「あの、失礼します……」
これまでで一番控えめなノックとともに、恐る恐るといった様子で新たなメイドが客室に姿を見せた。宵闇のような黒のメイド服に、月光のような銀髪。見るからに緊張した調子で縮こまった彼女に、記者は密かに気弱なタイプかと当たりを付けた。こういうタイプからは、いかにして話をうまく引き出すかが重要となってくる。
「初めまして、本日は貴重なお時間ありがとうございます。一応形式的なものとして、最初にお名前と役職をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。チェインバーメイドを務めております、ドラゴンメイド・チェイムと申します」
あまり会話の主導権を握りたい性格には感じなかったので、先んじて聞きたいことを答えやすいよう明確に伝えて少しでも相手が話しやすい状況をお膳立てする。先の取材対象であったナサリーが完全に話の主導権を握って質問を飛ばすタイミングまで彼女のペースに合わせてコントロールされていたことを考えると、極端から極端に飛んだ形だ。
流石に彼女もまた一流のメイドだけあって返事自体にはそつがないが、声の調子は固くまだ自発的な発言は期待できない。ただしこれは最初からこの取材に乗り気でなく喋りたくないというよりも、喋っていいのかと考えすぎて結果口を開けないタイプなのだろう。質問に入る前にもう少し舌がよく回るよう気持ちを和ませた方が良いかと、部屋をぐるりと見渡して前々から気になっていたことを尋ねてみる。
「チェインバーメイド、ですか。やはりお掃除もお好きなんですか?玄関もこの部屋も、廊下に至るまでこれだけ広いのに埃も汚れもない綺麗なものでしたが」
「あ、ありがとうございます……その、私だけでなく、他の皆さんのお力あってこそ、ですが」
唐突な持ち上げに見るからに戸惑いながらも、他のメイドを上げる形でそれに答えるチェイム。それなりに嬉しくはある、少なくとも不快ではないけれどここではない、と。
そこでふと思い立って、少し別の角度からもう一度切り込んでみる。
「これだけ素晴らしく磨き上げられたお屋敷ですと、ご主人もさぞ鼻が高いでしょう」
「本当ですか!よかった……!じつはその、ご主人様にもお褒め頂いたことがあるんです!」
「は、はあ……」
反応の差は歴然だった。一発でひと回りもふた回りも声量が大きくなり、そうなることを意図してのこととはいえそのあまりの効果覿面っぷりには逆に記者の側が戸惑うほどだった。しかし露出はないが存在感はある胸の前で手を組み人形のように白い頬をほんのり紅潮させて目を輝かせるチェイムはそれすら気付いていないらしく、先ほどまで背筋と同様縮こまっていた黒の尻尾も振ってさらに畳みかける。
「チェイムたちが毎日掃除してくれるから、いつも快適に過ごせてありがとう、と!あ、それと私がいつも使っているはたきは私の羽根を再利用して作ったものなんですけど、少し恥ずかしかったんですがそれにも興味を持って褒めて頂いたんです!よかったらご覧になりますか……って、すみません、つい夢中になってしまい……」
「い、いえ、むしろ私としてはその方がありがたいくらいですので。しかし、本当にご主人のことがお好きなんですねえ」
別人のように怒涛の勢いで捲し立て、ようやく我に返って赤面するチェイム。その顔が更に林檎のように赤くなったところで、この調子なら大丈夫だろう、むしろ心配自体が杞憂だったと判断した記者はいよいよ質問に取り掛かった。
―――――そんなチェイムさんのご主人ですが、チェイムさんから見た一番の魅力はどんな点ですか?
一番の、魅力。これは、私が感じるところでいいんですよね?
なら……あの目、ですね。
―――――目、ですか?
はい。目には、その方の気質がよく現れます。ご主人様は、とても優しい穏やかな目をしていますので。私は人とお話しするのがあまり得意ではないのですが、言いたい言葉に詰まったり口ごもった時でもご主人様は急かしたり怒ったりせずに優しく私を見据えて、沈黙の時間もじっと待って下さるんです。そしてあの視線に全身を包まれる感覚が、私はたまらなく好きなんです。
―――――これはまた、なんともマニアック……もとい、ロマンチックなお話ですね。
私の場合は先も口にした通り会話で自分の意思を伝える行為が他の皆さんよりも苦手ですから、ひとの視線を伺う癖が付いてしまっている、というのもありますが……それでも、目は口ほどにという言葉もありますからね。喜怒哀楽は、全て目に現れます。
ご主人様の穏やかで、優しくて、少し遠慮がちで、たまに照れ屋さんで、でも純粋に私たちと仲良くなりたいと思っていて下さる目は、私にとってとても落ち着くものなんです。
―――――熱い思いを語っていただき、ありがとうございます。それでは次の質問ですが、人間とドラゴンが一緒に生活する際の種族の違いによる、チェイムさんにとって良かった点や嬉しかったことなどありましたら。
種族の差が出ている話ですと、そうですね……ご主人様って、歌が結構お好きなんですよ。
ただ気持ちはわかりますけれど、私たちに聞かせるのは恥ずかしいらしく。誰かがいるところではまず歌ってくれなくて、おひとりになって近くに誰もいない時にたまにお好きな曲を口ずさんでいるんですよね。
―――――ん、あれ?誰もいない時しかやらないのに、そこはご存じなんです?
あぅ。そのー……それで、ですね。まさにそこ、なんです。ご主人様の人間の聴覚からしたら範囲外でも、ドラゴンの聴力なら聞き取れてしまう、ということが多々ありまして。少しばかり罪悪感もありますが、気分よく歌っていらっしゃるご主人さまは極めて愛らしいので、つい今まで言いそびれてしまい……。
―――――言い方は悪いですが、種族としてのスペック差がもろに出ていますねえ。それでは逆に、その種族の違いが悪い方向に出てしまった話などは?
これはどうしてもご主人さまには理解の難しい話だというのはわかりますが、先ほど私の使っているはたきの話をしましたよね。
―――――ご自分の羽根を使っていて、ご主人にも褒められたとかいう。
はい……それでその時にはたきをしげしげと手に取って眺められたのはまだいいんです、それだけなら。その時点でもう、本当の本当に恥ずかしかったですが。
ただその時のはたきというのが、ちょうどお掃除を終えた後の汚れが付いているものだったのが駄目でした。これがもう、たまらなく恥ずかしくて……!
―――――私には翼はないのでピンとこない感覚ですが、やっぱり嫌なものなんです?
普段の私、シュテルンとしての体の羽根には絶対付いていない汚れや埃が絡みついた羽根を、私の前でしげしげと眺められるんですよ……!お掃除の後だからそうなっているだけで、私の体はもっとご主人様のメイドとして、そしてドラゴンとして綺麗にしているのに……!
―――――ああ、なるほど。ご自分の体と同一視されるのが嫌だったと。確かにこれは、翼のない種族には理解が難しいでしょう。
そもそもはたきにしても、私の体から抜け落ちたものを使って作っているんです。一言お言いつけ下されば、今も翼に生え揃っている羽根をいくらでもご覧に入れますのに……!
―――――なんとなくわかるような、わからないような感覚ですね。自分の前で脱ぎ捨てた服をじっくり見られるようなものなんですかね?
そう、ですね。その感覚は近いかもしれません。
―――――ただそれでじゃあ今着ている方を着ているままじっくり見て、というのも、それはそれで恥ずかしい気もしますが。
へっ?……はうぅ。
確かにその通りですね、私は何を……。
―――――今日一番に真っ赤になってしまいましたが……ご回答、ありがとうございました。
真っ赤になったチェイムが半ば逃げるように退室し、一時客室がまた静かになる。次のドラゴンメイドが訪れる前にひと息つこうとパルラが運んできた紅茶のカップに手を伸ばした記者だったが、その手が途中で止まった。自分の前に置いてある冷めたカップを別の白く細い手がひょいとつまみ上げ、代わりに新しく湯気の立つ紅茶のカップをそこに入れ替えたのだ。自分以外は誰もいないはずの部屋で、一体何が……一瞬ぎくりと緊張した体から、しかしすぐに力が抜ける。いつの間にか紅茶のお代わりを持って入り込んでいた、悪戯好きなこの手の主の正体に気が付いたからだ。ふかふかのソファーに背中を預け、新しい紅茶に口づけながら笑う。
「いたならノックぐらいしてよ、ラティス」
「ごめんあそばせ。私も普通に挨拶するつもりだったけれど、旧友の顔を見たら少し悪戯したくなったもので」
くすくすと優雅に笑いながら対面に座り、今しがた記者から取り上げた冷めた紅茶を一口すするのはドラゴンメイド・ラティス。こと守護魔法については過去のやんちゃの過程とはいえ神格すら持ち合わせる程の最上級ドラゴンでありメイド長であるハスキーをも上回ると目されるほどのドラゴンということを知りつつも、お互いリラックスした態度に変わりはない。ひとえに、彼女たちが個人的な旧友だからだ。
「……そういえば、この閉じた異空間だけど。帰るときに痕跡残しまくってくれたの、あれわざとでしょ?あれがなかったらアタシじゃ絶対気付けなかったから、感謝しておくわ。それでも苦労したけどね」
「さあ、どうかしら?ただ私の貰った皆さんから旦那様への思いの丈を綴った
「そりゃあ、ねえ?ドラゴンとヒト、モンスターと人間……異種恋愛譚なんて近頃はそうそう聞かないおとぎ話レベルの話だもん、知り合いのお仲間が青春真っ最中なんて言われたらそりゃあ興味くらい湧くわよ」
澄ました様子のラティスに感謝を込めて首肯し、また紅茶を一口。そこでふと先ほど聞いた話を思い出して、ニヤリと笑う。
「そんなラティスも、今じゃすっかりミイラ取りがミイラ。立派に色ボケした恋する乙女かぁ」
「……あら、どういう意味かしら?」
何ら変わらない澄ました様子で問い返す……ように見えているのはその表面だけだと、記者の鋭い目は見逃さなかった。あらゆる所作が優雅なはずの彼女に似つかわしくない、紅茶のカップを置く際に立てたわずかな音。何を喋らせてもつらつらと淀みなく言葉が出てくる彼女らしくもない、ごく一瞬の間。何を考えているのか旧友たる記者にも掴み切れないその瞳は、ほんのわずかにだが確かに視線を泳がせた。
これは、単にこちらの言葉を警戒しているのではない。彼女自身に心当たりが、それもとびっきり知られたくない類のものがあるときの反応だ。
「ラドリーさんに聞いたわよー?」
「!?」
敏い彼女のこと、何がとは言わずともこれだけでその内容は伝わるはずだとの信頼を込めての揺さぶりに、果たしてラティスは狙い通りに応えてしまった。動揺のあまり言葉を失うその姿に、かつてその無駄なハイスペックさを無駄に活かしてのくだらない悪戯で無駄に人を驚かせがちだった彼女に何度もしてやられてきた際の留飲を時間差で下げながらケラケラと笑う。
「あっはははは!ありがと、ラティス。別に疑ってたわけじゃないけど、おかげで裏取れたわ」
「もう!……もう!!」
豊富な語彙力と割といい性格に支えられたよく回る舌もこうなっては形無し、従者というより令嬢のような気品溢れる彼女らしくもなく地団駄でも踏みそうな様子にまたしてもひとしきり記者は笑い、そして笑い過ぎて目の端に溜まった涙を拭って、改めて座り直す。
「ま、いいんじゃない?」
「なにがよ、もう!」
「だって今のラティス、すっごい幸せそうだもん。月並みな言い方になっちゃうけど、春が来ると変わるものねー。今なら愛しのご主人様だって落とせるわよ、きっと。応援してるからね」
真摯な言葉に、嘘やからかいの響きはない。同性である記者の目から見ても元々顔も体も抜群だったラティスだが、明らかに以前よりもその美貌の放つ輝きは増していた。恋する前後の乙女の実例をこうもはっきりと目の当たりにしては、もはや何もそれについて言うことはない。
「……一応、不承不承ですがありがとう、と言っておきますわね」
そして旧友から贈られたエールが本音であることをラティスもまた理解しているがゆえに、まだむすりとはしていたものの素直に一礼で返す。それを聞いて満足げに頷いた記者が、パチンと自分の頬を両手で張って気合を入れなおす。
「さ、個人的な話はここでおしまい。当然聞かせてもらうからね、愛しの人間とののろけ話!」
「まったくもう、お手柔らかにお願いします」
目を輝かせる旧友に小さく嘆息し、しかしまんざらでもなさそうな微笑みを口元に浮かべ。ラティスにもまた、これまでと同じ質問が始まった。
―――――ではまず、最初の質問。そのご主人様の、ラティスから見た一番の魅力は?
最初の質問にしてはパンチが強くないかしら?まあいいですけど。旦那様の私が一番気に入ったところですと……。
―――――待って待って待って。え、なに?自分の主人のこと旦那様って呼んでんの?結婚もしてないのに?
そこ、うるさいですよ。とはいえそういえば、最初にこう呼んだ時にはハスキーにもだいぶ驚かれましたっけねえ。もちろん旦那様本人の前ではあなた様、と呼称していますよ。
―――――……なんか、どっちにしても圧凄くない?
うふふ、形から入るのも大事なことですから。そもそも私はただでさえ、旦那様と出会えた時間の長さで他の皆さんに不利を背負っている身ですもの。ところで、もう話を戻してもいいかしら?
―――――親友が思ったよりずっとぞっこんというか、手段選ばなくなっててびっくりしたわ……あーはい、そうね。話の腰折っちゃったけど、すいませんお願いします。
私はこの館に戻ってきてまず最初に旦那様がどんな人間か見極めてみようとして、お独りのタイミングで不意打ちしてみました。変に入れ知恵される可能性もあったので、素の旦那様の姿を見る事ができるよう皆さんへのご挨拶よりも先に。
ええ、実際上手くいきましたとも。邪魔が入らないように結界を張って少しお話して、今こうしているようにお茶を飲んで……ねえ、その時の旦那様、何を考えていたと思うかしら?
―――――急に帰るって言い出してからえらい行動が早いと思ってたけど、そんなこと企んでたのね。知らないわよ、どこからどう見ても怪しい不法侵入監禁ドラゴンをどうやったら下手に刺激せず追い払えるか、とか?
あのねえ。
……旦那様は種別的には本当に単なる人間だけど、ここで普段からドラゴンメイドを見慣れていただけあって力量差を見る目は育っていたみたいで、お可哀そうにすっかり如何ともしがたい格差を悟って緊張させてしまいまして。
―――――さっき応援してあげたけど、ちょっとアレ撤回していい?惚れた張れた以前に出会いからもう最悪の自業自得じゃん、そりゃ無理よ無理。自分がどれだけ高位のドラゴンで、人間相手にどんだけ大人げないことしたのか理解してる?
やめてそれ以上言わないで……でも、そこからが旦那様の凄いところでしたわ。
私相手に懸命に虚勢を張って、圧倒されそうなのを必死で堪えて。しかもそれを自分の命惜しさにやったのではない、と言ったら、どう思います?旦那様はあの時の私相手に、「私以外のドラゴンメイドの主人」として対応しようとしてくださいました。
―――――へぇー……。
有り体に言ってしまえば、力量差は歴然。それこそ私は指先ひとつでも、その場で旦那様に危害を加えようと思えば秒間に3度は命を奪うことが可能でした。それは当然、旦那様自身も理解していましたわ。ですが誰からの助力も得られないその場所とその状況で、旦那様は私に媚びたり許しを請うのではなくあえて対等な存在として接した……いえ、接しようとした、と言うべきですね。あいにくと気持ちに体が完全にはついてこられなかったようですが、それでもその精神の輝きは確かなものでした。
もちろんそれが人の身でハスキーたちを従えているという驕りに由来する、同じドラゴンメイドである私もきっと無条件に忠誠を誓うに決まっているという傲慢なものでしたら私としてもまた違った印象を抱いていたのでしょうが、旦那様ときたらそれとは真逆でしたもの。
―――――思い出して興奮してるのはわかったから、くねくねするのは後にしてくれない?
ここからがいいところなのに水を差さないでよ、もう。
いい?旦那様は私に、ハスキーたちの名誉のために精一杯立ち向かってくれたの。自分が私に認められなかったら、そんな自分を愛している彼女たちの見る目が間違っていたことになるから、って。どう取り繕っても実際に生物としては弱い人間がこの私、貴女も言う通り最上級のドラゴンに。そういうところが私は気に入りましたし、だから私が
―――――ふーん。しかし今のエピソード聞く限りふたつめとみっつめの質問は、こりゃする意味ほとんどないわね。
あら、そうでしたか?
―――――異種族間で愛を育むにあたってその種族差がいい方向と悪い方向に出た両方の事例が知りたかったんだけど、今のエピソードだけで全部言われちゃったもの。
うふふ、ごめんあそばせ。
ドラゴンメイド・チェイム
主人がチェイムを見てデレデレしている時、大概彼女も彼女で見つめられているという行為にデレデレしている。注目を浴びるのは苦手だがシュテルンとしての本来の姿を晒して以降は(主人限定で)多少吹っ切れたらしく、冒頭でわずかに語られここではカットされた幻の水着回も実は彼女の発案。他のメイドに話を通した際にはそのあまりにらしくない提案にラドリー以外の全員から二度見された。
ドラゴンメイド・ラティス
今回に関しては割と全ての元凶。特に具体的な狙いがあったわけではなくこうすることで後々に何か面白いことでも起きないかとわざと魔力痕跡をあちこちに残して館に帰還した時は、まさか自分もご主人様ラブ勢として名を連ねることになるとは思いもしなかったため珍しく墓穴を掘った形。