アニメやゲームをこよなく愛する高校生、
学校生活の最中、昼休みに教室の片隅で、スマホゲームのイベント周回を行っていたときの出来事だ。
目を惹くような召喚演出もなく、瞬きを一つ挟んだタイミングで、石造りの大広間に転移した次第である。
「こ、ここはどこだ……? 一体、僕はいつの間に……?」
「勇人くん……。私、怖い……っ」
「はぁ? なんこれ、誘拐? ウチ、誘拐された的なやつ?」
俺の周りには、俺と同様に困惑している十一人の男女の姿があった。
爽やかイケメン、清楚系美少女、いじめっ子のギャル。この三人は、同じ学校の生徒なので、見覚えがある。
ちなみに、爽やかイケメンの名前が『
それと、テレビで見たことがある有名人の姿もあった。
高学歴エリート社長、大人気動画配信者、スポーツ選手など。
「よくぞお越しくださいました。勇者様方、歓迎いたします。わたくしの名前は、ミュートライゼ。ここ、ラスターク王国の第一王女にして、今回の勇者召喚の議を執り行った者です。親しみを込めて、ミュゼとお呼びください」
俺たち十二人の目の前で、『お姫様』としか形容出来ない美少女が、丁寧な挨拶を行った。
彼女の名前は、ミュートライゼ。愛称は、ミュゼ。
ストロベリーブロンドの綺麗な長髪と、深い海のような藍色の瞳を持っている。
瑕疵一つない真っ白な肌に纏っているのは、ピンク色のドレスだ。
頭には銀色のティアラをちょこんと乗せており、非常に愛らしい。
顔立ちはそこらのアイドルが、裸足で逃げ出しそうなほど整っている。
可愛い、お近付きになりたい。そう思っても、『騎士』としか形容出来ない連中が、俺たちを威圧しながらミュゼを守っているので、難しそうだ。
まぁ、仮に騎士がいなくても、オタク陰キャの俺には、初対面の美少女に声を掛ける勇気なんてない。
「ミュートライゼ姫、お目に掛かれて光栄です。僕の名前は、幸村勇人。ごく普通の学生です。僕たちは、現状が把握出来ていません。僭越ですが、お教え願えますか?」
イケメンの勇人が、ミュゼの前で片膝を突き、上位者に敬意を払う態度を取りながら質問した。
俺と同じ日本人で、普通の学生のくせに、この適応力の高さ……。お前は何者なんだ?
「ユキームゥラ=ユウト。聞き慣れない響きですが、善き名前ですね」
「光栄です。ミュートライゼ姫、貴方のお名前も素敵だ」
ミュゼが口にした勇人の名前。そのイントネーションが面白くて、俺は思わず吹き出してしまった。
勇人はキリッとした表情で、ミュゼの名前を褒め返したので、これも俺の笑いのツボを刺激する。
そんな俺に、ミュゼが冷たい目を向けてきた。ごめんて。
「──この世界では、強大な魔王軍に、人類が脅かされております。そこで、人類救済のために、異世界から勇者様方をお呼びした次第です」
「その勇者が、僕たちですか……。僕は幼少期より剣を嗜んでいるので、多少はお力になれますが、この中には戦えない者たちもいます。その者たちだけでも、故郷に帰してはいただけませんか?」
「それは、出来兼ねます。魔王を討伐して、奴の膨大な魔力が宿った左目を媒介にしなければ、勇者送還の儀式は行えませんので」
俺は一連の話を聞いて、『あるある。そういう展開ね』と一人で納得していた。
オタクだから、異世界召喚には詳しいんだ。アニメやゲームで、似たようなシチュエーションを幾つも見たことがある。
これは余談だが、勇人は剣道の全国大会優勝者だった。
学校の朝礼で、彼が校長に褒められ、全校生徒が拍手を強要されたことがあるんだ。
「では、戦えない者たちの、生活と安全を保障していただきたく……」
勇人は尚も食い下がるが、ミュゼは深刻そうな表情で頭を振る。
「それらは、戦って勝ち取っていただくしかありません。わたくしたちは、魔王軍に脅かされているのです」
「ですがっ、戦える力など……!!」
「ご安心ください。勇者様は召喚される際に、強力なチートスキルを授かります。それを使えば、必ずや魔王軍を打倒出来るでしょう」
ミュゼはそう言って、騎士の一人から水晶玉を受け取った。
俺は内心で、『キタアアアアアアアアッ!!』と歓喜する。
チートを手に入れて、無双して、ミュゼをお嫁さんにして、ハーレムを作る。
そんな未来が一瞬で脳裏に浮かび、テンションが爆上がりだ。
この後、一人ずつ水晶玉に触って、チートスキルとやらを確認していった。
勇人のチートスキルが【剣聖】で、剣に関する全てのスキルを使えるというもの。
清楚系美少女のチートスキルが【聖女】で、治癒に関する全てのスキルを使えるというもの。
他にも【賢者】とか、【一騎当千】とか、【邪竜滅殺槍】とか、凄そうなチートスキルが確認出来た。
「──最後は貴方の番です。どうぞ、お触りください」
「あ、は、はい……。ども……」
俺はミュゼに促されて、おずおずと水晶玉に手を伸ばす。
ここで、何気なく彼女のおっぱいを触ったら、殺されるんだろうな。
そんな益体もないことを考えながら、水晶玉にペタリ。
こうして、判明した俺のスキルは、【脱兎】というものだった。
なんと、逃げることに特化したゴミスキルらしい。
「では、貴方は無能なので、追放です」
「で、ですよね……。はい……」
無情にも、ミュゼは俺にだけ、戦力外通告を出した。
まぁ、そりゃそうか。逆の立場なら、俺でもそうする。
俺は騎士たちに両脇を掴まれ、ずるずると引き摺られていく。
石造りの大広間は地下にあったらしく、扉から出て階段を上がると、豪華絢爛な通路に出た。
更に引き摺られて、外に放り出されたとき、俺の目の前には中世ヨーロッパ風の街並みが広がる。
後ろを振り向くと、白亜のお城が聳え立っていた。
俺が召喚された場所は、このお城の地下だったらしい。
「──さて、このふざけた現状から、逃げるとするか。脱兎の如く!」
自分のスキルを認識した時点で、ごく自然に使えるようになった。
そんな訳で、俺がスキル【脱兎】を使うと、一瞬で風景が切り替わり、昼休みの教室へと戻ってきた。
現在地は地球にある日本という国で、ここは通い慣れた学校である。
俺の逃げ足は、世界の壁を跨ぐようになったんだ。