そして翌日の朝食時…とんでもない手紙が届いた。
シリウスおじさんからハリーへの手紙だった。差出人の署名にS・Bとだけ記されたそれをその場で開ける訳にもいかず、ハリーはそれを鞄に急いでしまいこんだ。
最初の授業の始まる前にハリーはそれを読みたかった様子であったので、ハーマイオニーの予定を達成させるべく、ロンとハリーは私とハーマイオニーと別行動をとることにした。
朝食の片付けでバタバタしている厨房を訪ねるといつも通り、ディークが迎えてくれた。
「これはお嬢様がた。よくいらっしゃいました。いかがいたしましたか?」
「ディーク、今日は友達が貴方達と話したいという事で連れてきたのよ」
「私共と?何か不手際でもございましたでしょうか」
ディークの不安そうな問いに私は答えた。
「いいえ、そういう事ではないの。彼女はハーマイオニー、ハーマイオニー・グレンジャー、私の友人なの。ハーマイオニー、彼がディークよ」
「初めまして、私はハーマイオニー・グレンジャーです」
「お初にお目にかかれて光栄でございます。ハーマイオニー・グレンジャー様。ディークと申します。」
そう言ってディークは深々とお辞儀をした。
「それで…その、あなた達の労働環境と労働条件に付いて、話をしたいの。
ああ、屋敷妖精がホグワーツでの労働環境に満足しているのは知っているし、ダンブルドア先生が良き主人であるという評判も聞いているわ」
ディークがほんの少しギョッとしたのを感じてハーマイオニーはそう言い繕った。
「でも、そうでない環境もあるじゃない?私達…いいえ、私は屋敷妖精がそう言う環境で働かされるのを良く思っていなくて…それを改善するための運動を始めたくって色々調べたの。
私は、正直、あなた達が誇りだと思っている事、無給無休で働く事が正しいことだとは思えないし、改善されるべき虐待だと思っている事例を見聞きしている。
でも、あなた達がどういう環境でどういう条件で働くのが幸せなのか、押し付けるのは間違っているとアイリスに言われて…貴方達と話してみたいと思ったの。
その為に、今度、時間を割いてほしくて…もし、了承してくれるならば、貴方達の都合のよい時間を教えてほしいの」
そう言ってハーマイオニーはディークが答えるのを待った。
「…ハリー・ポッター様とアイリス・エヴァンズ様とも以前、お話をされたのですが、屋敷しもべ妖精とは『そう言うモノ』なのでございます。
ですからお給料を頂く事や『福利厚生』と呼ばれる仕組みは一般的なしもべ妖精にとって、正直、精神的な虐待の一種であられるとお考え致しているのでございます。
ですが、ハーマイオニー・グレンジャー様がお望みでございましたら、わたくしたちの考え方をお話なされる事は客人をもてなしなさる事と同じでございます。
お嬢様方の学業の妨げにならない範囲であれば、いつでも問題ございません」
「そう…なら、明日の…土曜日の15時頃、お邪魔させてもらってもいいかしら」
ハーマイオニーは自分が考えていた労働環境と労働条件が精神的な虐待と言われてショックを受けているようだったが、それでも、そう言った。
「承知なされました。明日もお嬢様方お二人でいらっしゃいますか?」
「あー多分、4人になるわ、わたしとハーマイオニーの他にハリーと友人のロンの4人」
「承知なされました。私ども一同、精一杯おもてなしをなさる所存でございます」
そう言ってディークは深々とお辞儀をした。
その後、私とハーマイオニーは明日の事を考えるとともに、ハリーに届いたシリウスおじさんからの手紙の事も気になっていた。
午前、1コマ目の授業が始まるのには間に合わなかったため、2コマ目の授業への移動の際にハリーに訊ねるとシリウスおじさんがいろいろな情報を統合した結果、帰国を考えている、というような事が書かれていたらしい。
もし、ハリー自身や身の回りで奇妙な事があったら教えてほしい、とも。
と、いう事は、何かあったらシリウスおじさんは英国に帰ってくるつもりである、という事であり…ハリーの傷跡が痛んだことを知ったら確実に帰国を決めるであろう事が推測された。
なので、ハリーは特に変わりがない、とうそをついてシリウスおじさんに帰国を思いとどまるように返事を書くつもりだと言った。それが妥当だと私も思う。
翌日の15時、約束通りに私達は4人で厨房を訪ねていた。
すると、厨房の皆が左右に列を作って待ちかまえていて、一斉にお辞儀をした。
「「「「いらっしゃいませ、私どもは皆様を歓迎なさいます」」」」
その様子にハーマイオニーが表情を苦痛で歪めたのを私は見逃さなかった。
「歓迎ありがとう、皆」
ハリーは苦笑してそう答えた。まあ、アポとって正式に訪ねてくる客人相手なんて、こうなるのは、薄々想像していたが。
「皆様、こちらに」
屋敷妖精の列の間を通り、ディークに先導されて教員用テーブルへの給仕に使用されるテーブルのさらに奥にしつらえられたテーブルに私達は着いた…もちろん、据わるときの椅子のお世話も受けた。
ハーマイオニーは一人で座れると最初は断ったが、悲しそうに担当の屋敷妖精がするのに負けて受け入れた。
そして、あっという間にアフタヌーン・ティーの用意が整えられた。ハリーと私はその給仕をしてくれているのが厨房で各部門の指揮を執る様な上級屋敷妖精とでも呼ぶべき面々である事を認識した。
客人への給仕は名誉ある仕事なので、そうなったのであろう、と私は推定した。
「ありがとう、でも夕食の用意もあるだろうから適宜、仕事に戻っても問題ないからね?」
ハリーはそう言ってテーブルの周りに控えている面々を見回した。
「承知いたしました、ハリー・ポッター様。話が長くなるようでしたらそうなされて頂きます。ですが、いましばらくは皆に客人をもてなす栄誉をお与え頂けませんでしょうか」
「わかった、なら問題ないよ」
彼らの扱いにある程度慣れているハリーはそう言った。
私達4人それぞれについた給仕にサービスを受けながらまずはお茶を楽しむことにした。
ハーマイオニーはすぐにでも話を始めたい様子だったが、ハリーがせっかく用意してくれたんだからまずは適温の紅茶を楽しまないと皆に悪い、といったのに従ってくれた。
紅茶と初めのキュウリのサンドイッチを作法に従って頂いた後、その味を私とハリーは理解できる限り、褒め称えた。一般的な屋敷妖精は自身の仕事ぶりを理解され称賛される事を好む。
「美味しい…」
難しい顔をしていたハーマイオニーが漏らしたその言葉に周囲の屋敷妖精たちは安堵の表情を浮かべた。
が、下段のサンドイッチを半分頂いたころ、ハーマイオニーが早々に我慢の限界を迎えた。
「えっと、それで今日、ここに来た用件なんだけれども、ディークさん」
「お呼びいただくならば、ただ、ディークとお呼びください。もちろん、お忘れになってはございません。私どもの労働環境についてお話をなさればよろしゅうございますね」
そう言って、ディークはハーマイオニーに諭すようにやさしく、一般的な屋敷妖精の価値観について語ってくれた。
「…ならば、まずは解雇や虐待についてガイドラインを考えていくほうがいいかしら…」
ハーマイオニーがそう言った頃には、私達は中段のスコーンを食べ終わり、上段のケーキに取り掛かっていた。
「はい、うわさに聞くように、お給金や休暇を望むような恥さらし…もとい、変わり者が我々の種族から出る事も無いとは申し上げませんが、原則的には私どもは生涯、無償無休の労働をする事を望まれます。
もし、お嬢様が本気で私どもの幸せを考えてくださるのでしたら、まずは同胞たちの主君たる魔法使い様によき主人として振舞って頂く事をお勧め頂けると嬉しく思われます」
「…ちなみに、ディークはマルフォイ家に仕えていたドビーについてどう思うか聞いていいかしら?」
「…以前の彼の境遇には同情なさいます。伝え聞く限り、彼の前の主君は『使えるに値しない主君』でございました…それで精神を病んでしまったと私めはお考えになられます」
「その…精神を病んだというのは、給金と休暇付の仕事を求めている事について…?」
「ええ…彼も良き主人に仕えていたならばあのようになってしまわれる事はなかったと私めはお考えになられます」
それを聞いて、私はマゾヒズム、という言葉を思い出した。ディークを始め、一般的な屋敷妖精たちからは、ドビーはきっと苦痛のあまり、マゾヒストになってしまった様に見えているのではないか、と。
「えっと、それじゃあ、クラウチさんに使えていたウィンキーについてはどう思う?」
「彼女については…わたくしのご存知な限り、あまり同情の余地はないかと…」
「どうして!?」
ハーマイオニーが声を荒げた。
「彼女がなさったことは私どもの価値観では褒められたものではございません。アイリス・エヴァンズ様の杖を拾得してしまったと認識された事については不幸な事であったとは思われますが、主人たる方がテントにいる様にと命じられたのであれば、ご主人さまのテントを守るべきでした。もし、彼女が攻撃されたとしても、ご主人さまのテントを守るという大義名分があれば悪い魔法使い達と戦う事は許される範疇でございます」
言葉を返せないでいるハーマイオニーにディークは続けた。
「もし、彼女に対して同情する余地が生まれるとすれば…何かしらのそうせざるを得ないご主人様の秘密がある場合ですが、そうであればウィンキーの忠誠の義務を解く事はクラウチ様にとって適切ではございませんので考え辛くおもわれます」
ディークはそう、きっぱりと告げた。
その後、心を折られた様子のハーマイオニーを気遣いながら、アフタヌーン・ティーを最後まで済ませた私達は屋敷妖精たちに礼を言って厨房を後にした。
また、話を聞きに来ても良いかという私の問いにディークは笑顔でもちろんです、と答えてくれた。
「ほら、ハーマイオニー、わかっただろ?しもべ妖精達はああいう風に働くのが本人たちの為なんだって」
「そうかもしれないわね…」
ハーマイオニーは静かに答えた。
「でも、できる事はするわ。そしてそれに続いて給金や休暇を望む屋敷妖精の為のガイドラインも作るわ」
ハーマイオニーの心は折れてはいた…多分。だが、もう復活している様子だった。
「…正気かい?給金や休暇を望むしもべ妖精だなんて、精神疾患の類と同列扱いされていたじゃないか」
「それでも!あのウィンキーに対する扱いが正当だった、だなんて私は認めない、認めたくない!」
「まあ、基本的な態度についてはお互いに当たり前と思っている水準があるから、難しいわね。
まずは彼らの適切な労働環境や扱いについて考えて行きましょう、ね?一足飛びに何もかもを変えるのは難しいわ」
そんな感じで憮然とするハーマイオニーを私達はなだめながら寮に戻った。