──翌日。三人の生徒が行方不明になったことで、学校には警察が来ていた。
無論、その三人は勇者召喚された連中だ。
「心当たりのある者は、名乗り出てください。下手に隠し立てすると、罪に問われる可能性があります」
体育館で行われる朝礼にて、警察のオジサンが壇上に立ち、全校生徒を見渡しながらそう言った。
俺は素知らぬ顔で、欠伸を噛み殺す。
『異世界に召喚されましたよ!』なんて、言っても信じないだろうし、どうしようもない。
ちなみに、スキル【脱兎】で異世界から逃げられるのは、俺だけだった。
衣服や手荷物は持ち運べるが、他人を連れ帰ることは出来ない。
「ふひひっ、同志トバっち! 大事件ですな! 失踪した三人の生徒、一人は不良のギャルですが、別の二人は品行方正な生徒……!! におうっ、においますぞぉ!」
朝礼が終わって教室に戻ると、隣の席の女子が話し掛けてきた。
ボサっとした黒髪と、黒縁のレンズが分厚い眼鏡。
それと、おっぱいが大きくて、猫背なのが特徴的な奴だ。
絵に描いたようなオタクの腐女子で、BL以外のアニメやゲームの趣味が、俺と合う。
名前は、
そんな事情があるので、俺は『シマ』と、あだ名で呼んでいる。
「シマ、何が臭うんだ? 自分の体臭か?」
「ふひっ!? お風呂なら、二日前に入ったばっかりですぞ!」
「風呂は毎日入れよ」
シマは二次元の男にしか興味がないので、三次元に存在している自分のことに無頓着だ。
「拙者のお風呂の話など、どうでもいいですぞ。それよりっ、拙者は幸村氏と姫村氏が、駆け落ちしたと見ましたぞ! そういう関係のにおいがするでしょう!?」
姫村というのは、勇者召喚された清楚系美少女のことだ。下の名前は、沙雪だったかな。
幸村勇人と、姫村沙雪。美男美女で、お似合いのカップルだ。
「事件に巻き込まれているかもしれないし、妙な噂を立てるのはやめておけよ。可哀そうだろ」
「ふ、ふひぃ……。確かに、これは一本取られましたな……。トバっちの言う通りですぞ」
「そうだろう。まぁ、それより、イベントの周回でもしよう。今週までに終わらせないと、配布キャラが貰えなくなるから」
「ハッ!? そ、そうでありました! 拙者としたことが、スタミナを溢れさせるところでしたぞ……!!」
最近流行りのスマホゲーム、『豆腐の角に頭をぶつけたら異世界転生して勇者になった件』──略して、角ぶつ勇者。
剣と魔法のファンタジー世界で、プレイヤーが勇者や個性豊かな仲間たちを操作して、魔物をバッタバッタと倒していくゲームだ。
俺とシマは、これの協力プレイをよくやっている。
──退屈な授業、友人との交流、平和な日常。
勇者召喚なんて出来事が、嘘だったかのように、変わり映えしない日々が過ぎていく。
そうして、一週間も経過すると、失踪した生徒たちの話題なんて、誰も挙げなくなった。
「はぁ……。退屈だな……」
休日の早朝、一軒家の自宅にて。
俺は自分の部屋で、スマホを弄りながら、最近の口癖になっているぼやきを漏らした。
ファンタジーな異世界が実在することを知って、今の生活が色褪せた気がする。
危険に飛び込みたい訳じゃないけど、もっと刺激的なことがしたい。
ただ、異世界から逃げ帰ってしまったので、もう一度あちらへ行くことは出来ないだろう。
「……いや、本当にそうか? 退屈な日常から逃げる。脱兎の如く!」
なんてね、と駄目もとで試してみたら、一瞬で風景が切り替わった。
俺の目の前に広がっているのは、中世ヨーロッパ風の街並み。
背後には、白亜のお城が聳え立っている。
「はは、マジかよ……」
出来るとは思っていなかったので、乾いた笑みが漏れてしまう。
まぁ、折角だし、観光を楽しんでみるか……。
路上で竪琴を掻き鳴らしている吟遊詩人、煽情的な姿で客引きを行っている娼婦、衛生観念なんて皆無っぽい出店など。目を惹くものが沢山ある。
「おっ、そこのあんちゃん! 珍しい服を着ているねぇ!! その服、うちで売っていかないかい!?」
大通りを歩いていると、恰幅のいい商人に話し掛けられた。
俺が着ている服は、一着千円の黒いジャージだ。
ポリエステルの質感は、この世界だと珍しいのだろう。
「売ってもいいですけど、幾らで買い取ってくれますか?」
「銀貨五十……いやっ、金貨一枚でどうだ!?」
「これは俺の一張羅なので、もう一声ください」
「くっ、だったら、金貨一枚と銀貨十枚だ!! これ以上は、流石に出せないぞ!!」
適当にゴネてみたら、価値が上がった。
こっちの世界の通貨事情は知らないが、金貨が黄金であれば、千円以上の価値はあると思う。
「じゃあ、取引成立で。あと、代わりの服を安く売ってください」
俺はジャージを売ってから、銀貨五枚で麻布の服を買い取り、それに着替えた。
金貨一枚と銀貨五枚が手元に残ったが、泡銭だし適当に使おう。
とりあえず、屋台で謎の肉の串焼きを購入してみた。
衛生面での不安はあるけど、火が通っていれば問題ないはず。
「まいど、銅貨五枚だよ!」
「じゃあ、銀貨一枚で……大丈夫ですか?」
俺が銀貨を差し出すと、屋台のおっちゃんは顔を渋らせる。
「釣りを用意するのが面倒だな。十本くらい、纏めて買ってくれないか?」
「分かりました。じゃあ、十本ください」
銀貨一枚で十本の串焼きを買うと、銅貨五十枚のお釣りが返ってきた。
銅貨百枚=銀貨一枚の交換レートらしい。
ということは、銀貨百枚=金貨一枚か?
串焼きの価値から鑑みるに、金貨は思った以上の大金っぽい。
ジャージを買い取ってくれた商人は、良心的な方だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に路地から視線を感じた。
「……なんだ? 子供?」
路地からこちらを窺っているのは、貧相な身なりの少年だ。
飢えた獣みたいな目つきをしているので、俺は彼を手招きして、串焼きを差し出す。
「く、くれるのか……? オイラ、売りはやってねーぞ……?」
「売り……? よく分からないが、街を案内して貰えないか? この串焼き、あげるからさ」
「はぁ? ま、まあ、別にいいけど……」
少年は訝しげに串焼きを受け取り、俺の頼みを承諾してくれた。
この後、少年と一緒に食べた串焼きは、バチクソに不味かった。