怠惰主義のユースティティア   作:亜宇羅、慈涯死露

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『死闘』

 決して侮っていた訳ではなかった。なにせ相手はあの七崩賢だ。人類には解明できないような魔法をごく自然と用いる怪物である。自らの弟子に稽古をつける時とは違う。一瞬の油断が命取りとなるだろう、そんな戦いになることは容易に想像できた。

 ただ、それでもゼーリエの心の奥底には、相手をおそらくたいしたことがないと軽んじる思いがまだ密かにあった。

 彼女はかつて一度、あの黄金郷のマハトと戦っている。優れた近接戦闘術に臨機応変な対応力、万物を黄金に変える魔法はもちろん、それ以外の魔法も自在に扱うことができる手腕。七崩賢最強と言われる彼はまさしくその名にふさわしい強さだった。しかし、そんな彼であってもゼーリエに対して本当の危機感を抱かせるには至らなかったのだ。

 目の前のアウラもまたマハトと同じように最強と言われているが、それについては正直疑わしいところがある。聞けば彼女はフランメの結界に手も足も出ず、最終的には奸計を用いてグラナト領を滅ぼしたらしい。加えて、主要な魔法の中身も割れていた。〈服従させる魔法〉、なるほど、確かに強力で理不尽な呪いではある。だが、それはゼーリエには通じない。途方もない年月を生きる彼女に魔力量で勝てる者など、彼女よりも長生きな者だけである。

 総じて、過大評価な魔族。それがゼーリエがアウラに対して下した評価であった。実際に彼女と戦闘になるまでは。

 

「騎兵隊、その機動力を活かして相手をかく乱しなさい。遊撃隊はそのサポートを。盾隊、槍隊、今のうちに陣形を立て直しなさい。弓隊は矢をつがえなさい。五秒後にいっせいに発射。騎兵隊、もう十分よ。遊撃隊とともにその場を離れなさい。今よ。弓隊、矢を放ちなさい」

 

 まさか、ここまでとは――。

 

「槍隊、左右から挟撃。盾隊、相手を逃がさないようにね。飛竜隊は落石の用意、七秒後に投下するわ。工作隊は私が指定した場所に罠の準備、補給隊は武器のかえの準備を。オーケー、槍隊と盾隊は引きなさい。飛竜隊、今よ。投下」

 

 次々と我が身に襲いかかる。剣が、槍が、矢が、岩が。大量の兵士と魔物による殺意のこもった苛烈な攻撃が。気を抜けば死ぬ、さりとて息をつく暇などなく。それは、まるで天から降りそそぎ続ける暴風雨のよう。

 あらかじめ弟子たちに待機を命じておいて正解だった。たとえどんなに優秀な魔法使いであったとしても、これほどの物量にはさすがに対応が追いつかない。探知魔法を使って驚いた。信じがたいことに、なんと彼女は()()()()()()()()をリアルタイムですべて同時に操っている。

 

「飛竜隊、続いて火炎放射の構え。三秒後に発射」

 

 上空から落下してきた岩石を魔法でこっぱみじんに砕くと、今度は膨大な熱源を感知した。これからなにが起こるか、なんてのんきに考えていれば間に合わない。ゼーリエは反射で瞬時に次の魔法を発動する。目には目を、歯には歯を。つまり、強烈な炎には強烈な炎を。

 

「三、二、一。発射」

 

 アウラが操る計五百体の竜の口からいっせいに放たれた攻撃と、彼女が放った〈地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〉が衝突する。結果、大規模な爆発が起こった。辺り一帯が尋常ではないほどの熱と爆風に包まれ、そしてさらに発生した煙でなにもかもが見えなくなってしまう。

 これを機にいったん戦いを仕切り直そうと、ゼーリエは煙にまぎれながらその爆風に乗って場所を移そうとした。が、それをみすみす見逃すアウラではない。魂を知覚できる彼女にとって視界の有無は関係ないのだ。すぐさま弓隊に追撃するよう命じる。

 またしても防戦一方になってしまったゼーリエ。自身に向かって飛来する無数の矢を〈竜巻を起こす魔法(ヴァルドゴーゼ)〉ではじいていると、いきなり足元が爆発した。

 

「――っ、地雷か」

 

 いったいいつから仕掛けられていたのか。それは彼女の足を吹き飛ばすまでは至らなかったものの、わずかながらに集中力を欠かせた。

 ゆえに、次の対応に遅れてしまう。行われたのは再度の落石による攻撃。彼女と彼女の周囲に落ちてきたそれらは、残りの地雷を強制的に起動させる役割もあった。何度目かの大爆発が起こる。やかましい爆音とともになにもかもが破壊される。

 なおもアウラは攻撃の手を緩めない。一瞬たりとも休む暇を与えんとばかりに、武器を新調したばかりの槍隊と騎兵隊をその場へ突貫させる。それに対し、なんとか態勢を整えたゼーリエは〈大地を操る魔法(バルグラント)〉を使用。突如として大地に現れた巨大な亀裂は、向かってくる兵士たちを次々と飲みこんでいく。ようやく彼女に反撃のチャンスが生まれた。

 

「自分はずっと安全圏にいるつもりか? お返しだ」

 

 はるか後方で椅子に座りつつ指揮を執っているアウラ、そんな彼女に向けて魔法の砲撃を放つ。正確無比に彼女の心臓をねらったものであり、そのうえ生半可な防御では絶対に止められないほどの魔力がこめられている。

 ところが、その砲撃は彼女の周囲に滞空する謎の小さい生物のうちの一匹に防がれてしまった。しかもそれは直撃をくらったにも関わらずまだぴんぴんと生きている。

 

(なんだあれは? 隕鉄鳥(シュテイレ)か? ……いや、それにしてはがんじょうすぎる。まさか私が知らない新種の魔物か?)

 

 ゼーリエの予想は惜しい。正しくは()()()()()()()()()()()()()新種の魔物である。

 竜をもしのぐ硬度に隕鉄鳥をもしのぐ機動力、他にも数多の魔物の長所を兼ね備えているそれらは、彼女が数多の魔物を魔法で強制的に交配させ続けることによって生み出したものだ。完成までにかなりの時間がかかってしまったものの、その労力に見合うだけのリターンは得られたと彼女は思っている。だって現にこうしてすばらしい盾となってくれているのだから。

 さて、攻守は逆転する。今度はなにがくるのかと身構えるゼーリエ。兵士による突撃か、魔物による攻撃か、あるいはまだ見せていない一手か。

 その時、がくんと彼女の体から力が抜けた。同時に天から落下してきたなにかが付近に着弾し、彼女の左手の薬指と小指を吹き飛ばす。

 

「なるほど、毒か……。それと今の攻撃は物質ではなく魔法によるものだな」

 

 魔法で体内を調べると微量の毒が検知できた。どうやらアウラは兵士たちが使うすべての武器に毒を仕込んでいるらしい。それが今になって全身に回ってきたのだ。ここに至るまで、ゼーリエはわずかながらも手傷を負っている。

 おかげで次の魔法の攻撃に対する防御に間に合わなかったが、そうなってしまった要因は他にもあった。今しがたの攻撃、記憶が確かなら()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

(〈人を殺す魔法(ゾルトラーク)〉、ではないな。それに近いような気はするが……。おっと、そこまで考えている余裕はなかったか)

 

 相手の攻めはより苛烈になっていくばかり。手の欠損を治す時間はない。解毒と止血の魔法だけを自身に施し、ゼーリエは単騎で軍勢に立ち向かう。

 ありえないほどの大量の兵士と魔物を従えられる魔法にそれらすべてを的確に操ることができる頭脳、そして敵を殺すためなら本当にどんな手段もいとわない残忍な性格。まさに戦争そのものの体現者だ。その力は、ともすればかつての魔王とて凌駕しかねない。

 マハトが魔法の極みに近い化け物なら、アウラは純粋な暴力の化身とでも言うべきか。さすがに認識を改める必要があった。七崩賢、懈怠のアウラは、黄金郷のマハトとはまた別種のとんでもない怪物であると。

 

(ああ、懐かしい――)

 

 だからこそ気分が高揚する。ひさしく身近に感じる死の恐怖に心が躍る。ここまで血で血を洗う戦いは、本当にいつぶりだろうか。

 

「面白い。本当に面白い。さあ、次はどんな手を見せてくれるんだ? 私が飽きることのないようもっと楽しませてくれ」

 

 口元に笑みをたたえ、ゼーリエは戦いに興ずる。すべては目の前の強敵を打ち倒さんがために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なによこいつ、化け物すぎるでしょ……)

 

 一方、アウラの心中では徐々に焦りの感情が占めつつあった。

 戦いが始まってから彼女はずっと本気だ。これまで集めてきたすべての兵を動員し、たった一人の相手に対して過剰なまでの攻撃を加え続けている。

 自身が扱う魔法の一つも明かした。先ほどゼーリエの指を欠損させた魔法、それは腐敗の賢老、クヴァールが開発した人を殺す魔法を、彼女が自らの戦闘スタイルに合うよう独自に改造したものである。破壊力の著しい増加と引きかえに従来の人を殺す魔法よりもかなり弾速が低下してしまったが、彼女はその欠点を魔法を空高く打ち上げることによってカバーしている。天に打ち上げられた魔法は、やがて重力にそってとてつもない速度で地上へと落下してくるのだ。いわば空中からのステルス爆撃である。

 しかしながら、ここまでしてもなお満足のいく成果は得られていない。それどころかむしろマイナスと言っていい。なにせこちらの方が消耗が大きいのだから。

 

(あわよくば〈服従させる魔法〉が使える圏内まで弱らせたかったけど、無理っぽいわね。あーあー、これだからいやなのよ、格上のやつって。本当ろくなものじゃないわ)

 

 やっぱりあれを使うしかないか。彼女はそうぽつりとつぶやくのだった。

 七崩賢のアウラと大魔法使いゼーリエ、しのぎをけずる両者の争いは、まもなくピークを迎えることとなる。

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