怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

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『談義』

 この世には竜という生物がいる。翼の生えた巨大な体に、多少の攻撃なら受けてもびくともしない硬い肌、そのうえ口から火を吐くこともできる彼らは、まさに生物の中でも屈指の強さを誇る存在である。彼らと戦って生存することができるのはごく一部の限られた者だけであろう。

 そう、ごく一部の、本当に限られた者だけ。つまるところ、いわばこれは彼にとって不幸な事故のようなものであった。

 

「グウ……?」

 

 彼、その一匹の竜がまず最初に感じたのは、己の体の異変だった。唐突に思うように動かせなくなってしまったのだ。いや、一応動かせはするのだが、やはり円滑ではない。なんだろう、まるで体全体をなにかで封じこめられたかのような――

 

「――グガア!」

 

 続いて感じたのは、激しい痛み。それも眼球への。

 ほとんどの攻撃に対して耐性をもつ竜だが、実はそんな彼らにも弱点はある。それが眼球への攻撃である。ここだけは他の生物同様やわらかく、どんな攻撃だろうと通ってしまうのだ。

 動きを封じられ、視界を潰され、ここまでくればさすがに彼も気づく。今、自分は何者かから攻撃を受けていると。なめられたものだ。誇り高き竜たる我に喧嘩を売ってくるとは。ただちに殺して骨ごと食らってくれようぞ。

 彼は暴れだした。口から燃え盛る火炎をまき散らし、封じられた体を無理やり力任せに動かす。そのおかげで大量の木が倒れ、大地にはいくつもの深い亀裂が走ったが、しかし彼は暴れることをやめなかった。敵を倒せた感触がなかったためだ。

 

「ガルルルル――ッ!? ゴッ、ガッ……!」

 

 そのまま縦横無尽に暴れ続ける彼に、またしても激しい痛みが襲いかかってくる。今度は眼球ではなく、頭からのものだった。誰かが彼の脳天を攻撃したのだ。それも彼の物理的耐性を無視するほどのすさまじい威力をもって。

 あまりの痛さに彼は地面へ倒れこんでしまった。朦朧とする意識の中、それでも自身は竜であるというプライドからなんとか立ち上がろうとしたものの、無情にもそこに二撃目が加えられる。二度目のそれは頭骨を砕き、完全に彼の意識を奪った。そして、とどめの三撃目。こうしてその竜は死んだのだった。

 

「お待たせいたしました、アウラ様。掃除が完了しました」

 

 生物界のヒエラルキーでも上位に位置する存在を容易に殺して見せた人物たち、ドラート、リーニエ、そしてリュグナーは、忠誠を誓う自らの主とその友人を前にひざまずく。

 

「……そ。お疲れ」

「すばらしい手際ね。実に鮮やかだったわ」

 

 それに対して、いつにもまして気怠げなアウラは簡素な言葉で返し、ソリテールはさも感心した様子で三人を労った。

 さて、ところでなぜ一同はこのような辺鄙な場所にいるのか。それを説明するには少しばかり時間をさかのぼる必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前、ソリテールはアウラから住居にまつわることで相談を受けていた。

 元々彼女はこの古城から住居を移すつもりだった。結局のところは失敗に終わってしまったが、彼女がグラナト領を落とした理由の一つがそれである。

 

「ほどよい広さがあって、ある程度充実した設備が残っていて、そしてできれば人間が近寄ってこない……。なるほど、この三つの条件を満たせばいいのね?」

「ええ……」

 

 目を閉じて考え込むソリテールに対し、アウラはちょっと申し訳なさそうな表情だ。

 自分でも随分と都合のいいことを言っているという自覚はあった。三つだけといっても、それらすべてが満たされている場所を見つけるのはそう容易ではない。今住んでいるこの古城だって長い苦労の末にようやく発見したものである。

 

「まあ、さすがにないわよね……。ごめんなさい、無茶を言ったわ――」

「あるわよ」

「あるの!?」

 

 驚きのあまり椅子から身を乗り出すアウラ。ソリテールのその発言はそれだけでも驚愕に値するものだったが、続いて彼女が発した言葉はアウラをさらに驚かせることとなる。

 いったいそれはどこにあるのかと尋ねるアウラに、彼女はにんまりと笑みを浮かべながらこのように言ったのだった――()()()()、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まったくもって盲点だったわ。たき火のそばで体を温めつつ、アウラはそう思った。

 ソリテールが提案した魔王城はまさしく理想にぴったりの場所であった。確かにあそこなら十分な広さと設備があるし、それになによりかつて魔王が住んでいたということから、おそらく人間は誰一人として近づこうとしないだろう。

 とはいえ、唯一の難点を挙げるとするならば――

 

(肝心のその魔王城が大陸北部のエンデにある、ってところね。……いや、いくらなんでも遠すぎでしょ。あいつ、なんであんなところに城なんて建てたのよ?)

 

 遠い。ただただ遠いのだ。空を飛ぶことができる魔族であってもそれなりに日数がかかる場所にある。ましてや今のアウラは自身の〈公正な法を布く魔法〉の影響で魔法が一切使用できない状態にあった。

 

(はあ……疲れた……。こんなことなら誰かに頼んで空を運んでもらえば――は浅慮よね。戦闘になった際のリスクが大きすぎるし、なによりあの化け物エルフがあれからなんの対策も講じていないはずがない。やっぱり再び魔法が使えるようになるまでは徒歩で我慢するしかないか……)

 

 アウラはぼうっと眼前の火を眺める。彼女の隣ではソリテールが座っており、なにやら熱心な様子で古びた書物に目を通している。そこからまた少し離れた場所では、リュグナーらが体内の魔力量を増やす鍛錬を行っていた。

 

(なんだか退屈ね……。本当ならひと眠りしたいところだけど、ここだと体を痛めそうだし、普段おしゃべりなはずのソリテールは、こんな時に限ってなにも話しかけてこないし……)

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

 配下たちに向けて声をかければ、すぐに彼らは鍛錬を中断して彼女のそばへやってきた。

 

「お呼びでしょうか? アウラ様」

「ああ、別にそんなかしこまる必要はないわ。暇つぶしにあなたたちにちょっと話し相手になってほしかったの」

「話し相手、ですか。もちろん構いませんが、いったいなんの話を?」

「そうね……。あなたたちの魔法について、なんてどうかしら?」

 

 三人はそろって首をかしげる。彼女が提示したテーマがいまいちぴんとこなかったからだ。

 

「今、私は一切の魔法が使えない状態にあるわ。だから万が一私の身に危機が迫ろうものなら、あなたたちが盾にならなければならない。……ここまでは理解できるわね? でも、はっきり言ってあなたたちは弱い。命を預ける身としてはそれだと困るのよ。もしかしたら今後もこういったことが起こりうるかもしれないし」

「……。それは、つまり――」

「さしつかえなければ先達の私があなたたちに道を示してあげる、という意味よ」

 

 アウラは七崩賢である。魔族の中でも極めて卓越した魔法の技術をもっており、その腕前は頂点に近い。そんな彼女から直接の指導を受ければ、きっと誰もが大成するだろう。

 しかしながら、ほとんどの魔族にとって魔法とは自分自身の手で研究し、昇華していくものだ。十年後、あるいは百年後の未来のために、長い年月をかけて少しづつ積み重ねていく。種族特有の生まれもった性とでも呼ぶべきか。ゆえに魔族の世界では、他人が使用する魔法に触れない、という暗黙の了解が存在する。他人の魔法に口を出すということは、それすなわち他人の人生そのものにけちをつけることと同義なのだ。

 本来なら彼女の発言はタブーである。けれども、そこには一つの道理もあった。

 そもそもリュグナーらに彼女を守れるほどの力があればなにも問題はなかったのだ。だが直近の出来事から、彼らにそういったことを期待するのは難しいと彼女は悟ってしまった。彼らは格下相手ならともかく、フリーレンやゼーリエといった強敵には時間を稼ぐことすらままならない。

 相手が悪い、というのは言い訳でしかない。この世界において弱肉強食は真理、強い者が生存を許され、弱い者はみじめに死ぬしかないのだから。

 

「ま、いやなら適当に聞き流してくれればいいわよ。さっきも言ったけど、私は単に暇をつぶしたいだけだから」

 

 激しい葛藤の末、最終的に彼らはその一言でこくりと頷いたのだった。

 

「……分かりました。話を耳にするだけなら」

「なら、早速始めましょうか。愉快で建設的な魔法の談義を、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはあなたからよ、ドラート」

 

 アウラの猫のような目が配下の一人に向けられる。

 

「あ、は、はい!」

「あなたはいい加減、固有の魔法を開発するべきね。これから先もずっとその糸を駆使して戦っていくつもり?」

「あー、そうですね……。自分でもそろそろ考えなきゃなとは思っているんですけど、なかなか納得のいくものが思いつかなくて……」

 

 ドラートは戦闘の際、魔法で生成した糸を用いる。

 けれども、これは魔族的には魔法とは言いがたい。なぜならこの魔法は魔族なら誰もが生まれた瞬間から使えるからだ。空を飛ぶ魔法と同じ、できて当然のものである。

 

「気持ちは分かるけれど、その調子じゃあいつまで経っても強くなれないわ。どうしても魔法が思いつかないというのなら、いっそ発想を変えてみたら?」

「……どういう意味です?」

「新しい魔法を開発するんじゃなくて、そのまま既存の魔法を極めろってこと」

 

 つまり、彼女はこう言っているのだ。その糸を生成する魔法を己のものにしてしまえ、と。

 

「え、でも、それってちょっとどうなんですかね……」

「なによ、まさか自身のプライドが許さないとでも? 言っとくけど、私が知る限りでこの魔法を極めようとした魔族は一人としていないわ。一人としてね」

「……」

「確かにこの魔法は単純ね。単純で、とてもつまらないわ。でも、魔法自体はそう悪いものではない。相手を拘束したり、切断したり……ああ、罠を仕掛けたりすることもできるわね。汎用性ならトップクラスよ。おまけに単純だから鍛えるのもそこまで難しくないし……。変ね、どうしてこれまで誰からも見向きもされなかったのかしら? 私には不思議でならないわ」

 

 あなたに伝えたいことは以上よ。そう言うと彼女は彼との会話を打ちきってしまった。

 

「リーニエ、次はあなたね」

「……はい」

 

 その呼びかけを受けて、リーニエはぐっと身を固くする。今しがた同僚が痛烈に批判されたばかりだ。自分はいったいどんなことを指摘されるのだろうか。

 だが、アウラの口から出た第一声は意外なものだった。

 

「あなたの魔法については特になにも言うことはないわ。確か〈模倣する魔法(エアファーゼン)〉といったわね? とてもユニークな魔法だと思うわ」

「え? えっと、ありがとうございます?」

「まあ、おそらく世の中にはこれと似たようなものも存在するでしょうけど、そこは気にしなくていいわね。希少性はなくとも、この魔法はあなたの魔力を読み取ることが得意という長所がしっかりと反映されている。ただ一つ問題なのは――」

 

 あなたがこれをまったく使いこなせていない、という点ね。

 

「……。え――」

「リーニエ、あなたはいつも戦士アイゼンのまねをして斧をぶんぶんと振り回しているわよね? それはどうして?」

「そ、それは……私が知る中で、彼の技が最も強力だから……」

「そう。なら質問を変えるわ。あなたが目指す先は戦士アイゼンということでいいの? 最終的に彼そのものになりたい訳?」

「い、いえ、そんなことは!」

「そうよね、違うわよね。だってそれなら〈模倣する魔法〉じゃなくて〈戦士アイゼンを模倣する魔法〉になっているはずだもの。単にあなたは彼が使う技に対して感銘を受けただけ。……もう一度同じことを聞くわよ。どうしてあなたはいつも戦士アイゼンのまねを――本物には遠く及ばない稚拙な技を使っているの?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、リーニエの頭に血がのぼった。かろうじて刃を向けることこそなかったものの、思わずくってかかってしまう。

 一方で、彼女の主はどこまでも冷静であった。

 

「っ、私の魔法を――」

「侮辱するな、って? それともばかにするな、かしら? まったくもう、いやなら適当に聞き流せばいいって事前に言ったでしょうが……。ともかく、その様子だと自分でも心当たりがあるみたいね。〈模倣する魔法〉で再現した動きは本物よりもはるかに劣る、これはまぎれもない事実よ。昼間の竜、きっと本物のアイゼンなら一撃だったでしょうし、なにより私は直接この目で彼の技を見たことがある。間違いなくあなたのよりもすごかったと断言できるわ」

「ぐっ……」

「それでもなお彼のまねを続けるっていうのなら好きにすればいい。このまま続けていれば、もしかしたらそのうち本物と遜色ない動きができるようになるかもね。……けど、それってどうなの? あなたって別にアイゼンになりたい訳じゃないんでしょう?」

 

 アウラ曰く、リーニエは方向性を見失っているらしい。

 

「〈模倣する魔法〉の本質についてよく考えることね。このままだと宝の持ち腐れよ」

 

 さて、最後はあなたね。そう言って彼女は残されていた人物に目を向けた。

 

「リュグナー」

「すでに覚悟はできております」

「あー、身構えているところ悪いけど、正直あなたに関して私から言えることは少ないわ。〈血を操る魔法(バルテーリエ)〉、だったわね? 個人的にはなかなか悪くない魔法だと思う。生存に特化しているだけでなく、攻守においても優れているのはすなおに評価できるポイントね。かつてフリーレンから逃げきることができたのも納得だわ。多少の運の助けもあったかもしれないけど。ただ……」

「……ただ?」

「欲を言うなら、もう少し威力がほしいわね。あなたのそれは決定打に欠けるわ」

「決定打、ですか……。そうですね、私も一時期考えをめぐらせたことはあります。しかしながら魔法の性質上、これ以上攻撃方面に伸ばすのは難しく……」

「やっぱりそうよね、血液の量には限りがあるもの……。うーん、なにかいい感じの案はないかしら……。ちなみにあなたはどう思う? ソリテール」

 

 突然身内同士の話し合いに巻き込まれ、さしもの彼女も困惑を隠せなかった。とはいえ、会話の内容をまったく聞いていなかったという訳ではない。隣にいればいやでも耳に入ってくる。仕方がないなあ、と苦笑いを浮かべながら彼女も会話に参加した。

 

「ええと、そうね……。リュグナー、君が操れるのは自身の血液だけってことでいいのかしら? 他者のものは不可能って認識で構わない?」

「はい、その通りです」

「それなら、自身の血液を他者に混入させることはできる? あるいは実際にそれをやってみたことはある?」

「混入させることは可能だと思います、実際にやったことはありませんが……。あの、ソリテール様、その問いかけにはいったいどういった意図が……」

「君たちは知らないだろうけど、実は人間の血液には相性というものが存在するの。これがかなり重要でね、輸血の際に誤って相性の悪い血を注入してしまうとひどい病気になったり、場合によっては死んでしまったりする。他にもマラリアやデング熱といった蚊が媒介する感染症なんかもあったりして……まあ、要は人間の血液って私たちが想像する以上にデリケートなものなのよ」

「……なるほど。あなたのおっしゃりたいことが分かりました」

 

 魔族の血が人の血に混ざればどうなるのか。試したことはないが、おそらくそれは文字通りの必殺技となるだろう。なにせ魔族という存在は人類にとって害そのものなのだから。

 

「話はまとまったわね? ふう、談義はこれにておしまいよ。夜も明けてきたことだし、そろそろ出発するとしましょうか」

 

 ぱんぱんと砂を払うとアウラは立ち上がった。彼女以外の者もみなその場から腰を上げる。

 

「忘れないでちょうだい。今語ったのは、あくまでも私の考えに過ぎないわ。これを聞いてどうするのかは、結局のところあなたたち次第よ」

 

 こうして彼らの魔法の談義は終わりを迎えたのだった。

 彼女の気まぐれから行われたこの出来事は、ドラート、リーニエ、そしてリュグナーの胸に深く刻まれることとなり、結果的に三人が著しく成長するきっかけとなる――。

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