今回の連続更新は短いですが、よければまたお付き合いください。
こんな日は突然に
ある日のことだった。その日私は朝からこの館のある世界、元の地球とは異なる閉じた異空間の探索に出かけていた。
……と、言えば聞こえはいいのだが。早い話が(是非にというので作ってもらった)彼女たち手作りのお弁当片手にピクニックや観光気分で少し遠出していた、その程度の話なので圧倒的に大したことはない。そもそも彼女たちの持つ華奢に見えても強靭な翼にドラゴンの体力と違って所詮私個人のスペックはアスリートでもない一般成人男性、遠出といっても日帰りで行ける距離には限度がある。
それこそ以前、この館以外の場所も見てみたいとの私の要望に応え全員で留守にして一緒に行った山登り(登山の道具等はいらないと言うのでピクニック感覚かと思ったら万年雪が残る程度には高所だったが、空から頂上に直接降り立ったのでほぼ遊覧飛行と言った方が近い。景色は素晴らしかったしあれはあれで楽しかった)や海(なぜか出発時点で皆ドラゴンの方の姿で勢揃いしていたし道中も妙にそわそわしていたからどうもおかしいとは思っていたが、ビーチに着いてラドリー以外恥じらいながらも一斉に人の姿へお召し替えした時に目の前に広がっていた桃源郷とその衝撃は一生忘れない。わざわざ用意してくれていたらしい彼女たちの水着姿ときたら控えめに評してもそれはもう最高で、間違いなく私はあれで寿命が延びたがその後は誰かが視界に入るたび腰から下がなかなか海から出るに出られる状態にならず困ったりもした)の方が、単純な距離ならよほど遠いくらいだ。
それでも、時には誰とも顔を合わさずにうろつきたくなる時もある……と格好つけたところで、繰り返しになるがやはり圧倒的に大したことはない。そもそもこの世界自体、私たちが暮らすためハスキーさんの作った箱庭のようなもので私に危害を与えるような存在はいないというのは当人からもお墨付き、なんなら彼女の場合何かしらの方法で私が助けを求めればどこにいようともすぐに駆けつけてくるとまで出発前に言われている。それも冗談ではない本気の目で。ここまでくると探検というより休み時間に学校、いや幼稚園の敷地を歩き回る子供のようなものだ。
随分と長い前置きになった。これはそんなわけで私が不在の日、館で起きていたというある一幕である。
「取材?」
艶やかな黒髪の彼女……ドラゴンメイド・ハスキーは優雅に振り返り、そう鸚鵡返しに口にした。無限の愛と忠誠を捧げる彼女の主人が珍しく1人で出かけているためお見送り以降は彼とも顔を合わせられず心なしか元気のなかった彼女だが、さすがにこの知らせには形のいい眉をひそめる。
そして彼女に話しかけてきた緑髪のメイド、パルラがやはり困惑した口調で頷いた。
「そうなんですよ、メイド長。今日はマスターがいないからどこでサボ……コホン。とにかくですね、色々と山よりも高く海よりも深い理由あって玄関まで行ったところ、こんなものを見つけまして」
そう言って彼女が手渡したのは、1枚の紙。手のひらよりも小さい、白い長方形のそれを受け取り、そこに印刷された文字に目を通す。
「名刺ですか。知らない名前ですが、この社名には見覚えがあります。精霊界側であちこちの世界に対し、出版社のようなことをしているのだとか……そこに取材の依頼を手書きで付け足してある、と」
言いながら名刺を裏面へとひっくり返し、そこに書かれた手書きの文にも目を走らせる。
「そうそう、その裏面にも何か書いてあるんですけど、よくわからない図形が並んでるばっかりで読めなかったんですよね。メイド長、それ何語かわかります?」
「文字というよりこれは、内容保護の認識阻害魔法ですね。今解呪しました」
「……すごっ」
さらりと出てきた言葉だが、その内容の凄まじさを同じ
「怪しい話ではないようですが、気になることが二点ほど。私たちの話など聞いて一体誰に何の需要があるのか、そしてどうやってこの場所を突き止めたのか。この御主人様との愛の巣……いえ、閉ざした時空間。そう易々と見つけられるように作ったつもりはありませんが」
「ツ、ツッコみませんよ。パルラちゃん何も聞いてないでーす」
「よろしい。では私も、貴女の最初の失言は聞かなかったことにしておきます」
「しゅいません……」
自分で勝手に口を滑らせておいて何か言いたげに目線を向けて来る上司から、プレッシャーにじわりと汗を滲ませつつも口笛吹いて目を逸らすパルラ。普段は完璧を具現化したかのような淑女であるこのメイド長がこと御主人様、パルラの言うマスターが絡むと何をやらせても言動全てが微妙に暴走しがちとなるのは今に始まったことではない。
本人はそういった自分のあからさまなミスや行き過ぎに対してメイド長という立場から色々と思うところもあるのかあるいは単に恥ずかしいのか(ナサリー談)他のドラゴンメイドには自分のそういった面を隠したがっている節があるが、彼女からすれば同じ相手をメロメロに愛する同担としてその気持ちには深く同意しつつメイド長にも可愛いところあるんですねー、くらいの感想しかないのだが。
そしてその逸らした視線の先で、偶然にもこちらに向かって歩いてくる新たな人影と目があった。ベージュ色の髪に、真珠色の尻尾のドラゴンメイド。助けを求める視線を受けて、いつもの何を考えているのか掴めない穏やかな微笑に好奇の色を滲ませ彼女が近付いてくる。
「あらお揃いで、どうかされました?」
「ラティス、ちょうどよかった。こんなものが来ていたのだけれど、何か……」
名刺を見せてそう問いかけようとしたハスキーの言葉が、途中で止まった。それを見たラティスが、あからさまに相好を崩してすすす、と近寄ってきたのだ。ひょいとたおやかな手を伸ばして名刺を奪い、そこに書いてある名前を嬉しそうに見やる。
「まあまあ、この方は私がここに来る前に外でお友達だった方ですわ。ほら、ちょうど私がここに来る少し前、ついにご主人様となるべき殿方が見つかったなんてお手紙を貰った時あたりに。その関係でここに来ることは伝えてあって、随分と興味深そうにしていましたのでそのうち来るとは思っていましたが、ようやくこの場所を見つけましたのね。恐らく私が残してきた痕跡を辿ってのことでしょうが、頑張りましたねえ」
「案の定なのね……仕方ありません、パルラ」
「は、はいっ!」
ニコニコと機嫌よく笑うラティスとは対照的に、頭が痛いという表情でこめかみを手で抑えるハスキー。成り行きを見守っていたパルラだったが、改めて気を取り直したハスキーの主人が絡まない完全に仕事モードの鋭い声にいきなり名前を呼ばれ思わず彼女も背筋を伸ばす。
「今日の業務は一旦中止して、全員集合するように伝えておきなさい。ラティスの友人からの頼みとあらば無下にはできません、この取材とやらはお受けしましょう。至急お出迎えの準備を!」
「では、お返事は私の方からしておきますね」
すぐさま文字通りに尻尾を巻いて走り去るパルラに、スキップでもしそうな調子でのほほんと背を向けるラティス。まるで異なる両者の対応を見送って、ハスキー自身もくるり背を翻す。
今のラティスの言葉から、何について問われるのかはおおむね検討が付いた。張本人の御主人様が偶然ここにいないタイミングなのは、かえっていいのか悪いのか。どちらにせよ、客間の準備を整える必要がある。彼女たちは恋する乙女であると同時に、メイドとしても最上級を自負しているのだから。
主人:ひたすらダダ甘愛され上位存在ハーレムの主。今回はほとんど出番がない。