怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

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『脅威』

(まずい――)

 

 その姿を視界に入れた時、まず感じたのは強烈な危機感だった。

 

()()()()()()()()

 

 確かにアウラには元からそれらしいものがあった。彼女が放つプレッシャーは並大抵ではなく、対峙する相手の精神を著しく消耗させる。だが、あくまでもそれは強大な魔族なら誰もがもつ圧に過ぎず、特に珍しいものでもない。

 しかし、今の彼女はどうか。この十年足らずの間に何があったのか、その圧倒的な風格はもはや一魔族の範疇に収まらない。あの黄金郷のマハトですらここまでではなかった。これと似たような体験を味わったのは、後にも先にも一度だけである。

 

「あら、今度は随分と早い再会になったわね、フリーレン。それで――私を殺す算段はついたのかしら?」

 

 だからこそ思う。自分はなんとしてでも、この目の前の怪物を倒さなければならないと。

 

「まあね。そっちこそ、かなり雰囲気が変わった。……まるで魔王みたいだ」

 

 アウラはまだ仕掛けてくる様子を見せない。適当に返事をしつつ、フリーレンはすばやく周囲を観察する。今のところは特に何も見当たらない。が、油断は一切できない。彼女の最大の武器と言えば、やはり一番に思い浮かぶのは大量の軍勢だ。ゼーリエによって壊滅させられたとはいえ、すでにその時からある程度の時間が経っている。さすがに前ほどの数ではないにせよ、それでもいくらか補充されているであろうことは十分に予想できた。

 

「はあ? 心外ね。私をあんなやつと同一視するなんて」

「あんなやつ……。マハトの時もそうだったけど、魔族って別に全員が魔王に対して忠誠心を抱いていた訳じゃないんだね」

「いないとは言わないけど、稀よ。大半が仕方なく従っていただけ。進んで働いていたのなんて、それこそシュラハトくらい――ちょっと待って。あなた、マハトと会ったことがあるの?」

「会ったどころか倒したよ。他の七崩賢たちも同様に。残るはもうお前だけだ」

「……へえ、そう。私だけ、と。なるほど、どうやら少しばかり認識を改める必要がありそうね。私たち魔族を屠り続けることでつけられし葬送の異名は伊達ではない、ということか」

 

 そう言うとアウラは頬杖をやめた。そしていつかのようにぱちんと指を鳴らせば、彼女が座っていた玉座の陰からぬっとなにかが出てくる。

 

「さあ、出番よ、あなたたち」

 

 ついに来たか。いつでも魔法を放つことができるよう杖を構えるフリーレン。しかし出現したそれらを見て、彼女は思わず呆然としてしまった。

 現れたのは、二つの首がある死体だった。

 いくつか理由は存在した。数が思っていたよりも少なかったから、死体に首がついたままだったから。とはいえ、それらだけならば彼女が完全に隙をさらすこともなかった。

 彼女が動きを止めた一番の要因は、その二つの死体を見た瞬間、無意識のうちにこのような言葉をこぼしたからであった。彼女自身も、自分がなぜそんなことを口走ったのか分からなかった。

 

 

 

 

 

「――ヒンメル、と、ハイター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この男、存外に厄介だ。フェルンはそう思った。

 探知魔法を使用すれば、辺りには魔力で生成された肉眼では見えないほどに細い糸が、まるで蜘蛛の巣のようにそこかしこに張り巡らされていることが分かる。下手に動けば、容易に体の一部をもっていかれるだろう。

 また、それだけではない。彼女が相対する魔族、ドラートのそばには計八体の銀の甲冑が。それらもすべて糸に繋がれており、彼によって操られている。

 

(なるほど、これが奇術たる所以ですか)

 

 魔法自体は至ってシンプル、しかしその汎用性は計りしれない。

 試しに糸の隙間から本体に向かって〈魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〉を撃ってみたものの、それは一体の甲冑が盾になることで阻まれてしまった。

 

(〈魔族を殺す魔法〉が通らない……。ただの甲冑ではありませんね。おそらくはなんらかの仕掛けが施されているはず)

 

「おいおい、そんなもんか? なら、今度はこっちからいくぜ」

 

 そう言って両手の指をくいっと動かすドラート、すると七体の甲冑がいっせいにフェルンへ襲いかかった。一体だけ手元に残しているのはいざという時のための備えか。

 迫りくる攻撃に対し、彼女はそれらを必要最低限の動きと防御魔法を用いてしのいでいく。とはいえ、やはり活動可能な領域が糸で制限されているのは厳しい。結果的にはなんとかしのぎ切ることができたが、代償として体のあちこちに傷を負ってしまった。

 

「結構やるなあ、お前。並の魔法使いなら、その首、とっくに落ちてるはずだ」

 

(……なかなか手強い相手です。ですが、()()()()()()()()()()()()()にも、ここで倒れる訳には参りません)

 

「いえ、私などまだまだ未熟ですよ。私の首が未だに落ちていないのは、単にあなたがその私よりも弱いからでしょう」

「はっ、下手な挑発だな! ……ま、好きにほざいてろよ。最後に死ぬのはお前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間内にやかましい金属音が響き渡る。そこではリーニエとシュタルク、その両者による激しい剣戟が行われていた。

 剣で切りかかるリーニエ、対するシュタルクはそれを斧で受け止める。

 何十合かの打ち合いの後、二人はつばぜり合う形となった。互いにぎりぎりと得物を押し合ったものの、その勝負はシュタルクに軍配が上がる。彼は力のままに相手の剣を吹き飛ばした。

 

「――おらあっ!」

 

 が、リーニエはすでにその時点で剣を手放していた。

 すぐさま距離を取り、空いた手元に自らの魔法で新たな武器を、弓と矢を生み出す。彼女はそれをシュタルクの胸めがけてただちに発射。しかし、それは彼に防がれてしまう――ことは実は織り込みずみで。次に彼女の手元に現れたのは鎖鎌だった。ひゅんひゅんと振り回し、分銅のついた方を投てき。ねらいは彼の体――ではなく斧。鎖を巻きつけ、そのまま武器を奪おうとする。

 

「ちっ……! しゃらくせえ!」

 

 だが、それもかなわなかった。感触から逆に自分の方が引っ張られると察したリーニエは鎖鎌を消す。それから小さく息を吐き出した。

 一時的な小康状態。シュタルクもまた同じように息を整える。こちらの意表をつくかのような攻撃の連続に、さしもの彼も少しではあるが疲労を感じていた。

 

(こいつ、戦い方が相当うまい)

 

 単純な力だけなら彼の方がはるかに勝っている。にも関わらず未だ決着がつかないのは、彼女のその豊富な手数に翻弄されているためであった。

 不定のリーニエ、その二つ名の通り、彼女には定まった型というものが存在しない。常に相手に読ませない動きをすることで、戦闘中でのイニシアチブを握り続ける。そして、敵を屠る。

 

(自分から武の極致に至ったと豪語していたが、それもあながち間違いじゃねえのかもな。人間にはこんな動き絶対できねえ。……だが、勝機はあるはずだ)

 

「はあ……。さっきから防戦一方でつまらないな。臆病風にでも吹かれた? それとも、あなたの実力はその程度? 戦士アイゼンの一番弟子が聞いて呆れる」

「随分と言ってくれるじゃねえか。なら、そろそろこっちからも攻めてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この男、なんて魔法を使いやがる……!)

 

 ザインは僧侶だ。それもただの僧侶ではなく、天性の才覚をもつ僧侶である。だからこそけがの治療の過程で気づくことができた。敵であるリュグナーが扱う魔法の悪辣さ、危険さに。

 

(常人ならやつの血液にほんの少しでも触れれば即死、僧侶でも早期の段階で治療しなければ間に合わない……。まったく、初見殺しにもほどがあんだろ……)

 

「ふっ、たいしたものだ。私の血に触れて平然としていられるとは、どうやらお前は僧侶の中でもかなりの実力者らしい」

 

 そう言うとリュグナーはさらに操る血液の量を増やした。

 先ほどとは比べ物にならない、おびただしい数の鎌がザインめがけて襲いかかる。

 

「きれいなお姉さん相手なら、その言葉にもすなおに喜べたんだがな」

 

 次々と迫ってくる凶刃に対し、彼は僧侶の戦闘用の魔法、女神の三槍を以て対抗する。

 

(さすがはあのアウラの右腕、といったところか。俺との相性の悪さを悟るやいなや物量で攻める方針に切り替えてきやがった。……こうなりゃ切り札を使うことも視野に入れとかねえと)

 

「ほう? 白兵戦もいける口か。実に面白い」

「俺は僧侶であると同時に冒険者でもある。一芸だけじゃ生きていけねえんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間違いであってほしかった、この直観は。

 しかし、現実はどこまでも残酷だった。

 

「まさかこんな形で再会を果たすことになるとはね……」

「……お久しぶりですね、フリーレン」

 

 ややあって二つの死体が口を開いた。風貌が違うのだから、当然声も異なる。けれども、そこには確かに面影があったのだ。ヒンメルとハイターの、かつてともに旅をした二人の面影が。

 

「……どういうこと?」

 

 湧き上がる激情をなんとか抑えつつ、フリーレンはアウラにそう問いかける。

 

「この十年で私も色々と学んだのよ。戦いにおいて数は大事、でもいくら雑兵を揃えたところで、しょせん圧倒的な力をもつ個の前ではほとんど役に立たない。要するに量だけでなく質の面も重視した方がより効率的なんじゃないのかと――」

「そんなことは聞いてない。……質問に答えろ。どうして二人がここにいる? 亡くなったはずの二人が、なぜここに?」

「私の魔法で魂の眠る地から引っ張ってきたからだけど」

 

 なんてことはない、といった口調でアウラはそう答えた。

 最初はその言葉の意味が分からなかったフリーレン、しかし遅れてそれを理解した瞬間、彼女の怒りの炎は鎮火する。怒りよりも戦慄の感情が大きく上回ったためであった。

 この女が魂の眠る地の存在を知っていたことにも衝撃を受けたが、そこは問題ではない。問題なのは今しがたの発言の内容である。魂の眠る地から引っ張ってきた、だなんて。いったいどういうことなのか。いくら魔法に長けた魔族とはいえ、本当にそんな芸当が可能なのか。

 

(私はまだ魂の眠る地についての詳細を知らないけれど、それでもある程度の想像はつく。少なくとも魔法で容易に干渉できるような場所ではないはず。それを、こいつは……)

 

 思考の海に沈むフリーレンをよそに、アウラは意気揚々と語り続ける。

 

「〈魂を操る魔法(アインツィッヒ)〉と名づけたの。どう? いい名前だと思わない?」

 

 彼女には元々〈服従させる魔法〉という魔法があったが、それとはまた違う。あくまでも天秤を介した間接的な支配に過ぎないそれに対し、〈魂を操る魔法〉は魂がむき出しの状態であれば問答無用で直接支配することができる。

 

「もっとも、今の私の技量だと少人数が限界。女神によって創られた特別な場所なだけあってか、やっぱりガードが固くてね。それに魂を奪っても肉体を用意しなきゃ意味ないし。まあ、ゆくゆくは魂の眠る地全域を私の物にしたいところだけど……それについて考えるのは、とりあえず邪魔なあなたを始末した後」

 

 その言葉が終わると同時だった。亡者たちが武器を構える、いや、構えさせられる。

 どちらもひどく苦しい表情である。抗おうにも抗えない、逃れようにも逃れられない、魂を掌握されるというのはそういうことなのだ。

 

「本当にすまない……。でも、君なら必ず僕たちを倒せるはずだ!」

「ええ、信じていますとも」

 

 皮肉にもかつての最高の仲間たちが、今は最大の敵として立ちはだかる――

 

 

 

 

 

「――大丈夫、分かってる」

 

 

 

 

 

 だが、彼女の、フリーレンの意志は決して揺るがない。

 元より並々ならぬ覚悟を胸にこの場に臨んだ。敵がどれほど強大でも関係ない。たとえそれがかつての仲間たちであろうと。

 

「ちゃんと倒すよ。二人も、アウラも」

 

 静かに、それでいて力強い宣言の後、彼女は改めて杖を構え直すのだった。

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