怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

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『過去』

 勇者ヒンメル、僧侶ハイター、戦士アイゼン、そして魔法使いのフリーレン。彼らが魔王討伐のために王都を旅立ってから、およそ二年の月日が経とうとしていた。魔王城への道のりはまだまだ長い。彼らは時に野宿をしたり、時に道中の村に宿泊させてもらったりしながら、一歩一歩着実に目的地へと近づいていく。

 そんな彼らがその名前を聞いたのは、北側諸国のグラナト伯爵領を訪れた時であった。

 

「七崩賢、懈怠のアウラ?」

「ええ。少し前から、その者がここを攻めてくるようになりましてな」

「なるほど。随分とやっかいな魔族に目をつけられたものですね」

「知ってるのかい? フリーレン」

「まあね」

 

 種族柄、フリーレンは非常に長命だ。他の三人よりもはるかに長い時間を生きている分、とてもたくさんの知識をもっている。

 

「といっても、そこまで多くはないよ。七崩賢の中でも最強と言われていること、あまり表舞台に出てこないタイプであること、そして〈()()()()()()()〉の使い手であるということ。……うん、これくらいかな」

「〈死体を操る魔法〉?」

「言葉通りだよ。アウラは人間の死体を用いて攻撃してくるんだ。死体相手だから、こちらからの攻撃はほとんど意味ない。原形がとどめられないくらいぼろぼろにすれば術も解けるだろうけど、向こうからすればいくらでも補充がきくからね」

「それはまあなんとも……」

「悪趣味だな」

 

 彼女のその説明を聞いて、女神に仕える身であるハイターは少し眉根をひそめた。アイゼンもそれに同調する。

 

「そう、とても悪趣味な魔法だ。倫理観のかけらもない。……一つ目の部分に関してはそこまで気にしなくてもいいかな。魔王直属の配下である七崩賢が強いのは当然のことだし。二つ目の部分に関しても、人と積極的に関わろうとしないってだけの話で……」

「魔族にしてはかなり変わっているな」

「情報が少ないのはそのためだよ。でも、別にやつは人を殺さない訳じゃない。現にこうしてグラナト領を攻めてきてる。本人の意思じゃなくて魔王からの命令かもしれないけど」

「お二人とも、いったんその話はそこまでにしておきましょう。先ほどからグラナト伯爵が置いてけぼりになっています」

「あっ、しまった! 申し訳ございません、伯爵!」

「いえいえ、とんでもない。むしろ説明の手間が省けてよかった。それで勇者様、ここからが話の本題なのですが……そのアウラを討伐するために、ぜひともあなたたちの助けをお借りしたいのです。もちろん報酬はお支払いします。必要な物資もすべてこちらが用意しましょう」

 

 彼らの最終的な目標は魔王を倒すことである。しかし、だからといって困っている人々を見過ごす訳にはいかない。

 伯爵の言葉に対し、ヒンメルは大きく首を縦に振ったのだった。

 

「分かりました。そのご依頼、引き受けます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよアウラとの戦いが始まった。

 今、ヒンメルたちの目の前には首のない大量の死体がずらりと整列している。当初フリーレンが話した通りだった。その光景はまさにひどく悪趣味で、冒涜的である。こうして見ているだけでも体調が悪くなってしまいそうなほどに。

 

「すごい数だな……百体はゆうに超えている……。隊長さん、本当に大丈夫かい?」

「問題ありませんよ、ヒンメル殿。我々の使命は無事にあなた方をアウラの元まで届けること。たとえこの命に代えようとも、必ずや道を切り開いてみせましょう」

 

 全軍、突撃――その言葉を皮切りに、銀の鎧を身にまとった兵士たちは動きだした。それに対するは、汚れた鎧を身にまとう腐敗した兵士たち。彼らもまたこちらと同じように動きだす。生者の軍勢と不死の軍勢、ついにその両軍が正面から激突した。

 

「僕たちも行こう。彼らの犠牲を無駄にはできない。一刻も早くアウラを討伐するんだ!」

 

 ヒンメルたち四人も動いた。グラナトの兵士たちが命がけで作った道を急いで駆けていく。

 

「フリーレン、方向はこっちであってる?」

「……分からない」

「分からない?」

「うん。なぜかアウラの魔力が私の()()()()()()()()()()()()んだ」

「それは――いや、多分このまままっすぐで大丈夫だ。それっぽい感じの魔族がこの先にいる」

 

 戦場にはまったく似つかわしくない豪華な椅子。そこに一人の女が座ってくつろいでいる。頭部から生えた大きな二本の角、紫色の艶やかな毛髪、そして左腰に吊るされた剣。

 彼女の姿を正確に捉えた瞬間、ヒンメルは己の直観の正しさを確信した。

 

「……あら? あなたたち、私の軍勢を突破してきたの?」

「ああ。一応確認しておくけど、君が七崩賢のアウラだな?」

「ふわあ……。ええ、そうよ。アウラは私の名前」

 

 一同を目前にしてもなお、彼女、アウラはその怠惰な姿勢をまったく改めようとしない。椅子の肘掛けに体重を預け、まるで猫のように目元を手でこすっている。余裕なのか、それとも油断なのか。今までに遭遇してきた魔族とは明らかにどこか雰囲気が違っていた。

 これが七崩賢と呼ばれる存在なのか。それぞれの武器を構えつつ、ヒンメルたちは最大限に警戒を強める。一方、フリーレンだけは他の三人とは少し異なることを考えていた。

 

(やっぱり魔力を感じない……。間違いなく魔法は使っているはずなのにどうして? いや、それ以前にそもそもどうしてやつは魔力を隠している?)

 

 前者に関してはまだ推察できた。七崩賢が使用する魔法は人類には理解できないものばかりだからである。たとえば黄金郷のマハトの〈万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)〉。その魔法で黄金に変えられたものは永続的にそのままで、そしてそれは女神の魔法であっても解除できない。

 アウラの〈死体を操る魔法〉もおそらくはそれと同種の強力な呪いなのだろう。一度魔法をかけられた死体は朽ち果てるまで永遠に彼女に従う羽目になる、といったところか。マハトの魔法と同じく永続的な効果があるから、最初の一回を除けば、その後継続して魔力を消費する必要がない。

 

(後者はまた別の話だ。魔族の上下関係は魔力の大きさによって決まる。だからやつらは一時的に魔力を隠すことはあっても、それを維持しようだなんて思うことはないはず)

 

 今は亡き師、フランメの教えが間違っていたとは思えない。アウラが例外と考えるべきだ。元々魔族の中でもかなり異質とは耳にしていたが、これは想像以上にやっかいかもしれない。

 

「さあ、覚悟してもらおうか。君のことを守ってくれる兵は今この場にいない」

「はあ? なにを言っているのよ。()()()んじゃなくて()()()()()だけよ」

 

 おもむろにぱちんと指を鳴らすアウラ。すると、どこからともなく不死の兵士たちが彼女の周囲に現れた。どうやらまだ兵士を隠しもっていたらしい。

 女王からの殺せという命を受けて、彼らはヒンメルたちに突っこんでくる。

 

「伏兵か……」

「ですが、先ほどより数は少ないですよ」

「優先すべきは本体だ」

「一番おいしいところは譲ってあげる。ほら、ヒンメル、さっさと倒してきて」

 

 アイゼンの斧による強烈な一撃が軍勢の先鋒を吹き飛ばした。続いて、そこにフリーレンが放った魔法が着弾する。すさまじい爆風が起こり、大きな穴が開いた。その時にはすでに駆けだしていたヒンメル。穴に飛びこんだ彼は、なんとそこから跳躍して軍勢を飛び越える。彼の身体能力でも本来なら届かないはずの距離、それを可能にしたのはハイターの補助魔法であった。

 ねらい通り、やつの近くに着地できた。距離にしておよそ二メートル前後。このまま最短最速で首をはねる。ヒンメルは両腕に力をこめ、大きく剣を横に振りかぶる。彼の神速かつ渾身の一撃がアウラの首元に直撃した――そのはずだった。

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 

 

 

 理解できない事象を目のあたりにした時、生物はその動きを止めてしまう。脳の処理が追いつかなくなるためだ。今、ヒンメルもその状況にあった。なにが起こったのか分からない。ただ呆然とその場に立ちつくしている。

 確かに攻撃はアウラにあたったはずだ。その証拠に、彼女が座っている椅子の背もたれの部分はしっかりと切断されている。ところが肝心の彼女の首には一切傷がなく、対して自身の剣は無残にもなかばから砕け散っていた。

 軍勢の対処に追われていたハイターとアイゼンもその光景を見て驚愕する。未だ冷静だったのはフリーレンだけだ。唯一彼女だけが先ほどなにが起こったのかを正しく理解していた。

 

(攻撃の瞬間、アウラの首元に濃密な魔力が出現した……。それがヒンメルの剣を阻んだんだ)

 

 剣士や戦士といった前衛職を生業とする者たちは僧侶や魔法使いのように細かく魔力を制御できないが、その代わり体内での魔力操作なら僧侶や魔法使いよりも秀でている。彼らがとんでもない速さや膂力、耐久を発揮できるのは無意識下でこれを行っているためである。

 つまるところ、アウラもそれとまったく同じことをしたのだ。首だけに意識的に魔力を集中させて攻撃を防いだ。結果、ヒンメルの剣は衝撃に耐えきれず折れてしまった。

 

「あー、折れちゃったわね」

 

 他人事のような口調でそう言うと、彼女は椅子から立ち上がった。そして、完全に隙をさらしている彼の元へと近づく。

 我に返ったヒンメルはとっさに折れた剣を構えるが、その腰はどこか引けていた。想像をはるかに上回る敵との力量差に戦意を喪失しそうになっている。自身の冒険の起源ともいえる大切な武器を失ってしまったことも大きい。

 

「くっ……!」

 

 果たしてこの折れた剣でどこまで戦えるのか。仲間からのサポートは期待できない。逃げることもできない。彼は、たった一人でこの強敵相手に立ち向かわなければならない。

 ゆっくりとアウラはヒンメルに向かって手を伸ばす。死への恐怖が彼をおびやかす。この瞬間、四人全員が旅の終わりを幻視して――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがは勇者様! まさか本当に七崩賢のアウラを倒してしまわれるとは!」

「……。いえ、僕たちの力では撃退するのが精いっぱいで……」

「追い払っていただけただけでも十分です! 我らグラナト家はこのご恩を決して忘れません!」

 

 喜ぶ伯爵とは対照的に、一行の表情は暗い。

 あの後、アウラは軍勢を率いて自ら撤退していった。

 

『やっぱり疲れたからもう帰るわ。首も痛いし。これだけ戦えば魔王様も満足するでしょ。というか、しなかったら絶対に許さないわ』

 

 とだけ言い残して。

 最初から最後まで彼女は本気を出していなかった。徹頭徹尾遊ばれていた。もし彼女がその気になっていれば、今頃どのような惨状になっていただろうか。

 いずれにせよヒンメルたちとグラナト領は、彼女のその怠惰な性格に救われたのである。

 

「……さあ、旅を続けよう。目指すは魔王城だ」

 

 よどんだ空気を払拭するかのように、ヒンメルは努めて明るくそう言う。

 七崩賢のアウラとの戦いは、こうして彼らの心に少なからずの傷を残したのであった。

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