話の流れにうまく組み込めなかった……無念。
―――――それからこの前。ラドリーが洗濯したハンカチが1枚足りません!って騒ぎになった時も、誰よりも早く庭に出て探しに行ってくれたよね。そういうところが……
「も、もうわかりましたから、だからもうやめてくださぁい……」
その髪色にメイド服の色も相まって、羞恥のあまり全身真っ赤な茹でダコ状態と化したティルル。もはやその全身には抵抗するだけの力も入らないのか、先ほどまでの激情とは別の意味で潤んだ瞳に懇願の色を乗せ、力なくもう何度目かもわからない言葉、最初のころに比べてちょっと呂律すら怪しくなってきた言葉で訴えかけてくる。
実を言うと私も、ちょっとやりすぎたとは思う。ただでさえ褒められていない彼女をこの距離で延々褒め殺すのは、いくら周りに誰もいないとはいえちょっと劇物過ぎた。
ただ、ちょっとこの反応は可愛すぎる。やめてくださいと口では懇願しつつもむしろ私の方にぐったりともたれかかり体重をかけてくる姿は、もはや甘えかかっているようにしか見えない。繋いだままの手にしても決して一度も振り払って逃げ出そうともせず、むしろ離さないでといわんばかりに指を絡めてきて。これはもう止められないし、何かとちょっかいを掛けたがるパルラの気持ちもよくわかるというものだ。ここまで覿面に効果が出ているとちょっと後が怖くはあるけれど、喋ることがなくなったならまだしも日頃彼女が頑張っているのもよく知っているから話のネタも後から後からポンポン思いついて止まりそうにない。
まだまだ続けようとしたところでしかしそれを中断したのは、上空から聞こえてくる力強い翼の音だった。鳥のそれとはまた違うそれに、思わず上を見る。
―――――あれ、エルデ?
「ふぇ……?」
私に続き、とろんとした目でティルルも上に目を向けた。揃って見上げられながら降りてきたのは淡いピンク色を基調とした体色の、頭の上にちょこんと器用にナースキャップめいた帽子を乗せる1匹のドラゴン。私たちの前に着地すると同時にその全身が光の粒子に包まれ、するともうそこにいたのは当然メイド。全体的にナース服のような意匠を凝らした半袖のメイド服からはそのしみひとつない二の腕が惜し気もなく覗き、ハスキーさんやティルルと比べても短めのスカートから伸びる足は白のハイソックスでピッチリと覆われ、そしてそんな手足の末端に対してしっかりと着込まれた胸元を、なお内側から力強く押し上げ強く主張するふたつの存在感。まあ色々と(これは目の前の彼女だけに限った話ではなく、むしろここのメイド全員に言えることなのだが)目に毒でもあり、かつたいへん目に優しくその保養になるお姉さんといった風情の人だ。
「もう、ティルルちゃん?御主人様とお外もいいですけど、そろそろ戻らないと駄目よ?」
「な、ななななナサリー!?え、嘘、なんでここに!?まさか今の、聞かれて……!」
ようやく意識が完全に覚醒したのか、話しかけられてようやく慌てふためき始めるティルル。普段ならば絶対に見られないレアな姿だが、それもそうだろう。彼女にしてみれば自分が散々に褒め殺しされて蕩けているところなど絶対他人には見られたくない姿だったろうから、今の生きた心地もしないであろうその心情は察して余りある。
いやあ、我ながらいい仕事したものである……とは、思っても口にはしない。今度彼女のガス抜きも兼ねてまた同じことをするとき、不要な警戒をして欲しくもない。しかし、エルデ……今は人間態のナサリーがこちらに来たのは、本当にたった今なのだ。さすがに、ここまで延々続けていた話が耳に入ったとは思いづらい。少し冷静に考えればティルルだってその単純な事実に気づけただろうが、なんにせよ今の彼女は完全にテンパっていた。完全に混乱しきっているところにわざとなのか天然なのか、正直どちらとも判別しがたい追い打ちが届く。
「……あら、ふふふ。ティルルちゃん、随分仲睦まじいご様子ね?御主人様と仲良くなりたいって、ずっと言ってましたものね」
私たちの繋いだままの手に目ざとく視線を落とし、口元に手をやって心底楽しそうに、そして嬉しそうに笑うナサリー。これで、もうティルルも完全に限界を迎えてしまったらしい。
「~~っ!し、失礼しますご主人様っ!」
せっかく元に戻りかかっていた表情をまた真っ赤な茹でダコ状態に瞬時に逆戻りさせ、ここまでずっと話そうとしなかった私の手を振りほどき。それでも残った生真面目さがそうさせたのか、最後に私に向かって目を合わさずに一礼だけして、一目散に屋敷の方へと駆け出していってしまったのだ。
あまりに咄嗟の出来事に口を挟むタイミングもなく呆然とその背中が木々の向こうに消えていくのを見送っていると、ふうと背後のナサリーが息を吐く。振り返ると、ティルルが放り出していったザルとタオルを拾い上げる姿がちょうど目に入った。
「困ったものね、あの子も。荷物どころか、御主人様を放り出して。でも御主人様、あの子も悪気はないんですよ?……さて」
彼女もこちらを向くと、ふんわりした笑顔と目が合った。こちらのことを包み込んでくれるような、文字通りに上位存在ならではのそれに見惚れていると、音もなくスッと距離を詰めて小首を傾げられる。
「御主人様。せっかくお外に出たのですから、よろしければ私の方の用事も一緒に行きませんか?」
問いかけるとともにまたしてもその全身が光の粒子に包まれ、すぐに先ほども見せた4つ足の竜の姿、つまりエルデへと変化する。気持ち腰を落としてこちらを上目遣いに見ているのは、問題ないなら背中に乗ってくれということだろう。
……この彼女独特の問いかけのテンポ、物腰は丁寧で言動も柔らかいのにとんとん拍子にさくさくと話を進ませる会話のリズムは毎回、どんな頼み事が後に続いても不思議と断る気が起こさせないままに話が進んでいく。もちろんナサリーも私にとって欠かすことのできない大事な相手、最初から何を頼まれようと嫌などと言うつもりは全くないけれど。だから返事代わりにできる限りそっとその背に跨ると、全身に安心感のある温かさが伝わってきた。炎属性のティルルほど直接的な体温は高くないけれど、それが彼女の地属性たる特質なのか触れているとじんわりとポカポカする。ちゃんと乗れたと首筋を撫でて伝えると、小さく頷いてその後ろ脚に力がこもる。彼女も私の乗り心地に最大限気を遣ってくれているのが伝わってくる心地いい振動が一瞬に、続く浮遊感と視界の上昇。あっという間に木々より高く飛びあがったエルデは、そのまま山の方向へと進路を取った。
後ろの屋敷が次第に遠ざかっていくのをのんびりと眺めてから、エルデの背の上で少しリラックスする。シートベルトも鞍もないが乗り心地に不満はないし、彼女なら私がここから落下するような飛び方のへまはしないしするはずがないという信頼もある。億にひとつ何かの事故でそんなことがあったとしても、きっとどうにかなる前に助けてくれるはずだ。
このまま景色を楽しんでいても良かったが、それよりもちょっと聞いてみたいことがある。
―――――ねえ、エルデ?
『はい、どうかされましたか?』
前のめりになって首根っこにかじりつくように話しかけると、頭の中に声が響く。基本的にドラゴンの姿でいる時は声帯の違いから、彼女たちも直接人語を話すことはできない。この唯一の例外がハスキーさんの真の姿ことシュトラールなのだけれど、あれは元々二足歩行のドラゴンという比較的珍しい種族の血を引く彼女だからこそ可能な真似であり、少なくともこのエルデほどのドラゴンであっても物理的に無理なものはやっぱり無理らしい。基本的には私と直接お喋りしたい、あと単純に手先が器用で小回りも効くという理由から竜人メイドの姿でいることが多い彼女たちだけれど、ドラゴンの姿を取らなければできないことも多い。それこそ、今のように。
なのでこういう時は大抵、こうして私の頭の中に直接思考を飛ばしてくる。これも魔法の一種なのかいわゆるテレパシーなのかはよくわからないけれど、どちらにせよ近距離で会話するぶんには問題ない。私相手だとあまり離れるとうまく繋がらないらしいが、同じドラゴンメイド相手ならそれこそ屋敷の敷地内程度なら軽くカバーし合える、らしい(個人的にはこれに関しては、若干話を盛られている可能性もあると思っているのだが。でなければつまみ食いのバレたパルラがほとぼりが冷めるまで逃げ切れる回数が、いくらなんでも多すぎる)。私には何も聞こえてこないのは種族としての特性か、魔法の適性の有無なのか。
いずれにせよ彼女たちとの生活はいつどこで目の前の相手が上位の存在であるのかを叩きつけられるか予想もつかず、そんな彼女たちがみんな揃って私に絶対の愛情を限りなく注いでくれるという現状は……まあ下世話な話だけれど、悪い気などするはずもない。
―――――正直なところ聞きたいんだけど、ティルルのあれってさ
『ふふっ、お気づきになられてました?ちょっとだけ、背中を押したんです』
はっきりと笑顔を浮かべながら、私の問いかけを皆まで聞かず首肯するエルデ。あっさり認められたことには多少驚きつつも、やはりそうだったか、と納得する気持ちの方が大きかった。だって、当初から気になっていたのだ。どうも今日のティルルの言動は、普段の彼女からは微妙に外れていた。誰かに入れ知恵……とは言わずとも、何かしらの参考になるものがあったのだろう。
『だってあの子ったら、いつも私たちの部屋で今日もご主人様と仲良くできなかったとか、今日は一言喋れたけど恥ずかしくなって会話を切り上げちゃったとか、そんなことばっかり言ってるんですよ?私もパルラちゃんもラドリーちゃんもせっかく相部屋のメイドなんだから、もう少し女子会で御主人様トークしたいじゃないですか。お好みのもののお話とか、今日の素敵だったところとか、ひとつ屋根の下に御主人様がいる喜びに幸せとか』
―――――うん……うん?
さらっと聞き捨てたらまずそうな単語が聞こえた気がしたが、止め損ねた。エルデもエルデである程度溜まっているものがあったのか、ぷりぷりした調子の声が続く。ぷくりと頬を膨らませ、ぷんすこと不満げに語るナサリーの顔が幻視できるようだ。
『なのに最近は話題なんてもっぱらティルルちゃんの反省会ばっかりで、今じゃラドリーちゃんにまで気を遣わせて。今日のこともどうしていいかわからない、なんて泣きそうな顔で言い出すから、それとなく書庫をお勧めして、それから午前中のうちにあの子が興味を持ちそうなお料理の本を、ちょっと目につきやすい場所に差し替えておいたんですよ』
ここまで一息に(という言い方も実際に声を出したわけではないからおかしいのだけれど)言い切り、ちょっと何かを期待するような視線が一瞬だけこちらを向く。これは要するに、私頑張ったから褒めてくださいということだろう。
ナサリーには基本的に大人のお姉さんでありながら、たまにちょっとわかりやすく子供じみたところを見せる時がある。ただそういう隙すらも天然十割ではなく、何やら楽しんでわざと出しているのではないかと思わせる節もあり、しかし実際の所何を考えているのかは掴みどころがない。どこまでも底が知れないのか勘繰りすぎてこちらが勝手にありもしない沼に沈んでいるのか、しかしそこもまた魅力的な女性だ。
―――――つまり、ほとんど全部お膳立てしたの……優しいね
『ティルルちゃんには黙っててあげてくださいね、御主人様?ちょこっと背中は押しましたけど、それでも今日のデートプラン自体はあの子がひとりで考えたんですから。もっとも、まさかずっとべったりくっついてお外で座ってるだけで終わりだなんて思いませんでしたけど?羨ましいなあ、もうっ』
―――――え、見てたの……?
『そこまで野暮なことはしません、後であの子本人に聞く楽しみがなくなっちゃいますもの。でもこのあたりであれだけまとまってたんぽぽが咲くくらいお日様の当たる場所は少ないですし、長いことお外にいたのにザルもタオルも綺麗なまま。近くにも掘り返した後どころか踏み歩いた跡も全然ないんだから、見ればわかっちゃいますよ。しっかり者のティルルちゃんがあれだけトロトロになるのも、ちょっとやそっとお話してただけじゃ無理そうですし』
そしてそんな彼女の特に驚かされる点が、まさにこういうところだ。嘘か真かドラゴンメイドとしてはハスキーさんより更に古株というだけあって、彼女の気の細やかさや目端の効き具合、状況の把握能力は他の追随を許さない。これだって説明されればなんてことはない話だけれど、探偵か何かでも相手しているような気分にさせられる。
―――――お見それしました、でもできれば、ティルルにはお手柔らかにね?
『あら。それ、御主人様が言うんです?……それと』
キョトンとした調子で返され、さらにそれに反論しようとしたところで、エルデの体がわずかに揺れた。会話に気を取られてまるで気が付かなかったが、気が付けば遠くにあったはずの山はいつの間にか足元にあって。少し向きを調整してちょうど全体の中腹あたり、天然の洞窟の前に降り立った。そのまま私が何か行動を起こすより先に、エルデの全身が先ほど同様に光の粒子に包まれる。私の尻の下で、明らかにその感触が変化していき。
「ご乗車お疲れさまです、御主人様。乗り心地、悪くありませんでしたか?」
頭の中ではなく私の耳に、至近距離から柔らかで甘い声が届く。ピンク色の編み込まれた髪が、ブラシのように頬を撫でる。それはつまり、エルデがナサリーの姿へと変化したということで。
先ほどまで私はエルデの背の上でその首元に手をつき、両足を胴に回してバランスを取っていた。その姿勢を崩さないまま彼女が急に人間の姿になったものだから、当然こちらが彼女に触れていた箇所への位置関係は変わらないままだ。つまり背面から抱き着いてその尾の上に座りつつ首に手を回しておぶさった姿勢となり、両足もその細い腰にぐるりと巻き付けるような。
つまりより噛み砕いて言えば、限りなくべったりと密着して抱き着いた姿勢だ。目の前には両耳のあたりからそれぞれ伸びた、その髪色と同じく薄いピンク色をした羊のように丸まって生える一対の角と、普段は髪に隠されているドキリとするほど白いうなじ。そんな距離まで密着して呼吸することで、否応なしに脳天に直接蕩けるような甘くていい匂い、ナサリー自身の否が応にも『女性』を意識させる体臭が流れ込んでくる。両腕はしがみついていた彼女の体が一気に小さくなったことで必然的に余る形となり、今手の甲が触れているのは……人体にしては妙に柔らかく弾力があり、温かい……。
―――――あ……ごめん、ナサリー!
「きゃっ!御主人様ったら、もう少しお体を大事にしてくださいね?これで万一にも怪我なんてされたら、私は自分を一生許せませんよ?そうしたら、御主人様が責任取ってくださいね?」
これ以上考えるのはまずいと(すでに手遅れだが)、慌てて彼女の背から飛び降りる。しかし無理な飛び降りによろけて結局その場に尻もちをついたところで、振り返ったナサリーが本気とも冗談ともつかぬ調子で手を差し出してくれた。その手に掴まって立ち上がりながら見えたその表情から判別できる限り私が彼女に抱き着いていたことには、それどころか不幸な事故で(私にとっては幸運な事故だったが、そういう話ではないだろう。まして、彼女をはじめ他人には口が裂けても言えることでもない)触れられていた箇所に関しても気にしている様子はまるでなく、ただ私が急に飛び降りたことにのみその心配と注意を向けてくれているのが伝わってくる。
……いや、待てよ?そこでふと、ある可能性に思い至った。そもそもあんな急に前触れもなく姿を変えれば、ああいうことになるのは彼女だってよく理解しているはずだ。そもそも目的地に着地した時点でまず私を下ろしてくれていれば、何も起きなかったのだから。
と、なると。まさか今の密着も全部、彼女の手のひらの上……?まさか、とは思う。先ほど私とティルルの前に現れた時も、彼女は地に足が付くが早いかのタイミングでナサリーの姿に変化していた。あれと同じでたまたまそういう飛行時の癖が出たのだろうと。でも同時に、私はナサリーの思慮深さもよく知っている。本当に、今のは彼女のうっかりだったのだろうか?そんなへまを、本当にあのナサリーがするだろうか?
「御主人様?どうかされました……まさか、どこか痛みますか!?」
―――――いや、大丈夫。どこも怪我してないよ
まるでこちらの思考をカットするような絶妙なタイミングで、先を歩いていたナサリーが振り返る。
結局私も、そこでそれ以上考えるのは止めた。彼女が私の安否を一番上において気遣ってくれていることに、間違いなく嘘はない。すべてが私の考えすぎで偶然の織り成す結果だったとしても、あるいは逆にすべてが彼女の手のひらの上だったとしても。いずれにせよそれが彼女からの愛情表現の一環とその結果であることだけは、間違いないと言い切れる。いくら私が鈍くとも、これだけ毎日あらゆる形ではち切れんばかりの好意を直に浴びせられ続ければ、そこに嘘がないことは理屈でなく本能で理解できるのだから。
体に異常がないことをアピールするため、軽く小走りでナサリーに追い付いて歩調を合わせる。それを見て幾分ほっとした様子の彼女が足を止めたのは、洞窟の内部……ではなくその外側、周辺の風景を彩る無数の木々のうち一本だった。そのまま先ほど私とティルルが用意したものの結局使わなかったザルに、あたりを見回して物色しつつその一部をそっと引き抜いては乗せていく。
「この木は、これくらいの標高の位置にしか生えないんですよ。まだ若い葉っぱを乾燥させて粉にすると、切り傷によく効くお薬の材料になるんです。いくら私たちがドラゴンでも、怪我した時にきちんと手当てをするのと放っておくのだと治りに差がありますから。特に最近は、ちょっとしたことでもすぐに傷を治したい……御主人様のメイドとして綺麗な体でいたいし、万が一その傷をご主人さまに見られて心配を掛けたくないからからー、ってその薬も減りが早くって」
完全に世間話のノリで、手も止めずにその葉っぱを摘んでいくナサリー。ハスキーさんに連れられてこの世界に来てから私に女性慣れを荒療治で施してくれたのがパルラならば、私がここで彼女たちの本心から愛されているのだという自覚を否が応にも持たせ、認めさせてくれた一番の立役者は他ならぬ彼女だろう。今は私の心構えの変化もあってか(これでも)だいぶ状況が変わったものの、最初の数日間などは今思い返せばひどいものだった。急に変わったまるで知らない、しかも庶民には一生縁のないはずの王侯貴族もかくやとばかりの恵まれた環境で、周囲にいて世話を焼いてくれるのはずっとカードのキャラクターでしかないと思っていた最推しの美女美少女たち。
目の前に広がるあらゆる状況に完全に気圧されて何かにつけて恐縮し頭を下げてばかりいた私を見かねてくれたのか、とにかく顔を合わせるたびにどんな些細なことでもふわふわとした優しい笑顔で褒めちぎり、言葉巧みに自己肯定感を芯から底上げしてくれたのが、こちらで出会った当初の彼女だった。出る所は遺憾なく出て引っ込むところはきっちり締まったあの豊満な肢体によるハグや、大人になってからはもう縁のないものだとばかり思っていた頭を撫でるなどのスキンシップというわかりやすい餌(彼女にそんな気があったかはもう知る由もないが)にもきっちりと釣られ、主人としての自覚……なんてものが私にちゃんと備わっているのかはともかく少なくともそうありたいと思えるようにはなり、彼女たちが惜しみなく注いでくれる親愛と忠誠をどうにか目を逸らさずに受け止められるようにもなった。
いまだにナサリーという女性に関してはその言動のうち一体どこまでが計算づくなのかは、まるで見当もつかないけれど。ただひとつ確実に言えることとしては、多分この先も私は、いやおそらくは他のドラゴンメイドたちも含めこの屋敷の者は誰も、彼女の前には敵わないのだろう。
……すべてが彼女の望むように進んでいく、そしてそれは巡り巡って私のために進んでいくということでもあり。この包容感からは抜け出したいと思う気すらまず起きなくて、実際抜け出す理由もまるでなく。
―――――なんというか、敵わないよねえ
「?御主人様、どうかされました?」
―――――いいや?それより、手伝わせてよ。なるべく若葉がいいんだっけ?
肩をすくめてとりあえず彼女の隣に立ち、その横で同じ種類の木の枝に手をかける。気が付けば屋敷を出た時にはまだ高かった日も既に西の空へと沈みかかり、オレンジ色の夕焼けがメイド服と彼女の横顔を夕焼け空の色に染めていて。そんなちょっとした情景でも絵になる姿に見惚れていた私の視線に気が付いたのか、ちょっと手を止めたナサリーも私と視線を絡め合い、はにかむように微笑んでみせる。そんな細かな仕草のいちいちに対してもただただ愛おしさがこみ上げてくるあたり、私も相当彼女に参っているのだろう。
……ああやっぱり、どうにも彼女には敵わない。
ドラゴンメイド・ナサリー
常にマイペース、というより自分のペースに世界の歩幅を合わせていくけれどそれはそれとして一番上には常に御主人様がいる御主人様ラブ勢。ちらりと話に出た通り屋敷のドラゴンメイドでは一番の古株であり(非公式設定)、誰からも一目置かれる存在(非公式設定)。そんな彼女がメイド長ではなく今の地位に落ち着いているのは、あくまで本人の希望によるものらしい。
生来の優しさと包容感に由来する広い視野と細やかな気配りから屋敷全体のバランスをとる能力に長けており、以前は各自の仕事ぶりに対するフォローやカバーに対してその能力は主に活かされていたが、現在ではもっぱら御主人様のハーレム度合いの調整にその素質は活用されている。今回はティルルの背中をこっそり押していたが別に彼女びいきというわけではなく、現時点で彼女はまだハーレムの輪にうまく馴染めていないな、と意識的にかはたまた無意識にか、ともかく何かを感じたための行動。ついでに自分もちゃっかり自然な流れでの飛行デートに持ち込んだが、これも意図した結果なのかは彼女のみぞ知る。
誰か一人が突出するのではなく、自分も含めあくまで平等にみんな仲良く御主人様への愛を注いでいきたいタイプ。なのだが誰かが抜け駆けで距離を縮めたら落ち着かせるどころか残り全員の距離もそこまで詰めさせることでバランスを取るタイプでもあるため、ブレーキ要素は一切ないただのアクセル、どころかもはやターボエンジンである。
実は屋敷の中にはもはや彼女しか存在も入り方も知らない隠し小部屋が存在し、そこに手製の御主人様人形や思いのたけを綴った手紙、自分とのツーショット写真などが保管されているとまことしやかに噂されているのだが……本人はニコニコ笑うのみで、この噂に関してはなぜか肯定も否定もしない。
ドラゴンメイドのドラゴン体がそれぞれ持つ固有効果ってエルデのそれだけ明らかに用兵、つまり人の上に立つ側が持っているはずの能力なんですよね。同じく用兵可能なシュトラールのそれとは蘇生不可で手札消費が荒い反面、完全フリーチェーンという差別点もありますし。他にもナサリーに関してはなぜか公式から効果すら未判明の時期に単独でイラスト「だけ」公開にまるまるいち記事使うという明らかに異例の待遇を受けていたりとどうもなにかありそうなので、彼女の隠れ設定に関してはいくらでも盛っていいと私は判断しています。その結果が本編。