脱兎の勇者、日本に逃げ帰る。   作:有象無象のゾウ

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 マッサージが終わった後、俺は箒星を家まで送り届ける。

 彼女の家はタワーマンションの一室で、母親と二人暮らしだとか。

 ……会話が少なく、気まずい岐路だった。

 

 ちらりと見遣って目が合うと、『キモ』と言われてしまうので、おっぱいを盗み見ることは出来ない。

 何事もなくお別れ、という直前に、箒星の方から話し掛けてきた。

 

「ねぇ、オタバ。あんたって、いつもどこで髪を切ってるの?」

 

「どこって、家だよ。母さんが切ってくれるんだ」

 

 妹の舞香は美容院へ行っているけど、料金が一回三千円とお高いので、俺は行っていない。

 そんなところに小遣いを使うのは、馬鹿らしいと思ってしまう。

 スマホゲーのガチャとか、家庭用のゲームとか、漫画とか──オタクの俺には、欲しいものが沢山あるんだ。

 

「あんたの母親って、美容師じゃないわよね?」

 

「ああ、違うけど……?」

 

「それなら、美容院に行きなさいよ。駅前のところね。眉毛とかも、きちんと整えて貰って」

 

 突然の指示に、俺は困惑してしまう。

 

「ええっと、な、なんで……?」

 

「あんた、モサっとしてダサいから。あたしのファンボが見るからに陰キャとか、普通に嫌だし」

 

「も、モサっと、ダサい……」

 

 箒星の言葉は、ナイフのように鋭い。

 胸を押さえてよろめく俺に、こいつは追撃を仕掛けてくる。

 

「猫背もキモいから直して。それと、私服姿は見たことないけど、そっちもダサそうよね……。ライン、交換するわよ」

 

「えっ!? ら、ラインって、あの、スマホの、コミュニケーションアプリの、ライン……!?」

 

「キモ。他に何があるのよ? お勧めの服の画像、適当に送ってあげるから、それを買いなさい」

 

 箒星と連絡先を交換出来る。嬉しい。嬉し過ぎて、顔がにやけてしまう。

 俺が喜色に満ちた表情を浮かべると、それに反比例して、箒星の表情が悪化していく。

 苦虫を噛み潰しながら、汚物を見つけてしまったような表情だ。

 

 今この瞬間にも、『やっぱりナシで』と言われそうだから、俺は慌ててスマホを取り出した。

 連絡先を交換すると、目の前にいる箒星から、早速メッセージが送られてくる。

 

『アイコン、キモすぎ。変えて』

 

『はい』

 

 俺が使っているユーザーアイコンは、好きなアニメの美少女キャラクターだ。

 ちなみに、箒星に似ている。おっぱいも大きい。

 俺はすぐに、デフォルトのアイコンに変更した。

 

『デフォルトもダサい。これにして』

 

『はい』

 

 箒星から、デフォルメされた兎の画像が送られてくる。

 俺の名字が兎場だから、兎なのだろう。

 意中の相手から貰ったものなので、とても嬉しい。

 俺はアイコンを再び変更した後、意気揚々とメッセージを打ち込む。

 

『一生使わせて貰います!(クソ寒スタンプ)』

 

『このユーザーからブロックされました』

 

 連絡先を交換してから三分も経たない内に、俺はブロックされてしまった。

 

「な、なんでブロックしたのか、参考までに教えて貰える……?」

 

「スタンプが寒いからよ。もう二度と使わないで」

 

 目の前にいる箒星に直接尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。

 俺が使ったスタンプは、ゲームの美少女キャラが感極まった表情をしているやつだ。

 アニメのアイコンも駄目、ゲームのスタンプも駄目。

 この感じだと、俺が常用しているスタンプは全部駄目だな。

 

「わ、分かった。二度と使わない! だからっ、もう一度だけチャンスをください……!!」

 

『ブロックが解除されました』

 

 幸いにも、俺は許されたらしい。

 ホッと安堵していると、箒星はひらひらと手を振って、マンションの中に入っていく。

 

「じゃ、ばいばい。ラインを交換したからって、人前で話し掛けてくるんじゃないわよ」

 

「分かった! ばいばい! おやすみ!」

 

 人前じゃなければ、話し掛けてもいいのだろう。

 箒星との関係が、何歩も前に進んだ気がして、俺は天にも昇る気持ちになった。

 彼女からのメッセージが送られてくることを期待して、この日は深夜までスマホを凝視してしまう。

 

 しかし、『おやすみ』の一言も送られてこない。

 服の画像だって、送るって約束したのに、送られてこないし……。

 もう駄目だ。きっと、俺のことなんて忘れられたんだ。

 

 この絶望から逃げ出して、今日という一日をやり直そうか、真剣に考える。

 しかし、やり直した場合、ラインの交換すら出来ない未来が、待っているかもしれない。

 悶々としていると、俺はいつの間にか、寝落ちしてしまった。

 

 ──朝になって起床すると、ラインに未読のメッセージが届いていた。

 

「うおおおおおおおおっ!! 箒星からか!?」

 

 俺は歓喜の雄叫びを上げながら、メッセージを確認してみる。

 

『トバっち、どんな心境の変化でせう?w アイコンが兎さんになっておりますぞwww』

 

 シマからのメッセージだった。既読スルーしよう。

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