例えばこんな従姉殿   作:紅シズク

31 / 38
クィデッチ・ワールドカップ 後編

夜の帳がキャンプ場を包むと、そこは無法地帯と化した。

魔法使い達が持っていた最後の慎みが吹き飛び、何千人もの魔法使い達が試合を待つ間、あちらこちらであからさまな魔法の印が上がっていた。

魔法省の役人たちも、もはやそれらを制止する事をあきらめたようであった。

行商人たちがあちらこちらに姿現ししてきて、商売を始めた。

楽し気に買い物をするロンと共に私とハリーとハーマイオニーもアイルランドの応援グッズとプログラムを購入してテントに戻った。

少しすると森の向こうからゴーンと深く響く音が聞こえ、同時に森の木々の間に赤と緑のランタンが明々と灯り、競技場への道を照らし出した。

「いよいよだ!」

アーサーおじさんが興奮した様子で言った。

「さあ、行こう!」

アーサーおじさんを先頭に私達は森の中へと進んでいった。

そこかしこで何千人もの魔法使い達が興奮と熱狂に侵されているのがわかった。

20分ほど歩いて森を抜けるとそこは巨大な黄金色のスタジアムの影の中だった。

「10万人入れるよ」

アーサーおじさんが言った。

「魔法省の特務隊500人が、丸一年がかりで準備したんだ。『マグル除け呪文』で一分の隙も無い。この一年というもの、この近くまで来たマグルは、突然急用を思いついて慌てて引き返すことになった…気の毒に」

アーサーおじさんは最後に愛情込めて付け加えた。

一番近い入り口に向かったが、そこは既に魔法使い達がぐるりと群がり、興奮した様子で、大声で叫びあっていた。

入り口でチケットを検められ、入場するとそこは階段になっていた。階段には深紫色の絨毯が敷かれていた。

私達一行は他の魔法使い達と共に階段を進んでいった。次第に左右の扉からそれぞれのスタンド席に消えていく魔法使い達…その中を私達一行は真っ直ぐに進んでいった。

階段のてっぺんにたどり着くとそこは小さなボックス席になっていた。観客席の最上階、しかも両サイドにある金色のゴールポストの中間に位置している最高の席であった…あまりクィディッチに興味のない私が座るのが申し訳なくなるほどに。

そのボックス席は紫に金箔の椅子が20席強、前後2列に並んでいた。私達一行は前列を全て占領する形で席に着いた。

そこから見える光景は圧巻そのものであった。

細長い楕円形のピッチに沿って階段状にせりあがっている観客席は競技場そのものから発せられているらしい神秘的な金色の光で満ちており、ここからみるとビロードのように滑らかに見える。

両サイドに3本ずつ、15メートルの高さのゴールポストが立っていて、真正面にはピッチの左端から右端に及ぶ巨大な黒板があった。

その黒板には見えない手が書いたり消したりしているかのような様子で巨大な金色の文字と絵が走っては消えていた。それは巨大な広告板だった。振り返ると頭上にも同じものが設置されていた。

「ドビー?」

ハリーが唐突に声をあげた。そちらを見るとハリーの目線の先には一人の屋敷しもべ妖精が奥から2番目の席に座っているのが見えた。

「旦那様はあたしのこと、ドビーってお呼びになりましたか?」

それは明らかにドビーではなかった…そもそもドビーは男性で、この屋敷しもべは恐らく女性である。

が、皆が何事かと振り返り、ハリーとその屋敷しもべ妖精を見た。

「ごめんね。僕の知っている人…あーいや、妖精じゃないかと思って」

「でも、旦那さま、あたしもドビーをご存知です!」

眩しそうに顔を覆ったその妖精は続けた。

「あたしはウィンキーでございます。旦那さま。―あなたさまは―」

「ハリーだよ、ハリー・ポッター」

「あなたさまが、ハリー・ポッターさまでございますか!」

妖精のこげ茶色の目が小皿位に大きく見開かれた。

「ドビーが、あなたさまのことをいつもお噂しています!」

ウィンキーは尊敬で打ち震えながら、顔を覆った両手をほんの少し下にずらした。

「ドビーはどうしている?自由になって元気にやっている?」

「ああ、旦那さま」

ウィンキーは首を振った。

「ああ、それがでございます。けっして失礼を申し上げるつもりはございませんが、あなたさまがドビーを自由になさったのは、ドビーのためになったのかどうか、あたしは自信をお持ちになれません」

「あー仕える家庭が見つからないって事を言っている?えっと、ホグワーツの厨房で聞いた噂では給金と休暇付の職場を探しているらしいとか聞いたけど…」

確かに、比較的ゆったりとした時間に厨房を訪ねた際、ドビーの消息を訪ねてそんな話を聞いた気がする。

「その通りでございます、旦那さま。ドビーは自由で頭がおかしくなったのでございます」

「あー君達が無給無休を誇りにしているのは知っているけれど…そう言う妖精がいてもいいんじゃないかな?」

「屋敷しもべはお手当などいただかないのでございます!だめ、だめ、だめ。あたしはドビーにおっしゃいました。ドビー、どこかよいご家庭を探して落ち着きなさいって、そうおっしゃいました。旦那さま、ドビーはのぼせて、思い上がっているのでございます。屋敷しもべ妖精にふさわしくないのでございます。ドビー、あなたがそんな風に浮かれていらっしゃったら、しまいには、ただのゴブリンみたいに、『魔法生物規制管理部』に引っ張られることになっても知らないからって、あたし、そうおっしゃったのでございます」

「アーうん…まあ…程度問題だと思うけれど…その妖精自身が望むなら多少の給金と休暇を貰って少しくらい楽しい思いをするのも悪いことではないんじゃないかな」

きっと目が泳いでいるであろう声色でハリーが言った。このやり取り、実はホグワーツの厨房でもやっているので二度目である。相手は別の屋敷しもべ妖精…ディークだが。

「ハリー・ポッターさま、屋敷しもべは楽しんではいけないのでございます」

ウィンキーはディークと寸分たがわぬ答えを返した。違いと言えば、ディークはハリーを諭すような言い方をしたが、ウィンキーは当然の事をただ断言するように言った事か。

「屋敷しもべは、言いつけられたことをするのでございます。あたしは、ハリー・ポッターさま、高いところがまったくお好きではないのでございますが―でも、ご主人さまがこの貴賓席に行けとおっしゃいましたので、あたしはいらっしゃったのでございます」

「…なぜ?何のために?」

ハリーは怪訝そうに尋ねた。

「ご主人さまは―ご主人さまは自分の席をあたしに取らせたのです。ハリー・ポッターさま、ご主人さまはとてもお忙しいのでございます」

ウィンキーは隣の空席…最奥の席に頭を傾げた。

「ウィンキーは、ハリー・ポッターさま、ご主人さまのテントにおもどりになりたいのでございます。でも、ウィンキーは言いつけられたことをするのでございます。ウィンキーはよい屋敷しもべでございますから」

そう言って、ウィンキーは完全に手で目を覆ってしまった。

「そうか、あれが屋敷しもべ妖精なのか?へんてこりんなんだね?」

ロンが言った。

「あーホグワーツの皆はもっと普通…と言うか古き良き従僕って感じだよ…ドビーはもっとへんてこだったけど」

ハリーは苦笑いしながら言った。

そこから試合が始まるまでの時間は何時ものように…ホグワーツでの寮対抗試合のように…読書で潰しているとハリーにつつかれた。

「時間?」

「うん、始まるよ」

その時、バグマン氏の声が聞こえた。

「ソノーラス!響け!」

私は急いで本を仕舞い、オペラグラス(マグル製を元に幾つか魔法をかけてある)を取り出した。

そうして試合が始ま…らなかった。

そう言えば、買ったプログラムにはマスゲームがあると書いてあったか。

まずブルガリア側マスコット、ヴィーラによるダンス…まあ美しいが、私にとってはただの美女に見える魔法生物…ヒトたる存在ではあるか…が踊っているだけである。

が、男性陣はヴィーラを知っていて対策をとったメンバー以外は面白いことになっていた。

特に、ロンは飛び込み台の立つ選手の様に構えていた。

対するアイルランドの出し物はレプラコーンによる空中ショーであった。こちらの方が見ていて楽しい…偽物のガリオン金貨を降らせるのは品が無いと思うがまあ見栄えは良いか。

で、両チームが紹介された後、審判が進み出てボールを放出し、ホイッスルを吹いて試合が始まった。

試合は学生の試合とは別物で、とてもスピーディーであった。

得点の度にマスコット魔法生物たちがショートパフォーマンスをした。

アイルランド対ブルガリアが30対10になった時、両チームのシーカーが急降下した…それはひっかけ技だったらしく、先行していたブルガリアのシーカーはぎりぎりで上昇したが追随していたアイルランドのシーカーは地面に激突した。

魔法医がアイルランドのシーカーを復活させている間、ブルガリアのシーカーは上空から悠々とスニッチを探している様子だった。

アイルランドのシーカーが復活し、空に上がる…試合が再開した。

それから15分、試合はアイルランドの有利に進んだ。というか、スニッチルールが無ければアイルランドがもう勝ちでいいんじゃないかというレベルで圧倒していた…なんと、130対10である。

そうこうしていると、ブルガリアのキーパーがコビングという反則…肘の過度な使用…をしてアイルランドにペナルティー・スローが与えられた。

そこでレプラコーンたちは光文字で『ハッ!ハッ!ハッ!』と表示した。

それを見てヴィーラたちは踊り出した…そして審判が魅了された。

審判はピッチに降りてヴィーラに筋肉を見せたり、口ひげを撫でつけたりしていた。

「さぁて、これは放ってはおけません」

実況のバグマン氏はそう言ってはいるものの、おかしくてたまらない様子であった。

魔法医の一人が大急ぎで駆けて行き、審判の向う脛を蹴っ飛ばした。

審判はヴィーラたちを怒鳴りつけていた…思いっ切りばつの悪そうな顔で。

そこからトラブルが始まった。

審判はブルガリアチームのマスコットであるヴィーラたちを退場させようとした。

それに抗議する為にブルガリアチームのビーター二人が審判に抗議に降りた…レプラコーンたちのアレはいいのか、と言った様子である。尚、今はレプラコーンたちの文字はヒー、ヒー、ヒーである。

審判は抗議している二人に空に戻るように言ったようであるが、二人は拒絶した。

そこで審判はアイルランドにペナルティー・スローを二つ与えた。

そこからの試合はかなり乱暴になった。

両チームのビーターは情け容赦なしであったし、ブルガリアチームがまた反則をした。今度はわざとぶつかるように飛んだ様である。

…で、だ。私は思った。マスコットは出し物が終わったら退場させるべきなのではないか、と。

本気でそう思う位の事が起こった。

レプラコーンがヴィーラたちに向けて下品なハンドサインを光で表現して見せたのだ。

ヴィーラたちはその正体…鳥の様な頭の肩から鱗に覆われた長い翼を出している…を現わし、レプラコーンたちに向けて火の玉を投げつけ始めた。

アーサーおじさんが私達に向かって叫んだ。

「ほら、お前達、アレをよくみなさい。だから、外見だけにつられてはだめなんだ!」

魔法省の役人たちが両チームのマスコットを引き離すのに投入されたが、手に負えない様子だった。

一方、空の方も大激戦だった。アイルランドがまたもや得点を決めた後、アイルランドのビーターがブルガリアのシーカーに向けてブラッジャーを打ち込み…避けそこねた。

顔面、鼻を負傷、本来であれば審判が試合を止めるはずが止まらない。

どうやら、審判の箒がヴィーラたちの投げた火の玉で燃えているようだ。

ロンが早くタイムをとれよとイライラした様子で言った直後、ハリーが叫んだ。

「リンチを見て!スニッチを見つけたんだよ!見つけたんだ!行くよ!」

アイルランドのシーカーが急降下していき、ブルガリアのシーカーがそれを追う…血の飛沫を引きながら。

「二人ともぶつかるわ!」

「そんなことない!」

「リンチがぶつかる!」

ハーマイオニー、ロン、ハリーと口々に叫んだ。

そして、二度目のチキンレースはロンとハリーが言ったとおりになった…アイルランドのシーカーが再び地面に激突した。

「スニッチ、スニッチはどこだ?」

チャーリーの叫び声が聞こえた。

「とった―クラムが捕った―試合終了だ!」

ハリーが叫び返した。

スコアボードが点滅する。

 

ブルガリア160

 

アイルランド170

 

アイルランドの勝ちである。まあ、稀に見るトーナメント戦でシーカー以外が意味を持った試合、という奴だった。

そして、それはジョージとフレッドが賭けに勝ったことを意味していた。

その後、私達は大興奮の群衆の中、なんとかテントに戻り、ココアを飲んだ私達はまだ興奮冷めやらぬ喧騒の中、眠りについた。

が、夜半、私達はアーサーおじさんに起こされた。

「緊急事態だ、コートを羽織って急いで避難準備を!」

ただ事ではなかった。

指示に従って私達はネグリジェの上にコートを羽織って、テントを飛び出した。

状況は確かに酷かった。フードをかぶり、仮面をつけた魔法使いの一団を中心に杖を掲げて行進する一群が見えた。

その上空にはここのキャンプ場の管理人とその家族らしき3人が浮かべられているのが炎と呪文の閃光に映し出されていた。

「あっ…杖がない」

コートのポケットに入れてあったはずの杖に手を伸ばしたが見つからない。テントの中に落としたかとテントに戻ろうとしたがアーサーおじさんに止められた。

「アイリス、杖がないのは心細いだろうが探すのは後にして欲しい」

その時、男子用にしていたテントからビル、チャーリー、パーシーがきちんと服を着て、杖を手に袖をまくり上げて現れた。

「私らは魔法省に加勢する。おまえたち―森へ入りなさい。バラバラになるんじゃないぞ。片が付いたら迎えにいくから!」

ビル、チャーリー、パーシーは近づいてくる暴徒たちに向けてもう駆け出していた。アーサーおじさんもそれに続く…魔法省の役人と思しき人々が四方八方から飛び出して来ては騒ぎの現場に向かっていた。

「さあ」

フレッドがジニーの手を掴み、森へと引っ張って行き、皆それに続く…無論、私も。

森に入ってすぐ、皆は振り返った。管理人一家の下にいる群衆はさっきまでより大きくなっていた。魔法省の役人たちがフードと仮面の一団に近づこうとしていた。

突然のことで指揮系統が確立していないのか、苦戦しているようだった。

管理人一家に向けて浮遊呪文を何人かでかけて、暴徒に向けては失神呪文でも斉射すれば方はつくと思うのだが…まあ言うは易し、なすは難し、ではあるか。

次々に避難してくる人々に押されて私達は暗闇の中を歩いた。

突如、ロンが痛そうに叫び声をあげた。

「どうしたの?」

ハーマイオニーが心配そうに聞いた。私の手を引いてくれていたハリーが突然止まった。

「ロン、どこなの?ああ、こんな馬鹿な事やってられないわ―ルーモス!光よ!」

ハーマイオニーが杖灯りをともしてくれた。

ハリーも苦笑いして無言呪文で光球をいくつか浮かべた。

わたしもそれに続きたい所だが、残念ながら杖がない。

まあ、指先に光を灯すくらいなら杖が無くてもできるが、今は意味がないのでやらない。

で、ロンは木の根に躓いたらしかった。というか、立ち上がりながらそう言った。

「まあ、そのデカ足じゃ、むりもない」

背後で気取った声がした。振り向くとすぐそこにドラコ・マルフォイが木に寄りかかるように平然とした様子で立っていた。

ロンはとても口汚い言葉でドラコ・マルフォイに向かって悪態をついた。

「言葉には気を付けるんだな。ウィーズリー」

ドラコ・マルフォイの目がギラリと光った。

「君たち、急いで逃げたほうがいいんじゃないのかい?その女が見つかったら困ったことにならないか?」

ドラコ・マルフォイがハーマイオニーを顎でしゃくった。丁度、その時、炸裂音がキャンプ場の方から聞こえ、緑色の閃光が一瞬この辺りまで届いた。

「それ、どういう意味?」

「グレンジャー、連中はマグルを狙っている。空中で下着を見せびらかしたいのかい?だったらここにいればいい…連中はこっちへ向かっている。みんなで散々笑ってあげるよ」

「ハーマイオニーは魔女だよ、マルフォイ」

ハリーが冷たく言った。

「勝手にそう思っていればいい。ポッター」

マルフォイが意地悪くニヤリと笑った。

「連中が『穢れた血』をみつけられないとでも思っているなら、そこにじっとしてればいいさ」

「口を慎め!」

ロンが叫んだ。

「気にしないで、ロン」

ハーマイオニーがそう言ってロンを押さえた。

直後、森の反対側で、これまでよりずっと大きな爆発音がし、周囲から悲鳴が上がった。この暴動、同時多発的に起きているのか。

「臆病な連中だねぇ?君のパパが、みんな隠れているように、って言ったんだろう?いったい何を考えているやら―マグルたちを助け出すつもりかねぇ?」

「…行こう、こいつの近くにいたくない」

ハリーがそう言って私達は森の中心部へ向けて進むことにした。

「そうそう、マルフォイ。あの連中の中心部にいるのは君のパパのお友達かも知れないけれど、周囲の群衆はただの愉快犯の暴徒だ。自分は純血ですって言って見逃してもらえるといいな」

ハリーは最後にそう言った。マルフォイはその事に思い至っていなかったらしく、余裕ぶった表情が崩れていた。

「あいつの父親は間違いなく仮面団の中にいる。賭けてもいい!」

ロンが怒り心頭と言った様子で言った。

「そうね、うまくいけば、魔法省が取っ捕まえてくれるわ!」

ハーマイオニーもぷりぷりした様子でそれに賛同した。

私とハリーは苦笑いして言及は避けた…私はたとえ状況が好転しても箒か何かで中心部の一団を急襲出来なければ姿くらましで逃げられるだろうな、と思っていた。

ジニーとジョージとフレッドを探しているとパジャマ姿のティーンエイジャーの一団に出くわした。

その一団に近づくと豊かな巻き毛の少女が話しかけてきた。

が、何を言っているのかさっぱりだった…響きからしてフランス語の様な気はしたが残念ながら私は外国語を解せない。

「えーなに?」

ロンが応えた。

「オゥ…オグワーツ」

そう言ってその少女は私達に背を向けて一団に戻っていった。

「ボーバトンだわ」

「たぶん、そうね。フランス語っぽい響きだったし」

「そうよ、きっとボーバトン校の生徒たちだわ…ボーバトン魔法アカデミー…私、『ヨーロッパにおける魔法教育の一考察』でその学校の事、読んだわ」

「まあ、今はそれどころじゃないよ、ハーマイオニー。三人を探さないと」

ロンも杖を取り出し、杖灯りをともした。

こうなってくると杖を紛失した己が恨めしい。

直後、ガサガサっと音がした。皆、そちらに杖を向けた。

そこには先ほど貴賓席で会った屋敷しもべ妖精のウィンキーがいた。

彼女はまるで何かに後ろから引っ張られているかのような動きをしながら懸命に前に向かって進もうとしていた。

「悪い魔法使い達がいる!人が高く―空に高く!ウィンキーはどくのです!」

そしてウィンキーは自身を引き留めている力に抵抗しながら息を切らして走り去っていった。

「いったいどうなっているの?どうしてまともに走れないんだろ?」

「きっと、隠れてもいいって言う許可を取っていないんだよ」

ロンのいぶかし気な言葉にハリーが応えた。

「ねえ、屋敷妖精って、とっても不当な扱いを受けているわ!」

ハーマイオニーが憤慨した。

「奴隷だわ。そうなのよ!あのクラウチさんって言う人、ウィンキーをスタジアムのてっぺんに行かせて、ウィンキーはとっても怖がっていた。その上、ウィンキーに魔法をかけて、あの連中がテントを踏みつけにし始めても逃げられないようにしたんだわ!どうして誰も抗議しないの?」

「そう言うものだとみなされているから…と言うのが現状を適切に表現していると思うわ」

「そう言うものだから、というのは理由にならないわ!腐敗した、不当な制度を支える人達がいるから…」

「ハーマイオニー、私はそれが正しいとは思っていない。でも、同じ人間であるマグルやスクイブを…いえ、あなたの様なマグル生まれの魔法族や混血さえも見下したり一段下に見たりする人々が政治経済の主流にいるイギリス魔法界が同種ですらない、気弱で従順な魔法生物を尊べるわけがないわ」

「なら!それを変えていかないといけないわ!」

ハーマイオニーがそう叫んだ時、また大きな爆発音が聞こえてきた。

「とにかく、先に進もう、ね?ハーマイオニー、アイリス」

ハーマイオニーの怒気に押されていたロンがそう提案した。

私はマルフォイのいう事はある意味正しいかもしれない、と内心思った。

マグル社会のリベラリスト的思想を持つハーマイオニーと、血統主義・階級主義がマグル社会よりも強くはびこる魔法界の社会問題が出会った時、ハーマイオニーがどういう行動をとるか…その片鱗が見えていた。確かに、ハーマイオニーは危険である。いろんな意味で。

それはさておき、森を進み、私達は人気のない辺りにたどり着いた。途中、小鬼の一団や3人のヴィーラとそれを取り巻く魔法使い達などを見かけた。

「ここまでくれば安全だと思う。この辺りで騒ぎが収まるのを待つか、戻って三人を探すか…どうしようか」

ハリーがそう言った時、木の陰から人影が現れた。

杖を持っている三人が杖を向けたが、それはバグマン氏であった。その表情は真っ青で緊張しているようだった。

「だれだ?こんな所で、ポツンと、いったい何をしているんだね?」

私達は顔を見合わせた後、口々にキャンプ地の状況を説明した。

バグマン氏は怒りをにじませ、大声で罵り、姿くらまししていった。

バグマン氏のずれっぷりをハーマイオニーが指摘したが、ロンはビーターとしてはとても優秀だったのだ、と弁護した。

私達は小道をそれてちょっとした空地へと踏み入れ、座り込んで不安を和らげるように雑談をしていた。

すると誰かがここに向かってヨロヨロとやってくる足音がした。

足音の方にハリーが光球を一つ飛ばすが誰もいない…足音が止まった。

「何者ですか?姿を現してください」

恐らく私と同じ判断…透明マントを使っているのだろう…を下したらしいハリーが、足音が止まった辺りに杖を向けて問うた。

突如、その何者かは呪文を唱えた。

「モースモードル!」

それは聞いた事のない声で、聞いた事のない呪文だった。

「「「っ!プロテゴ!」」」

咄嗟に私以外の三人が盾の呪文を唱えた。

しかし、未知の声の持ち主が使った呪文は攻撃呪文ではなかった。巨大な緑色に輝く何かが空に向けて打ち上げられた。

「いったい何を…?ッ!」

それは巨大な髑髏だった。エメラルド色の星の様なものが集まって描かれたソレは髑髏の口から舌のように蛇が這い出している印だった。

現物を見たのは初めてだが、『闇の印』…死喰い人たちの使うヴォルデモートの印に相違なかった。

周囲から悲鳴が上がった。

ハリーが無言呪文で失神呪文を声のしたあたりに連射したが命中した様子はなく、呪文の光線は木々の間に消えていった。

「行きましょう、この場を離れないと」

ハーマイオニーが言った。だが、それは遅かった。

直後、20人ほどの魔法使いが姿現ししてきて私達を包囲した。

そして、その杖先は私達に向けられていた。

「「プロ」」

「「伏せて!」」

咄嗟に盾の呪文を使おうとしたハーマイオニーとロンを引きずり倒すように私とハリーは地面に転がった。

直後、失神呪文が四方八方から発射された。

「やめろ!やめてくれ!私の息子だ!」

聞き覚えのある声がした…アーサーおじさんだった。

「ロン―ハリー―アイリス―ハーマイオニー―みんな無事か?」

真っ青になって、震えた声でアーサーおじさんが言った。

「どけ、アーサー」

無愛想で冷たい声がした。クラウチ氏だった。魔法省の役人たちと一緒にじりじりと包囲網を狭めている。わたしとハリーは立ち上がり、クラウチ氏と向き合った。

「だれがやった?」

「そこらへんにいた何者か…です。姿は見えなかったけれど、声は聞こえました。男の声に聞こえました」

そう言ってハリーは自身が失神呪文を打ち込んだあたりを指さした。

「その声は呪文を唱えました。確か、モースモードル、と」

私の言葉に役人たちがびくりとした。

「ほう、お嬢さん。それはあの印を出す呪文だな…あの印をどうやって出すか、大変よくご存じの様だ―」

私に疑いを向けるクラウチ氏を他所に他の魔法省の役人たちはハリーの指さした辺りに杖を向けた。

「遅すぎるわ…もう姿くらまししているでしょう」

ウールのガウンを着た魔女が囁いた。

「そうとも限らない…失神光線はあの木立を突き抜けた…犯人にあたった可能性は大きい…」

そう言ったのはエイモス・ディゴリー氏だった。

「エイモス、気を付けろ!」

暗闇の中へと突き進んでゆくディゴリー氏に向かって何人かの魔法使いが警告を発した。

少しして、ディゴリー氏の叫ぶ声が聞こえた。

「よし!捕まえたぞ。ここに誰かいる!気を失っているぞ!こりゃあ―なんと―まさか…」

「だれか捕まえたって?」

クラウチ氏が信じられないといった声を上げた。

「だれだ?いったいだれなんだ?」

ディゴリー氏が再び現れた…その腕の中には屋敷しもべ妖精が…ウィンキーがいた。

魔法省の役人たちはいっせいにクラウチ氏を見つめた。

「こんな―はずは―ない。絶対に―」

そう言ってクラウチ氏は茂みに踏み入っていった。

「無駄ですよ。クラウチさん、そこにはほかにはだれもいない」

ディゴリー氏は荒々しく茂みを捜索するクラウチ氏に言葉を投げた。

「えっとその、クラウチさん。透明マントの可能性があります。最初、光源を向けた時から姿が見えなかったので」

ハリーが遠慮がちにクラウチ氏に声をかける。聞こえているかはわからないが。

「それにしても、なんとも恥さらしな。バーティ・クラウチ氏の屋敷しもべとは…なんともはや」

「エイモス、やめてくれ」

アーサーおじさんがそっと言った。

「まさか本当に屋敷しもべ妖精がやったと思っているんじゃないだろう?『闇の印』は魔法使いの合図だ。創り出すには杖がいる」

「そうとも」

ディゴリー氏が応じた。

「そして、この屋敷しもべは杖を持っていたんだ」

「なんだって?」

「ほら、これだ」

ディゴリー氏は杖を持ち上げ、アーサーおじさんに見せた。

「これを手に持っていた。まずは『杖の使用規則』第三条の違反だ。ヒトにあらざる生物は、杖を携帯し、またこれを使用する事を禁ず」

丁度その時、バグマン氏がアーサーおじさんの隣に姿現しした。

バグマン氏はここがどこかもわからない様子でくるくる回りながら、目をぎょろつかせてエメラルド色の髑髏を見上げた。

「『闇の印』!」

バグマン氏があえいだ。他の役人に何か聞こうと顔を向けた拍子に、危うくウィンキーを踏みつけそうになった。

「いったいだれの仕業だ?捕まえたのか?バーティ!いったい何をしているんだ?」

クラウチ氏が手ぶらで戻ってきた。幽霊のような蒼白な顔のまま、両手も歯ブラシの様な口ひげもぴくぴく痙攣している。

「バーティ、いったいどこにいたんだ?どうして試合に来なかった?君の屋敷しもべが席を取っていたのに―おっとどっこい!」

バグマン氏はやっとウィンキーの存在に気付いたようだ。

「この屋敷しもべはいったいどうしたんだ?」

「ルード、わたしは忙しかったのでね」

それは奇妙な話だった…外交相手との試合観戦も重要な仕事のはずである…実際、通訳がいなかった事でファッジ魔法大臣はブルガリアの魔法大臣に大変失礼をしていた…とハリーが言っていた。私が読書をしていた間に色々あったらしい。

「それと、私のしもべ妖精は『失神術』にかかっている」

クラウチ氏が続けてそういった。

「『失神術』?ご同輩たちがやったのかね?しかし、どうしてまた―?」

バグマン氏はひらめいたような表情をして髑髏を見上げ、ウィンキーを見下ろし、それからクラウチ氏を見た。

「まさか!ウィンキーが?『闇の印』を創った?やり方も知らないだろうに!そもそも杖がいるだろうが!」

「ああ、まさに、持っていたんだ」

ディゴリー氏が言った。

「杖を持った姿で、私が見つけたんだよ、ルード。

さて、クラウチさん、あなたにご異議がなければ、屋敷しもべ自身の言い分を聞いてみたいんだが」

クラウチ氏はディゴリー氏の言葉に一切反応を示さなかった。

その沈黙を異議を申し立てない、と解釈したらしいディゴリー氏は杖をウィンキーに向けた。

「リナベイト!蘇生せよ!」

ウィンキーがかすかに動いた。大きな茶色の目が開き、寝ぼけた様に数度瞬きをした。

役人たちに取り囲まれたまま、ウィンキーはよろよろと身を起こした。

ウィンキーはディゴリー氏の足に目を止め、ゆっくりと視線を上げ、ディゴリー氏の顔を見つめた。

それからさらにゆっくりと空を、髑髏を見上げた。

ウィンキーはハッと息を呑み、狂ったようにあたりを見回した。

空地に詰めかけた大勢の魔法使いを見て、ウィンキーはおびえた様子ですすり泣き始めた。

「しもべ!」

ディゴリー氏が厳しい口調で言った。

「わたしがだれだか知っているか?『魔法生物規制管理部』の者だ!」

ウィンキーは座ったまま、体を前後にゆすり始め、激しい息遣いになった。

「見てのとおり、しもべよ、いましがた『闇の印』が打ち上げられた。

そして、お前は、その直後に印の真下で発見されたのだ!申し開きがあるか!」

「あ―あ―あたしはなさっていませんです!あたしはやり方をご存じないでございます!」

「お前が見つかった時、杖を手に持っていた!」

ディゴリー氏はウィンキーの目の前で杖を振り回しながら吠えた。

光る髑髏に照らされて杖がよく見えた。

「アレ…それ、アイリスのじゃない?」

ハリーの咄嗟の言葉が空地に響く…一斉に皆の視線が私達に向いた。

「なんと言った?」

「あーえっと…」

「おそらく、それは私の杖です。試合に向かう前に確認してから騒ぎが起きて避難を始めるまでのどこかで落としたか、盗られたかしたものです」

しまったという様子で言いよどむハリーの言葉を遮って私は言った。

「なに?しかしアイリス・エヴァンズ…ペチュニア・エヴァンズの娘、と言っていたか」

ディゴリー氏の言葉に私に向けられた視線が強まるのを感じた。

「ペチュニア・エヴァンズの…独立系の闇の魔法使い、『灰色の魔女』の…?その娘…」

誰かがそう囁くのが聞こえた。

「本当に森に入る前には杖を紛失していたのかね?隠し持っていて、ここで使った後に捨てたなどではなく?」

「何が悲しくて容易に所有者の特定できる証拠品を犯行現場に捨てなければならんのですか。私が犯人なら素知らぬ顔で杖を携帯しておくか、そもそも盗んだ杖でやりますよ」

「しかし…」

「エイモス、ペチュニア・エヴァンズは闇の魔術こそ大っぴらに使うが、犯罪に手を染めるタイプではないし、そもそも『あの人』の陣営とは思想的に対立関係にある筈だ…そうだろう?」

食い下がるディゴリー氏にアーサーおじさんが穏やかな口調で言った。

「フム…では、アイリス・エヴァンズの証言が事実だとして…しもべよ。おまえは何処でこの杖を手に入れたのだ?」

「アーそう言えばその屋敷しもべはそのお嬢さんの斜め後ろに座っていなかったか?貴賓席で」

唐突にバグマン氏が尋問に口を挟んだ。

「なにっ…しもべ、お前は盗みを働いたというのか?競技場でアイリス・エヴァンズから杖を盗んで、その杖を用いて『闇の印』を打ち上げたというのか?」

「あたしは盗みなどなさいません!それで魔法をお使いにもなりません!」

ウィンキーはキーキー声で叫んだ。涙が、潰れたような団子鼻の両脇を伝って流れ落ちた。

「あたしは…あたしは…ただそれをお拾いになっただけです!あたしは『闇の印』をお作りにはなりません!やり方をご存知ありません!」

「ウィンキーじゃないわ!」

ハーマイオニーが緊張した声で、しかしきっぱりと言った。

「ハリーが最初に証言した通り、私達が聞いた呪文の声は太い声で、ヒトの男性の声に聞こえたわ。ウィンキーの、屋敷妖精のキーキー声じゃなかったわ」

ハーマイオニーが振り返り、私達に同意を求めた。

「ウィンキーの声とは全然違っていたわよね?」

「ああ、屋敷しもべ妖精の声とははっきり違っていた」

「うん、あれはヒトの声だった」

「ええ、人の、それも成人した、それでいて年老いていない男性の声に聞こえたわ」

「まあ、すぐにわかることだ」

私たちが口々に証言したのをディゴリー氏はどうでもよいというように切って捨てた。

「杖が最後にどんな術を使ったのか、簡単にわかる方法がある。しもべ、そのことは知っていたか?」

ウィンキーは震えながら耳をパタパタさせて必死に首を横に振った。

ディゴリー氏は自身の杖と私の杖の先を突き合わせ、直前呪文を行使した。

「プライオア・インカンタート!直前呪文!」

杖の合わせ目から灰色の濃い煙で出来たような『闇の印』が現れた。それは私の杖が闇の印創出に使われた決定的証拠だった。

「デリトリウス!消えよ!」

ディゴリー氏は『闇の印』の影を消すと勝ち誇ったような、容赦のない目で見降ろした。

「さて」

「あたしはなさっていません!あたしは、けっして、けっして、やり方をご存知ありません!あたしはよいしもべ妖精です。杖はお使いになりません。杖の使い方をご存知ありません!」

ウィンキーの申し開きをディゴリー氏は切って捨てた。

「おまえは現行犯なのだ、しもべ!凶器の杖を手にしたまま捕まったのだ!」

「エイモス。考えてもみたまえ…あの呪文が使える魔法使いはわずか一握りだ…ウィンキーがいったいどこでそれを習ったというのかね?」

アーサーおじさんがそう言ってウィンキーを弁護した。

「おそらく、エイモスが言いたいのは―」

クラウチ氏が一言一言に冷たい怒りを込めて言った。

「私が召使たちに常日頃から『闇の印』の創り出し方を訓練していたとでも?」

酷く気まずい沈黙が流れた。

そして、皆の視線が私の方を向く。クラウチ氏が屋敷しもべ妖精にそのような訓練をしていた、とするよりは母が、灰色の魔女が実はヴォルデモートとつながっていて、娘である私に『闇の印』の作り方を伝授したと考える方が、つじつまが合う、という視線に感じられた。

「あーその、ウィンキー、君は何処でアイリスの杖を拾ったのか、証言できるかい?」

アーサーおじさんが優しくウィンキーにそう言って沈黙を破った。

「正確に言うと、どこで、アイリスの杖を見つけたのかね?」

「あ…あたしが発見なさったのは…そこでございます…そこ…その木立の中でございます…」

ウィンキーは小声でそう言った。

「ほら、つまりこういう事に違いない。『闇の印』を作り出したのがだれであれ、そのすぐあとに、アイリスの杖を残して『姿くらまし』したのだろう。あとで足がつかないようにと、狡猾にも自分の杖を使わなかった。ウィンキーは運の悪いことに、その直後にたまたま杖を見つけて拾った」

アーサーおじさんが言った。それは私を庇ってくれているのだと理解できた。故に、『闇の印』が打ち上げられた直後にハリーが失神呪文を連射していたので普通であればそんな事はしない、とは言わなかった。

「しかし、それなら、ウィンキーは真犯人のすぐ近くにいたはずだ!しもべ、どうだ?だれか見たか?」

ウィンキーはディゴリー氏の問いかけに一層激しく震え出した。その視線はディゴリー氏、バグマン氏、そしてクラウチ氏へと走った。

「あたしはだれもご覧になっていません…だれも…」

「エイモス」

クラウチ氏が無表情に言った。

「通常なら君は、ウィンキーを役所に連行して尋問したいだろう。しかしながら、この件は私に処理をまかせてほしい」

ディゴリー氏はその提案が気に入らない様子だったが、クラウチ氏との力関係の都合か、断れない様子であった。

「心配ご無用。必ず罰する」

クラウチ氏は冷たくそう言い放った。

「ご、ご、ご主人さま…ど、ど、どうか…」

ウィンキーは縋るようにクラウチ氏を見上げた。しかし、クラウチ氏はひとかけらの哀れみすらない眼差しでウィンキーを見下ろした。

「ウィンキーは今夜、私が到底ありえないと思っていた行動をとった」

クラウチ氏はゆっくりと続けた。

「私はしもべに、テントにいるようにと言いつけた。トラブルの処理に出かける間、その場にいるように申し渡した。ところが、こやつは私に従わなかった。それは『洋服』に値する」

「おやめください!」

ウィンキーはクラウチ氏の足元に身を投げ出して叫んだ。

「どうぞ、ご主人さま!洋服だけは、洋服だけはおやめください!」

洋服…解雇か。確かに屋敷妖精の価値観を鑑みれば十分な罰にはなる。

「でも、ウィンキーは怖がっていたわ!」

ハーマイオニーがクラウチ氏を睨みつけ、怒りをぶつける様に話した。

「あなたのしもべ妖精は高所恐怖症なのよ。仮面をつけた魔法使いたちが、誰かを空中高く浮かせていたのよ!ウィンキーがそんな魔法使いたちの通り道から逃れたいと思うのは当然だわ!」

「私の命令に逆らうしもべに用はない」

クラウチ氏はハーマイオニーを見ながら冷たく続けた。

「主人や主人の名誉への忠誠を忘れるようなしもべに、用はない」

ウィンキーの激しい泣き声があたり一面に響き渡った。

ひどく居心地の悪い沈黙が流れた。やがてアーサーおじさんが静かな口調で沈黙を破った。

「さて、差し支えなければ、私は子供たちを連れてテントに戻るとしよう。

エイモス、その杖は語るべきことを語り尽くした―よかったら、アイリスに返してもらえまいか―」

ディゴリー氏は若干渋った様子ではあったが私に杖を返してくれた。

「さて、四人とも、おいで」

アーサーおじさんが静かに言った。しかし、ハーマイオニーはその場を動きたくない様子だった。泣きじゃくるウィンキーに目を向けたままだ。

「いくわよ、ハーマイオニー…」

わたしがそう言って手を引くと渋々と言った様子で踵を返した。

「ウィンキーはどうなるの?」

空地を出るなり、ハーマイオニーが言った。

「わからない」

アーサーおじさんが応えた。

「皆のひどい扱い方ったら!」

ハーマイオニーはカンカンだ。

「ディゴリーさんは、はじめっからあの子を『しもべ』って呼び捨てにするし…それに、クラウチさんたら!犯人はウィンキーじゃないってわかっているくせに、それでもクビにするなんて!ウィンキーがどんなに怖がっていたかなんて、どんなに気が動転していたかなんて、クラウチさんはどうでもいいんだわ―まるで、ウィンキーがヒトじゃないみたいに!」

「そりゃ、ヒトじゃないだろ」

勇敢にもロンが言った。

「だからと言って、ロン、ウィンキーが何の感情も持っていない事にはならないでしょ。あのやり方には、むかむかするわ―」

「ハーマイオニー、わたしもそう思うよ」

アーサーおじさんがハーマイオニーに早くおいでと合図しながら急いでいった。

「でも、いまはしもべ妖精の権利を論じているときじゃない。なるべく早くテントにもどりたいんだ。ほかのみんなはどうしたんだ?」

「暗がりで見失っちゃった」

ロンが言った。

「パパ、どうしてみんな、あんな髑髏なんかにぴりぴりしているの?」

どうやら、ロンは『闇の印』の意味を分かっていない様子だった。

「テントにもどってから全部話してやろう」

アーサーおじさんは緊張していた。

森のはずれまで戻ってきた時、怯えた顔の魔法使い達が大勢集まっているのが見えた。

彼らはアーサーおじさんの姿を見るなり、わっと一度によってきて口々に質問を投げかけてきた…明らかに情報に飢えている。

「あっちで何があったんだ?」

「だれがあれを創り出した?」

「アーサー―もしや―『あの人』?」

「いいや、『あの人』じゃない。『あの人』ではないんだ」

アーサーおじさんは畳み掛けるように言った。

「だれなのかわからない。どうも『姿くらまし』したようだ。さあ道をあけてくれないか。ベッドで休みたいんでね」

群衆をかき分け、私達はキャンプ場に戻ってきた。もうすべてが静かになっていた。

仮面の魔法使い達の気配もない。ただ、壊されたテントが幾つか、まだくすぶっていた。

「父さん、何が起こっているんだい?」

テントから首を突き出したチャーリーが話しかけてきた。

「フレッド、ジョージ、ジニーは無事戻っているけれど、ほかの子が―」

「私と一緒だ」

アーサーおじさんはチャーリーの言葉を遮っていった。

私達は男子用テントに入っていった。中ではビルが腕にシーツを巻き付けて小さなテーブルの前に座っていた。腕からかなり出血している。

チャーリーのシャツは大きく裂け、パーシーは鼻血を流していた。

フレッド、ジョージ、ジニーの三人は怪我こそなかったが、ショック状態だった。

わたしとハリーは念のために持ってきていた傷薬を取り出し、ビルとパーシーの治療に使った。

「捕まえたのかい、父さん?あの印を作った奴を?」

ビルが鋭い口調で聞いた。

「いや。バーティ・クラウチのしもべ妖精がアイリスの杖を持っているのを見つけたが、あの印を実際に創り出したのが誰かは、皆目わからない」

その後、アーサーおじさんは森であった事の一部始終を皆に話した。私達4人はそれを時々補った。

話が終わるとパーシーは憤然と反り返った。

「そりゃ、そんなしもべはお払い箱が当然。まったくクラウチさんが正しい!

逃げるなとはっきり命令されたのに逃げ出すなんて…魔法省全員の前でクラウチさんに恥をかかせるなんて…ウィンキーが『魔法生物規制管理部』に引っ張られたら、どんなに体裁が悪いか―」

「ウィンキーはなんにもしてないわ―間の悪いときに間の悪い場所に居合わせただけよ!」

ハーマイオニーがパーシーに噛みついた。

パーシーは不意を喰らったようだった。

まあ、原則として二人は馬が合うからこう言ったことは珍しい。

「ハーマイオニー。クラウチさんのような立場にある方は、杖を持ってむちゃくちゃをやるような屋敷しもべを置いておくことはできないんだ!」

「むちゃくちゃなんてしてないわ!あの子は落ちていた杖を拾っただけよ!」

「ねえ、だれか、あの髑髏みたいなのが何なのか、教えてくれないかな?」

ロンがハーマイオニーとパーシーの言い合いを遮っていった。

「別にあれが悪さをしたわけでもないのに…何で大騒ぎするの?」

「ロン、アレは『例のあの人』の印よ。私、『闇の魔術の興亡』で読んだわ」

「それに、この十三年間、一度も現れなかったのだ」

アーサーおじさんが静かに話を引き取った。

「皆が恐怖に駆られるのは当然だ…戻ってきた『例のあの人』を見たも同然だからね」

「よくわかんないな。だって…あれはただ、空に浮かんだ形にすぎないのに…」

「ロン、『例のあの人』も、その家来も、だれかを殺すときに、決まってあの『闇の印』を空に打ち上げたのだ。

それがどんなに恐怖をかき立てたか…若いおまえたちには、あのころのことはわかるまい。

想像してごらん。帰宅して、自分の家の上に『闇の印』が浮かんでいるのを見つけたら、家の中で何が起きているかわかる…誰だって、それは最悪の恐怖だ…最悪も最悪…」

一瞬、皆がしんとなった。が、すぐにビルがその沈黙を破った。

「まあ、だれが打ち上げたかは知らないが、今夜は僕達の為にならなかったな。『死喰い人』達がアレを見た途端、怖がって逃げてしまった。

だれかの仮面を引っぺがしてやろうとしても、そこまで近づかないうちにみんな『姿くらまし』してしまった。

ただ、ロバーツ家の人たちが地面にぶつかる前に受け止める事はできたけどね。あの人たちは今、記憶修正を受けているところだ」

「でもわからないんだけれども、どうして死喰い人たちは『闇の印』を…『死喰い人の主』の印を見て逃げ出したんだろう…偽物だったとか?」

ハリーが言った。

「いや、そうとも限らない。今、アズカバンの外にいる死喰い人は『例のあの人』との関係を無かった事にしたり、仲間を裏切ったりしてアズカバン行きを逃れた連中だからね…それにしても、ハリー、よくそんな言葉知っているね、『死喰い人の主(The Lord of death eaters)』だなんて…」

ビルが言った。

「え?伯母さんはヴォル…ごめん。『あの人』の事をいつもそう呼んでいるから…」

「その呼び方は『貴方は卿だが、私の主ではない(You are Lord, But not my Lord)』って意味を…敬意と隔意を両方込めた一部の魔法使い…特に『あの人』に与さない闇の魔法使い達が使う呼び名だよ」

「…ペチュニア伯母さん…」

「母さん…」

私達は初めて知った『死喰い人の主』という呼び名に込められたニュアンスに呆れた。

そして、その皮肉のセンスから言って母はお山の大将、という侮蔑の意味も込めて使っているに違いなかった。

「アーそっか、アイリスの母親はあの『灰色の魔女』で、ハリーもその養い子だっけ」

ビルが言った。

「それにしても…あの『闇の印』を打ち上げた人は…『死喰い人』を支持する為にやったのかしら、それとも怖がらせるために?」

「ハーマイオニー、わたしたちにもわからない」

アーサーおじさんが言った。

「でも、コレだけは言える。あの印の創り方を知っている者のは、『死喰い人』だけだ。

たとえ今はそうでないにしても、一度は『死喰い人』だった者でなかったら、辻褄が合わない。

…さあ、もうだいぶ遅い。何が起こったか、母さんが聞いたら、死ぬほど心配するだろう。後数時間眠って、早朝に出発する『移動キー』に乗ってここを離れるようにしよう」

アーサーおじさんがそう言った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。