ドラゴンメイド・ラブコール   作:久本誠一

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恥ずかしながらまた帰ってきました、QUARTER CENTURY TRINITY BOX発売記念企画(勝手に祝ってるだけ)その2、ドラゴンメイド・シュテルン編。
といってもまた例によって全員とイチャイチャしてるだけの話ですが……今日から一週間連続更新しますので、ほんの一時でもお付き合いくだされば幸いです。

……いや違うのよ私もてっきり前のラティス回と同じくちょっと長いくらいで済むだろうし1話に収めようと思ってたのに、いざ書き出してみると今度は全員ちゃんと出番を作ろうと思うと伸びに伸びまくっちゃって、それに比例して書き上がりも遅くなり結局こんな前回から半年も間が空いてしまいました。すまないシュテルン。


QUARTER CENTURY TRINITY BOX発売記念2~シュテルンと出逢った日~
ティルルと見た景色の場合


 その日はなんてことのない、陽気のいい日だった。窓の外をふと見れば、ぽつりぽつりと浮かぶ白い雲が、青い空をそよそよそよぐ心地よさそうな風に乗っている。時刻は今しがた昼食を食べ終わり、まだまだ昼下がりはこれからといった時分。だからだろうか、今日はふと以前から気になっていたことを確かめてみようという気になったのは。

 最初に私が部屋を出たとき、探すつもりで思い浮かべたのはナサリーの顔だった。なにせこの屋敷の構造には誰よりも長い彼女が一番詳しい、きっと何かしらの答えをくれるだろう。しかし相も変わらずとても広い、そのくせどこを見渡しても染みや埃のひとつも見当たらない、美しく磨き抜かれた廊下の角を曲がった時に誰よりも最初に出くわしたのは、それとは異なる顔だった。

 

 ―――――あっ

 

「ご主人様、どうかされました?」

 

 私が普段用のあるような部屋もない場所で出くわすとは思わなかったのだろう、この鉢合わせにきょとんとした顔をするのはティルル。今日も艶やかな赤のロングヘアやそれと対照的な天使の輪めいた水色の角が綺麗な、頼れる美少女だ。あと正面切って向かい合うとどこの部分がとは言わないけれども、今日もやっぱり目に優しい。バケツとモップを手にしているあたり、どこかの掃除でもやっていたのだろう。

 

 ―――――いや、ちょっと……

 

 ナサリーを探して、そこまで言いかけたところで、待てよとふと思い直す。考えてもみれば隠す話でもなし、別にティルルに聞いてみてもいいわけだ。これで答えが返ってくるならそれはそれでよし、知らないというのであれば改めてナサリーを探しに行けばいい。

 なので、彼女からの問いに答える代わりに少し質問を投げかける。礼儀としてはあまり褒められた行為ではないけれど、彼女たちならば気にせず許してくれるだろう……という甘えがあったのは、まあ否定できない。なんだかんだ言いながら私も、この屋敷で彼女たちと過ごす甘い甘い愛情漬けな生活に順応しつつあるのかもしれない。

 

 ―――――そういえばティルルって、この屋敷の屋根の上って登ってみたことある?

 

「屋根の上……ですか?」

 

―――――うん、あの登れそうなとこ、あるじゃない?

 

 この広くて豪奢な屋敷の屋根は、基本的によくあるなだらかな三角形だ。しかし私もこの世界に来てはや数か月、ドラゴンとしての姿になってくれたメイドの皆の背に乗って空を飛ぶ経験をしたことも幾度かあり、屋敷をさらに上から見下ろす格好になったことも数多い。

 そしてその度、目に入っては気になっていた箇所がある。実はこの屋敷の屋根、地上からではわからないがその頂点あたりにちょっとした空白地帯があるのだ。見る限り柵も何もないが、明らかに人あるいはそれに準じた何かが立つことを想定したであろう平坦を作るための不自然に飛び出た出っ張り。

 普段そこが目に入る時は大概彼女たちに抱き着いて(やましい意味ではない。専用の鞍や安全バーのようなものがあるわけでもなし、離着陸の際は特にしがみついていないと普通に危ないのだ。万一のことなど彼女たちが起こすはずがないけれど、だからといってなめ腐った態度をとるのは違うと私は思う。自分の身は自分で守る、そのためにこちらができることくらいはやっておくのが、むしろ彼女たちへの最低限の礼儀だと私は思う。断じて、断じてそこにやましい意味はこもっていない)のお喋りや、飛行という元の世界では絶対に味わえなかった感覚そのものに気を取られているためなかなかそれを口に出すこともないのだが、毎回確かに目に入っては印象付けられる箇所でもあった。

 まあここで暮らす上ではあろうがなかろうが何ら変わりない圧倒的に大した話ではないのだが、仮にもこの屋敷でやれ主人だのマスターだの呼ばれるのであれば、私も屋敷のことくらいは把握しておくべきだろう……実のところ、ここは何かしらの魔法が使われているのか明らかに立派な外観よりもなお内部は広く、いまだに部屋のひとつひとつですらどこに何があるのか、普段使う範囲以外だと怪しい箇所は多々あるのだけれど。一度どこかでメイドの誰かに付き合ってもらってデートがてらにきっちり全部屋の探検を改めてしてみたいとも思ってはいるが、やるとなれば冗談抜きに丸一日潰れる可能性すらあるそちらは、いくらなんでもなかなか言い出すのにちょうどいい機会がない。彼女たちのことだから頼んでみれば二つ返事で引き受けてくれるのだろうということはよくわかっているのだが、だからといってそんな今後果たしてそれが役に立つかもわからない私の小さな好奇心のために仕事を一日休んでくれ、とはやはり心理的に言い出しにくいものがある。

 

「そうですね……いえ、私もあそこに降りたことはないですね」

 

 ―――――そっかあ、ごめんね仕事中に邪魔しちゃって

 

 ともあれ、今は屋根の話だ。私にとって屋根は「登る」場所だが、ティルルにとってはナチュラルに「降りる」場所らしい。翼のあるドラゴンならではの視点に種族差をひしひしと感じながら、これは彼女もあの場所には詳しくなさそうだとそのまま別れようとする。

 

「……あ、ま、待って下さい!」

 

 だが通り過ぎようとした私の手の袖を控えめだが確かに力のこもった動きでくいと引っ張られて、彼女にしては珍しい自己主張の激しさに驚いて振り返る。慣れない事をしたせいか早くもその髪色に負けじと真っ赤になっていた顔を俯かせた(いつぞやのたんぽぽコーヒーを作りたい、と言い出した時のことを思い出した。あの時もこれくらいテンパって赤くなっていたし、同じくらいにいじらしくて可愛らしかった)彼女が、ひどく慎重に言葉を選ぶようにして問いかけてくる。

 

「その……ご主人様が私でよろしければ、なんですが。今からでも、あの場所が気になるのでしたら飛んでみましょう、か……?」

 

 もじもじとしたその様子からは断られたらどうしよう、といった迷いや気まずさへの恐れ、それでも勇気を振り絞った様子が言葉よりも雄弁に出ていて。そしてもちろん、私にティルルからのお誘いを断るような選択肢は最初からなかった。

 

 

 

 

 

『では、ご主人様。しっかり掴まってくださいね』

 

 ―――――うん、お願いフランメ!

 

 中庭。無数の光の粒子に包まれて素早くメイドとしてのティルルの姿から、赤い体にアクセントのようにちりばめられた水色がお洒落なドラゴン、フランメの姿へと変わった彼女の背に飛び乗り、首元に顔を埋めるようにして全身でぎゅっと抱き着く。ゴーサインを聞いてすぐにわずかな振動と地を蹴る音がしたかと思うと、浮遊感が全身を包み込んでいた。

 彼女の逞しい両の翼はそのままあれよあれよという間にくらくらするような高さまで私たちを運んでいたが、当然恐怖はない。もう慣れたものというのもあるし、フランメのことを信用しきっているというのも大きい。それにこうやって抱き着いて密着していると、改めて感じることもあって思わず含み笑いが漏れる。あまり声に出したつもりはなかったが、それでも彼女の鋭敏な耳には届いていたらしい。

 

『どうかされましたか、ご主人様?もし何か乗り心地などで不満があれば……』

 

 ―――――いや、やっぱりフランメは体温高いなってさ

 

 それが炎属性たる所以だろうか、明らかにティルルの時もフランメの時も、彼女は他のドラゴンメイドよりも数段基礎体温が高い。その全身の魅力的な、ほとんど暴力的と言っても差し支えないほどに男の理想が体現された出るところはこれでもかと出て引っ込むところはきっちりと引っ込んだ迫力満点のスタイルだけでなく(というのはどう転んでもセクハラにしかならないので決して口には出さないが)、そういった意味でも彼女はすこぶる抱き心地がいい……いや実際のところフランメの時はこうやって背中から飛び乗るだけだし、ティルルとしての状態ではそもそもこんな密着するほどに抱きしめるだなんて経験ないのだから、そこはあくまで想像でしかないのだけれど。

 だが、生真面目な彼女自身はそうは捉えなかったようだ。頭の中に届く思念には幾分かしょんぼりした調子が混じり、力強かった翼のリズムにも隠そうとして隠し切れない乱れが入る。

 

『すみません、私、熱かったですよね……』

 

 ―――――まさか。むしろ、ぽかぽかして気持ちいいから好きだよ?

 

 やはり体温の高い首元を撫でながら、真夏はまた違った感想になるだろうけど、というもうひとつの本音は隠して現時点での素直な気持ちを口にする。実際他のドラゴンメイドより明らかに温かいその背に揺られてずっと飛んでいると次第に眠気を感じてくることも多い。幸い、さすがに空中で寝落ちしたことこそまだないけれど。

 それにしても今の力のない声、まさか彼女自身がそこをコンプレックスにしていたとは知らなかった。私としてはそれで彼女が喜んでくれるなら、真夏だろうが砂漠のど真ん中だろうが喜んで毎日毎時間でも抱き着くしむしろ私にとってはそれだけでご褒美だという気はあるけれど。これはまた考えすぎて雁字搦めになる前にいつぞやの褒め殺しをやるべきだろうか、その時は事前にハスキーさんに頼んでカメラ用意してもらおうかな、そんなことをぼんやり考えていると、ややむくれたような返事が返ってくる。

 

『好……もう、ご主人様は!』

 

 私もだいぶ彼女たちと過ごしてきたからか、次第に読み取れるようになってきた。いや、それとも彼女が比較的わかりやすいのだろうか。ともあれ今のは最初あけすけに見せた私の好意に喜び交じりに驚いて、次にもしやからかわれたのかもしれないとちょっと怒ってみせようとして、でも結局怒りきれなかったのと私の言葉が大真面目だったことに気が付いた照れも相まって若干混乱している……ざっとまあ、こんなところだろう。ティルルは慣れてしまえばラドリーの次くらいに分かりやすいところがあるから、精度はそこそこ高いはずだ。

 しかしそうやって当初は何気なく言えた言葉にもいちいち彼女らしく真面目に咀嚼して受け止めてくれるものだから、なんだかこちらまで今更になって自分のセリフが恥ずかしくなってくる。いや嘘はついていない、いないけども。実際彼女のことは大好きだし、そこは本当にその通りだけど、今のはそんな真剣に受け止めてほしくて口にした言葉じゃなくてもっと違う意味で、いやそういう意味でも違わないけども。

 お互いにちょっと押し黙り、その変な甘酸っぱさもある沈黙が余計に気まずくてさらに押し黙る。そんな負の循環がすぐ止まったのは、ある異変が伝わってきたからだ。

 

 ―――――あれ?あちっ熱い熱い、熱いよフランメ!?

 

『え?……やだっ、失礼しましたご主人様!?』

 

 色々と悶々とした感情が高ぶり過ぎて無意識に体温調節がおろそかになっていた、というよりも単に抑えが緩んだところに、彼女生来の気質である炎の力が強まっていたか。ティルルの状態であればとっくにその顔は茹でダコ状態であったであろう精神状態に合わせるかのようにその全身の体温はぐんぐん上昇していき、最終的に束の間とはいえ炎の上に直接座っているような錯覚さえ覚えるほどの温度になっていく。

 彼女の名誉のために断っておくと、普段の彼女はこんなへまはしない。ただ彼女の体温が全体的に高めな上にもっと高くする分にはやろうと思えば結構融通が利くというのも私にとっては既出の情報であり、現にお菓子作りの際などにちょっと温めたい材料などをボウルごとぐっと両手で掴んで数分待つだけで、まるでレンジにかけたかのような状態になるところを私は何度も目撃している。本人の弁曰くコップ1杯の水程度なら、10秒足らずで沸かすこともやろうとおもえばできるらしい……私も炎のドラゴンですし、ちょっと火を出す方が色々と楽だし手っ取り早いですけどね、という注釈付きで。

 閑話休題。ともかくそんな状態の彼女と触れ合ったとして、同じドラゴンであればその頑丈さからなんてことのない笑い話で済んだのだろう。しかし私の人の身は、悲しいほどに非力で弱かった。大慌てで体温を人並みに戻したフランメが、それでも足りないとばかりに最短ルートで屋敷の屋上、元々の目的だったちょっとした空間に降り立ち着地の衝撃もお構いなしに器用に首を回したかと思えば、次の瞬間には私の服の背中側を咥えて降ろす。口を離すと同時にその全身がまたも光に包まれ、次の瞬間には顔面蒼白で今にも土下座せんばかりのティルルがそこに立っていた。

 

「申し訳ありません、ご主人様!お怪我の様子は大丈夫ですか!?」

 

 ―――――落ち着いて!別に怪我とかもしてないから、ね?

 

 あのまま体温が高いままだったらちょっと危なかったしなんなら今でも全身探せば軽度の火傷くらいはあるかもしれないが、そんなことはおくびにも出さず先ほどまで彼女に直に触れていた両手の平を向けてみせる。あまり納得はしていないようだが、ひとまずはそれで引き下がることにしてくれたらしい。

 

「どんな罰でも受けますし、もし痛むようならすぐに言ってくださいね、必ずどうにかしますので……もう、こんな調子じゃいつかOKが出ても、ご主人様の身体を……」

 

 罰なんて言うつもりはないし、強いて言うならこんな程度のことあまり気に病まないでほしい、くらいのものなのだけれど、多分今は何を言ってもかえって恐縮させてしまうだけだろうから少し落ち着くまで周りを見渡すことにする。何か気になることも言っていたけれどさすがに今聞き返せる空気ではないし、日を改めて聞くにしても、それでまた今日のことを思い出させるのはさすがに忍びないか。

 正面から吹いてきた風を深く吸い込みながら立ち上がってあたりを見渡すと、さすがに空気が綺麗なのとこの周辺ではこの屋敷のてっぺんが一番高いだけあって景色は抜群にいい。ドラゴンメイドたちの背に乗って移動する時は大体みんなもっと高くを飛びたがるので、自分では飛べない身としてはこの高さが逆に新鮮味がある。

 

 ―――――あれ?

 

 そうやってキョロキョロしているとふと屋根の端に、何か黒くて小さいものが風に揺れているのが目に入った。ティルルに聞いてみようとして振り返り、いつの間にか暗い顔で体育座りして屋根にのの字を書きながらわかりやすく落ち込んでいた様子を見て、もう少しひとりにさせておこうときっぱり諦めた。いくらロングスカートとはいえ体育座りという姿勢の都合上その正面に回り込めば魅惑的な生足をはじめとするその中身が見えてしまいそうなのと、あの豊潤なふたつの膨らみを自身の膝で惜しげもなく押し潰すようなポーズがまあ色々と目に毒だった、というのもある。

 

 ―――――よ、っと……

 

 屋根の傾斜はなだらかで材質も滑りやすいものではないが、何かの間違いで転がり落ちてしまえばあっという間にとんでもないことになるだろう。空白の地帯から踏み込んですぐに、立って歩いていこうとするのはやめた。もしそれで何かあったら私はまだしも、ティルルがどれだけ気に病むか。

 しかし気になるものは気になるので、妥協案として四つん這いになって屋根のてっぺんまでを登っていく。近付くにつれてその目に付いた黒いものが、どうやら偶然引っかかっていた羽根らしいという事がわかってきた。だが、明らかにそれはただの羽根ではない。カラスの濡れ羽色……というのだろうか、艶のある綺麗な黒色に、本来は何らかの模様を構成していたのかわずかに青みがかっていくグラデーション。そして元の世界で見慣れたカラスやハトや雀とはわけが違う、それこそ羽根ペンと言っても余裕で通用するほどの大きさと美しさだ。

 手を伸ばして引き抜いたそれをまじまじと眺めていると、いつの間にか気を取り直していたらしいティルルの声がすぐ後ろでした。振り返った彼女の足元はブーツ姿にもかかわらず平然と屋根の上に二本の足で立っており、さすがの脚力と平衡感覚の差をひしひしと感じる。

 

「それ、シュテルンさんの羽根ですね。珍しいんですよ、あの人が抜けた羽根を落としていくなんて」

 

 ―――――シュテルン……ってことは、チェイムの?

 

 頷くティルル。無論英語すらおぼつかない私にドイツ語はさっぱりだが、いつか来ると信じていたチェイムの真の姿の持つ名前についてはそれこそフランメをはじめとする彼女たちの命名法則から調べてみたことがあり、おおむねそんな感じになるだろうと感じたことはぼんやりとだが覚えている。まさかその時の知識が、こういう形で役に立つとは思わなかったが。

 改めて、手元の柔らかな羽根をしげしげと眺める。言われてみればこの色合い、彼女のそれに瓜二つだ。

チェイムも、ここに来ていたのだろうか。ドラゴンになっていたなら、見てみたかったな。ここに来て数か月、いまだに彼女のシュテルンとしての姿は見たことがない。実を言うと以前彼女とゲーム中に好奇心に押されこっそり頼んでみたこともあるのだが、顔を真っ赤にしてたっぷり数分間それはそれは真剣に悩まれたうえで最終的に今日いきなりは勘弁してくださいと涙目で心底申し訳なさそうに断られたのだ。そこまで言われたらこちらとしても無理強いはできず結局それきり、私の方も半ば忘れかかっていたのだが、手の中の羽根を見て久しぶりに好奇心が込み上げてきた。

 とりあえずで羽根の方はなくさないよう懐にしまい込み、改めてティルルを振り返る。結局当初の目的だったこの場所についてはよくわからなかったけれど、新しい目標ができたから良しとしよう。

 

 ―――――じゃあ、今日の所はいったん降りようか。またお願いできる、ティルル?

 

「はいっ!……あ、あの、ご主人様、本当に私でよろしいのですか?もしものことがあったらと思うと、今からでも他の誰かを呼んで……」

 

 ―――――ティルル『が』、いいんだけどなぁ!

 

 一瞬喜びかけた表情が急に暗くなってとんでもないことを言い出したので、こちらもティルルが、の部分をこれでもかと強調して即答する。あの落ち込みようから考えると妙に立ち直りが早い気もしたけど、やっぱり表面だけ取り繕っていたのか。

 もちろんティルルが真剣に、私のことを一番に考えたうえでこう言っていることはわかる。わかるけれど、私の方だって彼女にこんな悲しそうで、寂しそうで、でもそれを飲み込んで堪えているような表情をしていてほしくはない。ここは譲らないし、それこそ名ばかりとはいえ主人としての命令、という形にしてでも押し通す、そんな強い意志を込める。

硬い表情のティルルと、それを見上げる私。お互いに視線が交差して、先に申し訳なさそうに息を吐いたのはメイドの方だった。

 

「…………かしこまりました。では」

 

 ―――――ああ、ちょっと待って。やっぱりいったんここに座って?

 

 折れてくれはしたもののまだ浮かない顔で、露骨に返事も遅い美少女。それはそれで割とハッキリした目鼻立ちから浮かぶアンニュイな表情のギャップがひとつ絵になるあたり、さすがの顔面偏差値の高さではある。あるけれど、例え安直と言われようがハピエン厨と笑われようが、やっぱりこれは私の趣味とは少し違う。

 体勢を変えて屋根の斜面に足を投げ出すように腰を下ろし、その隣に彼女の手を引いて(柔らかかった。何度やっても慣れないものだしいまだにドギマギする)半ば強引に同じように座らせる。最上級のドラゴンとたかが人間、真面目に抵抗しようと思えばそれこそ指一本でこちらは手も足も出ないだろうから、まだ本気で拒否はされていないと解釈する。

 さて。前みたいな褒め殺し……は、多分今やっても自責の念が勝ってあんまり聞き入れてくれないだろう。そういうところも彼女の可愛さではあるけれど、ならどうするか。

 

「あの、ご主人様……?」

 

 ―――――ま、少しゆっくりしてからにしようか。ほら、風も気持ちいいよ?

 

「は、はい」

 

 悲しいかな今でこそどんな権力の持ち主、それこそ一国の王ですらまるで手が届かないであろう美女に美少女に囲まれて過ごす幸運に恵まれた私でも、元の世界では全く冴えない女っ気のない、友達らしい友達もいないとないない尽くしな灰色の青春をひたすら謳歌していた。もっと人生経験が深ければこういうときだって何か気の利いた台詞のひとつや的確な元気づけの言葉をかけることができたりするのだろうけど、いかんせん何も思いつかない。

 今回もとにかく時間を稼ぐだけ稼いで、その間に大急ぎで作戦を立てようとしたところまではいいが、それで結局何も出てこないものだから世話がない。そうしてなぜか(それ自体は全く不満もないし望むところではあるけれど)ティルルの方が離してくれない手をキュッと繋いだまま、晴れた空の下で景色を眺めるだけの時間がぼんやりと続く。

 ただ結果論とはいえ、今回に限ってはそれがむしろ正解だったらしい。あるいは、彼女の聡明さに助けられたというべきか。一体どれだけそうしていたろうか、しばらくしていきなり相好を崩したティルルが、その暖かな笑み―――――やっぱり個人的な好みとしては、こういう表情の方が彼女にはよく似合う―――――を浮かべたまま、くるり私に向き直る。

 

「……お手数をお掛けしました、ご主人様。もう、大丈夫です」

 

 ―――――何もしてないよ。むしろ、何もできなくてごめん

 

 いかんせん人生の経験値が足りなさすぎて、格好つけようとしても様にならない無力感。そんな本心からの謝罪にしかし彼女はいいえと首を横に振り、この期に及んでもいまだに繋いだままの手へと視線を落とす。

 

「こうやって触れ合っているだけで、ご主人様の気持ちはずっと伝わってきていましたから。私も、ご主人様が信じて下さるこのティルルのことを、もう少し信じてみようと思います」

 

 その元気を取り戻した晴れやかな顔に、嘘はない……と思う。ついさっきも彼女の仮面を見過ごしてしまった私にそれを判断する資格があるのかは怪しいものだが、それでもそう思った。

 立ち上がり名残惜しそうに手を放したティルルが、風に髪をなびかせながら自由になった両腕で大きく背伸びをする。これはもう本当に仕方のない事で不可抗力以外の何者でもないのだけれどポーズの関係上反らされて強調されたその胸元に対し必然的に私の視線は固定し誘導され、やはりと言うべきかその分かりやすい視線には即座に気が付かれたらしい。苦笑を浮かべる彼女の目をまともに見る勇気もなく、苦し紛れに視線と同時に話題を逸らす。

 

 ―――――えっと、それにしてもさ。その触れ合っているだけで相手の考えてる事がわかるっていうのも、やっぱりドラゴンの力のひとつなの?

 

 無理があるのはわかっている。わかっているが、咄嗟には他に何も思いつかなかった。悲しいかな私は、アドリブにも弱い。

 

「そうですねえ、あれはドラゴンの力、というより……」

 

 幸い、いやむしろ彼女の優しさか、ともあれ先ほどのことは不問にしてこちらに答えてくれるようだ。小首を傾げて意味ありげに間を作り、その全身が光の粒子に包まれ始める。ティルルからフランメへとその姿が完全に変わる寸前、光の中から確かに彼女の声がした。

 

「……大好きな人にだけ限定で使える女の子の力、ですよ?」

 

 ―――――え

 

『さあ、帰りますよご主人様!飛びますから、しっかり掴まってくださいね!』

 

 完全にフランメとなってそう頭の中に語り掛けてくる彼女の顔は、しかし見えない。私が乗りやすいように、こちらに対し背中を向けているからだ。言われるままに乗り込んで、ちょっと前のめりになってどうにか覗き込もうとする……プイと首だけを反対側に向けられ、やっぱりその表情は伺えない。仕方がない、地上に降りてから改めて彼女が今どんな顔をしているかは見せてもらおうと心に決める。

 ……結局私が久方ぶりの地上に降りたことを確認するが早いが挨拶もそこそこに、ティルルに戻ることなく再び飛びあがったフランメがあれよあれよという間に屋敷の反対側に回って逃げられたのはまた別の話。

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