10 預言者お嬢様
ついに戦争がはじまった。海兵隊の任務は、サイド2、アイランド・イフィッシュの制圧だ。任務の詳細は、現場指揮官には知らされていない。自部隊の役割しか分からない。
今回の海兵歩兵小隊の任務は、アイランド・イフィッシュ内部でのコロニーバイタルパートの守備と、残敵掃討だ。
「海兵歩兵小隊長、アミニア・アランス中尉です。任務達成のため、睡眠ガスについての、詳細な情報提示を求めます」
「貴官には、その権限はない。アサクラ大佐は了解済みだ」
技官には、取り付くしまもない。にべもなくあしらわれた。
「このままでは、任務達成に支障が出ます。どうしても、提示してもらえないと?」
「中尉には権限がない。なので、提示することができない」
私に権限がないなら、上官を連れてくれば良い。ということで、待機していたゲール中佐とシーマ中佐を連れてきた。
私の、戦争が起きるという予言が的中したことで、アサクラ大佐への疑いはかなり強くなっている。そもそも、アサクラ大佐は海兵隊のことを余り良く思っていないし、部隊員もそれを察知しており、仲が良くない。
「中尉に権限がないなら、中佐だったら有るってことだよな?」
「まさか、アタシらにも権限がないってことは無いだろう?」
技官は、顔を顰めた。
「この情報を開示できるのは、大佐以上の方だけです。あなたたちに知る権利はありません」
「おい! 現場部隊が睡眠ガスの詳細について、情報を求めているだけだぞ! なんで、それが開示できないんだ! おかしいだろう!」
「多部隊協働の観点からも、情報は提示されるべきだよ。たかが、睡眠ガスなんだろう。それくらい教えてくれても良いじゃないか」
「規則なので、開示は出来ません。貴方がたには、権限がありません。これ以上の詰問は、上層部への反抗ですよ」
技官の階級は少佐だ。中佐の要求を断り、上層部への反抗を持ち出すような階級ではない。
「あんたが少佐なのに反抗? 何を言ってるんだ?」
技官は、ギレン親衛隊徽章を撫でた。
「おや? 野蛮な海兵は親衛隊の階級が二段階高くなることも知らないと? 実階級が上の私に、そんな口を聞いて良いんですか?」
「俺たちは、睡眠ガスの詳細な情報を提示して欲しいだけだ。なぜ隠す? 現場部隊のために情報を提示してくれと言っている。まさか、アサクラの野郎、本当に俺たちにGGガスを使わせる気か?」
技官の表情が変わった。それは、シーマとゲールの疑念を確信へ変えるのに十分すぎる証拠だった。
「ゲール中佐、わたくしの小隊は既に配置についています。やれと言われれば、すぐに全ての注入艇を確保することが可能です」
「貴様ら! これは、反抗だぞ! ギレン総帥に報告させてもらう。お前ら終わりだ」
「やれ! アミニア!」
私の命令で、特殊部隊装備の各分隊が注入艇を占拠する。まさか、味方に襲われるとは思っていなかったのだろう。注入艇の技術者らも無傷で確保出来た。
「アサクラの野郎。やりやがったな……」
「解析の結果が出た。アミニア、あんたの言う通りだったよ。オカルトなんて信じちゃいないけど、本当に転生者とやらだったみたいね」
解析結果と、捕虜にした技官からの証言を手土産に、シーマ中佐がドズル・ザビ中将にコンタクトを取ることとなった。
「これは、明らかな国際法違反です。我々は何も知らされずにジェノサイドに加担することになりかけていました。シーマ・ガラハウ中佐の責任において、海兵隊は虐殺行為へ加担することは致しません」
「シーマ中佐、軍人というのは、上からの命令に従うものなのだ。ドズルとしての、俺個人は貴様のような軍人がいたことを嬉しく思う。だが、中将としては海兵が命令を無視したと考えざるを得ない」
ドズルは、厳しい表情を浮かべていた。コロニーへの毒ガス注入が、現場レベルの暴走でなく、上層部の合意をもって行われることだとシーマは悟った。
「我々は、独立のために戦っているのです。虐殺を行えば、コロニー世論や、アースノイドの反感を買います。ドズル中将。我々は、決して行いません」
「分かった……現時点をもって海兵隊を武装解除する。悪いようにはせん……」
「中将、これを。司法取引と行きましょう」
シーマは、キンチェム反乱の戦利品をドズルに渡した。ロバート・ロウ大佐の持っていた、反乱の支援者リストだ。
その後、海兵隊は、武装解除し艦隊は本国に曳航されることとなった。
この海兵隊の反抗事件は、大きな影響を残すこととなった。ドズル麾下の宇宙攻撃軍部隊には、海兵隊の騒動を見て、なおも毒ガスの注入を行う部隊は存在しなかった。
キシリア率いる突撃機動軍は月面に大多数を割いていた。この騒動には、突撃機動軍所属の海兵隊を除き関与していない。
アイランド・イフィッシュへの毒ガス注入は、保留され。停滞が生まれることとなった。数日後、ギレン親衛隊トップの、エギーユ・デラーズ大佐が、コロニーへの毒ガス注入に名乗りを上げることとなる。
この騒動は、連邦軍に奇襲の衝撃から立ち直る猶予時間を与えた。連邦軍は、ヨハン・エイブラハム・レビルを将とする。そして、持てる艦の殆どを注ぎ込み艦隊を編成した。
未だに無事であるアイランド・イフィッシュの救出を主目的としたハッテ奪還艦隊である。
連邦軍のハッテ奪還艦隊に対し、ジオン軍も総力を結集した。エギーユ・デラーズ大佐の率いるギレン親衛隊艦隊。マ・クベ中将率いる突撃機動軍艦隊。そして、ドズル・ザビ中将率いる宇宙攻撃軍艦隊。連邦の総力に対し、ジオン側も三軍の戦力を結集し、迎撃するしか他に方法がなかった。
ここに、一週間戦争最大の激戦、ハッテ戦役が開かれることとなる。