──休日が終わって、月曜日。
当然のように登校日だが、俺は洗面所に居座り、鏡の前で苦悩していた。
「この姿で、学校へ行くべきか、行かざるべきか……。それが問題だ」
「行きなよ、お兄ちゃん! 折角イケイケになったのに、行かないなんて勿体ないよ!」
舞香が俺の隣にやって来て、背中を押してくれた。
「いやでも、パリピの陽キャたちに、何を言われるか……」
「何を言われても、『うぇーい!』って返事をすれば、なんの心配もないよ! それだけで、すぐに仲良くなれるから!」
「へぇ……。陽キャの生態って、意味不明だな……」
陰キャの俺には、到底理解出来ない。
まぁ、今の俺はワックスもイヤリングも付けていないので、モデル撮影のときよりは、イキり具合がマシになっている。
髪を茶色に染めているだけなら、陽キャに絡まれることは、ないかもしれない。
……希望的観測か?
「お兄ちゃんっ、舞香が途中まで一緒に行ってあげるから! 勇気出して!」
「いや、舞香の中学校は反対方向だろ。流石に遠慮するよ」
「いいのっ! だってお兄ちゃん、途中で逃げ帰りそうな顔してるし!」
余計なお世話だと突っ撥ねたいが、舞香のニコニコ笑顔を見ていると、そんな気持ちも萎んでくる。
仕方なく、俺は舞香に付き添われて、登校することにした。
それなりに歩いてから、俺たちは道中で一人の少女と出くわす。
「……まーちゃん、おはよ」
「あっ、しーちゃん! おっはよー!」
舞香のことを『まーちゃん』と呼んだのは、舞香と同い年の中学生、
無表情かつジト目がデフォルトで、背が低くてツルペタな、完全無欠のロリっ子である。
静香の愛称は『しーちゃん』で、舞香の親友だ。
俺とも面識があり、それなりに懐かれている。
彼女の容姿で、最も特筆すべき点は、ふわっとしている長髪の色。
なんと、アバンギャルドなピンク色に染まっている。
魔法少女のアニメに感化されて、小学生の頃から染めるようになったんだ。
「……まーちゃん。これ、だれ?」
静香は俺を指差して、ぼんやりした口調で舞香に尋ねた。
「舞香のお兄ちゃんだよ!」
「……イチにぃ?」
「ああ、そうだ。信じられないと思うけど、俺は兎場一茶だぞ」
「……イメチェン、大成功。おめ」
ぱちぱちと、静香は拙い拍手で祝福してくれた。
ついでに、パシャパシャとスマホで写真を撮られる。
「しーちゃんっ、ダメだよ! 無許可の撮影は、ご遠慮くださーい!」
「……まーちゃん、ケチ」
「お兄ちゃんはプロだからね! 安売りはしないの! お兄ちゃん、私はしーちゃんと学校に行くから、付き添いはここまでね!」
舞香と静香はキャッキャと戯れながら、一緒に中学校へと向かった。
取り残された俺は、このまま大人しく通学路を進む。
静香には好感触だったので、少しだけ勇気が湧いてきた。
──学校に到着して、ビクビクしながら教室に足を踏み入れる。
すると、一人、また一人と、俺に訝しげな目を向けてきた。
「えっ、あの人って誰? 転校生?」
「嘘っ、イケメンじゃん……!! 美鈴っ、委員長でしょ……!! 声掛けてきなよ……!!」
「無理無理っ、緊張しちゃうから……!!」
「チッ、死ねよイケメン……」
ひそひそと、陰口を叩かれている気がする。
『オタバが調子に乗っている』『バリカンで全剃りしてやろうぜ』『モヒカンの方がよくね?』とか、言われている気がする!
俺は戦々恐々としながら、自分の席に座った。
すると、隣の席に座っているシマが、ギョッとしてこちらを見つめてくる。
「ひぇっ!? そ、そこは、ど、どどど、同志っ、トバっちの席であるからして……!!」
「シマ、おはよう。俺だ」
「──ッ!? そ、そのお声は、トバっち!?」
「ごめんな、こんな変わり果てた姿になって……」
シマはあわあわと混乱しながら、俺との距離を測り兼ねている。
逆の立場だったら、俺も同じ反応をするだろう。
俺が自分の席に座った途端、教室中がシンと静まり返って、耳が痛くなるような沈黙が横たわる。
居た堪れなくなって、俺が俯いていると──箒星が肩で風を切りながら、こちらへ近付いてきた。
「オタバ、ちょっとツラ貸して」
「は、はい……」
不良に呼び出しを食らったような気分だ。
真顔の箒星に連れられて、階段の踊り場まで移動する。
その後、箒星は俺を壁際まで追い詰めて、壁ドンをしてきた。
身長差があるので、あんまり迫力はない。かと思いきや、上目遣いで睨まれると、気圧されてしまう。
「あんた、本当にオタバなのよね?」
「そ、そうだよ……。ああいや、兎場だけど」
「どっちでもいい!! それよりっ、これはどういうこと!? あんた、イメチェンにも程があるでしょ!?」
箒星が背伸びしながら、俺の頬を両手で挟み、ムニムニと変顔を強要してくる。
どういう訳か、大層ご立腹らしい。
「そ、そんなこと言われても……!! ほらっ、箒星に勧められた美容院! あそこに行ったら、魔改造されたんだ!」
俺が事実を伝えると、箒星は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「くっ、あたしが元凶って言いたいのね……ッ!?」
「元凶って……まぁ、その通りだけど……でも、なんでそんなに怒ってるんだ? 俺がイメチェンしたからって、箒星に迷惑は掛かっていないのでは……?」
「それは──ッ、そうね! ええっ、その通りだわ!! 馬鹿!! オタク!! おたんこナス!!」
「なんで罵倒!?」
げしげしと、箒星は俺の脛を蹴ってくる。
とても理不尽だが、こんなやり取りでも嬉しくなってしまうのは、惚れた弱みというやつだろう。
「ああもうっ、ムカつく!! よく分かんないけどっ、ムカつくのよ!!」
「めちゃくちゃ理不尽だ……!!」
「とりあえずっ、あんたはあたしのファンボ!! そうよね!?」
「そ、そうだよ。うん、ファンボーイ」
俺が美容院に行ったのは、箒星が『自分のファンボがダサいのは嫌だ』と、言ったからだ。
「それで、あたしにマッサージを施すことで、バレー選手としてのあたしを支えたいのよね!?」
「ハイ、ソウデス……」
今の俺は、おっぱいマッサージに自信を持っている。
シロとクロのおかげで、技術を磨き抜くことが出来たんだ。
箒星は運動をすると、おっぱいを痛めてしまうらしいが、俺の手に掛かれば確実に治してあげられる。
「…………わよ」
「え、なんて?」
「だからっ、いいわよ!! マッサージさせてやるって、言ってんの!!」
「お、おおー……。それは、つまり……」
俺は思わず、箒星のおっぱいに視線を向けてしまった。
デカい。デカぱいだ。『巨乳』を通り越して、『爆乳』と言ってもいい。
彼女はおっぱいを隠すように抱えて、俺に背を向ける。
「キモっ、死ねっ! あんたなんか、イメチェンしたってオタバなんだからねっ!! 身の程を弁えて、今後の学校生活を送りなさいよ!!」
「わ、分かってるよ……。それで、マッサージはいつから?」
「放課後!! 部活が終わってから!!」
箒星はそう言い残して、駆け足で踊り場から立ち去った。
耳が真っ赤になっていたので、よっぽどお怒りだったのだろう。
俺が調子に乗っているように見えたから、きっと不快に思ったんだ。
別に、乗っていなかったが……忠告通り、身の程を弁えよう。