怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

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『佳境』

「相変わらずさびれた場所ね、ここは」

 

 はあ、と息を吐けば、それはすぐさま空中で凍りつく。外套を着ていてもはっきりと感じるほどの寒さに、アウラは思わず身を震わせた。

 現在、彼女がいるのは大陸北部のエンデでもさらに北の方、通称魂の眠る地、一部の人間の間で信じられている天国というものが存在するはずの場所である。

 しかしながら、辺り一帯にはなにもない。生物もいなければ、植物すら生えていない。ぽつりと一つの石碑が建っていることを除けば、そこにはただ雪が降り積もっているだけだった。

 だが、その石碑こそが天国の存在を証明する鍵であることを、アウラは知っている。

 

(あれって何年前のことだったかしら? 当時は私も未熟だったわ……)

 

 それはただの石碑ではない。一見なんの変哲もないように見えるが、よく見ればそこには莫大な魔力が内包されていることが分かる。

 その正体は女神の石碑。人類はおろか、魔法に長けた魔族ですら解読できない代物。世界に現存する十あるうちの一つ。彼女も昔一度だけ解読を試みたが、たいした成果は得られなかった。

 

「ふう……。とりあえず、さっさと作業に取りかかるとしましょうか」

 

 一息ついた後、アウラは石碑に手を触れた。

 怠い、寒い、眠い、城に帰って休みたい。そんな思いを振り切ってまで彼女が単身再びこの場所を訪れたのは、別れ際にソリテールからこのように言われたためである。

 

『アウラ、魔王城に着いたら、そのまま魂の眠る地へ向かいなさい。そして、そこにある女神の石碑を調べるの。多分、今の君なら解読できると思うわ。それによって得られた知見は、きっと君の大きな助けとなる』

 

(――とは言われてもね。やっぱり無理よ、これ。解析がまったく進まないどころか、進みそうな気配さえしないわ)

 

 まだ作業は始まったばかり。が、すでにアウラは諦めの感情を抱いていた。

 

(なんだろう、解析の魔法がなにかにせき止められてる? 解読しようにも、解読そのものを拒まれてるって感じ? こんなのどうしようもない……)

 

 一応ある程度の期間は粘るつもりでいるが、この調子だと徒労に終わりそうだ。

 

(まずはこのよく分からない壁だか結界だかをどうにかしないと。……はあ、女神とかいうやつも性格が悪いわねえ。簡単に解読されるのがそんなに悔しいのかしら? まったく、こんな複雑な魔法の理論を見るのは人生で初めて――)

 

 その時、ふとアウラの脳内にとある考えが浮かび上がった。

 違う。初めてではない。自分は過去に、これと似た理論を見たことがある。

 およそ千年前から現代に至るまで残り続け、物理的な力で強引に破るか搦め手を使う以外ない、正攻法で突破するのは不可能だと彼女に判断させた魔法、それは――

 

「っ、()()()使()()()()()()()()()()()!」

 

 間違いない。これはそれとまったく同じものだ。

 

(二つが偶然かぶったとは考えにくい。おそらくは彼女の方がこれを参考にしたんでしょう。道理で千年も残る訳だわ。模倣とはいえ女神の魔法を再現するなんて、まさに天才。人間なんかに生まれちゃったのが残念ね。……いずれにせよ、これでかなり進展した。後はこの解析が終わるまでどれくらい時間がかかるのかってところだけど……)

 

 彼女が念じれば、壁はあっさりと崩壊する。次の瞬間、大量の情報が押し寄せてきた。難関を突破して油断した者を陥れるための罠、しかしアウラには通じない。

 なぜならそれはすべて魂にまつわるものであったからだ。こと魂という分野において、彼女の右に出る者はいない。

 

「なんだ、全然たいしたことないじゃない。これなら三か月もあれば十分ね」

 

 問題はすべて解消された。後はただひたすら解読に集中するだけ。

 

「さあ、いよいよ真理が明かされる時よ。魂の眠る地とはいったいなんなのか、どこにあるのか、なぜ人間の魂がそこへ行くのか……。そのすべてを私によこしなさい!」

 

 女神の叡智を目前に、さしものアウラも冷静さを失う。

 彼女は興奮した様子で解析の作業を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 そして、ついに神の領域へ足を踏み入れる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、エンデ……。私たちの旅の目的地……」

「……本当に到着したんだな。なんかいまいち実感が湧かねえけど」

「ま、そんなもんさ。年をくえば誰でもそうなる。ほら、フリーレンの顔を見てみろよ。いつもとまったく変わってねえ。多分こいつが一番なんとも思ってねえぞ」

「年はともかく、まあ、私にとってここを訪れるのは二回目だからね。……でも、別になにも考えてない訳じゃないよ」

 

 そこでいったん言葉を切ると、その人物は、フリーレンはこれまでともに旅をしてきた仲間たちの顔を順番に見て、それから柔らかい笑みを浮かべる。

 フェルンと旅を始め、途中でシュタルクと出会い、目的を果たしたザインと再び合流し、そして旅の終点であるエンデにたどり着いた。ここまで本当にたくさんの出来事があった。強大な魔物や魔族との激しい戦い、時には人間同士の争いに巻き込まれることも。何度死の危機に直面しただろうか。けれども、その度に全員で力を合わせて乗り越えてきた。

 

「――みんなと一緒に旅ができてよかった」

 

 気づけば十年の月日が流れていた。それは奇しくもかつて彼女がヒンメルたちと旅をした期間と同じであった。

 

「うわあ……。フリーレン様、今のはさすがにないですよ……」

「露骨すぎる……。もっと他になかったのか?」

「あれ? なんで私怒られてるの? 普通ここって感動する場面でしょ?」

「はあ……。そんな訳あるか、しょうもないフラグ立てやがって。まだやっかいなのが一つ残ってるんだろう?」

 

 そう言ってザインは前方を指差す。

 彼が示した先、そこには不気味な雰囲気をまとう巨大な城が建っている。

 

「……そうだね。ザインの言う通りだ。このまままっすぐ魂の眠る地へ向かいたいところだけど、その前にやらなくちゃいけないことがある」

 

 ぐっと身を引き締めるフリーレン。もう一度三人の顔を見つめた後、彼女は真剣な面持ちでこう告げるのだった。

 

「最後の七崩賢、懈怠のアウラを討伐する」




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