木曜日の夜、私とハリーはチョコレートを持ってグリフィンドール塔を抜け出し、魔法史の教室にいた。
少ししてルーピン先生が荷造り用の大きな箱を持って現れた。
「君達の提案通り、ボガートを用意した。ハリーがボガートと対峙するとディメンターに変身するだろうから、それと対峙しながら守護霊呪文を行使する事にしよう」
「「はい、先生」」
「いい返事だ。ではボガートとの実技に入る前に君達の守護霊呪文の腕前を見せておくれ」
というわけで、私、ハリーの順で現在の守護霊呪文の腕前をルーピン先生に披露する事となった。
2人とも、そこそこ濃い銀色のモヤを生み出せる様にはなっていた。
「うん、ディメンター相手にそれを出せれば十分盾にはなるよ。じゃあ早速、ボガートを使ってやってみようか。まずは二人がかりでやってごらん…と言うか、アイリスが対峙するとディメンターにはならない…だろう?」
という事で、ハリーが前に出てボガートと対峙し、私は少し後ろから、ディメンターに化けたボガートの影響下で守護霊を出す練習をする事となった。
ルーピン先生がボガートを押し込めた箱を開ける…箱からはディメンターに化けたボガートが現れ、こちらに向かってきた。
「エクスペクト・パトローナム!」
ハリーが呪文を唱えるが何も起こらない。
「エクスペクト・パトローナム!」
私も母やハリーとの錬金術についての楽しい記憶を込めて呪文を行使する…が何も起こらない。
その後も、ハリーと私は交互に呪文を唱え続けるが上手くいかない…そして、ハリーが5度目の失敗をした時、倒れた。
私はハリーを抱きとめ、ルーピン先生はボガートを必死に箱に押し込めた。
少ししてハリーは意識を取り戻した。
「大丈夫か?」
「ええ…」
ハリーはそう言って私の差し出した蛙チョコレートを齧った。
ルーピン先生もチョコレートを用意してくださっていたようだが、申し訳ないので持参した物から使う事にした。
「ますますひどくなるんです…母さんの声がますます強く聞こえたんです、それに『死喰い人の主』の…ヴォルデモートの声も」
「ハリー、続けたくないなら、その気持ちは、私にはよくわかるよ」
ルーピン先生のその言葉をハリーはかみしめ、蛙チョコレートの残りを飲みこんでから答えた。
「いいえ、続けさせてください。僕は既に2度、奴らに負けました。一度目はホグワーツ特急で、二度目はハッフルパフ戦で…それぞれルーピン先生とダンブルドア先生が助けてくださいましたが、次はそんな幸運に見舞われるとも限りませんし…何より、レイブンクロー戦で奴らが現れた時、また落ちるなんてことは許されません。実力で負けるならまだしも、ディメンターにやられて負けるだなんて…!」
「よし、わかった…。別の想い出を選んだ方が良いかもしれない。つまり、もっと気持ちを集中できるような幸福なものを…さっきのは十分な強さじゃなかったか、極限状態では思い出しにくい物だったのかもしれない」
私達はじっと考えた…ハリーが何を考えているかはわからないが、次は母の発想を部分的に超えた事…犠牲の石についての議論の時の事を使おうと思いついた。
「そうだ、先生。次は私もハリーと並んでいいですか?ボガートが完全なディメンターではなく半分ディメンターに化ければ難易度は下がるのではないかなと思うんです」
「…そうだね、やってみよう。まずはより簡単なステップを踏めればそれに越したことはない…準備はいいかい?」
そう言ってルーピン先生はボガートの入った箱に手をかけた。
「「はい」」
私とハリーは力強くうなずき、杖を構えた。
「それ!」
そして私は後悔した、軽率な思いつきを提案したことを。
ボガートはあろう事か、『ディメンター化した母』に化けた。
「リリー…?いや、ペチュニア?」
ルーピン先生が呆然としてそう呟いたのが聞こえた。そしてはっとして言葉を続ける。
「いけない!二人とも下がって!難易度がむしろ上がってしまった!」
そう言って杖を構えたルーピン先生をハリーが遮る。
「いいえ、続けさせてください、ペチュニア伯母さんの要素がある分、ディメンターとしての要素は薄まっている筈です!エクスペクト・パトローナム!」
「エクスペクト・パトローナム!」
私とハリーは交互に呪文を唱え続ける…がやはりモヤすら出ない…そして再びハリーが倒れた。
「アイリス、君が恐れているのはその…ペチュニア…母親なのかい?」
ボガートを箱に押し込めた後、ハリーが起きるのを待っている間、ルーピン先生とそんな会話をしていた。
「えっと、完全に闇落ち…と言うか悪落ちした母と敵対する事…ですね、私の恐怖は」
「なるほど、それでボガートはディメンターになったペチュニアに…」
「うぅん…」
ハリーが目覚めて私と目が合った。
「…アイリス…父さんの声が聞こえたよ…父さんの声を初めて聞いた…母さんが僕を連れて逃げる時間を作るのに、一人でヴォルデモートと対決しようとしたんだ…」
ハリーの目に涙が浮かんでいた。
「ジェームズの声を聴いた?」
「ええ…先生は僕の父をご存じ…ですか?」
「そうだね…知っている…ホグワーツでは同期で…友達だった。さあ、ハリー、アイリス、今夜はこれ位にしよう。わかっていると思うが、守護霊呪文はとてつもなく高度だ…ステップを飛ばし過ぎたかもしれない…もっとしっかりした守護霊を出せるようになってからボガートを使うべきだった…」
「いいえ、大丈夫です。お願いします、僕、まだやれます。先生、もう一度だけやらせてください、僕の考えた事は十分に幸せな事ではなかった、きっとそうです!」
「私からもお願いします。それに、練習でしっかりとした守護霊を出せる事と、極限状態でそれを実行できる事は別のスキルのはずです。基礎はできている筈…ならばあとは実践あるのみ、です」
「わかった…だが、今晩は次が最後だ…どれだけやる気が合っても、ボガートが化けた偽者でも、ディメンターと対峙しすぎるのはよくない…さあ、準備をしよう」
ルーピン先生が承知して下さったことで、私達は目を閉じ、三度、想い出をさらう…そして一昨年の夏休みにハリーの誕生日にみんなで遊園地に出かけた記憶を込めてみる事にした。
ハリーも適切と思われる想い出を見つけた様で、真剣な顔で目を開いた。
「どうやら、準備ができたようだが…いいんだね?」
ルーピン先生はやめた方が良いのでは、という思いを隠し切れない様子で問うてきた。
「はい、やります。やらせてください」
ハリーがそう言って、私達は杖を構えた。今度もディメンターの要素を薄める為に並んで立った。
「気持ちを集中させたね?行くよ…それ!」
再び、ディメンター化した母に化けたボガードが箱から出てくる…今度は怯んでやらない。
「エクスペクト・パトローナム!」
「エクスペクト・パトローナム!」
私とハリーの杖から今度はごく薄い銀色のモヤが飛び出し、ボガードとの間に立ちふさがった。
ボガードは歩みを止め、モヤの所で止まった。
ハリーはとても辛そうだが、それでも気丈にボガードを睨みつけ、油断なく杖を構えていた…これは成功と言えるだろう。
「リディクラス!」
ルーピン先生が飛び出してきて叫んだ。
パチンという大きな音がして、ボガードは姿を変え、私達の出した守護霊は消えた。
直後、緊張の糸が切れたのか、ハリーが椅子にくずおれた。
ボガードは満月にその姿を変え、ルーピン先生がそれを箱に押し戻していた。
「よくやった!ハリー、アイリス!立派なスタートだ!」
「えっと、その…もう一回やっても良いですか?今度は完全なディメンターに化けたボガート相手に」
「駄目だ、ハリー、今のが最後だと言っただろう?一晩の成果としては十分すぎる程だ。さあ」
そう言ってルーピン先生はハニーデュークス菓子店の大きな最高級板チョコを2枚取り出した。
「お祝いだ、一人一枚ずつ全部食べなさい。そうしないと私はマダム・ポンフリーにこっぴどくお仕置きされてしまう。来週、また同じ時間でいいかな?」
「「はい」」
私達はチョコレートをかじりながら、ルーピン先生が後片付けをしてくれるのを見ていた。
「ルーピン先生?僕の父をご存じなら、シリウス・ブラックの事もご存じなのでしょう?」
ハリーの唐突な言葉にルーピン先生がぎくりと振り返った。
「どうしてそう思うんだね?」
ルーピン先生らしからぬ、きつい口調だった。
「あーその…ただ、父とブラックがホグワーツで友人だったと知ったものですから」
ハリーの答えを聞いてルーピン先生の表情が和らいだ。
「なるほど…ペチュニアから聞いたのかな?ああ、確かに私はシリウス・ブラックの事を知っていた…知っていると思っていた、というべきかな。ハリー、アイリス、もう帰った方がいい。だいぶ遅くなった」
ルーピン先生に促されて私達はチョコレートの残りをかじりながらグリフィンドール塔に向かった。
学期が始まって最初の週末にクィディッチの試合…レイブンクロー対スリザリン戦が行われ、スリザリンが僅差で勝った。それはグリフィンドールのクィディッチ優勝杯獲得にとって喜ばしい事であるらしい。ようは優勝の目が残ったから、という事だ。
この事は大して興味がなかったがハリーの時間が無くなった。クィディッチチームのキャプテン、ウッドは練習を大量に詰め込んだ。練習日は週5日に及んだ。それとルーピン先生との対ディメンター防衛術、それに学校の課題で自由時間がほとんどなくなった。
おかげで、忍び地図の解析は殆ど私が行う事となった。
忍び地図を作ったと名乗っているムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ、アッシュの5人は天才と言える。貢献度の差は不明だが。
色々調べた限り、羊皮紙という媒体にこれだけの魔法を詰め込んでいるのが何よりもすごい。
ホグワーツの構造を調査し、地図化するだけの苦労だけでも相当なものがある。さらに無数の魔法を複合させ、対象の真名を読み取り、三次元位置情報をリアルタイムで探知・表示させる…と言うだけでもすごいのに、羊皮紙の秘密を守るために込められた隠蔽の技術まで込められているとなると、母でも作成にどれだけの時間とコストをかける必要があるか…
等と素晴らしい教材を解析して遊んでいる一方、ハーマイオニーは、それはもう殺人的な量の課題と談話室で向き合っていた。
私ならば『砂時計』に頼って空き教室や図書室で同時刻に目撃されるリスクを冒してでも時間をかせぐ。
「いったい、どうやっているんだろう?」
スネイプ教授の検出できない毒薬についてのレポートを書き散らしている時、ロンが呟いた。
「なにを?」
「あんなにたくさんの授業をさ…君達は予測がついて居るんだろう?いろんな授業にハーマイオニーが皆勤している方法」
ロンが言った。
「あー一応、おおっぴらに言える事ではないし…ハーマイオニーにも確認をしていないからあくまで推定だし…ね」
「それでもいいから教えてくれないかい?気になるんだ」
私とハリーは顔を見合わせ、ロンを談話室から連れ出してから話をすることにした。
「まず、誓ってほしい。これから僕らが話す推測を決して吹聴せずに心に秘めておくって」
グリフィンドール塔の近くの空き教室でハリーがロンにそう言った。
「うん、誓うよ」
ロンがそう返した。
「多分、だけれどハーマイオニーはタイムトラベルをしているんだよ」
ハリーがそう言った。
「タイムトラベル?」
「要するにハーマイオニーは過去の世界に移動する何らかの手段を貸与されているんだと思う…一番あり得るのは『逆転時計』と呼ばれる砂時計型の魔法具ね」
「他はおとぎ話クラスの難易度の方法だったり、逆転時計にかけられた魔法を自分で行使するとかいう危険行為だったりするからね…ペチュニア伯母さんなら同等の何かなら作ってしまえそうで怖いけれど…無断作製はがっつり違法だから」
「成程…でも、それならどうしてハーマイオニーはあんなに時間がないんだい?課題だって時間を戻せばいくらでもする時間を確保できるんじゃないのかい?」
「僕なら、そうする。少なくとも、課題をこなす時間程度は捻出する。でもハーマイオニーは乱用してはいけない、という言いつけか何かがあってそれを硬く守っているんだと思う」
「…本当に真面目だね、ハーマイオニーは」
「私もそう思うわ」
そうして、ロンはハーマイオニーを気遣う様子を見せるようになった。