──休日の朝。俺は台所に立っている母親に、直角九十度で頭を下げていた。
「母さんっ、お願い!! お小遣いをください!!」
「駄目よ。この前、お父さんから貰ったばっかりでしょ」
スキル【呪言】を使ったが、素気無く断られてしまった。
このスキル、やっぱり微妙だな。
「確かに貰ったけど、あれは本を買うために使ったから……。今度はさ、美容院に行きたいんだ」
「美容院? 髪なら私が切ってあげるわよ?」
俺がお金の使い道を伝えると、母親は指先をチョキチョキと動かして、今から切ろうかと提案してきた。
「いや、母さんが切ると、俺はモサっとしてダサいらしい」
「ああそう、朝から喧嘩を売っているのね?」
母親はお玉を振り上げて、俺の頭をブッ叩こうとする。
俺は逃げ腰になりながら、全力で首を左右に振った。
「ち、違うよ! ただ、クラスの女子に、そう言われたんだ……!!」
「……一茶、女の子の目なんて、気にしてたの?」
「まぁ、これでも一応、お年頃なもので……」
母親から見た俺の印象は、『花より団子』ならぬ、『花よりオタク趣味』の人間だった。
お小遣いで自分磨きをすることなんて、考えたこともなかったので、否定は出来ない。
「一茶もいよいよ、そういう時期なのね……」
「そうなんだよ。それに、最近はマッサージも頑張ってるし、お小遣いをくれてもよくない?」
俺のマッサージのおかげで、肩凝り、腰痛、便秘、目疲れ、肌荒れなど、母親を苦しめていた幾つもの症状が治っている。
この貢献を考慮すれば、臨時のお小遣いくらい、あって然るべきだろう。
「そうねぇ……。それは、一理あると言わざるを得ないわ」
「おおっ!」
「ただし、今月はこれっきり! これ以上の追加のお小遣いは、絶対にナシ!」
「おお……」
箒星から服の画像が送られてきたら、それも買いたかったが、今月は難しそうだ。
オタク趣味にもお金を使いたいし、とにかく金が足りない。
やっぱり、マッサージで一稼ぎしないことには、慢性的なお小遣い不足だ。
何はともあれ、今はお小遣いを貰うことに成功した。
後は美容院へ行くだけだが……美容院って、今更だけど俺にはハードルが高い。
一旦、リビングへと足を運び、ソファで寛いでいる妹に声を掛ける。
「舞香、頼む。兄ちゃんに少しだけ、付き合って貰えないか?」
「んー? 対戦ゲームは嫌だよ? 舞香、弱いから」
「いや、美容院に行くから、付き合って貰いたいんだ。俺さ、美容院の勝手とか、全然分からないし」
舞香はギャルなので、美容院は自分の庭みたいなものだろう。
最近はマッサージをしてあげているので、こんなときくらい、力を貸して貰いたい。
「んんんっ!? えっ、お兄ちゃんが、美容院!? えっ、えっ、なんで!? 身嗜みに無頓着なお兄ちゃんが、どういう風の吹きまわしで!?」
「俺もお年頃なんだよ。深くは聞かないでくれ」
俺の要請を聞いて、舞香は愕然とした。
しかし、次の瞬間には、したり顔で何度も頷く。
「ほほぅ、ほぅほぅ……。なるほどっ、好きな人に言われたんでしょ!? モサっとしててダサいから、美容院に行った方がいいって!」
「お前は超能力者か……?」
舞香の洞察力には、目を見張るものがある。
家族と恋バナなんてしたくないから、好きな人に関しては、掘り下げないで貰いたい。
「オケまる! そういうことならっ、舞香にお任せだよ!! お兄ちゃんのこと、バッチリPしちゃうから!」
「ピーしちゃう……? なんだそれ」
「プロデュースするってこと! ほらっ、行こう!!」
舞香は光の速さで出掛ける準備を整えて、俺の手を引っ張った。
陰キャの俺には眩しい存在だが、とても頼りになる。持つべきものは、陽キャの妹だな。
──俺は妹とバスに乗って、駅前の美容院までやって来た。
なんだか、いい匂いがする。店員が美男美女ばっかりで、どう考えても俺は場違いだ。
「ウェーイ!! 舞香ちゃんっ、いらっしゃいませーっ!!」
来店早々、店員のイケメンが、舞香に気安く話し掛けてきた。処すぞコイツ。
「うぇーい! こんにちは! 今日はねっ、舞香のお兄ちゃんを連れてきたの! 最高にカッコよくしてあげて!」
舞香は常連なので、テンションが完全に馴染んでいる。
「ウェーイ!! そういうことなら、オレに任せとけって!! スタイリッシュでクールにキメてやるぜぇ!!」
どうやら、このイケメンが俺の髪を切るらしい。
嫌だ。綺麗なお姉さんに切って貰いたい。そう思っても、言葉が出なかった。
ここは陽キャのフィールドなので、陰キャの俺に発言権はないんだ。
「よ、よろ、よろしく、です……」
「ウェーイ!! 少年っ、モサっとしてるねぇ!! 切り甲斐があるってもんよ!!」
「ど、ども……」
イケメンは俺の髪をワシャワシャと洗いながら、気さくに話し掛けてきた。
こいつ、頭皮を刺激するのが非常に上手い。
俺の中で、マッサージ師としての対抗意識が滲み出す。
きちんと感じ取って、この技術を盗んでやろう。
俺にはスキル【治癒掌】があるので、技術さえ盗んでしまえば、イケメンの上をいく洗髪が出来るだろう。
クックックッ、覚悟しろよ……。イケメンめ。
舞香に言わせてやるんだ。『あのイケメンより、お兄ちゃんの洗髪の方が気持ちいい!』ってな。
「ウェーイ!! 少年、どういうスタイルにしたいとか、希望はある系? あるある系?」
「い、いや……特には……」
俺はしどろもどろになって、舞香に助けを求める目を向けた。
しかし、この愚妹は恐ろしい提案を突き付けてくる。
「お兄ちゃん、いっそのこと染めちゃう? 舞香、ここのカードのポイントが溜まってるから、一回なら無料でして貰えるよ?」
「染める……だと……!?」
舞香の勧めに、俺は愕然とした。助けを求める相手を間違えたんだ。
髪を染めるとか、生まれてこの方、一度も考えたことがなかったぞ。
「ウェーイ!! いいねぇ! YOU、染めちゃいなYO!! ついでにパーマも掛けちゃいなYO!!」
お前は黙れ、イケメン。
俺が断固として拒否する前に、舞香は話を進めてしまう。
「お兄ちゃんがイメチェンしようなんて思うこと、もう二度となさそうだし、やってみよ! 金髪はハードルが高いから、軽めの茶髪がいいかも」
「オッケぇい!! オレに任せときな!! モテモテ間違いなしの、最高の仕上がりにしてやるぜぇ!!」
断ろう。断るぞ。陽キャどもが、好き勝手なこと言いやがって!
そう意気込んで、俺は声を絞り出す。
「あ、あ、あ、あぅ……」
駄目だった。なんかもう、色々と準備が始まっているので、断れる雰囲気じゃない。
斯くして、俺は人生初の美容院で、魔改造されてしまう。