怠惰主義のユースティティア 作:亜宇羅、慈涯死露
首をねらっての薙ぎ払い。
(ああ、この動きは知っている――)
胴体への袈裟切り。心臓目掛けての突き。攻撃の合間を埋める神魔法による援護。どれもこれも見覚えのあるものばかりで、フリーレンは思わず知らず懐古してしまう。
ヒンメルもハイターも、かつては本当に心強い味方だった。あの十年の旅の最中、いったい何度二人に助けられたことだろう。残念ながら今は敵として対峙しているが。
(……昔を懐かしんでいる場合じゃない。ほんの少しの失策が命取りになる危険な状況だ。戦いに集中しないと)
一方で、そんな彼らの戦いを玉座から俯瞰するは、最後の七崩賢こと懈怠のアウラ。彼女は至極冷静に現状を分析していた。
(こちらからの攻撃が一切通用していない……。まさかパターンをすべて把握しているの? 元は仲間だったことを踏まえれば、それも十分ありうるのかしら。魔法を用いようとしないのは、私の〈服従させる魔法〉を警戒しているからね。その判断も間違ってないわ。現時点での魔力の量は彼女の方が上だもの。……とはいえ、おかげで向こうも反撃の機会を得られていない。回避するだけで精いっぱい、といったところね)
つまり、戦況は完全に互角。それなら後一押しを自らの手で加えてやればいい。
(あんまり長引くのも面倒だし、さっさと終わらせてしまいましょうか)
アウラは玉座から立ち上がると、突如として〈人を殺す魔法〉を放った。
「――っ!」
不意をついた一撃、回避が間に合わないと判断したフリーレンは防御魔法でそれを防ぐ。
「さあ、ここからは第二ラウンドよ」
シニカルな笑みを浮かべつつ彼女はそう言ったのだった。
■
とっさにその場でしゃがむフリーレン。その頭上をアウラの魔法が通過した。弾速が非常に遅いという欠点こそあれど、その分破壊力はすさまじい。直撃だけはなんとしてでも避けなければならなかった。
頭部への凶弾を免れた彼女に、次はヒンメルの剣が襲いかかる。その動きは先ほどまでのものとは大きく異なり、ところどころに妙なフェイントが混ざるようになっている。彼らしくない剣さばきだが、これはハイターの方も同様だった。おそらくはアウラの仕業なのだろう。二人の魂を掌握していると豪語するからには、その程度の改変は造作もないはずである。
(経験による先読みを封じられた……)
こうなった以上、もはや勘を頼りに動く他ない。
だが、勘だけでは回避の精度は著しく落ちる。
「くっ……」
やむなく防御魔法を使うがそれでも防ぎ切れず、剣か魔法か、そのどちらかがフリーレンの頬を切り裂いた。脇腹の肉の一部をえぐった。鮮血がたらりと流れ落ちる。生じる痛みは彼女の精神をじわじわとけずっていく。
紛う方なき劣勢である。アウラの本格的な参戦は、彼女を窮地に立たせるには十分すぎた。
しかし、未だその目から光は失われていない。絶望的な状況の中、それでもなお抗ってみせるという強い意思を感じる。
(……あら? どうやらまだ彼女は諦めていないようね)
ふとそのことにアウラは気づいた。余裕のある彼女は攻撃の片手間に脳内で思考を進める。
(間違いないわ。あの目、確実になにかをねらっている……)
不利を覆すなにか。考えられるのはやはり魔法だ、それも非常に強力な。
さて、どうするべきか。このまま延々と攻撃を続けるのも悪くない。どれだけ強力でも、結局のところ発動できなければ意味はないのだから。
とはいえ、相手はこちらの想像以上に粘っている。純粋に仕留めるにも、はたまた〈服従させる魔法〉の圏内に入れるにも、どちらもまだ時間がかかりそうだ。
こうなると気になってくるのが敵の増援である。万が一にも配下たちが敗北すれば。もちろん、一番の理想は味方全員が勝つことだが、一応は最悪のパターンも想定しておくべきだろう。
(まあ、私なら別に単独でもなんとかなるでしょうけど……。でも、そう考えるとやっぱり決着は早い方がいいわね。リュグナーたちにも、勝てそうになければ私が向かうまで時間稼ぎに徹しろ、と伝えてあることだし。フリーレンさえ片づけば、後は有象無象なんだから。……なら、
強力な魔法は相応に魔力を消費する。それはつまり、使用すればするだけ〈服従させる魔法〉の圏内に近づくということ。ならばわざと隙を作り、そうさせるよう仕向けるのはどうか。これならより早期の決着を望むことができる。
(ただし、リスクもある。もし彼女の魔法を防げなかったら、あるいはかわせなかったら――なんてね。我ながらさすがに警戒しすぎだわ。
そも自分には無敵の切り札があるのだ。懸念せずとも、負ける要素はみじんもない。
(そら、見せてごらんなさい。あなたのその起死回生の一手ってやつを。なにが来ようと蹴散らしてあげる)
意図的に攻撃の手を緩めるアウラ。
対するフリーレンはこう思う、あまりにもあからさまである、と。
(――だけど、この誘いに乗るしかない)
最初から分かっていたことだ。まともにぶつかって勝ち目などない、圧倒的な力に押し潰されて終わり。だからこそ策を練った。この目の前の怪物を殺すための策を。
まさに今敵は油断している。この絶好のチャンスを無駄にする訳にはいかない。
彼女は杖先をアウラに向け、そしてとある魔法を発動した。それはかつてゼーリエから託されたものであった。
「〈
■
実のところ少し期待していた。黄金郷のマハト、彼の強さは同じ七崩賢としてよく知っている。そんな彼を打ち負かしたというのなら、自らの前途を阻む敵として認識せざるを得ない。これまで数多の魔族を葬ってきた葬送、その力量は果たしていかなるものか。
(……で、それがこれと。がっかりだわ、フリーレン。あなたには失望した)
それは
魔物の生態に造詣が深いアウラは当然知っている。対処法として、高密度の魔力をぶつければ簡単に離散するということも。
(つまり、これから私にとって身近な存在の幻影が出現する訳? それじゃあ、もしかして彼女が出てくるのかしら?)
やがてアウラの前に一つの影が現れた。予想通り旧友の姿となって。
『……』
「はあ……。まったく、約束の時期はまだ先よ、ソリテール」
外見も雰囲気も本物そっくり。しかし、これはあくまでも記憶を元に構成された幻に過ぎない。所詮は偽物だ。
やれやれと首を振りつつ、彼女は魔法を放とうとする。
それにしても分からない、フリーレンはなぜこんな魔法を使ったのか。これしかなかったのか、それともとっさに発動できたのがこれだったのか。いずれにせよ、もはや完全に万策尽きたと見える。ならばそろそろ引導を渡すとしよう。なあに、心配はいらないわ。ヒンメルたち同様、あなたの魂は私がちゃんと有効活用してあげるから。
『君ともっとお話がしたかったわ』
「ぇ――」
瞬間、アウラのすべてが止まった。思考も、意識も、あますところなく。
そのかつてないほどの無防備を、
「……は?」
奇術は呆気に取られ。
「そんなっ……!」
不定は激しく動揺し。
「……ドラートの能なしめ。全部、台なしだ」
そして病血は静かにそう吐き捨てる。