タフ外伝 OTON『宮沢静虎、ゴッサムに出張する。』 作:スローダンサー
ゴッサム・シティ
アメリカ・ニュージャージー州に存在する都市。「衆愚」の名を冠するこの街は犯罪跋扈する魑魅魍魎の集合体である。メトロポリス、セントラル・シティ、コースト・シティ、フォーセット・シティ、スターリング・シティ…………ヴィランが存在する街は数多いがゴッサムのヴィランは指折りの凶悪さを誇っている。朝も昼も夜も住民は犯罪により安眠できない、しかし世界規模の経済を生み出す故に人は離れることができない
そんな鼠取りとゴミクズを集めたような街に宮沢静虎は出張していた。
◇◇◇◇◇
宮沢静虎がこの街を訪れたのはJFK銀行の頭取『伊集院』からの依頼によるものだ。JFK銀行はバブル時代、事業の一環でこのゴッサムにも手を伸ばしていた。しかし崩壊後、不良債権が膨らみ、これ以上マフィアと手を組むことはできないと判断。薄汚い関係を断ち切るため、宮沢静虎を派遣したのである。
「ふぅ…………」
エコノミー症候群を解消するため、伸び縮みする静虎。アメリカの乾燥した空気が彼の角刈りを撫で、異国に着いたことを彼に知らせる。
空港のタクシー広場で静虎は運転手を探していた。1時間の間に10台捕まえたが、そのどれも彼を乗せることはない。
「お客さんどちらまで?」
彼らはこう聞くがその行き先を知ると一様に
「誰がいくかクソジャップ!」
そう暴言を吐き、その場をさっていく。途方に暮れる静虎。だが空港からゴッサムまでは徒歩で行ける距離ではない。諦めずにタクシーを拾う努力をした。さらに数分後、個人タクシーを捕まえると静虎は行き先を伝える。
「ゴッサムまで? いいですよ! お客さん」
運転手は快活な声で静虎をタクシーの中に入れた。その運転手の右目は眼帯である。エンジンに火を入れると振動の少ないスムーズな運転で道路に乗った。
「お客さん、タクシー捕まんなくて大変だったでしょ?」
「あっ…………ははっ確かにそうですね」
「ゴッサムはねぇ…………今やばいですから」
「ヤバい?」
「ゴッサムは犯罪都市っていうのは日本でも有名な話ですよね?」
「ええまあ…………その悪名は聞こえてきますよ。でもあの街には確か…………」
「そう! 闇の騎士、イカれた蝙蝠野郎の『バットマン』がいるんですよねぇ! 奴のおかげか、4日に一回は安全な日もあったんですよ」
「ほおそうなんですか…………」
静虎の微妙な表情を見て大きく笑うタクシー運転手。
「あっ? 『治安結局悪くない?』って思ってますよね!」
「いやまぁははっ…………」
「日本人の曖昧な返事、俺は好きですけど他ではやらない方がいいですよ!」
「あっすいません」
「いやいや謝罪はいいですよ!」
軽く頭を下げた静虎に手を振るタクシー運転手。彼の機関銃のような話はまだ続く。
「でえーとどこまで話しましたっけ?」
「『4日に1日は安全』ってところまでは聴きました」
「あーっそうそう! でねお客さん。今じゃ1ヶ月に1回安全ならいい方なんですよねぇ、ゴッサムシティは!」
「…………何故そのようなことに?」
静虎の質問にタクシー運転手は新聞を放った。日付は一年前のものである。
「お客さん英語読める?」
「ええ…………多少は」
「わかんないことあったら教えますよ! 色々詳しいですから!」
その新聞にはこう書いてあった
『バット・ファミリー壊滅!! ジョークの代償!!』
「『バット・ファミリー』とは?」
「バットマンの仲間達のことですよ!」
「ジョークの代償ってのは?」
「ジョーカーの悪巧みの結果って意味ですわ!」
質問に答えたタクシー運転手は右目の眼帯を掻きつつ、快活な声で話を続ける。
「バット・ファミリーは大体5人!
伝説のサイドキック『ナイトウイング』!
死から復活したアウトロー『レッドフード』!
天才的リーダー『レッドロビン』!
脅威の遺伝子『4代目ロビン』!
紅一点『バットガール』!
他にもまぁ粒揃いの連中がいますがここら辺が共だったメンバーですね!」
「そんなに多くの仲間がいるんですか」
「ええ! それだけ手が必要なんですよゴッサムだと」
「ああなるほど…………」
「納得してもらえましたね! でそのバット・ファミリーなんすけどね。一年前ジョーカーとやり合った時に壊滅したんですよ!」
静虎は渡された新聞に目を落とす。そこには『ジョーカー』が起こした大量破壊の被害が淡々と書かれている。またバット・ファミリーがバラバラになる様子も記されていた。
「ナイトウイングはバットマンと仲違い、レッドフードは逮捕、レッドロビンは行方不明、4代目ロビンは放逐、バットガールは半身不随…………これはひどいですね…………」
「そうでしょうお客さん! ジョーカーの企みはなんとか防いだんですがねぇ。その代償は大きすぎた!」
「そういえばジョーカーはどうなったんですか?」
「バットマンが『アーカム・アライサム』にぶち込みましたよ。まあでも死ななかったのは良くなかったかなぁってのが俺の意見ですが!」
あんまりなタクシー運転手の言い草に静虎は顔を顰める。
「おっと口が過ぎましたかね?」
「いえお構いなく! 不快に思われたら申し訳ない」
「それはこちらのセリフですわお客さん! いかんせん口が悪いもんでねぇ!」
「はははっ…………話を戻すとえーとMr.…………」
「『ウェイド』ですぜ! 『ウェイド・ウィルソン』!」
「Mr.ウェイド。つまりバットマンだけになってしまったからゴッサムの治安はより悪化したって訳なんですか?」
「大正解! ただでさえ多くのヴィラン・マフィアが跋扈する街で数がなくなるとね、『世界一の探偵』として名高いバットマンといえどもうまくいかないもんですよ!」
ウェイドの話は止まることなく続く。タクシーはメトロポリスに差し掛かり、橋を渡る。その先に静虎の目的地があった。
「見てくださいよお客さん! あれが『ゴッサム・シティ』でさぁ!」
静虎の目に映るゴッサム・シティは陰鬱だ。空は曇天で灰色、街は黒を基調にした寒色まみれ、行き交う人々の目はただ生をおくるガラス玉のようだ。
「暗いでしょ? どいつもこいつも未来を見ない、呉服屋のマネキンみたいな顔だぁ! …………あんたと違ってなぁ」
渋滞をいいことに静虎の方へ顔を向けるウェイド。一つしかない男の目は静虎の姿を燃やすように映す。
「『隠しても虎の牙は見える』。お客さん、あんたは何を隠してます?」
「…………秘密です」
「…………まぁ赤の他人だしなぁ!」
「私の方からも一ついいですか?」
静虎は自分の右目を指差す。それだけでウェイドは静虎の意図を察知する。
「まぁ夫婦喧嘩の末でさぁ…………お客さん子供は?」
「息子が一人…………大事な息子がね」
「いいですねぇ! 大切になさってくだせぇ、俺はできなかった」
ウェイドの言葉に静虎は息を呑む。そして彼の眼帯について聞いたのを後悔した。
「それは…………失礼しました」
「別に謝る必要なんてないっすよ! 俺の不始末ですからなぁ!」
「いえそれでも、よくないですから」
静虎の謝罪をウェイドは軽く笑い受け流す。その時、ノロノロ進むタクシーは急に止まり静虎は少しつんのめった。
「お客さん運が悪いね。ゴッサム・シティ名物『ヴィラン犯罪』だぁ!」
ウェイドの言葉と共に遥か前方の車が空を飛ぶ。パワーだ! 怪力の何かしらが車をぶん投げているのである。宙に舞う車は建物に突っ込み、ゴッサム・シティの景観が壊れていく。住人は必死に逃げているが、その過半数が投げつけられた車に激突し、重症及び致命傷だ! 逃げる住民の一人が悲鳴をあげた。
「ちぃ! なんだって『キラー・クロック』が昼間に練り歩いてるんだヨォ!?」
| キラー・クロック 本名ウェイロン・ジョーンズ。ワニ人間。ゴッサム・シティの下水道をホームにしており、銃弾も弾く皮膚と車を弾き飛ばす怪力、鉄も砕く咬合力が武器。 |
「ぎわああああ────ーっ」
キラー・クロックの叫びが曇天のゴッサム・シティに響く。両手だけでなく腰に生えた尻尾にも車を巻きつけ、あたり一面にぶん投げゴッサム・シティを破壊していく。その歩みはゴジラだ。住民たちに立ちはだかる度胸はなくただ逃げ惑うのみ。
いや一人キラー・クロックに向かっている!! 人の海に逆らい、ゆっくりゆっくりと確実に足を前に進める男がいる!!
人の海はいつしか消え、あたりにあるのは燃え盛る車と破壊された景観、そして人型のワニと相対する日本人だけだ。日本人は眼鏡をネクタイを堅苦しいスーツの上着を外し、キラー・クロックの前に立ち塞がった。
宮沢静虎である。
その双眸には闘志が宿っている!!
キラー・クロックは目の前にいる男を見る。彼の野生の本能は嗅ぎ取った。この正装した東洋人が内に隠している虎の気配を!!
「ぎわああああ────ーっ」
右手に持った車を静虎に振るうキラー・クロック。静虎の左肩目掛けたその一撃を静虎は一歩後ろに下がることで回避。…………だが車の陰にキラー・クロックは自分の尻尾を隠していた!! 鞭のようにしなる一撃が静虎の腹に命中する。
ニヤリと牙を見せるキラー・クロックだが、尻尾を振り抜くことができず、笑顔が曇る。静虎がしっかりとキラー・クロックの尻尾を脇と両手で挟み固定したのだ!!
「灘神影流・”巨岩返し”!!」
静虎はキラー・クロックの足を払い、小さく手を回すことで丸太のような彼の尻尾を縦に動かす。
キラー・クロックは天地が逆さになるのをただ見るしかなかった。頭から背中にかけた全身をひび割れたアスファルトの上に叩きつけられる。
静虎は構えを解くことをせず、倒れたキラー・クロックを見ていた。格闘家、いや人間だからこそ備わっている本能が静虎に危険を知らせていたのだ。むくりと何事もなかったかのように上体を起こし、立ち上がるキラー・クロック。その顔の笑みに先ほどの舐め腐った慢心は入っていない!!
「ぎわああああ────ーっ」
叫び声を上げながら突進を繰り出すキラー・クロック。その体勢は野蛮な化け物とは思えないほどスマートなタックルである。キラー・クロックは幼い頃、違法地下プロレスの見せ物をやらされていた。その時必死になって身につけた技術を今解き放つ!!
獰猛だが美しく基本に忠実なタックルは静虎の判断を一瞬だけ遅らせる。このような技術を使えるようには見えなかったからだ!! キラー・クロックの両腕は鮮やかに静虎の腹を捉え、固定。そのまま持ち上げる。ベア・ハッグだ!! ただのベア・ハッグではない。キラー・クロックは車を軽々持ち上げる怪力の持ち主。背骨を砕くどころか胴まで絞りさく、恐るべき必殺技だ!!
「すいません、私は貴方を軽んじてました」
静虎はキラー・クロックへ謝罪を行う。ただの野蛮人、獣と心のどこかに偏見があったからだ。素晴らしく美しいタックルはキラー・クロックが人間であることを雄弁に表しているように静虎は感じる。
「ですが、私は貴方を赦す事はない!」
静虎は左手を振り翳し、キラー・クロックの顎目掛けて拳を当てる。ガギッ!! っと何かが外れる音がした。キラー・クロックの右顎が外れたのである。
打撃で顎関節を脱臼させる灘神影流”頤突き”だ!! キラー・クロックの顎が見事に外れ、食い縛りによって生まれていた人外の怪力が失われる。
この隙を見逃す静虎ではなかった。緩んだキラー・クロックの腕を踏み台に飛び上がる。そして静虎は右脚を首、左脚を右腕、左手を左手と尻尾、そして右手は自らの左脚を掴むことで、キラー・クロックを締め上げる。
「灘神影流・”鰻締め”!!」
獲物を絞め殺す鰻のような関節技である。キラー・クロックは脱出しようともがく程関節が締め付けられていき、かえって苦しくなるのだ。しかもキラー・クロックは今顎が外されている。力を入れることもワニのような噛みつきもすることができない。
「ぎわああああ────ーっ」
空元気のような雄叫びも徐々に声が小さくなっていく。苦しい。それだけがキラー・クロックの頭にあった。苦しみは脳内で爆発的に増幅していき、いつのまにか何も考えなくなった。
キラー・クロックは失禁の果て、白目を剥き壊れたアスファルトに横たわる。あらゆる液体を垂れ流し、気絶したのだ。
静虎は息吹を落とす。メガネをかけ、スーツを着ると、騒然としたゴッサム市民を横目にもといたタクシーに戻って行った。
「お客さんすごいですね! まさかキラー・クロックを倒すだなんて! 空手かなんかですかあれ?」
「まあそれに近いですね」
「なるほど! 東洋の神秘だぁ!」
ウェイドは一通り大声で笑い、真顔で静虎の方を向く。
「でもあのようなことこの町でしない方がいいですよ」
「…………何故ですか?」
「単純な話ですよ! 『目立つ奴は狙われる』、ただそれだけのことです」
ウェイドは破壊された道を迂回し、目的地であるホテルまで静虎を送る。
「いいですかお客さん。ここは鼠取りが張り巡らされたゴミ処理場みたいなクソ都市ですぜ。特にヴィランを止める・倒すと言ったことに過敏だ! あんたはこれから狙われることになりますよ!」
「…………」
「まあそうは言ってもあんた正義感があるみたいですからね! 二つ忠告しておきますよ。『顔を隠せ』『正体を偽れ』、特に今回みたいな大捕物する時はね!」
「肝に免じておきます」
「いいってことですよ! ただの娑婆心ですから」
ウェイドのタクシーは静虎が泊まるホテルへ到着した。
「じゃあねお客さん! また運が向いたら会いましょう!」
オレンジと黒の個人タクシーはすっかり暗くなったゴッサム・シティの闇へ消えていく。ホテルでチェックインを済ませた静虎はシャワーを浴びたのち、激戦の疲れを取るため、早めに床に着く。静虎の戦闘がどのような結果を齎すか知らずに。
◇◇◇◇
翌日の夕方、静虎はとある高級レストランへと足を運んでいた。そこに今回の取引相手がいるのだ。場所の名前は『アイスバーグ・ラウンジ』。南極をイメージした彫刻とペンギンやアザラシを見ることができる人気店だ。しかしここを利用するのは大半が犯罪者。何故ならここのオーナーがここの街を牛耳る大物ヴィランの一人であるからだ!
静虎の姿を見てヒソヒソと会話をする客。昨日のことは彼らの間でも既に話題なのだ。キラー・クロックに勝ったイエローが何故ここにいるのか? 客のほとんどはその理由がわからない。
「セイコ・ミヤザワですね? オーナーがお待ちです」
店のガードマン二人が静虎の姿を見ると近寄り案内した。
「おいおい、あのモンキー2階に上がっていくぜ」
「まじか!? もしかして2人目の犠牲者はあいつなのか?」
「そうなればこっちも領土取ることができそうだな」
「あのサルジジイまじで強いらしいからな。さっさと殺してほしいぜあいつを!」
命知らずなギャング2人が外に連れ出される。銃声が2発聞こえるのを静虎は聴きつつ2階のプライベート・ルームへ入った。
「いやぁMr.セイコ。待ってましたよ」
屈強な部下たちを部屋の壁沿いに立たせ、1人真ん中に座る男がいる。背は150cmくらいだろう、静虎が下に顔を向けるほどに小さい。だが肩幅や体格はかなりガッチリしている。その鼻は長く、モノクルのメガネとシルクハットが奇妙だが男の雰囲気に合致していた。
「初めまして、『Mr. コブルポット』。本日はよろしくお願いします」
「いや違いますよMr.セイコ。俺の名前は『ペンギン』だ」
| ペンギン 本名オズワルド・チェスターフィールド・コブルポット。バットマンの宿敵。ゴッサム・シティの中では珍しく正気のまま悪事を行なっているギャングでもある。 |
◇何が始まる…!?