持ってきてもらった冷たい水を大人しく飲み、のぼせあがった体をこれまたどこからともなく取り出してもらった(本当にどこでこんなの作っているのか見覚えしかない印章、ドラゴンメイドのシンボルマークが入った)うちわで冷やし。まだやることが他にあるとかで名残惜し気に絡めた指を離すハスキーさんとは廊下の途中で別れ、辿り着いた遅い夕食の席にはもはや誰もいない……と、思っていたのだが。そこにはまだ、先客がいた。
「あら、お疲れそうですねご主人様。あまり遅い時間のお食事も本当はよくないのですが、今日は特別です。そういう時こそしっかり食べて、元気になっちゃいましょう!」
いつもと変わらないふんわりとした雰囲気、包容感あふれる笑顔で妙に可愛らしくガッツポーズしてみせる全体的にピンク色のメイドの姿に、思わず目を瞬かせる。
―――――ナサリー?
「はい、ご主人様のナサリーお姉さんですよ?」
相変わらず捉えどころがないというか、口を開くまでわからなかったけれど。これは完全に、面白がっている時のナサリーだ。平時とはまるで区別がつかないがこんな風に澄ました顔で平然と、どこまで狙っているのかいちいちこちらの顔が赤くなるような言動を飛ばしてくる。そしてそういう時の彼女は大体、上機嫌になるだけの理由があると相場が決まっているのだ。
ただそちらもそちらで気になるけれど、私にも先に聞いておきたいことがあった。私の普段の席にはまるで今しがた用意されたかのように湯気を立てる具沢山なホワイトシチューがたっぷり盛られた器にちらりと見ただけで瑞々しさが感じ取れるサラダ、軽く焼き目の付いたパンがいくつもとデザートらしき綺麗に飾り包丁を入れられた果物の盛り合わせと、体も心もだいぶさっぱりとして元気になったおかげで取り戻した食欲を早速そそってくる組み合わせが並んでいる。それはありがたいし完全に私的な理由で出遅れた私のためにここまで用意してもらったことには感謝の念も絶えないのだけれど、問題はナサリーの方で。いつもの定位置とは異なり私の席の真正面にくるような場所に座り手招きする彼女の前にも、手つかずの状態で同じメニューが並んでいたのだ。
―――――ええと、まさか待っててもらったの?
「ええ、もちろんです。でも本当は、皆も待ちたがっていたんですよ?それはさすがに難しかったので、こうして代表としてご主人様をお迎えできたのは全員でじゃんけんして勝ち残った私の特権です」
本当にいつになく上機嫌らしく、ふんすと胸を張って自慢げに言い放つその姿はやはりよく面倒を見ているうちにある程度の癖も移るのだろうか、ラドリーの姿と微妙にだぶって見えた。もっとも見た目からして子供らしいラドリーがするならこのポーズも微笑ましいが先に来るしラドリーは今日も可愛いなあで済むのだけれど、いくら露出が少なかろうとグラビアアイドル顔負けなメリハリがある男の理想をこれでもかと詰め込んだようなスタイルと、可愛らしくも大人びた顔つきを持つ抜群という言葉でもなお生温い天上の美女である彼女が同じことをやるとまあその色々と目に毒というか、見た目とのギャップがかえってこちらの煩悩を刺激してくるというか。
なんとも反応に困っていると、待ちかねたナサリーからほらほらと手招きされる。それに誘われるようにふらふらと、私もようやく食事の席に着いた。
―――――いただきます
「はい、いただきます。ご主人様のために作ったお食事が、お口に入る前に冷めてしまっては勿体ないですからね」
簡素なデザインの木のスプーンでシチューを掬い、一口すする。口の中に程よい熱さと頬が落ちそうなほどの美味、そしてほのかに感じる牛乳をベースにたっぷりの具材をじっくり煮込んだ満点の滋養がじんわりと広がり、そこからはもう夢中だった。彼女たちが用意してくれる食事は毎食毎食信じられないくらいに美味しいものばかりだが、今日はいつもよりも弱っていたせいかなお一層に美味しく感じる。我ながら馬鹿馬鹿しい話だが最後の方には視界がわずかにぼやけていたあたり、いつの間にか涙すら浮かべていたのだろう。
ずっと待っていてくれたナサリーに対し会話を振る余裕すらもなくひたすら無言でがっつき続ける私の姿は食事を共にする相方としてはさぞつまらないものだったし待った甲斐もなかったのではないかと、後になって思う。だがそれでも彼女は優しい、慈愛に満ちた笑みで私のことを見つめながら自分の皿の中身を少しずつ片付けていたようだ。ようだというのは私がすべての皿を空にしてようやく人心地付いた時、それまでずっとナサリーを放置していたことに気付き慌てて視線を向けるとちょうど彼女も最後の皿であるデザートの果物のひとつ、丸のままのラズベリーを口の中にそっと入れて手を拭いているところだけを辛うじて見ることができたからだ。
―――――あー……えっと、ナサリー
「こーら。ご主人様、違いますよね?まず、何か言う事があるんじゃないですか?」
―――――……ご馳走様でした
「はい、ごちそうさまでした。うふふっ、見事な食べっぷりでしたよ?」
待たせておいての放置に怒るどころか心底上機嫌そうに、そして同時にどこか緊張の糸が切れたように笑うナサリー。それを見てようやく、どれだけ彼女に心配をかけていたのかを私は察した。彼女もまた人間の上位種であるということを差し引いてもさすがにそういったことはお手の物なナサリーだ、巧みにそんな素振りこそ見せなかったものの、ここに来てからというもの無病息災で毎日を幸せに過ごし、食事にも遅れたり残したりすることは一度たりともなかった私がこれだけ時間を遅らせてようやく座った食卓を、一体彼女はどんな気持ちでひとり待っていたのだろう。
そう考えると申し訳なさはますます募るばかりで、まずは謝罪の言葉から入ろうと意を決し口を開く。だが最初に言葉を発するためこちらが息を吸うより早く、ナサリーの方が立ち上がった。素早い動きですい、と回り込んで音もなく私の前に立ち、ふわりと漂う彼女の甘い甘い香りに一瞬ドキリとしている暇に、私の唇にすべすべしたものが触れる。『しー』と言わんばかりに付きたてられた人差し指によって口を塞がれた私に、小さい子に言い聞かせるような調子で笑みを浮かべる。
……一応私も人間の年齢としてはいい大人なのだが、こと彼女に関してはこんな風にあやされるような調子で相手されても、まるで反発する気にならない。それどころかちょっとアブノーマルな趣向にすら目覚めそうにすらなるのは流石の人徳、あるいはもっと直接的に母性と言うべきか。
「もう。ご主人様が何を仰ろうとしているかは予想が付きますが、そうじゃないんですからね?ハスキーちゃんからご主人様の調子はもう問題がない事は聞いていますし……それはそれとして後でじっくりあの子には『お話』聞かせてもらいますけど。とにかくそのうえで私たちはご主人様とお食事をご一緒したく、私が勝ってその権利をやっと手に入れたんですから。せっかく全部やりたくてやっているのに肝心のご主人様がそんな風に負い目に感じちゃったら私、悲しくなっちゃいますよ?」
座ったままの私に対し屈みこんで視線を合わせ(ついでに顔の距離もぐんと近付いた。俗な言い方をすればいわゆるガチ恋距離を躊躇なく持ってくるうえ、先に恥ずかしさのあまり顔を背けるようなこともしないからその気になればいつまでも超至近距離で見つめてくるのは私の心臓にいい意味で悪い……というのもおかしな字面だが)、目を見て返事するまで逃がさないとばかりにこちらの両肩を手で押さえつける。たおやかな手が触れている箇所は全然痛くないし力だって入っているようにはまるで感じない、いや実際ナサリー本来の膂力からすればまるで力なんて込められていないだろうに、それだけで一体どれほどの圧が込められているのか完全に私は体を起こせなくなった。もはや人間の力ではテコでも起き上がれず、かといって目を逸らすことも彼女の瞳に見つめられて許されず、瞬きひとつせずに私の返事を待ち続けるナサリー。
お互いに吐息すら感じられるほどの距離で強制的に見つめ合わされ、視界いっぱいに広がる包み込まれそうな美貌に顔が赤くなっていくのを感じる。そのまま先に音を上げたのは、当然のごとく私だった。
―――――わかった、わかりました!でもこれは言わせて……ありがとう、ナサリー
「あら。当然のことをしたまでですけど、ふふ。そう言っていただけるなら、こちらとしてもお待ちした甲斐がありますね」
言いたいことを言い終わり私の返事も満足いくものだったからか、意外とすんなり私の肩を固定していた手を離して立ち上がり、元の席に戻ろうとするナサリー。しかしほんの数歩も進まないうちにその足がまた止まり、くるり振り返って今日一番に悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「でもそうですねえ……ハスキーちゃんが随分と、本当に随分と役得したようですし。せっかく勝ち取った立場ですから私も少しだけいい目に合わせてもらっても、罰は当たりませんよね?」
言葉の調子自体は柔らかいのに随分と、のところにだけえらく力が入っており、そこになぜだか得体の知れないプレッシャーを感じて訳もわからないのに頷いてしまう。先ほども感じたけどさてはこれ、さっきまでハスキーさんと混浴していたこともすでに完全に筒抜けになっているな。どのみちナサリーの独特な会話のテンポはどうにも断りづらいから、仮にその引け目が無かったとしても結果は変わらなかっただろうけれど。
むしろこの後でいつぞやの添い寝の時のように詰められる可能性が高いであろうハスキーさんに心の中で同情しつつ、しかし今は私の番だ。ナサリーのことだから私に対しそう無茶は言わないだろうけれど、じゃあ一体何を言い出すのかと言われるとまるで見当もつかない。とにかく私が彼女を愛していて彼女も私に無限の愛情を注いでくれることは間違いないのだが色々と言動が読めないのだ、彼女はいつも。
内心緊張する私とは対照的により一層機嫌よく、小さく鼻歌まで歌いながら(あまり音楽に詳しいわけではないが、聞いたこともない曲だった。やはり精霊の世界では、音楽事情も色々と違うのだろうか)自分の席にまだ置いてあった果物の盛り合わせの皿を持つと、手首を曲げて上向けた手のひらに乗せた給仕スタイルですぐさま私の目の前まで戻ってくるナサリー。いよいよどうするつもりなのかと見守っていると、一拍の間をおいて。
「ちょっとだけ失礼しますね……えいっ」
―――――わっ!?
可愛らしい気合の声とともに、なんと座ったままの私の膝の上にすっぽり収まるように座り込んだのだ。これにはさすがに不意を突かれてみっともなく声を上げる私をよそに、驚異的なバランス感覚で皿に乗せた果物は微動だにさせないままあっちもこっちも柔らかで豊満な肢体を必然ぐいぐいと押し付けられて。他のドラゴンメイドの皆と比べても特に甘さの強い、彼女特有のバランスを感じる女性の香りを過去一で近くに感じ。ガチ恋距離までは平然としていられても流石にこれは平常心を保てなかったのか、普段よりわずかに赤みがさした頬と隠し切れない緊張の色が見え隠れする目をまっすぐに向けられて。
ひとつひとつ自分が今何をされているのかを理解していくにしたがって、ますます平常心なんて保てない。あれか、ハスキーさんもラドリーもだけど、もしかして今日は私が知らないだけでドラゴンの間ではスキンシップの日だったりするのだろうか。
「嫌、ですか……?あっ、それと重かったりしたらすぐ言ってくださいね」
―――――う、ううん。嫌じゃないし、重くないよ!
本音である。大前提としてこんな、どちらかと言えばあまり自分からこういう踏み込み方はしてこない方のナサリーらしからぬ夢のようなシチュエーションが嫌であるわけがないのは当然として、重くないというのも決して見栄や嘘ではない。確かに羽のように軽い、だとか重みを感じない、とまでは言わないけれど、この身長の女性としてはこんなものだろうという確かで程よい質感からは、むしろ心地よさすら感じる。エルデとしての彼女は私を背に乗せて平然と飛行できる程度にはがっしりした身体をしており、もし質量があちらから据え置きならば今ので骨の数本は折れていてもおかしくなかったが……私でも軽々と持ち上げられるラドリーと一度膝に乗せたらどいてもらうまで私の力だともう起き上がれないフルスの例もあるけれど、一体どういう体をしているのかその辺りは結構融通が利く仕組みなのがドラゴンメイドという種族なのだろう。まあ合体ロボだって、変形前後で体重のつじつまが合わないなんてよくある話だし。
変なところで納得していると、明らかに少しほっとした調子がその声に混じる。
「そう、ですか……ふふっ、いつもはドラゴンの姿でご主人様をお乗せする私がこちらの恰好で、しかも私の方が上だなんて。やっておいてなんですが、なかなか新鮮な感覚ですね」
実を言うとラドリーはよく膝に乗ってくるので、ナサリーからすればともかく私にとってはそう新鮮というほどでもない……とは言わない。野暮というのもあるが、子供体形でまだ体の線が薄い(そこがまたいい、という意見もある。私もそう思う)彼女と比べても上半身を傾けてこちらを向くたび胸板に当たるメイド服越しになお主張を感じる確かな双丘といい膝の上に乗せられた豊かな腰回りやむっちりとした太腿の柔らかさといいその感触はもはや完全に別物であり(どちらが優れている、というわけではない。もし逃げられたら嫌なので絶対態度には出さないけれど、本音を言えばラドリーもラドリーで正直辛抱たまらない)、何より無邪気なラドリーと違いあのナサリーが自分からこんなことをやりだしたという事実が、余計にこの場の空気の非日常感を出していたからだ。
「ああ……でもこんなの、癖になっちゃったらどうしましょうね。そうだ、はい、ご主人様」
うっとりしたように呟き、ようやく手に乗せたままの果物の存在を思い出したらしい。おもむろに適当なひとつ……ブルーベリーの粒をつまみ上げると、すい、と私の口元にまで持ってくる。
―――――えっと、ナサリーさん?
いやまあ、何がしたいのかは私でもわかる。なにせ忘れもしないつい先日にも、パルラと同じことがあったばかりだし。でもだからといってあまりに急すぎたのとあの時でもここまで密着はしていなかったので咄嗟に反応できずにいると、差し伸べた手はそのままに口をとがらせて抗議される。
「あら、パルラちゃんとは『あーん』できたのに、私とはできないんですか?」
―――――う、ちょっと言い方ずるくない?それ……はい、あーん
そして結局、びっくりはするけれど抵抗はしないのもあの時と同じである。色々と開き直ってしまえばなにせメイドさん、それもこんな極上の美女や美少女からのあーん、だ。そりゃあまあ、断じて嫌なはずもなく。デレデレしながら大人しく口を開き、その中にブルーベリーの粒を押し込んでもらうと大粒のそれは今にも皮が弾けそうなほどにみっちりと中身が詰まっていて、嚙み潰すとはっきりとした甘さが口の中に広がった。そのままこちらに感想を求めているような目に、これも正直に答える。
―――――おいしい、です。ねえ、これってやっぱり……
「あら、ご主人様からもお願いできるのですか?嬉しいです、じゃあお願いしちゃいますね」
―――――よく言うよ、もう。今、絶対そういう目で見てたじゃない?はい、あーん
やらなきゃいけないのかな、と一応聞いてみる暇すら与えられずに有無を言わさずキラキラした瞳でお膳立てされ、半ば自暴自棄、半ばやったぜの気持ちで同じく皿から適当にカットされたオレンジを手に取り、その口元へと差し出す。
「あーん……もぐもぐ……ふふっ、とっても美味しいですよ、ご主人様。どうしましょう、私、本格的に癖になっちゃいます。それでは私からもお返しですね、どうぞ」
そうやってお互いに食べさせ合いながら、どれほど経過したろうか。少なくとも体感では数分も経っていない幸せな時間は、あっという間に終わりを迎える。私に続きナフキンで手を拭きながらもう少し盛りつけてくればよかったと明らかに不満げな顔ですっかり空になった皿を未練がましく見つめ続けるナサリーを見ているとなんだか無性にそうしたくなって、許可も取らずにその頭を撫でつける。
「ひゃんっ!?……もう、ワンちゃんや猫ちゃんがご所望ですか?ご主人様」
流石に驚いたようだが特に嫌がる素振りは見せず、それどころか多少機嫌が持ち直しすらしたらしい。私の膝から降りる気配もなく、いいように撫でられながら先ほどと同じ鼻歌をまた奏で始める。なんとなく耳に残る旋律だったのとこちらも手持ちぶさただったことも相まって、少し興味が湧いてきた。彼女の性格同様に柔らかなピンク色の髪を撫でているとより一層にむせ返るような甘さの体臭が近くで感じられ、黙ったままだとそのうちどこまでもその香りに意識が呑み込まれ魅了されつくしてしまいそうな、そんな錯覚さえしてきたのもある。
―――――それ、何の歌なの?
「これですか?これは昔にチェイムちゃんから教えてもらった、星祭りの歌ですよ。人間の文化とは違うものですから、確かにご主人様が知らなくても無理はありませんね」
―――――へえ、チェイムの……あ、そうだ
ふと思い立ち、手を止めてズボンのポケットを漁る。着替えの際にもこっそり移し替えておいた、例のシュテルンの羽根である。雑に突っ込んだ割に全く曲がりもせずへたれてもいない、今まさに抜いたばかりと言われても誰も疑わないであろう綺麗なままのそれをナサリーに見せる。撫でる手が止められてまた不満げだった彼女も、私が差し出したのが何かを認めると興味を動かされたらしい。
―――――そういえば昼間、こんなの拾ったんだ
「あら。シュテルンちゃんが落ちた羽根を見過ごすなんて、とっても珍しいんですよ?」
―――――ティルルも同じこと言ってたよ。それで本人が見せてくれるまで待つつもりだったけど、これ見るとやっぱり見てみたいんだよね、シュテルンとしてのチェイムの姿。だけどこういうのって、頼んでも大丈夫かな?ドラゴン的には失礼だったりしない?
一応そこは、チェイム本人に頼み込む前にちょっと懸念するところだった。ドラゴンメイドの彼女たちは普段メイドとして人間である私の生活に合わせてくれているけれど、その本質はあくまでドラゴンの側だ。姿を見てみたい、という私の願望を伝えることがもしもドラゴンの常識的に失礼にあたるのならば、いくら好奇心が湧くとはいえ諦めて我慢する。私はチェイムの姿が見たいのであって、彼女を怒らせたり悲しませたりがしたいのではない。それこそ本気で頼みさえすれば断りはしない(逃げられないとは言っていない)はずだという確信はあるけれど、明日以降も彼女と一つ屋根の下で暮らす私にとってそれ自体はゴールでも何でもないのだ。
ところがそれを聞いたナサリーは一瞬目をぱちくりとさせ、ややあってゆっくりと笑顔を浮かべた。それもただおかしく感じたというよりも、むしろ私を勇気づけるような優しい笑いかただ。
「ご主人様の仰りたいことはわかりました。ですが、心配しているようなことはないですね。むしろチェイムちゃんったら、恥ずかしがり屋さんもここまできたらよっぽどご主人様に失礼ですよ。色々理由を付けて先延ばしにし続けて、あろうことかご主人様の側に気を遣わせるだなんて……あの子にも悪気はないので、許してあげて下さいね?」
―――――許すだなんて、そんなそんな。ただ見たいっていうだけで、別に怒ってるわけじゃないよ
「……チェイムちゃんは本来なら私たちよりも少し高位のドラゴンで、だからレベルも高いんです。『ドラゴンメイド』というのは生物学的なくくりではなく、私たちのように『ご主人様』に奉仕する事を無上の喜びとして生きる定めを持ち生まれてきたある種特異なドラゴンたちに対する総称。このお屋敷にいるドラゴンメイドも一口にドラゴンとしてくくることこそできても、ひとりとして同じ種別のドラゴンはいないでしょう?」
肝心のナサリーが私の膝の上にすっぽり乗っかったままというビジュアル的には大いに(色々な意味で)問題があるものの、そこさえ目を瞑れば極めて真面目で改まった口調での話に、私も神妙な顔つきになって耳を傾ける。いや傾けるまでもなく、どうせすこぶる近くから聞こえてくるのだが。
「高位であるがゆえに種としての絶対数も少ないチェイムちゃんのところから『ドラゴンメイド』が出てくるのはすごく珍しいことなんです。ハスキーちゃんの所に来るまで、どんなに嫌でも散々に目立ち続けながら生きてきて……でもそれで長い時の果てにせっかく出会えた、こんなに素敵で愛しいご主人様に自分の全てをまだ見てもらえていないのは、きっとあの子にとっても不本意なはずですよ。自分からだけだと、なかなかその先に進むきっかけを作り出せないだけで」
熱のこもった瞳で私のことを見据えて手を伸ばし、細い指でそっと私の頬を撫でる。そしてこの辺の言い回しは流石にナサリーだ、と思う。ちゃんとチェイムに対するフォローを彼女の過去交えて説得力たっぷりに入れながら今後私がどうするべきかをそれとなく示し、しかもなぜかどさくさに紛れて私のことまで持ち上げてくる。最後のは別にいらなくない?とは正直思うけれど、多分これもナサリーなりの『役得』のひとつなのだろう。
そしてどこまでいっても男という生き物は単純なもの、それはそれとしてこんな美女から手放しで甘々に褒められれば、その必然性を訝しみながらもそれ以上に嬉しくならないはずもなく……いや私が特別ちょろいだけかもしれないが。
―――――なんにせよありがとう、ナサリー
「ふふ、もったいないお言葉ですよ。私はただ勝者の権利としてご主人様を独占して、やりたかったことに目一杯、その時間を使わせてもらっただけですから」
悪戯っぽく笑っての澄ました物言いに、ちょっと苦笑する。確かにちゃんと実のある話もできたけれど、それはそれとしてナサリー自身は徹頭徹尾割とやりたいようにやっていたような気もする。それ自体が私にとっても幸せな時間で、さらに背中まで押してもらえたと良いことづくめだったというだけで。最大限に誰もが得をするようなこの流れ、一体どこまでが計算づくの結果だったのか。
やっぱり彼女には敵わないと、膝の上で柔らかく微笑むその笑顔を見ながら改めてそう思った。
書き始める前に一番迷った回。
食べ物ネタだからって毎回パルラに頼るのもどうかと思ったので、密かに「ふたりっきり」の日で挙げた大金星(メイド視点)を参考に機会を窺っていた(ということになった)ナサリーの方をあえてメインに。