メイド内に推しの居らっしゃる方は、出ない回はとことん出ないのでメイン回までお待ちください。
6:00~ ラドリー
「おっはようございます、ご主人さま!」
朝6時。私が目を覚ましたのは窓から差し込む朝日によるものか、それとも元気いっぱいに飛び込んできた少女からの挨拶によるものか。どちらが先だったかはかなり際どいところだが、いずれにせよベッドの上、私のための自室と称して用意されていたあまりにも豪奢で、しかし決して嫌味さは感じさせない何もかもの格の違いを叩きこんでくるような部屋に据えられた、埃ひとつ落ちていない真っ新なシーツの上に寝転がるだけで世界から重力が消え去ったかのようにすら錯覚するほどに上等で、材質の検討も付かないようなクッションをふんだんに使われたそれの上で上体を起こした私が最初に見たものは、どこか小動物めいた笑顔で真っすぐ突っ込んできた……そしてそのまま私めがけて小さな体でダイブしてきた、急速にアップになる青い少女の姿だった。
「それーっ!」
―――――っ!!
それが人間であったならば、まだ微笑ましい光景で済んだろう。ただ問題は、彼女が並の人間ではない上位的存在……ドラゴンメイド・ラドリーであったことだ。青を基調とした和装メイドとでも言うべき格好に身を包む彼女はその名の通り私を「主人」と仰ぐメイドであるが、その背後でぶんぶんと左右に揺れるモフモフの尻尾が示す通りのドラゴンでもある。そしてその人間と異なる身体的特徴は、もうひとつ。
もっと具体的に言うと、その頭部に生えた二本の角。決して鋭くも尖ってもいないが、硬度と頑丈さはさすがに人間である私には手も足も出ないほどの代物。それが、彼女のダイブを真っ向から受け止めた私の腹部にドスンと刺さった。おかげで寝起きの気分は一気に吹き飛び、朝から一瞬遅れて転げまわりたくなるような痛みに甘んじることになり。
「えへへ~、ご主人さまの匂いだ!ねえねえご主人さま、ラドリー、ちゃんとモーニングコールできた?ラドリーえらい?」
そして、彼女自身はそれに気が付いていない。こちらの胸元に顔をうずめて幸せそうな顔でスンスンと鼻を鳴らしつつ、気付いているのかいないのか相も変わらず尻尾をぶんぶんと引きちぎれんばかりに振り回していた。だから私も震える手をどうにか開き、そっとその頭頂部に置いて触り心地のいい髪、水色と紫の天然ツートンカラーのうち紫の側を撫でつける。
―――――おはようラドリー、今日はありがとうね、偉いよ……
彼女も決して遊びでメイドをやっているのではなく、彼女なりに真剣にやっているというのは私もわかっている。ならばあまり甘やかすのはよくないと頭では理解できるのだが、この幸せそうな様子を見るとどうしてもこちらも対応が甘くなってしまう。声が震えないように、笑顔がぎこちなくならないように……完璧とは言い難いのは鏡を見なくてもわかった。しかし幸か不幸か、目の前で甘えてくる彼女は私の言葉をそのまま文字通りに受け取ってくれたようだ。
「えっへん!ね、ね、ご主人さま!もう少しだけ、撫でてもらってもいい、かな……?」
―――――こう?
そして小さな両腕できゅっと抱き着いてきたまま、至近距離での上目遣い。まだまだ少女の雰囲気の方が強く出ている彼女だが、こうして時折不意打ちで女性らしさを覗かせることがあるのが末恐ろしいものだと思う。そして顔を上げたことでふわりと舞い上がる、普段の仕事である洗濯用であろう石鹸の匂い。そしてそれと混じり確かに感じる、女の子らしい甘い香り……ハスキーさんとはまた違うより甘いそれが、私の心臓を本能的に高鳴らせる。
実際彼女の身体がもう少し発育し、それでこの距離間のままなら色々と危なかった。それでも飛びついた衝撃で膝の裏あたりまでめくれ上がったスカートから覗く生足につい視線が誘導されるのも、ぺったりと抱き着かれ押し付けられた上半身に、かすかだが実在を感じる弾力のある盛り上がりの感触につい神経を研ぎ澄ますのも。
「気持ちいいです、ご主人さま……」
そしてこのとろんとした目に見据えられ、普段の元気っぷりはどこへやらな砂糖をたっぷりまぶしたような甘く、見た目に反した色っぽさすら感じる声に聞き惚れることになるのも。これらは悲しい男の性ではあるが、なにせ彼女もまた、元の世界ならば少女系アイドルとして贔屓目抜きに見ても軽く世界が手玉に取れるほどの美少女だ。普段の姿を見ているからこそ庇護感が先に出る(考えてみればこれもおかしな話なのだが。彼女は見た目も言動も少女そのものだが、私とは比べ物にならない存在のはずなのに。というか、下手をしなくても私より年上の可能性も高い)彼女に対してならば、まだ私自身でもその先に関しては自制ができる。これで、もしこの館に住む他のメイドさんの誰か、あるいは複数人が同じことをしてきていたら。
その先は、朝一番からの運動会、とだけ言っておこう。実際、そういった形の「お誘い」を受けたことはあり、あれはあれで最高だった……いや、よそう。あまり思い出すと、変なところが反応する可能性がどんどん高くなるのだから。
―――――それじゃあ、そろそろ着替えがしたいんだけど?
この時間が名残惜しいのは確かだが、いつまでもベッドの上で半身起こしただけでいるわけにもいかないので一度撫でる手を止める。
「あっ……わかりました!扉の前で待機してますので、何かあったら大声で呼んでくださいね!」
罪悪感を煽る悲しげな表情で未練がましく私の手を視線が追いかけたのも一瞬、すぐに切り替えたらしいラドリーが元気いっぱいに退室し、扉を閉める。私はというと、また静かになった部屋で朝日を浴びつつそれを最後まで笑顔で見送り……。
―――――ぐ、うっ……!
額を伝っていた嫌な汗をぬぐい、思い切り彼女の角に突っ込まれた腹を抑えてうずくまるのだった。ハスキーさんたちがここに来た際に用意してくれた私の服、サイズも着心地も申し分ない、服飾にはさっぱり詳しくない私でも上等な素材をふんだんに使われた上物揃いであることは確かなそれを洋服ダンスから取り出し、それを着て……大丈夫だ、時間はまだある。さすがに骨や内臓までは無事だろうが、この感触だとパジャマをめくってみれば痣くらいはできているだろう。
結局呼吸を整えて立ち上がれるようになり、実際に着替えを終えて言葉通り扉前で待機していたラドリーを再び呼べるようになるのはそれから15分ほど後のことだった。
「ご主人さま、まだちょっとお寝坊さんでしたか?なら、ご飯までラドリーが手を繋いで案内してあげますねっ!」
タキシードやマントでもつけろというのならともかくのこと、ハスキーさんが用意してくれた服は素材と縫製こそ上等で着心地抜群ではあるものの、別段それを着こなすために難しい技術が必要になるということはない。不自然に時間がかかったのを単に私がまだ眠かったのだと解釈したらしい少女の眩しい笑みに、無粋なことは言うものではない。
純粋にスキンシップを好む彼女は、朝の突撃もそうだが何かにつけて私に触れていたがる傾向がある。それに私が応じると当の本人は知ってか知らずかわかりやすく尻尾が大きく振られ、ニコニコ顔で胸を張ったり無邪気に喜んでくれるため、これまた甘いと言われようがついつい求めには可能な限り応じてしまうのが日常だった。
―――――じゃあ、お願いしようかな
「はいっ、お任せくださいご主人さま!」
今朝も精一杯に伸ばして差し出された、指抜き手袋に包まれたその手を大人しく取ると、心なしか大きくて早い心臓の鼓動が伝わってきた。そんな小さくて柔らかい手のひらからラドリーの体温を感じつつ、さすがに何カ月も居ればある程度は勝手知ったる屋敷内を、毎日三食ほぼ全て通っている食堂に向けてエスコートしてもらう。
「ごちそうさまでした!」
―――――ご馳走様でした。ラドリーは、今日はどういう予定なの?
そして朝食を終えたのち、歯を磨きに行こうとしたら改めて手を繋ぎ、そのまま一緒に歩いていたラドリーにふと問いかけた。もちろん彼女がそばにいてくれること自体には何の不満もないが、今日は少しばかり私の方に予定があったからだ。まだ具体的に何かをする時間ではないが、このまま一緒にいるというのならこちらにも多少考えなくてはならないことがある。
「えっとですね、今日は9時まで、ラドリーがご主人さまと一緒にいます!9時からはパルラさんの順番なので、それまでは自由時間です!」
―――――……パルラの順番?
ちゃんと覚えてて偉いでしょう、と言いたげな表情は大変可愛らしいが、今回に限ってはそれよりもその発言の中身の方が気になった。今名前が出たパルラに聞いてもいいのだけれど、少なくともラドリーとパルラがグルで何かを示し合わせているのなら、素直でいい子のラドリーに聞く方が圧倒的に情報を引き出しやすい。パルラはパルラで攻められると弱いけれど、逆に自分が押している限りは小悪魔的な強さを発揮できるタイプなので問い詰めても内容によってはのらりくらりと躱しきられる可能性がある。
「はい……あっ」
そしてどうやら、今の話はあまり私には聞かせたくない類の話だったようだ。わかりやすくしまった、という表情を浮かべるラドリーと繋いだ手をぐっと握り、逃げられないように先手を打つ。
それで大人しくしてくれたことに、内心で小さくほっとした。こんな茶番が通じるということは、私とラドリーの間の信頼が今も残っているということだ。はっきり言ってしまえば、もし彼女が本気になればいくら私が全力で押さえつけようとしても人の力程度では何の役にも立ちはしないのだから。逃げないで欲しいという意志を見せただけであっさり抵抗を止めてくれるあたり、私に対し後ろめたさを感じるような話ではないのだろう。
―――――ラドリー?絶対誰にも言わないから、教えてくれる?
「え、えっと……」
本人は気付いていないだろうけれど、今のラドリーはどうにか誤魔化そうと目が泳いでいる。実際問題、私としても彼女たちが何を隠しているのか気にはなる。なるが、正直そこまでなんとしてでも聞き出したいとまでは思わなかった。
だって、私は彼女たちを心から信頼し、信用している。彼女たちが伏せておこうと思ったからには、別段私が知っておかずともいいようなことなのだろう。そしてもっと言ってしまえば、私が知ったからと言ってだからどうというたぐいの話でないことも今朝の皆の態度からして推察できる。ハスキーさんたちのことだ、もし私に何かあるとすれば包み隠さず教えてくれるはずだ。
それを傲慢と人は呼ぶかもしれないが、そんなことを自然と思える程度には私もここでの生活に、返しても返しても返しきれないほど多量の愛を注がれる幸福な(もっとも彼女たちに言わせれば、それは認識が逆らしい。それを受け取っているのは自分たちの方で、どれだけ私に奉仕しようともとても返しきれない幸福を日々味わっている……のだそうだ)日々に馴染んでいた。
ただ、である。面白いぐらいにわかりやすいラドリーの反応が、こうしてこの少女相手にじゃれ合うことが、ほんのちょっぴり面白くなってしまったのが否めなかったというだけで。
でもやはり、私にこうした役どころは向いていないらしい。美少女がこうした顔になるというのは、それもその原因が私というのは、やはりどうも気乗りするものではない。そこで、すっかり縮こまってしまった彼女の尻尾に目を付ける。少し、枝毛が出ているだろうか。
―――――ラドリー?
「は、はい、ご主人さま……?」
―――――よくわからないけど、なんかごめんね?時間あるなら、部屋でブラッシングしようか
「……っ!はい、よろしいんですかご主人さま!えへへ、大好きです!」
やはり、女の子には笑っていて欲しい……というのは、最近は流行らないかもしれない。男ならこう、女ならこうという決めつけの考え方は、近頃はもう古い感覚という話は私も知っている。
でもやはり、私個人の持論として美少女や美女には笑顔こそが映える。それが私に向いているならば、なおさらのこと。私の部屋に向けて早く早くと急ぐ彼女に苦笑しながら、大人しく引っ張られていく。
ここでお詫びも兼ねて提案したブラッシングとは、言葉通りの意味だ。他のドラゴンメイドとは少々異なる竜種をルーツに持つラドリーは、いわゆる爬虫類的なドラゴンよりも東洋龍の系譜に近い。ドラゴンとしての姿である『ドラゴンメイド・フルス』ともなれば、腹部と手足の先端以外のほぼ全身がモフモフとした体毛に覆われている。犬猫扱いと言ってしまっては本人がむくれるので決して口を滑らせたりはしないが、あれは私がここにきてまだ日が浅いころ。見せてもらったフルスとしての姿にふとした悪戯心を催し手近にあったやはり高級そうな調度品のブラシで首周りから尻尾に欠けて梳いてやったところ、とろとろに溶けた表情で喉を鳴らしてまで喜んでもらったのが始まりだ。その後はよほど刺激が強かったのか、うまく竜人の姿に戻れずちょっとした騒動になってしまったのだが。
―――――さ、おいで?
「はいっ!お願いします、ご主人さま!」
部屋に戻りベッドに腰かけ、膝をポンポンと叩いてみせると、待ちきれないとばかりにその上に飛び乗るラドリー。期待に満ちた目と目が合ったかと思うとその全身が水色がかった光の粒子に包まれ、次の瞬間には青い毛と白い体表の竜が一匹、私の膝の上でその全身を伸ばしていた。そしてどういう原理かはいまだによくわからないけれど、体長が伸びたことで膝に伝わる重みもそれに見合ったものに。とはいえそれで潰れそうだとまでは言わないし、それだけ私にラドリーが甘えてくれているのだと思うとむしろこの重みも嬉しく、愛おしくなる。
結局彼女が口にしていた時間いっぱいまで、その毛並みにブラシをかけては時折喉元を撫でてゴロゴロ言わせたりと、そんなことばかりして過ぎてしまった。
ドラゴンメイド・ラドリー
真っ当かつ健全にご主人さま大好きな新米(当社比)ドラゴンメイド。ご主人さまの存在を意識してからはいつかお会いしたらいっぱい遊んでもらおうと思っていたが、蓋を開けてみれば気のせいかフルスの状態でブラッシングしてもらっている時の方が多い気がする。ただでさえ夜更かしは苦手なのに毎日仕事でくたくたになるまで全力投球してるからね、仕方ないね。
今朝は本人的にはお寝坊なご主人さまを起こしてあげたうえ、お屋敷の先輩として大人っぽく食堂まで案内するという大役を果たしたつもり。ミス?してないよ!
最近の悩みはお仕事をやったうえでご主人さまにも構ってもらおうと思うと、一日の時間がまるで足りていないこと。
ごく自然な動きでさも当然のようにご主人さまの膝の上に乗れ、しかもそのまま自然体で甘えられることに関しては密かに、どうしても照れや遠慮が先立ってしまう他のメイドから羨ましがられている。