占領地の維持というのは、大変な仕事である。混乱を起こすのは簡単だが、収めるのは難しい。難しい仕事をすると人間は疲労する。キツイ訓練を積んだ兵士であってもそうだ。
キンツェム駐留軍の兵士にも、休みが与えられている。幹部クラスは忙しいが、私はなんとか休日をもぎ取った。
「オッケーです。受理しました」
軍の備品のバイクを借り、港湾周辺の街区へ乗り出す。コロニー内部は、閉鎖的な空間なため、地球のような換気が難しい。基本的に排気ガスを出すような乗り物は、コロニー内には存在しない。
私の借りたバイクも例に漏れず、電動バイクだった。内燃機関とは違い、電動バイクは低回転域でもトルクが太い。要は加速力が強いのだ。航続力は短いが、味のある乗り物である。
「お嬢ちゃん、軍人さんかい?」
「そうよ」
「この辺りはあまり、治安が良くない。入らないほうが良いぞ」
バイクを路上に駐車し、細々した路地裏に入ろうとしたら、老人から声を掛けられた。彼からはアルコールの臭いがした。でも、善良なのだろう。
「私、強いから大丈夫」
海兵隊に入隊してから、部下を鍛えつつ自分も鍛えた。レンジャーも取ったので、私は白兵戦ならなかなか強いはずだ。やめた方が良いぞと、なおも言う老人を無視して路地裏に踏み入れた。
ゴチャゴチャした街並みは好きだ。下水がうまく流れていないのか、若干のドブ臭さがする。それも、あまり気にならない。
路地裏は袋小路になっていた。建物は軒並み、時代に取り残されている。コロニー造営当初に作られたのだろう。歴史を感じてしまう。
「こんにちは。やってる?」
小さく看板を出していた地下の酒場らしき場所に入る。飲酒運転はしない。酒場なら美味しい昼ごはんにありつけるかもしれないと思ったからだ。
「やってないよ。でも、来ちまったなら仕方ないね」
「ありがと」
酒場の女主人は、仕込みをしていたようだ。店内には私の他に、草臥れたモッズコートが一人だけ。
「有り合わせだけど、作ったよ」
「わ、美味しそう」
厚切りベーコンの入ったペペロンチーノだ。美味しい。付け合せのサラダも良い。
「お代、迷惑代も込みで置いておくよ。さて、本題といきましょう」
「ロウ!! 逃げな!!」
モッズコートの男が、腰に手を掛ける。しかし、遅い。私はもう彼を無力化してしまった。
「クソ、ザビ家の狗め。嗅ぎつけたか」
「ロバート・ロウ大佐。勘違いしているようですが、わたくしは、ザビ家の手先ではありません。ここに来たのは単なる好奇心です。私は知りたいだけです。貴方がどうして、この反乱を起こしたのかを」
彼の持ち物だった拳銃を突きつける。大佐は、観念して椅子に腰を降ろした。
「その言葉を信じるとしよう。なぜ、私がこの反乱を起こしたか。だったな。そうだな。市民を守るためだと言ったら君は怒るか?」
私の手の中で、何かが壊れる音がした。そうだ。拝借した拳銃を大佐に向けていたのだった。こんなにグリップが、凹んでしまっては、この銃は安全に撃てないだろう。
「貴方を殺したくはなりました。でも、殺しません。全てを聞くまでは……私は今回の戦いで住民の保護を行いました。戦火に巻き込まれ、両親を失った子供もいました。死んだ仲間もいます。これのどこが、市民のためだと?」
大佐は、巻煙草に火を付け、煙を燻らす。
「ザビ家は、確実な戦争準備をしている。連邦との戦争だ。そうなれば、今の犠牲とは比にならない程の犠牲が出る。だから、仲間と決起した! ジオン全体をクーデターで支配し、戦争を止めるつもりだった。だが、我々は失敗した。ここにいるのは敗者だ」
「身勝手過ぎます! なんのために貴方の口は有るんですか! 人を犠牲にする前に、貴方は平和的な手段で訴えるべきだったんです! なぜこんな手段を!」
大佐は、天井を見上げる。私に濁った瞳を向けた。そして、何か眩しいものを見るように目を細めた。
「ザビ家は、反体制的なジャーナリストやら作家を殺すか、国内に居られなくした。誰もが、この事実を黙殺した。ギレンが国を良くすると言って。
私には、親友が居た。名はレイモンド・アランス。名家出身だが、気の良い奴だった。レイモンドも君と同じようなことを言っていたよ。だが、彼は権力に殺された。親族が仕切ったせいで、葬儀にも出れなかったよ」
大佐の口から父の名が出た。目の前の私を親友の娘だとは気付いていないようだ。
「言論は無力だ。親友も妻も私は失った! だから、暴力に訴えた。そう。それだけだ! それの何が悪い!」
目の前の開き直った顔を殴りたくなった。理由は分からない。父の親友だった彼の人生に思うところもある。同情できてしまう。だけど、違う。絶対に違う。
「じゃあ、巻き込んだアンジェリカはどうするんですの!? 娘を巻き込んで、貴方はどうするつもりだったんですの? この戦いで死んだ人はどうなるんです!?」
「黙れ。娘は関係ない!! 貴様、アンジェリカに何をした! お前ぇぇ!!」
我を失い、殴りかかるロウ大佐。精細を欠いた動きもあり、彼は簡単に床に倒れ伏せた。人間らしいところを見て、ようやく私は、納得できた。この人の本音が見えた気がした。
「全部、娘さんのためだったんですね……」
「違う、私は、平和のために、国家のためにぃ!!」
「嘘でしょう。貴方は、復讐に囚われた哀れなテロリスト。娘を洗脳して道具にした」
「あれはあの子の意思だ。違うと言っている! 黙れ。黙れよ」
人間、誰しも矛盾を抱えた存在だ。私は、急に目の前の男が小さな存在に思えてきた。
「娘さんは、無事です。わたくしが辿り着いたということは、ザビ家の情報機関員も辿り着くでしょう。娘さんに託したいものは有りますか?」
大佐が、震える手で、私に渡したのは家族の写真が入ったロケットだった。中身をよく見るとデータチップが入っている。これが、上層部が求めていたものなのだろう。
銃を捨てる。駆け寄ってきた酒場の女主人が、手当をしていた。路地裏を後にし、基地に戻る。
リン軍曹の調査で分かった、上層部がロバート・ロウ大佐の娘に御執心なこと。ロウ大佐が、生死不明であること。
そして、引っこ抜かれたキンツェムの監視カメラのデータからロウ大佐らしき人物を特定できたこと。
この要素が有り、私はザビ家の情報機関を出し抜くことができた。リン軍曹には高い酒を奢る羽目になったが。
本当ならロバート・ロウ大佐を殺すつもりだった。しかし、何故かそうはならなかった。理由は私にも分からない。
ロバート・ロウ大佐の遺体は、翌日に発見された。死因は不明だ。
釈放されたアンジェリカに、足が付かぬよう、ロウ大佐が託したロケットを届けた。親子三人で笑う幸福そうな家族の写真が、遺された少女に、せめてもの慰めとなれば良いのだが。