怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

17 / 18
『誤算』

 首をねらっての薙ぎ払い。

 

(ああ、この動きは知っている――)

 

 胴体への袈裟切り。心臓目掛けての突き。攻撃の合間を埋める神魔法による援護。どれもこれも見覚えのあるものばかりで、フリーレンは思わず知らず懐古してしまう。

 ヒンメルもハイターも、かつては本当に心強い味方だった。あの十年の旅の最中、いったい何度二人に助けられたことだろう。残念ながら今は敵として対峙しているが。

 

(……昔を懐かしんでいる場合じゃない。ほんの少しの失策が命取りになる危険な状況だ。戦いに集中しないと)

 

 一方で、そんな彼らの戦いを玉座から俯瞰するは、最後の七崩賢こと懈怠のアウラ。彼女は至極冷静に現状を分析していた。

 

(こちらからの攻撃が一切通用していない……。まさかパターンをすべて把握しているの? 元は仲間だったことを踏まえれば、それも十分ありうるのかしら。魔法を用いようとしないのは、私の〈服従させる魔法〉を警戒しているからね。その判断も間違ってないわ。現時点での魔力の量は彼女の方が上だもの。……とはいえ、おかげで向こうも反撃の機会を得られていない。回避するだけで精いっぱい、といったところね)

 

 つまり、戦況は完全に互角。それなら後一押しを自らの手で加えてやればいい。

 

(あんまり長引くのも面倒だし、さっさと終わらせてしまいましょうか)

 

 アウラは玉座から立ち上がると、突如として〈人を殺す魔法〉を放った。

 

「――っ!」

 

 不意をついた一撃、回避が間に合わないと判断したフリーレンは防御魔法でそれを防ぐ。

 

「さあ、ここからは第二ラウンドよ」

 

 シニカルな笑みを浮かべつつ彼女はそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とっさにその場でしゃがむフリーレン。その頭上をアウラの魔法が通過した。弾速が非常に遅いという欠点こそあれど、その分破壊力はすさまじい。直撃だけはなんとしてでも避けなければならなかった。

 頭部への凶弾を免れた彼女に、次はヒンメルの剣が襲いかかる。その動きは先ほどまでのものとは大きく異なり、ところどころに妙なフェイントが混ざるようになっている。彼らしくない剣さばきだが、これはハイターの方も同様だった。おそらくはアウラの仕業なのだろう。二人の魂を掌握していると豪語するからには、その程度の改変は造作もないはずである。

 

(経験による先読みを封じられた……)

 

 こうなった以上、もはや勘を頼りに動く他ない。

 だが、勘だけでは回避の精度は著しく落ちる。

 

「くっ……」

 

 やむなく防御魔法を使うがそれでも防ぎ切れず、剣か魔法か、そのどちらかがフリーレンの頬を切り裂いた。脇腹の肉の一部をえぐった。鮮血がたらりと流れ落ちる。生じる痛みは彼女の精神をじわじわとけずっていく。

 紛う方なき劣勢である。アウラの本格的な参戦は、彼女を窮地に立たせるには十分すぎた。

 しかし、未だその目から光は失われていない。絶望的な状況の中、それでもなお抗ってみせるという強い意思を感じる。

 

(……あら? どうやらまだ彼女は諦めていないようね)

 

 ふとそのことにアウラは気づいた。余裕のある彼女は攻撃の片手間に脳内で思考を進める。

 

(間違いないわ。あの目、確実になにかをねらっている……)

 

 不利を覆すなにか。考えられるのはやはり魔法だ、それも非常に強力な。

 さて、どうするべきか。このまま延々と攻撃を続けるのも悪くない。どれだけ強力でも、結局のところ発動できなければ意味はないのだから。

 とはいえ、相手はこちらの想像以上に粘っている。純粋に仕留めるにも、はたまた〈服従させる魔法〉の圏内に入れるにも、どちらもまだ時間がかかりそうだ。

 こうなると気になってくるのが敵の増援である。万が一にも配下たちが敗北すれば。もちろん、一番の理想は味方全員が勝つことだが、一応は最悪のパターンも想定しておくべきだろう。

 

(まあ、私なら別に単独でもなんとかなるでしょうけど……。でも、そう考えるとやっぱり決着は早い方がいいわね。リュグナーたちにも、勝てそうになければ私が向かうまで時間稼ぎに徹しろ、と伝えてあることだし。フリーレンさえ片づけば、後は有象無象なんだから。……なら、()()()使()()()()というのはどうかしら?)

 

 強力な魔法は相応に魔力を消費する。それはつまり、使用すればするだけ〈服従させる魔法〉の圏内に近づくということ。ならばわざと隙を作り、そうさせるよう仕向けるのはどうか。これならより早期の決着を望むことができる。

 

(ただし、リスクもある。もし彼女の魔法を防げなかったら、あるいはかわせなかったら――なんてね。我ながらさすがに警戒しすぎだわ。このエルフ(フリーレン)あのエルフ(ゼーリエ)とは違う)

 

 そも自分には無敵の切り札があるのだ。懸念せずとも、負ける要素はみじんもない。

 

(そら、見せてごらんなさい。あなたのその起死回生の一手ってやつを。なにが来ようと蹴散らしてあげる)

 

 意図的に攻撃の手を緩めるアウラ。

 対するフリーレンはこう思う、あまりにもあからさまである、と。

 

(――だけど、この誘いに乗るしかない)

 

 最初から分かっていたことだ。まともにぶつかって勝ち目などない、圧倒的な力に押し潰されて終わり。だからこそ策を練った。この目の前の怪物を殺すための策を。

 まさに今敵は油断している。この絶好のチャンスを無駄にする訳にはいかない。

 彼女は杖先をアウラに向け、そしてとある魔法を発動した。それはかつてゼーリエから託されたものであった。

 

 

 

 

 

「〈幻影を見せる魔法(アインザーム)〉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実のところ少し期待していた。黄金郷のマハト、彼の強さは同じ七崩賢としてよく知っている。そんな彼を打ち負かしたというのなら、自らの前途を阻む敵として認識せざるを得ない。これまで数多の魔族を葬ってきた葬送、その力量は果たしていかなるものか。

 

(……で、それがこれと。がっかりだわ、フリーレン。あなたには失望した)

 

 それは幻影鬼(アインザーム)と呼ばれる魔物が扱う幻影魔法、より厳密には精神にも作用する幻影魔法である。狡猾な彼らはその魔法を用いることで人間をおびき寄せ、それから捕食するのだ。

 魔物の生態に造詣が深いアウラは当然知っている。対処法として、高密度の魔力をぶつければ簡単に離散するということも。

 

(つまり、これから私にとって身近な存在の幻影が出現する訳? それじゃあ、もしかして彼女が出てくるのかしら?)

 

 やがてアウラの前に一つの影が現れた。予想通り旧友の姿となって。

 

『……』

「はあ……。まったく、約束の時期はまだ先よ、ソリテール」

 

 外見も雰囲気も本物そっくり。しかし、これはあくまでも記憶を元に構成された幻に過ぎない。所詮は偽物だ。

 やれやれと首を振りつつ、彼女は魔法を放とうとする。

 それにしても分からない、フリーレンはなぜこんな魔法を使ったのか。これしかなかったのか、それともとっさに発動できたのがこれだったのか。いずれにせよ、もはや完全に万策尽きたと見える。ならばそろそろ引導を渡すとしよう。なあに、心配はいらないわ。ヒンメルたち同様、あなたの魂は私がちゃんと有効活用してあげるから。

 

 

 

 

 

『君ともっとお話がしたかったわ』

 

 

 

 

 

「ぇ――」

 

 

 

 

 

 瞬間、アウラのすべてが止まった。思考も、意識も、あますところなく。

 そのかつてないほどの無防備を、()()は決して見逃さない。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 奇術は呆気に取られ。

 

「そんなっ……!」

 

 不定は激しく動揺し。

 

「……ドラートの能なしめ。全部、台なしだ」

 

 そして病血は静かにそう吐き捨てる。

 

 

 

 

 

 ()()()()の〈魔族を殺す魔法〉がアウラの右腕を貫いたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。