俺の着替えとメイクが終わって、いよいよ撮影が始まる。
今の季節は春で、もうすぐ夏に移り変わるので、衣替えが近い。
そんな訳で、夏を先取りした衣服の宣伝のために、今回の撮影は行われるんだ。
「モデル事務所、サマーズ所属の
「あ、ど、ども……」
俺は千堂に挨拶されて、しどろもどろになりながら返事をした。
同年代だとは思うが、随分と大人びている。
クール系の美少女だし、いい匂いがするし、キリッとしているから性格がキツそうだし、緊張しない訳がない。
今回の撮影では、彼女と並んで撮るものもあるんだとか。
「お兄ちゃんっ、ヤバいヤバいっ!! ヤバすぎだよっ!! レイナちゃんと一緒にお仕事なんてっ、ヤバヤバのヤバだよ!!」
「舞香……。兄ちゃんな、お前の語彙力の方がヤバいと思う」
うちの妹がキャッキャと燥いで、撮影現場のムードを和ませている。
仕事に来ている大人たちから、微笑ましい視線を向けられているんだ。
「舞香の語彙力なんて、どうでもいいのっ!! お兄ちゃん、もっとテンション上げて! レイナちゃんの隣に立てるんだよ!?」
「CMで見たことはあるけど、そんなに凄い人なのか……?」
「CMに出てる時点で凄いじゃん!? それにね、レイナちゃんは毎週必ず、どこかの雑誌に載ってるんだよ! 最近はバラエティ番組でも、結構見るし!!」
ファッション雑誌なんて、俺は一冊も読んだことがないし、テレビだってアニメ以外は見ない。
そのせいで、舞香の言う『凄い!』が、今一頭の中に入ってこない。
それと、千堂はスラっとしているモデル体型なので、俺の好みとも当て嵌らない。
もっとムチムチしている方が、健康的で魅力的だと思う。
身体が細すぎると、魅力云々の前に、折れないか心配になるんだ。
──つらつらと、そんなことを考えているうちに、撮影が始まった。
「もっと背筋を伸ばしてくださーい! 顎を引いて、キリッとして!」
「こ、こう、ですか……?」
「違う違う! もっとこう、キリリッとして!!」
矢継ぎ早に飛んでくるカメラマンの指示に、俺はなんとか応えていく。
ただ立っているだけの仕事かと思ったけど、全然そんなことはない。
頭の天辺から、足の爪先まで、拘り抜かれたポーズを幾度も要求される。
しかも、次々と衣服を着替えないといけない。
俺は服装に拘ったことなんて、生まれてから一度もなかったので、本当に理解出来ない世界だ。
季節に合わせて、寒さや暑さを凌げるなら、衣服なんてなんでもよくない……?
色に関しては、汚れが目立たない黒こそが、至高だと思う。
「いいよー! レイナちゃんっ、今日も最高だよー! 表紙に使えそうなのが、バンバン撮れてるよー!」
「はいっ、ありがとうございます」
千堂は完全無欠のプロという感じで、ポーズの指示を俺ほど細かくはされていない。
カメラマンと阿吽の呼吸で、バンバン撮影を進めている。
「オッケー! 次はそっちのイケメンくんと、並んで撮るよー!」
カメラマンの指示に従って、俺は千堂の隣に並んだ。
もうヘトヘトな俺とは違って、彼女は活力に満ちている。
足を引っ張るのは申し訳ないので、頑張ろう。頑張るぞ。
「……頑張れ、俺」
スキル【呪言】を使って自分を励ますと、少しだけ活力が湧いてきた。
この後、撮影は恙なく進行して──夕方頃に、ようやく終わる。
現場の人たちと、『お疲れ様でした』と言い合って、張り詰めていた空気感が解れていく。
ここで、メイク担当のオカマが、俺に再び名刺を差し出した。
「坊や、とってもよかったわよん! 心の底から冷めた感じが、とぉっても魅力的だったわぁ!」
「はぁ……? ど、どうも……?」
「やっぱり、アタシは貴方に、ランウェイを歩いて欲しいわねぇ……」
「NOウェイ。さようなら」
名刺は突っ撥ねようと思ったが、有無を言わさずポケットに捻じ込まれた。
まぁ、名刺を貰ったからって、何かしないといけない訳じゃないんだ。放っておこう。
オカマと別れた後、俺はマネージャーから、金一封を受け取った。
「今日は本当に、ありがとうございました。少ないけど、これがバイト代です。私の名刺も入っているので、モデルのお仕事を続けてもいいと思えたら、是非ご連絡ください。是非是非、お願いしますね」
「お兄ちゃんっ、続けようね! 絶対の絶対っ、続けようね!?」
「いやぁ、どうかなぁ……」
マネージャーと舞香は、続けて欲しいみたいだけど、俺は乗り気になれない。
疲れたし、罪悪感もあった。この現場にいる人たちは、みんなお洒落が大好きなんだ。
だから、一人一人から凄まじい情熱が感じられた。
そんな中で、お洒落に興味がない俺だけは、終始冷めていた。
撮影中に衣服の値段を聞いてみたら、安くても五千円、高いと数万円……。
一着でこの値段は、悪い意味で信じられない。
これに熱を入れろと言われても、到底無理な話だ。
「そうだ、兎場くん。今回の撮影に使った服、よければ貰ってください」
「えっ!? い、いいんですか!? お高い服、ですよね……?」
マネージャーの言葉で、俺の心に熱が入った。
無料で貰えるなら、お洒落も全然悪くない。
「頑張ってくれたご褒美ですよ。次回以降も頑張ってくれたら、そのときに使った服を差し上げます」
「わぁお……」
太っ腹だ。バイト代が入っている封筒を覗くと、五万円も入っていたので、貰った衣服と合わせたら、十万円以上の給料が発生したことになる。
一日でそんなに稼げるなんて、最高のアルバイトだ。マネージャーの名刺は、大切にしよう。
そう思った矢先に、千堂が近付いてきた。そして、思いも寄らない言葉をぶつけてくる。
「私、チャンスを棒に振る人って、大嫌いよ。しかも、才能があるから質が悪い」
「え……? チャンスって、一体なんの……?」
「ランウェイを歩く勇気もない癖に、私の隣に立たないで欲しいものね」
どうやら、千堂もウェイ系の人らしい。
美容師のイケメン、メイク担当のオカマ、モデルの千堂。
どいつもこいつも、ウェイウェイウェイウェイって、俺はノイローゼになりそうだ。
どんなに外見が変わっても、俺の中身は陰キャのままなので、陽キャのノリには付いて行けない。