怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

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 法の極みは、不法の極みである。


『懈怠』

 白銀の月明かりの下、そこには二つの影があった。

 一つは男のものであった。男は大きな外套をその身にまとっており、また頭部からは巨大な二本の角を生やしている。もう一つは女のものであった。こちらは男とは違い、非常に露出の多いかっこうである。ただ、頭部から二本の角が生えているのは男とまったく同じであった。

 外見から察せられるように、この二人は両者ともに人間ではない。彼らの正体は魔族と呼称される生物、いわば人類の敵対者である。

 

「それで」

 

 やがて、女の方が口を開いた。

 

「どうしてわざわざ私をここに呼びつけた訳? 魔王様の腹心、全知のシュラハト。あなたと違って私はとても忙しいの。貴重な時間を無駄に消費させないでほしいわねえ」

 

 女は実に気怠げな様子でそう言った。

 彼女の口からいきなり飛び出てきた皮肉の言葉、しかしシュラハトと呼ばれた男はそれにまったく動じなかった。ぴくりとも眉根を動かすことなく、彼は彼女にこう告げる。

 

「私がお前をここへ呼び出したのは、お前に協力を要請するためだ、アウラ」

「協力? 私に?」

「ああ、そうだ。南の勇者を討つために、お前の力を貸してほしい」

「はあ……」

 

 アウラ――そう呼ばれた女は、シュラハトのその言葉に大きなため息をついた。

 

「いやよ。なんで私がそんなことに巻きこまれなくちゃいけないの? ばかばかしい」

「これは魔王様からの勅命だぞ」

「あー、私、昔からあいつのこと嫌いなのよね。いきなりやってきて、勝手に人を七崩賢の一員にしたりするし。デリカシーってものがないのよ」

「魔族の存亡をかけた戦いでもある」

「返事は変わらないわ。私はそんなくだらない遊びに付き合う気なんてない。面倒だもの」

「……お前のその気質は相変わらずだな。なるほど、人間たちがお前に対して()()の名をつけたのも納得がいく」

 

 魔族の中でも特に強大な力をもつ者は、畏怖の念より人々からなにかしらの異名がつけられる場合がある。彼女もその例に漏れなかった。七崩賢のアウラ、またの名を懈怠のアウラ。人類の敵対者たる魔族でありながら、人類と一切関わろうとしない。ただただ日々を怠惰に過ごすだけ。魔族の中でも、極めて変わり者な存在。

 今この瞬間、彼女はその性質を遺憾なく発揮していた。

 しかしながら、シュラハトからすればそのような返答は到底認められない。きたる人間たちとの戦争において彼女の力は必要不可欠なのだ。

 

「とはいえ、魔王様の命令に従わないのなら、私はお前を殺さなければならない」

「あら、随分と物騒な物言いだこと。でも、果たしてあなたにそれができるのかしら?」

「いや、正直なところ、私一人でお前を相手にするのは厳しい。元々の相性があまりよくないこともあって時間がかかりすぎてしまう」

「……ふうん。だからお仲間を連れてきたって訳ね」

 

 会話の最中、どうやらアウラはこの場にいない者の存在を悟ったらしい。目を細めてシュラハトの後方を見やる。

 

「気づいていたか」

「私の前で()()()()()よ。知っているでしょう? この感じ、おそらくマハトとグラオザームね。グラオザームはともかく、よりによってマハトを連れてくるなんて……。なにがなんでも私を戦争に参加させたいみたいねえ……」

「理解できたか? 七崩賢の中でも圧倒的な手数をもつお前だが、私たち三人が相手ではさすがに勝てない。特に、マハトには絶対にな」

「……一応言っておくけど、あるにはあるわよ? あなたたちを返り討ちにする方法」

「知っている。だが、()()()()はとてつもなく強力な代わりに相応のリスクがあるものだ。よほど危機に瀕した状況でない限り、お前はそれを絶対に使わない。さらに言えば、お前がそれを使う羽目になるのは()()()()()。まだ当分先のことだ」

 

 全知のシュラハト、彼のその二つ名は決して伊達ではない。未来を見通すという破格の魔法をもつ彼相手に逆らえる者はほぼいないのだから。彼が行動を起こした時点で、アウラの運命はすでに定まっていた。

 

「すてきな助言をどうも。……結局、すべてあなたの思い通りってことね、シュラハト。分かったわ、その南の勇者とやらの討伐に私も協力してあげる。ただし条件があるわ」

「なんだ?」

「私を前線に出さないこと、これを確約してちょうだい。実際に戦うのは私の軍勢だけよ。指揮はとるつもりだけど、私自身は直接戦いたくないわ」

「問題ない。元より個としてのお前は重視していないからな。それはマハトの役目だ」

「その言い方、なんか私がマハトより劣っているみたいで腹立つわね……」

「各々には各々の役割があるというだけだ。お前はただ自分の役割を果たすことのみに集中すればいい。では、また戦場で会おう」

 

 その言葉を最後にシュラハトは姿を消した。それと同時に、彼女が感じていたはずの二つの気配も消失する。

 

「はあ、本当に面倒ね……」

 

 一人その場に残されたアウラは、そうぽつりと口にする。

 これから自分は戦場へと赴き、そこで軍勢を動かさなければならない。それだけでも面倒極まりないというのに、シュラハトが言うには将来自身の身に危機的状況が訪れるらしいのだ。未来を見通す彼がそう断言したということは、つまりそれはもう確定事項なのだろう。その事実が嫌でたまらない。なぜ自分がそんな目に遭わなければならないのか。

 

「まあ、それに関しては今考えても仕方ないわね。とりあえずは私も帰りましょうか。これから忙しくなる分、今のうちにできるだけ休んでおかないと……」

 

 小考の末、彼女は最終的にそう結論づけたのだった。

 なるようになるとは怠惰な彼女らしい考えだが、実はそこには彼女の魔族らしいおごりも密かに表れている。切り札を出しかねないほどの危機? はん、それがどうしたというの。きっと私ならなんとか対処できるわよ。だって私は――

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 

 

 

 

「あ、そういえば軍勢はどれくらい必要なのかしら? 肝心の数を聞くのを忘れていたわ……」

 

 彼女の名はアウラ。七崩賢()()、懈怠のアウラ。

 あの黄金郷のマハトと同格とされる彼女がその真の実力を発揮するまで、後――。




 こんなのもうアウラじゃないじゃない。
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