えてくものだしね……色々覚えがあるよ

 

「ご主人さまも、ですか……?」

 

 元気がないながらに興味を引くことができたらしく、小さな顔がこちらを向く。もはや遠い昔のような気分になるけれど、私だってついこの前まで一応は勤め人だったのだ。遺憾なことに社会のピラミッド内部の序列では、圧倒的に下から数えた方が早いくらいの下っ端薄給取りだったわけだが。それが今ではピラミッドどころか、どんな地位や大金の持ち主がどれほど焦がれ羨もうが決して手が届かないような美女メイドに囲まれ悠々自適の……と、また思考が横に逸れるところだった。しかしただ怠惰に過ごすだけならいざ知らずだし仮にそうなっても彼女たちは全肯定してくれるのだろうけれど、私なりに多少なりとも彼女たちから受ける愛情や忠誠と釣り合うように過ごそうと思うと、悠々自適も決して楽なものじゃない。

 

 ―――――そうそう。一番まずかったときなんて、あの日はたまたま仕事の人から掘りたての筍を貰ってね。ガスコンロとボンベ、それに大鍋もあるからって会社で灰汁抜きまでやっちゃおうって話になって、一応見つかるとまずいからって隠れた小部屋で米ぬかと水と唐辛子入れてぐつぐつ煮詰めてたんだけどね?その日がよりによって偉い人が何かの用で顔出しがてら視察に来るからっていう日で、ひとり足りないぞって騒ぎになりかかって……

 

「えええっ!?それでご主人さま、どうなっちゃったんですか!?」

 

 ―――――そう、それなのよ。あの時は本当に運が良かったんだけど、たまたま大騒ぎになる前にガスが切れちゃって……新しいガスボンベを探しに隠れていた部屋を出たら、皆揃ってどころか普段見ない顔までいるんだからもうびっくりしちゃって。お腹の調子が悪くてずっとトイレにいたことにしてなんとか誤魔化せたよ

 

 武勇伝、などと言う気はない。単なる恥の話であり、昔に渡った、どう思い返してもほんの少し考えていれば余裕で避けられたはずの危ない橋の話だ。

 そして同時に、人に助けられた話でもある。なにせあの時はその偉い人以外の職場の皆も私が灰汁抜きをやっている話は知っていたはずだから、そのことを告げ口せずしらばっくれていてくれたのは本当に助かった。その場所からは後日転勤することとなったためもう分かれて久しいのだが、あの同僚たちには今でも感謝している。

 

 ―――――まあそんなわけで……えーっと、何が言いたいんだっけ?ちょっとくらいミスしても案外何とかなる……いや違うかな、なんだかんだ皆助けてくれるから気に病まないで……いや違うか?えーっと、だから……

 

 しかしすっかり喋っておいてなんだけれど、これはあまり愉快な話でも褒められた記憶でもなかったと我ながら思う。しかも完全にノープランで仕事のミス、と言われてすぐ出てきた思い出を振り返ったものだから、いいこと言った風に終わらせるには一番大事な締めの結論がすっかりぐっちゃぐちゃになってしまっている。それも現在進行形で。

 だが、そんな締まらないオチの話でもどうにかラドリーの気を晴らすことはできたらしい。少しは元気を取り戻した顔で、私の右手を小さな両手で包むように握る。(別にラドリーに限ったことではないが)水仕事担当とは思えないほどに柔らかなその手が思いのほか熱く感じられたのはこれが子供体温なのか、それとも先ほどまで彼女が泣きかかっていたせいか。

 

「えへへ、お話ありがとうございました!ご主人様のこともっと知れて、とってもよかったです」

 

 ―――――いや、まだ話は終わってないかなぁ……?

 

「えっ?あ、あのそのあのご主人さま?」

 

 ペコリ、と頭を下げるラドリーに手を伸ばし、その肩に手を掛けて引き寄せる。特に抵抗もされなかったが(されたら勝てるわけがないとも言う)メイド服越しに伝わってくるいかにも女性らしい華奢で薄い体の線の感触と、真っ赤になって私混乱していますと大書きに書いてあるような、でもどこか期待のような色もかすかに見え隠れする表情は彼女がガチガチに緊張していることを言葉よりも雄弁に物語っていた。

 …………いやもちろん、いくらベッドの上という場所が場所だからって、『そういう』つもりではない。そもそもそんな真似がさらりとできるぐらいなら、私もかつての人生あれだけ苦労していない。ないが、そんな表情をされるとこっちまで妙な気分になってくるのは確かである。特に、彼女の見た目でもいわゆるそちら系の知識がないことはないのだなあという意外性によるギャップとか。

 しかしここで下心を出してしまっては、私の今やりたいことからはだいぶ話が変わってきてしまう。湧き上がる煩悩はどうにか一時的に追い出して小さく笑いかけ……そのまま勢い良く、ベッドの上に倒れ込んだ。爬虫類めいた瞳孔を白黒させる彼女の瞳と、そこに映って見えるおかしそうな私の顔。相変わらず軋みのひとつなく2人分の体重と衝撃を完璧に吸収したベッドの上で、前と同じような状況だとぼんやり思う。ただ違うのはあの時の相手がハスキーさんだったこと、そしてあの時とは違い今度は私の意思で寝転んだことだ。

 

 ―――――ほら。ラドリーは今日寝落ちしちゃったんじゃなくて、私が昼寝するのに無理言って一緒に付き合ってもらっただけだから、さ。夕飯までもうひと眠りしようよ、そのうち誰か起こしに来てくれるだろうし。ね?

 

「……え、えっと」

 

 ―――――私ひとりだと、ちょっと今眠れる気がしないなあ。こんな時、誰か優秀なメイドさんが添い寝してくれればいい具合に疲れが取れそうなんだけどなあ。そんなメイドさん、どこかにいないかなあ

 

「……!ラドリー、ラドリーがいますっ!それーっ!」

 

 勝手にこんなことをしたら、ラドリー自身のためにならないだろうか。でも彼女はもう十分に反省していることだし、毎日頑張っているんだからたまにはこんな日があったっていいと私は思う。先ほどラティスから聞いた昔の話が脳裏をよぎったのもあるが、それ以上に元の世界では私自身勤め人としてお世辞にも有能ではなかったうえ、勤務態度にしても真面目だの品行方正だのといった単語とは縁が遠かった過去があるからだ。そしてそんな私がそれでもどうにかやってこられていたのは、ひとえに周りの人に助けられてきたからである。

 そんな過去のことを考え、そして現在に視点を戻す。巡り巡って目の前の彼女に同じことができるならば、それもまたアリだろう。飛びついてくると同時に私の胴体に両腕を回してホールドし、胸元に顔をうずめ上目遣いにこちらを見上げるラドリー(幸いなことに顔面から来てくれたおかげで角は刺さらなかった。正直ちょっと身構えた)と目が合うと、少し照れ臭そうに笑った。

 

 ―――――前に添い寝してもらった時は、尻尾を抱き枕にさせてくれたよね。あれ、またお願いしてもいい?

 

「うん、お任せくださいです!」

 

 張り付いたように離れないホールドは一切解かず、ふさふさの尻尾だけが別の意思を持つ生き物かのように持ち上がって私の顔にぼふりと当たる。器用なものだと思いつつ普段から同室のナサリー、パルラ、ティルルも認める高品質抱き枕をもふもふと撫で、ちょっと苦笑する。少し離れた方が(私の理性も込みで)色々と良くないかという意味も込みでのお願いだったのだけれど、遠回し過ぎてまだ彼女には伝わらなかったようだ。

 

 ―――――えっと……寝にくくない?その姿勢

 

「ううん。えっとですね、さっきのお洗濯ものよりずっとご主人さまの匂いに包まれて、しあわせで落ち着くんです」

 

 少し固まる。まだ加齢臭には早い年だという自任はあるけれど、もしかしてそうでもなかったのだろうか。突然固まった私にきょとんとした様子なその笑顔が、悪気なく私の心にぐさぐさと突き刺さる。あ、それとも寝汗か。確かにそれなりに温かい気温の中、扉も窓も締め切られた状態で爆睡していたのだから多少なりとも汗をかいていても不思議はない。

 ただどちらにせよ、私ならあまり近寄りたいとは思えないが……これ以上は、あまり考えない方がいいか。あまり意識しすぎるのも、せっかく過去の恥と絡めていい話風にまとめた主人としての立場や私自身の理性等、様々な立場から色々とまずいものがある。これだけ引っ付いた状態で下手に生理現象的なあれそれが発生すると、いくらなんでも気付かれるだろう。

 深追いはやめて視線を逸らすと、純白のシーツの上で一層目立つ夜空のような黒色が目についた。先ほどの衝撃でいつの間にか懐から飛び出ていたのであろうチェイム……シュテルンの羽根に手を伸ばして拾い直すと、それを見ていたラドリーも相変わらずがっちり抱き着いた両腕は緩ませないまま興味津々、といった様子で声を上げる。

 

「ご主人さま、チェイムさんの変身するところを見せてもらったんですか?」

 

 ―――――いや、それがまだなんだ。やっぱりわかる?この羽根

 

「はい!でも、ドラゴンの姿はなかなか見せてもらえないんです。ラドリーがお仕事、ちゃんとできてないからかなぁ……」

 

 しまった藪蛇だったか。いやでもさすがに今のは私のせいではないのでは?だがここでまたしょぼくれさせてしまっては、ここまでやった意味がない。そんなことはおくびにも出さず、そんなことないよ、と励ましておく。

 

 ―――――皆も言うじゃない、チェイムは恥ずかしがり屋なんだって。ラドリーはそう思わないの?

 

「うぅん……あの、チェイムさんはいつも優しくて、ニコニコして、お仕事のこともたくさん色んなことを知っていて、ラドリーのこともちゃんとレディとして扱ってくれる、とってもえらい人なんです!」

 

 それは9割ナサリーでは?と思ったけれど、それは言わないでおいた。実際ナサリーとラドリーは日頃の様子を見ているとレディ扱いというよりむしろ、年の離れた妹のように接しているところがよく見られる。あれがその様子からしか摂取できない栄養がある、というやつなのか傍から見ても微笑ましく当人にもその関係に不満はないようだが、それはそれとして子供扱いしないで接してくれる存在は貴重なのだろう。

 そしてチェイムにしても、せめてラドリーの前では完璧なお姉さんメイドとしてふるまいたいという気持ちはよくわかる。よくわかるだけに、私の前では素の性格である子供っぽさを見せてくれているという事実がたまらなく愛おしい。つまるところいずれ劣らぬ美女美少女と一口に言えど見た目の雰囲気もスタイルも正反対なこのふたりには存外、その内面には似たところがあるのかもしれない。そう考えると、どちらも可愛いものである。いやそれは元からか。

 そんなことを考えていると、眼下のラドリーがじっとこちらを見ていることに気が付いた。急に私が黙ったものだから、また不安になっているのだろう。その頭を撫でてやりながら(さすがにこんな真似を女性に対し無許可でいきなりやらかすほど思い上がってはいない。ただラドリーの場合こうすると喜んでくれることは過去の経験からわかっている、というかむしろ自分から催促してくるぐらいだ)、これ見よがしに大きなあくびをしてみせる。ああいかん、なんだか本当に眠くなってきた。

 

 ―――――それにもしラドリーがまだ未熟だからあんまり見せてくれないっていうなら、まだシュテルンを見たことがない私なんてどうなるのさ?実はチェイムからは、まだ主人として認められてない事になっちゃうでしょう?

 

「ご主人さまはそんなことないです。立派な、自慢の、ラドリーが大好きなご主人さまですから!」

 

 ―――――ありがとう。だから大丈夫だよ、うん……

 

 自分で言っておいて一抹の不安を感じたけれど、幸い同じく眠そうなラドリーには気付かれなかったようだ。いや流石に大丈夫だろう、きっと大丈夫だろう、うん。彼女たちの愛を疑うつもりはないけれど、それでも時々不安になるのだ。圧倒的上位存在であるドラゴンメイドに対し矮小な人間でしかない自分に、本当にこの溢れんばかりの愛を受け止める資格があるのか。もしかして私を主人に選ぶ際に何か致命的な間違いや勘違いを、ハスキーさんをはじめ皆がしているのではないか、と。

 ……もう何十回何百回となく考えては、誰にも言えず必死で打ち消してきた議題だ。それ以上考えるとなんだか胃が痛くなってきそうだったので、思考を緩めてふかふかのベッドとラドリーの体温にくるまれてそこだけに意識を集中させる。

 

 ―――――じゃあ、少しだけお休み

 

「……はい、お休みなさいご主人さま……」

 

 自分でも驚くほどあっという間に訪れた本格的な睡魔に身を任せて意識を手放す寸前に思ったのは、いずれにせよ今度チェイムとはじっくり話がしたいな、ということだった。

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