ある程度の葉っぱを摘み、帰りはまたナサリーの背に乗って。お喋りしつつのんびり遊覧飛行で屋敷に戻った時には、すっかり日も沈んで西の空の遥か遠くにごくわずかな白昼の残滓が未練がましく残っているだけになっていた。皆に温かく迎えられてちょうど出来上がっていたらしい(あるいは、これもナサリーがタイミングを合わせたのだろうか。私には何もわからない)夕飯を食べ、風呂に入り。寝るにはまだ少し早い午後7時、特に何をするでもなく部屋に戻ると。
「お待ちしておりました、ご主人様。お髪は……ちゃんと拭ききってありますね」
―――――いや、だから子供じゃないんだってば……
開口一声出迎えてくれた柔らかい声に、苦笑半分気恥ずかしさ半分で答える。灯りも付けていない部屋はしかし、周りを見回す程度ならば何の不自由もない。大きく開いた窓の外には現代日本だともはやよほどの田舎に行かないとお目にかかれないような夜空とその中央にふんわり浮かぶ満月が広がり、差し込む星明かりが最低限の光量を担保してくれているからだ。
そしてその光に照らされていたのが、声の主。本来の定位置である机の前から窓際に移動された椅子に腰かけ、夜空を背景に微笑む黒衣に銀髪のドラゴンメイド。その髪色と同じく色素の薄い瞳はこちらをまっすぐ見つめ、ほのかにグラデーションのかかった翼と角がうっすらとした灯りに控えめな煌めきを返す。夜空が似合う彼女はそのシチュエーションも相まってメイドというよりも深窓の令嬢といった方がよほどしっくりくるような出で立ちだが、彼女もまた立派なドラゴンメイドである。
「大人でも、です。ご主人様に風邪などひかせてしまっては、メイドの名折れですから」
分厚い絨毯の上で音もなく立ち上がり、腰まで伸びた銀髪とその太い尾を揺らしていまだ部屋の入り口で佇む私の元へと歩いてくるチェイム。まだこれから成長期が訪れるであろうラドリーはさておくとしても、やはりここの住人の多分に漏れず彼女もまた抜群のスタイルの持ち主である。本来収縮色であるはずな黒色の、それもほとんど手首から先と首から上ぐらいしか露出のない(これは仕事柄というよりも、彼女の趣味嗜好によるデザインらしい。考えすぎて空回るティルルとはまたベクトルが違い、とにかく引っ込み思案の恥ずかしがりやでこうして私が目を見て話せるようになるまでも比較的長かった彼女らしいといえばらしいのだが)メイド服をもってしてなおこれでもかとばかりにたゆんと柔らかそうで暴力的な存在感を放つ上半身に、縮小色なんて言い訳が必要ないほどにそのくびれのラインを際立たせる肌にぴったり張り付くようなデザインの腰回り、からの太い尾を苦もなく支え、露出皆無のロングスカート越しにさえ認識できる安産型の下半身。そんな絶世の美女が笑みを浮かべて近づいてくるのは、部屋の薄暗さも相まってもはや一種の絵画や彫刻、美の化身がそのまま形になった芸術作品でも鑑賞しているような雰囲気を醸し出す。
ほとんど密着しそうなほどに彼女との距離が縮まりその大人しい息遣いまでもが耳に届き始めた時、周りが急に明るくなった。仕組みは電気かはたまた魔法なのか、私にも操作できるようにと取り付けられたスイッチを彼女が操作し、部屋の明かりをつけたのだ。温かみのあるオレンジ色の光が部屋を頭上から照らし出し、つくりはシンプルだけれどいかにも高級そうな調度品の数々がそれを受ける。
「じゃあご主人様、今日もお願いできますか?私、この前から色々考えてきたんですよ?」
弾む声でのお誘いに、私も首肯で返す。この仕事もひと段落付いた時間に彼女がここに来ている、それも私がいないうちからわざわざ待ち構えている格好で。ということは、その用件は私にも想像がつく。部屋の中に足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。
―――――ここは出し惜しみしても仕方ないか、ナサリー、ラドリー、それとバージェストマ・レアンコイリアの3体でエクシーズ召喚、バージェストマ・アノマロカリス。そのまま効果を発動して伏せカード……いや、シャドウ・ディストピアを破壊で
「それが一番困るんですよね……でも、ただではやられませんよ?チェーンして速攻魔法、ハイパー・ギャラクシーを発動します。ご主人様のドラゴンメイド・フルスさんをコストにバージェストマ・アノマロカリスをリリースして、デッキから銀河眼の光子竜を特殊召喚します」
―――――ぐっ!?ターンエンドで……
「なら私の番ですね。このまま何もせずバトルフェイズ、ドラゴンメイド・ルフトさんと銀河眼の光子竜で攻撃しますが、よろしいですか?」
―――――何も……ないか。仁王立ちの対象にできるモンスターもいないし、参りました
部屋にこもって何をやっているかといえば、見ての通りの遊戯王である。元々がカードの精霊だけあって屋敷の彼女たちもまた当然、というか必然、というか、ともかくカードが上手でその捌き方も堂に入っている。皆こちらから遊ぼうと誘えば二つ返事で了承してくれるのだが、中でもこのチェイムに関しては生来のインドア気質がカードゲームという媒体とよほど相性が良いものなのか、自由時間になると結構な頻度でカードを片手にデッキを触っている様子を見ることができる。となれば私も
でも実際ティルルとは別ベクトルで当初上手く打ち解けられなかった彼女と、いつの間にやらこうして仕事終わりにデッキ片手に私の部屋まで遊びに来るほどの仲になれたのは間違いなくカードのおかげだと胸を張って言えるだろう。
ちなみに今やっていたのは、お互いに事前に決めた共通のテーマ……今回であればドラゴンメイドを軸にしたうえでそれぞれ別の要素を足したデッキを作成し、実際に対戦して構築力を競う遊び。唸るほどカードが存在するこの屋敷だからこそできる、言ってみれば贅沢な暇人の戯れであり、それだけにこういったことに対し同じレベルで喜んで付き合ってくれる彼女の存在は心底ありがたい。余談だが今回私が組んだのは俗に言うバジェラドリーの構築を基礎としてドラゴンメイド要素にかなり手厚く振ったもので、チェイムが引っ張り出してきたのは闇属性の彼女らしくシャドウ・ディストピアを軸に天球の聖刻印やハイパー・ギャラクシー、螺旋竜バルジ等で脇を固めた重量級ドラゴン。感触は決して悪くなかったけれど、今回は罠の切れ目を狙われて高打点で押し潰された形だ。
「結果論ですけど、アノマロカリスよりもマネキンキャットにしてモンスターの数を増やすべきだったんでしょうか」
―――――そもそもディストピアを早く壊さないと苦しいのは目に見えてたから……オレノイデスもディノミスクスも使い切っちゃってたし、まだ墓地に仁王立ちあったから耐えきれるかと思ってたよ
「ハイパー・ギャラクシーを温存したのが効いた形……ですかね?」
―――――うん、2体をいっぺんに除去されたのは完全に不意打ちだったよ
「うふふ、お世辞でも嬉しいです」
一戦終えたらすぐにもう一戦……ではなく、まずこうして感想戦をするのもほとんど毎回の恒例行事だ。自分自身が精霊だけのこともあり単純なカード効果の知識量も大したものである彼女相手だと知らないカードというものがまず存在せず、実用性よりも見栄えや動きを重視するタイプの私としては話が早くて語り合いのし甲斐がある。特にこうした遊びになるとマイナー寄りなカードも幅広く取り入れてきっちりとデッキを仕上げてきてくれるため、相手するのも話を聞くのもいちいちが楽しくて仕方がない。
それからしばらくの会話と幾度かの勝ったり負けたり、それと同じ数だけの感想戦を経て。いかに楽しいとはいえさすがに感じ始めた心地いい疲労感に身を委ね、なんとはなしに訪れた沈黙の瞬間をあえて崩そうとも思わずぼんやりと椅子の背に身を預けていると。同じく笑みを浮かべて、何が楽しいのか私の顔をじっと見ていたチェイムと目が合った。
―――――どうかしたの?なんだか楽しそうだけど
「いいえ、ご主人様。ただ、嬉しいなあって」
何の照れも躊躇もなく言い切って、余計に慈愛たっぷりの笑顔を深めて依然こちらを眺めるままの彼女。別に嫌とまで言う気はないけれど、あまり美人からじろじろ見られ続けるというのもさすがに気恥ずかしいものがある。一度気付いてしまった以上こちらが視線を外したところで気になって仕方ないだろうし、このまま癖になって変な扉が開いても困る、というのもある。せめてこのまま何か会話を続けようとするも疲れた脳では咄嗟に気の利いた話題など出てくるはずもなく、ただおうむ返しするだけに終わってしまった。
―――――嬉しい?
「はい!……ほんの少し前まで、こんな日が本当に来るなんて夢にも思いませんでしたから」
我ながらつまらない話題の振り方にも、口調こそ控えめながらも熱のこもった目と言葉で答えてくれるチェイム。それでもまだ答え足りなかったのか、今度はこちらが何か問い返すまでもなくそのまま身を乗り出さんばかりの勢いで熱弁が始まった。
「最初にご主人様のことを知った日から、私たちがどれほど一目でいいからお逢いしたいと……いえ、失礼しました。というお話は、ご主人様もさすがに聞き飽きましたよね。ですが、私たちとしてはむしろそこからが本番だったんですよ?」
昔のことを思い返すように、ほんの少し遠い目をして。しかしそれも一瞬のこと、まるで衰えない勢いで熱弁は続く。
「初めてお会いした日、お出迎えに来た私たちの前で挨拶をしてくださったあの瞬間に感じたすべてが満たされたような感覚も。こちらに来てからしばらくの、まだ慣れていない環境でうまく心安らげず苦悩していらしたあの日々は、私たち全員一体どれだけ心を痛めたことか。すべてが昨日のことのように思い出せる、とても大切な思い出なんです」
―――――……う。そんなにわかりやすかった?
「はい。ご主人様も気を遣ってくださっているのは伝わったので、余計に苦しかったです」
―――――そうなの……?
思いがけない形で暴露された事実に、今更ながらに申し訳なさで胸が痛くなる。当時はまだ初対面から日が浅かったのもあって(というと言い訳じみているけれど)、彼女たちの思いに気が付くだけの余裕もなかった。
「だから今日なんかは、すっかり皆さんと仲良くされていたようで。あのですねご主人様、私、本当に嬉しいんですよ?」
そう締めくくり、今日一番の笑顔を見せるチェイム。普段の私なら彼女がよく見せてくれるいつもの微笑みとは違うその満開の笑顔に見惚れて終わっていたろうが、今日は辛うじて意識を保つことができた。彼女たちのことだからと別に自分から聞く気はなかったけれど、せっかくあちらから話を振ってきたうえに今日という日ももうじき終わる。なら、最後のネタばらしをしてもらってもそろそろ罰は当たらないはずだ。
―――――そう、それなんだけど。今日、一体何が起きてたの?何か皆で示し合わせてるのはわかるんだけど
「え」
ぴしり、と音を立てて……というのは、さすがに幻聴だ。それでもそんな幻聴がした気がするほどにわかりやすく、チェイムの笑顔が固まった。ただでさえ色素の薄い肌からはさらに血色が抜け、咄嗟の言い訳すら出てこないのはよほど予想外だったのだろう。
ややあって、おそるおそる聞き返してくる。
「その……ラドリーさんにもパルラさんにも、ティルルさんにもナサリーさんにも、まだ聞いていないんですか?」
何か言葉選びを失敗したのかと、こっちまで気まずくなりながら小さく頷く。それを確認した彼女は額に手を当て、ついにはやってしまったと言わんばかりに息を吐きながらその場で俯いてしまった。何かフォローするべきか、でも話の全貌が見えてこない以上どうやって声をかけるべきか。ともかく彼女の側に行こうと立ち上がりかけたところで、後悔の滲む口調でぽつぽつと口を開き始めた。
そしてよほど想定外の事態だったのか、気が付けばすっかり彼女の素が出ている。元々その大人びた顔立ち(と身体)に反して存外に子供っぽく感情豊かな所のある彼女は、仕事中もプライベートでもその上から彼女の理想とする大人びたお姉さん風の態度を身に纏っている。これは他のメイドたちにとっても公然の秘密であり……つまりはこの素顔と合わせて皆のよく知るところでありそれは彼女自身も承知の上なのだが、あくまで理想の姿を追い求める彼女を応援するために普段は誰も口にしないだけである。ちなみに私の前で最初に緊張の糸が切れて素の顔が出たのは、ある日のこと先ほどやっていたような
「聞いてみるまでもなく、絶対に途中で誰かに説明されていると思ったんですよう……これはですね、ご主人様。みんなで話し合って決めた、お試しのイベントみたいなものだったんです」
―――――?
わけがわからない、という表情が透けて見えたのか、恥ずかしそうに縮こまりながら角で器用に視線を遮ろうとするチェイム。無論その表情自体も大変可愛らしくカメラがあれば写真に収めたいほどではあったけれど、私としてはこう、体全体を縮こませたことで自然と体幹に寄った両腕が、何とは言わないけれど大変豊かに突き出た部分をむにゅりと、その両側から柔らかそうに挟んで強調した格好になった姿勢の方が気になって仕方がなく。普段の彼女なら仮に頼んだとしても(さすがにそれが要求できるほど私の心臓は強くないので無意味な仮定だが)絶対に恥ずかしがってやってくれないような貴重なポーズを目に焼き付けていると、その沈黙が先を促すものだと感じたのかまた口を開き始める。
「つまりですね。ご主人様がここに来られてから、私もですけど!これは私もですけど!皆さん、何かと理由を付けてご主人様にお会いしたりお話しをしたりしたがるじゃないですか。考えることが同じなので、なかなかふたりっきりになる機会が作れないんですね。なので一度とにかく誰も干渉不可、本当にふたりっきりでご主人様と居られる時間を作ろうと」
―――――ふんふん?
そんなふうに考えてくれていたのか、と衝撃を受けると同時に、確かに思い返せば彼女の言うことも身に覚えが半分くらいはあるな?とも思う。思い返せば確かに、ドラゴンメイドたちが私の近くにいるときはそのほぼ全てで2人以上と同時にいた気がする。
これまで私自身はあまり意識したことがなかったのは、完全にいつもそうなっていたわけではないからだろう。以前ティルルとお菓子を作った時、パルラのくすねてきたお菓子をこれ食べて共犯になろうマスターと一緒に食べ(させられ)た時。ラドリーがフルスになってブラッシングをした時やチェイムとカードをしていた時も、一緒にブラシやカードを持ってきた誰か他のメンバーも一緒にいることの方が圧倒的に多かった。が、全くその機会がなかったわけでもない。しかし当然ながら私が誰かと一緒にいるときに毎回全員が揃っているわけでもないのだから、彼女たちの体感からすればその機会は余計に貴重なものだったのだろう。
「本当は1日ずつ順番交代にしようかっていうお話だったんですけど、それだと全員が一周するまで自分の日以外の一週間近く、ご主人様とお話もほとんどできない日が必ずあるわけじゃないですか。それは絶対に嫌だからって満場一致で決まりまして、じゃあ今日だけの限定、皆で3時間ずつ完全にふたりっきりになれるように手配しようって……それでもまだ揉めたので、順番までくじ引きで決めたんです」
―――――そんなことやってたの……
「大事な話なんですよぅ!」
ぷんすこ反論されても色々とツッコミどころがある気がするが、とりあえず朝から入れ代わり立ち代わりで誰かが必ず私の傍にいた理由と、逆に他の誰かがそこに入ってくることがなかった理由は理解できた。パルラやナサリーが見せていた気になる言動も、要するにその交代時間が近かったからなのだろう。
ただ、ともあれ。まずは大事じゃなくてよかったと、心底そう思う。
―――――それで、感想としてはどんな感じなの?
せっかくならば、これはちょっと聞いてみたい。もしまた同じことをやりたいと彼女たちが言うならば別にそれを止めようとは思わないけれど、その時はこちらとしてもさすがに何かしらの用意はしておきたい。あいにくと屋敷内を含めてこの近辺のことならば彼女たちの方が私より圧倒的に詳しいのだからエスコートなんて小洒落た真似はできそうにないけれど、それにしたって今日の有り様よりはまだ何かやりようがあるだろう。
だが目の前の彼女は小首を傾げ、ややあって小さく首を横に振った。それだけで角の根元やその長い銀髪が、光の当たり方の違いできらきらと控えめに光って見える。
「うーん、そうですね……やめておいた方がいいと思いますよ?もちろんお気持ちは本当に、本当に嬉しいですしそういうところが私たちとしてもご主人様の大好きなところではあるんですけど、それはそれとして皆さん今日は、限られたご主人様独占の時間をどう過ごすか、色々と真剣に考えてましたから。このまま第二回があるなら今回の経験を踏まえた、より気合の入ったプランを準備してくると思いますので」
―――――……チェイムも?
ちょっと意地の悪い聞き方だったかな、と、言ってしまってから少し後悔した。彼女とは今回、言ってしまえばただいつも通りに遊んでいただけだ。無論私の方に変な意図があったわけではない、それは断言できる……でも客観的に聞いてみれば、あまりいい言葉の選び方ではなかった。そこにどういう意図があったにせよ場合によっては答えにくいことを聞いてしまった、かといって今になって失言だったと撤回するのも大概気まずいか、と瞬時に色々な思いが頭の中を駆け巡る。
だがそう聞かれた当の本人は、キョトンとした顔で迷わず首を縦に振った。
「はいご主人様、もちろん当然じゃないですか。もうすっごく、すっっごく考えてきたんですよ私!」
―――――そう、なんだ……
そう言い切られると、こんな美人からそうまで想ってもらえるというここに来てから幾度となく感じてきた色あせない喜びと同時に、自分の失言への罪悪感に胸が痛む。その一方で言い切った彼女自身はそんな心を知ってか知らずか、意を決したように縮こまっていた背を伸ばし、細く長い腕を机越しに伸ばして私の手を取った。少しひんやりとしているすべすべとした感触が、湯上がりの熱こそもう抜けたものの先ほどまで頭をたくさん使っていたせいか火照った体に心地いい。
「何日も前からずっと、ずーっと楽しみにして今夜は何をしようか、私の番はもう夜だからご主人様もお疲れだろうからとか、色々計画してきて……それでやっぱり、決めたんです。元々ご主人様と私たちがこうしてお互いに触れあえるようになったのも、私個人がご主人様と距離を縮めることができたのも、全部きっかけはカードなんだから、特別な日でもいつも通り、一緒にこうやって過ごそうって」
そこで一呼吸おいて、ちょっとためらいがちにこう付け加える。
「……それにこの先もご主人様がお望みなら、時間はずっと続くんですから。『特別なことをする特別な時間』も、『いつも通り過ごす特別な時間』も……もし、私の我が儘を聞いてくださるなら。これからも私たちと色々な『特別』を過ごして下さると、私は嬉しいなあ、なんて思います」
もう、私には何も言えなかった。それでもせめて色々とこみ上げてくる気持ちの大きさをどうにか形にしようと、感謝という一言だけでは伝えきれない感情をその少しでも伝えようとチェイム、と目の前の彼女の名前を呼ぶと、はい、と控えめな笑みで答えてくれる。情けないことに私はといえばそれだけでまた言葉に詰まってしまったけれど、そんな語彙力のない主人の言いたいことを、彼女は完璧に読み取ってくれたらしい。
「当然、当然ですよ。だって私たちはドラゴンメイド……ご主人様のメイドなんですから」
完璧な返事の良さの割に視線が下を向きその頬がわずかに紅潮しているのは、少し我を取り戻した結果生来の引っ込み思案がぶり返して自分の発言に少し恥じらっているのだろうか。いかにも彼女らしく、そんなところも愛おしい。彼女と過ごす2人の時間の最後は、その計画した通りにいつも通り、ゆっくりと過ぎていった。
ドラゴンメイド・チェイム
主役は遅れてやってくる、という言葉を信じて、今日も恋に仕事に前向きなご主人様ラブ勢。趣味はインドア系全般と割と幅広く、カードの他にもボードゲーム等も嗜みそちら方面への知識の広さは他の追随を許さない。よく主人を対戦相手という名目で遊びに誘ったり誘われたりする姿が見られ、イチャつきたい場合はまず最低限の口実ができてからやって来る他のメイドからはそのあたりを考えずとも済む彼女の姿は羨ましがられているが、同時にタイミングを合わせ一緒に参加することでそのご相伴にも預かれるので有難がられてもいる。彼女としても対戦相手が増えるし皆カードの精霊だけあってやるとなればちゃんと本気になって遊んでくれるので、ふたりっきりになれずともそれはそれで嬉しい。
同じくお姉さん系統に見えるナサリーとは割と逆の位置に存在し、ちゃんとしたお姉さんの中に少女性が確かに見えるあちらとは異なり、彼女の場合は大人びた見かけからは反したその本来の気質である少女性をベースに、時たま包容感や母性を不意打ちで覗かせることがあるタイプ。不意打ちによる心臓への悪さは甲乙付け難い。
もともとハイスペ上位種であるドラゴンメイドの中でも本来の実力自体は相当な高さを誇るのだが、もとよりインドア系なうえ恥ずかしがりやで引っ込み思案な性格がここぞという場面で足を引っ張ることも多く、大人びた振る舞いへの意識はそうした自分への反省もこもっている。が、気を許した身内相手だとなかなか維持できないことも多くすぐに素が出てしまい、まだまだ前途は多難。
なんでこんな感じのキャラ付けになったんでしょうね、彼女。個人的にはこうなったことに後悔はないですが、解釈違いに感じる人も私の書いてきたドラゴンメイドの中では一番多そう。