「では、まずは自己紹介を。お名前と役職などをお願いします」
「はいっ!ドラゴンメイド・ラドリー、水属性のドラゴン族です!普段はお洗濯の……ええと、らんどりーめいど?をしています!」
少しばかり怪しい方向に転がろうとしていたティルルとの話から一転。まだ子供といってもいいほどには幼い見た目をしたドラゴンメイドが、爬虫類的な鱗ではなくもふもふの毛におおわれた尻尾をピンと立てて邪気の欠片も感じさせない明るい笑顔と共にえっへんと胸を張る。先ほどまで危うくアダルト方面に話を進めそうになっていた己を律し、邪念を追い払った記者がその笑顔に笑い返す。
「なるほど。ラドリーさん、なかなかお洒落なメイド服ですね」
「わあぁ……!そうなんです、かっこいいですよね!ご主人さまにも褒めてもらったんですよ!」
クラシック、エプロンドレス、ミニスカート……特に統一された規格のないこの館に住むメイドたちの衣装の中でも、その造形だけならひときわ目立つ和風メイド服。自慢の衣装に言及された嬉しさにブーツというより長靴のような形状の靴を履いた足でくるくると回り、背中側まで余すところなく見せつけて拍手をもらう。
「あ、そうだ。えーっと、それで、お姉さんは本日、どのようなご用件でしょうか!」
一通り自慢を終えて満足したことでようやくメイドとしての業務を思い出したはいいものの、肝心の態度はいまだこなれておらず精一杯大人ぶり誰かの真似をしているのが一目でわかる背伸びっぷり。あまりの微笑ましさに噴き出しそうになるのを堪え、神妙な顔つきで真面目くさった調子で答える。
「そうですね。今日はそんなドラゴンメイド・ラドリーさんに、いくつか普段の暮らしについて質問をしたいと思いまして」
「なるほど、ご質問ですか。お任せください、クイズは得意です!」
「いや、そういうわけではなく……いえ、心強いですね」
微妙にずれた返答に、記者もそこで訂正を入れようとして。しかしまたしても自信たっぷりに小さな胸を張る少女の眩しい笑顔を前に何も言えなくなり、結局そのまま流すことにしたらしい。
このまま大人の汚さとは無縁に育ってほしい、そんなことさえも考えながら、用意した質問が始まった。
―――――ではまず、そんなメイド服を褒めてくれたというご主人について。ラドリーさんは、そのどんなところが一番好きなんですか?
ご主人さまの一番好きなところ、ですか。なるほど、難しい質問ですねぇ。前にナサリーが言っていたんですけど、好きな人のことはいい部分ばっかりが見えて悪いところはなかなか気が付かなくなるそうです。私はご主人さまのことが大好きなので、全部いいところで好きなところに見えるんです、けど。
でも一番っていうことは、ひとつだけですよね……うーん、難しいです。
―――――難しいですか?ならこの質問は後に回して、先に別のことを聞きますね。また答えが出たら、その時に教えてください。ラドリーさんがドラゴンでご主人は人間、ここが違う種族でよかったなあ、と思ったことはありますか?それはどんな時です?
私とご主人様が、ですか。やっぱりドラゴンだと、毛づくろいしてもらえるのがいいです!いつもご主人さまにやってもらえるんですけど、とっても気持ちいいんですよ。私は他の皆さんとはちょっと違うドラゴンなので皆さんもよくふわふわだ、って毛づくろいをしてくれるんですけど、ご主人さまにもやってもらえるのは私だけなんです!
―――――種族の話でもありますが、そこはいわゆる東洋龍タイプと西洋竜タイプの違い、でもありますね。まあ他のメイドの方の場合、毛づくろいなんてやろうものなら色々な意味でかなりいかがわしい絵面になるでしょうが……。
それ、ラティスさんも前に言ってました!ラティスさんがこっちで暮らすようになってから少しした時、私がいつも毛づくろいしてもらってるんですって教えたらすっごく羨ましいって言うので、じゃあ今度私からご主人さまに一緒にお願いしてあげましょうか、恥ずかしいなら私がお手伝いしてあげますよ、って聞いたらいっぱい悩んでいたんです。
―――――へー、ふーーーん……あ、失礼しました。それでラティスは……あ、いえ、ラティスさんは最後には何と?
ラドリーちゃんの優しい気持ちは嬉しいけど、羽根はともかく毛は少ない自分が同じことをやってもらおうとすると色々とまずいんだ、って。意味はよく分からないんですけど……。
―――――まああのボンキュッボンだとね……あ、すみませんこちらの話で。ラドリーさんももっと大きくなったらわかると思いますよ、ええ。
?よくわからないですが、わかりましたっ!
―――――いいお返事ですね。すっかり汚い大人になった私の心が痛むくらい……それでは次の質問ですが、そのお話とは逆に自分がご主人と同じ人間だったらなあ、とか、ご主人がラドリーさんと同じドラゴンだったらなあ、なんて思ったことはありますか?
それは……思わない、ですね。あの、私、今は体がちっちゃいのでご主人さまに抱っこしてもらうと、持ち上げられちゃうんですが。フルスになると皆さんに負けないくらい大きなドラゴンなのでご主人さまを背中に乗せて飛ぶことも、抱っこして持ち上げることもできるんです!もしご主人さまがドラゴンだったら、それか私が人間だったら、そういうこともできなくなっちゃうので……。
―――――なるほど。じゃあ、この種族の違いで失敗したことなんかもないですか?
うーん、うーん……そうだ!あの、前に洗濯したシーツを干すときにご主人さまが手伝ってくれたんですけど、その時私がご主人様は翼がないからお空を飛べないんだってことを忘れて高いところに干そうとして。もうちょっとでシーツが破けちゃうところでした……。
―――――微笑ましいお話ですね。ところで最初の質問ですが、そろそろ答えは出ましたか?
はいっ!ご主人さまの一番好きなところ、ですよね。ご主人さまは私の……あの、その、もちろん私だけじゃなくて他の皆さんのこともなんですけど、色々と見て、褒めてくれて、撫でてくれるところが好きです!上手にできたら偉いねって撫でてくれて、失敗しちゃったらまた次頑張ろうって言ってくれて!私はまだ半人前なので洗濯物を転んでお庭に落としちゃったり、お掃除の時にバケツを蹴飛ばしちゃったり失敗ばっかりしちゃうけど、それでもナサリーやメイド長やご主人さま、みんながいるから頑張ろうって気になれるんです!
―――――なるほど、ありがとうございました。
あ、それとですね。皆さんご主人さまはおっぱい大きい女の人が好きなんだってよく言っていて、私は皆さんみたいに大人でせくしーな体はしていないんですけど、それでも優しくしてくれるところも好きです!だからナサリーが教えてくれたんですけど、好き嫌いせずに何でも食べて夜は早寝早起きして、皆さんみたいなだいなまいとぼでぃー、って言うんですよね、とにかく大きくなってご主人様を喜ばせてあげたいです!
―――――意味は分かってないと思いたいですが。ともあれ、ありがとうございました。
最後の最後になっていきなり爆弾を放り投げ、しかしその自覚もなくぴょこんと一礼して元気よくラドリーが退室した。
当の本人が与り知らぬところで自身の性癖を無邪気な子供から、それがメイド全員に知れ渡っていることまで含めて急に暴露された顔も知らない館の主人に内心同情したところで、新たなノックの音が客室に響く。音もなく開いたドアから次いで入ってきたのは、優しげな微笑みを絶やさないピンク色の髪のメイド。
「改めましてようこそいらっしゃいませ、お客様……というには少し、タイミングが遅いでしょうか?この館ではナースメイドを担当しております、ドラゴンメイド・ナサリーと申します」
まだ動作のひとつひとつがよく言えば元気溌剌、悪く言えばまだまだ粗削りなラドリーとは違う、ゆっくりとした動きの中に優雅に洗練されたものを確かに感じる仕草。あまりにもタイプの違う女性に、これが先ほどラドリーの口からもたびたび飛び出してきたナサリーかと記者も居住まいを正した。目の前のナサリーから威圧感を感じ取ったわけではなく、むしろそれはメイドらしく腰の低いものなのだが、なぜだか話しかけられると自然とそうしたくなる不思議な空気感を放っていたのだ。
「これはどうも、ありがとうございま……」
「ああ、それともうひとつ。ご主人様の将来の伴侶予定のひとり、でもありますわね」
記者の言葉に先んじて礼を解きながら悪戯っぽくウィンクして、そう付け加えるナサリー。パルラかそれともティルルか、どちらにしても取材内容を吐かされたのだろう。別に秘密にさせておくつもりはなかったのでそれ自体は一向に構わないのだが、今のところ完全にあちらのペースに乗せられている。
そしてもうひとつ、わかったことがあった。さも思い出して付け加えたかのような文脈に反した、妙に力と熱のこもった今のセリフ。ここまで話を聞いてきたメイドたちの例に漏れず彼女もまた、ここの主人にはメイドとしての忠誠と親愛だけでは収まらない女としての恋慕の念を抱いている。それもかなり矢印の大きな。
「……なんだか、私がなにか聞く前からいろいろと教えてもらっているようで。記者の名が泣きますよ、これじゃ」
「ふふっ、同じことをそう何度も聞くのもそろそろお手間かと思いまして」
苦笑しながらややオーバー気味に肩をすくめると、上品に口元へ手をやって笑うナサリー。一体どこまでが計算づくでそもそも何を考えているのか全てが天然なのか、少なくとも敵意は感じないのにまるで食えないし読めない相手だ。
他のメイドからは感じなかったどうも手玉に取られているような感覚が抜けないままに、それでもこの取材をぶち壊そうという気はないらしく黙ってニコニコとこちらの質問を待っている。ゴクリと唾を呑み意を決して、質問を始めることにした。
―――――えー、ではナサリーさん。未来の伴侶とまでおっしゃるご主人の、一番の魅力とは?
とても格好いいところ、ですね。
―――――即答でしたね、それも食い気味に。しかし格好いい、ですか?
あら、意外でした?
―――――ああいえ、すみません。ただ失礼ながら、ナサリーさんはあまり男性のそういう部分を重視している風には見えなかったもので……。
もちろん容姿の話でもありますが、それ以外の部分を指しても格好いいお方ですよご主人様は。人間がそういう種族であることは私もよく知っていましたが、それでも身体能力でドラゴンをはじめ数々の生物に劣り、魔法も使えず。そんな中でも自分の足で立って真っ直ぐ日の下を生きてきたんですよ。時として曝される理不尽にも悪意にも耐え、人としての道を逸れず、この館に呼び寄せられるまでの人生を、その善性と優しい心を失わずに……重ね重ねになりますがとても格好いいお方ですよ、ご主人様は。
―――――な、なるほど……ちなみに今の話、ご本人は知っていらっしゃるんです?
いえ、これはご主人様はあまり喜ばないタイプの評価でしょうから。そんな基準ならもっと立派な人やもっと善い人だって人間には沢山いるよ、そんなふうに思うでしょうね。そういう方なんです。ここでの生活にもだいぶ慣れてきたご様子ではあるんですが、まだどこかで自分にはそこまでしてもらうほどの価値なんてない、そういう感覚が残っているようで。
……私個人としては、そういうところも含めてお慕いしているのでここは難しい話ですけれど。
―――――まあ、ドラゴンメイドによる本気の奉仕は文字通りに最上級とはよく聞く話ですからね。それを毎日欠かさず7人がかりともなれば、仮にその相手がどんな自信過剰だってさすがに己を見つめ直すでしょう。
お上手ですね、ありがとうございます。勿体ないお言葉ですが、種族を代表してひとまず私の方で受け取っておきますね。
―――――いえいえ。それでは、次の質問です。種族差のある主従関係において、それがいいほうに作用した出来事など何かありましたら。
ここだけの話、というわけではないですし、これは他の皆も共通する見解でしょうけど。私、ご主人様を背に乗せて空を飛ぶのが大好きなんですよ。
―――――はあ……?
答えは同じでも、理由はそれぞれ違うとは思うのですが。ただ私の場合をお話ししますと、その時はご主人様が普段よりも気軽に私に甘えてくれるから、というのが一番の理由です。
―――――と、申しますと……すみません、ちょっと話の流れについていけなくて。
やはり尻尾や角は出ていても、生物としての基本的な形状が同じだと照れが先立ってしまうのでしょうか?ただ普段使いする分には、人の体をしている方が発声器官はもちろん手先の器用さやスペースの関係で何かと便利なんですよね。女性の胸がお好きなだけあって、この体ならご主人さまも度々
あら、話が逸れましたね。ともかく普段はこちらからお誘いしないとなかなか自分から甘えに来てはくれないご主人様なんですが、空を飛んでいる時はその数少ない例外なんです。人間のご主人様にとってはどうしても馴染みのない空中の世界、最も近くにいて頼れるのは私だけという状況、女性経験に関係なく気軽に接することができる「エルデ」としてのドラゴンの体。
そういったいくつもの条件を一度に満たすことで、私の背に乗ったまま首根っこに抱き着いたり色々とあっちに行ってみたい、こっちをゆっくり飛んでほしいといったお願いも普段より気軽にしてくれるようになり、私としてもとても幸せな時間を過ごすことができて。
だから先ほどの質問に戻りますが、私としてはご主人様が空を飛べないこと、がその答えになりますね。
―――――ようやく私にも理解できました。
内容として意味は理解はできたけれど、個人的な感性としてピンとは来ていない、かしら?
―――――いえ、私はあくまで記者として来ていますので……。
こういうことを言うと、どうしても上から目線みたいになってしまうけれど。あなたもいつか全てを捧げてもいいほどの恋をするとして、その相手が人間だったらわかるかもしれませんよ。
―――――そういうものですか。すみません、どうしても半信半疑になってしまい。
お気持ちはお察しします、私もご主人様の存在を知るまではそうでしたから。それでは、次が最後の質問かしら?
―――――あ、はい、そうですね。その様子ならもう内容も知っているでしょうが、改めてお聞きします。身体能力や価値観など、種族差が悪い方向に作用した思い出はありますか?
悪い思い出というよりも、そうなる前に未遂で終わらせた話ですけれど。
これは、先ほどのご主人様を乗せて空を飛ぶお話ですが。本当にここに来た当初のころ、ご主人様が真剣な顔をして聞いてきたことがあるんです。
―――――というと、何をですか?
ナサリーに乗るときに鞍とかはいらないのか、ですって。仕方のない話ですが無知は困ったものですね、全くもう。
―――――えっ、NGワードだったんですかそれ?すみません、私も不勉強なもので。
うーん……一口にドラゴンといってもかなり細分化できる種族ですから、勿論人が乗るのであればそういったものを用意した方がいい種もいるのは間違いないですが。
で、す、が、少なくともここにいる私たちはドラゴンメイド、誰かに仕えることを喜びとする者たちの集まりですから。その主人をこの背に乗せるにあたり、鞍などがなければその身を危険に晒したり乗り心地が悪くなるようなやわな体はしておりません。
―――――おお……正直私にはまだよくわからない種族ならではな感性のお話ですが、ナサリーさんがここまでぷりぷりしている時点で、皆さんにとってはそのくらい失礼な発言だというのは何となく伝わってきました。
もう少し他の種族にも通じる一般的な概念で言いますと、そうですね。いきなり白昼堂々家畜プレイを申し付けられるのと同時に、専門分野について自分のことを信用できないからこの道具を使ってくれと、自転車の補助輪や箸の持ち方を強制する器具のようなものを渡される辱めを同時に受けた時の感情……といった感じになるのでしょうか?
ここへさらに縛られることをよしとしないドラゴンとしての血と誇りの問題なんかも絡んでくるので、結構複雑なんですよ。
―――――なんだか、思ったより大ごとな話なんですね。
例えばこれがそういったことを理解した上で、それを踏まえてなおそういうプレイとして申し付けられるのならば、それはまあそういう趣向として私どもとしても善処しますが。
―――――あ、そこは善処するんですね。
ご主人さまが実際それを申し付けるかはともかく、仮にそういった趣味趣向をお持ちでその欲求を満たすために、ということでしたらそこは私たちもメイドとして、できる限りそのご命令には従いたいですので。ただあの時は純粋な疑問として聞きに来られたので、他の皆さんにまで同じことを聞きに行く前に少し強めに注意しておきました。幸いそれで理解していただいたので、丁重な謝罪と共に撤回していただきましたけれど。他の子にまで話が広がる前に、私だけで止められたのは不幸中の幸いでした。
―――――まさに種族ならではのすれ違い、といったお話でしたね、ありがとうございました。
そもそも鞍なんて付けようものなら、ご主人様のお体と直接触れ合えるまたとない機会をひとつ失うことになってしまいますしね。百害あって一利ありません。
ドラゴンメイド・ラドリー
今日も元気に純粋無垢に、主人を慕う少女メイド。恋はまだよくわからないけれど、主人が他のメイド相手にデレデレしているのを見かけた日に風呂場で自分の体を見下ろすとちょっとじれったい気分になる。最近館で一番「大きな」ティルルに、彼女が子供の時よく食べていたものをこっそり聞きにいった。
ドラゴンメイド・ナサリー
実は、主人に向ける愛の方向性自体はパルラのそれとよく似ている。ただしあちらが自分からぐいぐい奉仕しにいきたいタイプなのに対し、彼女の場合は甘えにきたところをたっっぷりと甘やかしたいタイプなので微妙に出力が違う。でも結局はそりゃあもうイチャイチャするだけなので最終的な絵面はやっぱり大差ない。
何ならこの主人の性癖、当人も与り知らぬところでこの小説のタグにまで載せられているという。