怠惰主義のユースティティア 作:亜宇羅、慈涯死露
「そろそろお別れね」
ソリテールがそう言い出したのは、一行がちょうど北部高原にたどり着いた頃であった。
「短い間だったけど、お世話になったわ」
「お別れって……。こんな辺鄙なところで? 一緒に魔王城まで来てくれるんじゃなかったの?」
「ふふっ、もしかして私と離れたくない? ……まあ、真面目に話すと、実はちょっとこの場所で用事があるんだ」
「それってなんの用事――かは聞かないでおくわ。どうせ私に話すつもりはないんでしょうし」
もう行くのかとアウラが問えば、彼女はこくりと頷く。その表情はいつもと違って真剣だ。
「じゃ、さっさと行きなさい。せいぜいがんばることね」
「ええ。……あ、そうだ。最後に一つだけ君に聞いてもいい?」
「別にいいけど、なによ?」
「アウラは、私たち魔族が人類と共存できると思う?」
「……はあ? なんでわざわざそんなくだらないことを……。愚問だわ」
「お願い。今ここで君の考えを、改めて私に聞かせてほしいの」
こうも真摯に迫られては拒否しづらい。やれやれとため息をつきながら、アウラはソリテールの質問にこう返すのだった。
「共存って、要は互いに手をつなぎあって仲よくしましょう、ってことよね? そんなの不可能に決まってるでしょう。姿形こそ似ていても、私たちは根本的な部分で別物なのよ? それは繁殖と自然発生という違いに如実に表れているし、なにより
さて、ここまで色々話した訳だけど、でも、私が人類と共存できないと考える一番の理由は――
「あなたの存在よ、ソリテール」
「……私? どういう意味?」
「どういうって、そのままの意味よ。
「――」
アウラのその言葉は、ソリテールの心を激しく揺さぶった。
魔族と人類は共存できない、それは至極当然のことだ。ただ、魔族の中でもとびぬけて強大な力をもつアウラがここまで言い切ったことに、非常に大きな意味がある。
ああ、この子ならきっと大丈夫。間違ってもあの二人のようにはならない。未来永劫、
(……あの時のシュラハトの言葉の意味が、今ようやく分かったわ。私はその一助になれたのね。とっても嬉しい、こんな気持ちは生まれて初めてだ)
しかし、だからこそより強く思う。
自分はなんとしてでも、あの黄金郷のマハトを殺さなければならないと。
「だから、その、なんというか……。ねえ、大丈夫? なんかちょっと顔が変よ?」
「……問題ないわ。もう結構よ。ありがとう、君の考えを聞かせてくれて」
別れのあいさつもそこそこに、ソリテールはこの場を去ろうとする。
「ねえ、アウラ」
去ろうとして、一度くるりと振り返った。
「君さえよければ、また二百年後にでも会わない?」
「はいはい、二百年後ね。ま、一応覚えておくわ、一応ね」
■
(――なんてことを言ったのにね……。ああ、無様、この上なく無様だ……)
マハトを殺すためにヴァイゼへ向かい、だが対面してそれはかなわないと悟り、彼の空虚な夢に協力することを決め、そして――。
(油断した結果、今こうして死にかかっている)
まさに道化だ。滑稽極まりない。自嘲せずにはいられなかった。
「命乞いをするんじゃなかったの?」
葬送の異名をもつエルフが杖を突きつけながらそう言う。
「命乞い、命乞いか……。ふふっ、してほしかったの……?」
ソリテールは笑った。それは本心からの言葉だった。今さら命乞いをしたところで、いったいなにになるというのか。どうせ私を許すつもりなんてないくせに。
ところが、フリーレンはそれを挑発だと捉えたようであった。杖に魔力が収束していく。彼女はソリテールの息の根を完全に止めようとしている。
(魔族って死んだらどうなるのかしら? ……魂が消失するんだっけ? これって誰から聞いたんだろう? ああ、駄目だ。まったく思考がまとまらない……)
瀕死にも関わらず、ソリテールの脳内に次から次へと記憶があふれ出す。
覚えのある記憶、覚えのない記憶、覚えはあるが思い出したくはなかった記憶。これがいわゆる走馬灯というものなのか。おぼろげな意識の中、彼女は膨大な記憶の海を漂って、漂って、漂い続けて――ついにとあるシルエットへとたどり着く。それは自身がこれまでの人生で最も長い時間を共有した友人の姿だった。
「待って、フリーレン。殺す前に、一つだけお願いがあるの」
生気がなかったはずのソリテールの目に突如として光が戻った。
フリーレンは警戒を強める。死にかけとはいえ、相手は無名の大魔族。なにか企んでいてもおかしくない。しかし、その心配は杞憂に終わった。
「私の友だちに、アウラに伝えてほしいの。私の最期の言葉を」
「……アウラ? あいつの居場所を知ってるの?」
「ええ、知ってるわ。確か君たちは北へ向かって旅をしているのよね? それなら、きっといつか必ず会えるはず。……私からあの子に伝えてほしいのは一言だけ。君ともっとお話がしたかった、それだけよ」
次の瞬間、ソリテールの体は塵になった。
しっかり彼女の体が消えたことを確認した後、フリーレンはその場を立ち去る。現場には激しい戦いの跡だけが残されたのだった。