弁当を食べ終わったので、俺とシマは教室に戻ってきた。
そして、出入り口で委員長の鬼咲に出くわす。
「あっ、兎場くん! ……で、いいんだよね?」
「あ、ああ、はい……。兎場です」
「よかった、喋り方は兎場くんのままだね」
喋り方は陰キャのままだね、とありもしない副音声が聞こえてきた。
イメチェンしても、クラスの女子と喋るのは緊張する。
それが、過去に告白したことのある鬼咲美鈴ともなれば、猶更だ。
「兎場くんって、アニメが好きなんだよね?」
鬼咲からの突然の質問に、俺は面を食らった。
だが、向こうから俺のフィールドに入ってきたので、口はスラスラと動く。
「一概にアニメと言っても色々あるし、全てのジャンルが好きな訳じゃないんだ。よく誤解されるけど、俺は美少女キャラクターが出てくるかどうかは重要視していなくて、やっぱり感動を与えてくれる重厚なストーリーに重きを置いているから」
シマが俺の横で、この話に同意するように頷いている。
そうだよな、やっぱりストーリー性が大事だよな。
俺の話を聞いて、鬼咲は頬を引き攣らせた。
「へ、へぇ……。じゃ、じゃあさ、お勧めのアニメ、教えて貰えないかな? 兎場くんが、一番好きなやつで……」
「陰キャが異世界転生したら超絶イケメン勇者になって、更には最強のチートも持っていたのに、Sランクパーティーから追放されました。今後は田舎に引き籠ってスローライフを送りながら、美少女ハーレムを作ろうと思っている件」
「…………ごめん、なんて? もう一度、教えて貰える?」
鬼咲は律儀にメモ帳を持っているが、書き留めることを忘れて、ぽかんとしてしまった。
仕方ない、もう一度教えてあげよう。
「陰キャが異世界転生したら超絶イケメン勇者になって、更には最強のチートも持っていたのに、Sランクパーティーから追放されました。今後は田舎に引き籠ってスローライフを送りながら、美少女ハーレムを作ろうと思っている件」
この長々とした呪文のようなタイトルが、一つのアニメのものだ。
オタク界隈では、略して『イケ勇』と呼ばれている。
シマが俺の横で、激しく同意するように頷いた。
そうだよな、イケ勇は面白いよな。
「そ、そっか……。うん……。なんか、うん……。あはは……。ご、ごめんね? ありがとう……」
鬼咲は曖昧に笑って、俺の前から去って行った。
何か、大きなフラグをへし折った気がする。
自分の席に座っている箒星を筆頭に、クラス中から呆れたような視線を向けられて、俺は居た堪れなくなった。
──午後の授業も恙なく終わり、帰りのホームルームの後に、シマが話し掛けてくる。
「トバっち、放課後のご予定はどうなっておりますか?」
「野暮用があるから、家に帰るのは十八時くらいだな」
箒星のおっぱいマッサージという、超特大のイベントが俺を待っている。
何を差し置いてでも、優先するつもりだ。
「では、拙者が十九時頃に、トバっちのご自宅へPCをお届けに参りますぞ」
「いやいや、中古とは言え高価なものを貰う訳だし、届けさせるのは申し訳ないよ……。休日にでも、俺が取りに行くから」
俺の常識的な提案を聞いて、シマは愕然としながら涙目になる。
「そ、それだとっ、今週は一緒に、PCゲームを出来ないということでは!?」
「別に、来週からでもいいだろ……?」
「嫌ですぞ! 拙者は一刻も早くっ、トバっちと夜も遊べる環境を整えたいのです!」
「そ、そうか……。だったら、野暮用が終わり次第、シマの家に取りに行くか……」
俺はシマの家を知らないので、地図アプリで場所を教えて貰う。
学校からバスで十五分程度の距離なので、そんなに時間は掛からない。
「一日千秋の思いで、お待ちしておりますぞ!」
「ああ、また後でな」
兎場家では、父親がパソコンを使っているので、インターネットは開通している。
面倒な設定等がなければ、今夜にでもシマと遊べるだろう。
俺は彼女と別れてから、バレー部が使っている体育館へと向かう。
箒星の部活動が終わるまで、入り口で待たせて貰おう。
中を覗き込む勇気はないので、スマホのゲームで時間を潰す。
「──オタバ、こんなところで何してんのよ?」
三十分ほど経ったところで、箒星が俺の存在に気が付いて、声を掛けに来てくれた。
「何って、箒星の部活が終わるのを待っているんだ」
「あんた、あたしのファンボでしょ? 中に入って、応援しなさいよ」
「えっ!? い、いいの!?」
俺は思わず、箒星のおっぱいに目を向けてしまう。
きっと、ばるんばるんと揺れるに違いない。
瞬き一つせず、網膜に焼き付けなければ……。
そんなことを考えていると、箒星はキッと目尻を吊り上げて、大きく舌打ちした。
「チッ、キモっ! 目がエロい!! 死ねっ!!」
「ご、ごめんなさい……」
確実に好感度が下がってしまった。
ここは脱兎の如く、この時間軸から逃げ出すべきか?
俺がそう考えていると、暫し沈黙していた箒星が、信じられない台詞を吐く。
「…………百歩。いえ、千歩譲って、あたしにその目を向けるのは、許してあげる」
「えぇっ!? マ、マジかよ……」
「ただし! あたし以外に、その目を向けたらっ、あんたの目玉を抉るわ!!」
「わ、分かった! 箒星しか見ない!!」
ファンサービスが良い箒星に感謝しながら、俺は自分の目玉に懸けて、誓いを立てた。
こうして、体育館に入ることを許され、箒星の応援に励む。
とは言え、大きな声で応援なんて、恥ずかしくて出来ない。
頑張れ、頑張れと、小声で応援するのが精一杯だ。
「一本、切っていくわよっ!!」
「「「応っ!!」」」
強烈なサーブやスパイクによって、対戦相手のチームから放たれるボール。
それらをレシーブで、箒星が次々と拾っている。
派手な活躍をするのは、相手の陣地にボールを叩き込むアタッカーだ。
箒星はボールを拾うだけで、アタッカーになることはない。
それでも、ボールを仲間に繋ぐという、彼女の活躍を見ていると、俺の心は熱くなった。
ちなみに、やっぱり彼女のおっぱいは、ばるんばるんと揺れている。
激しい運動をしているから、体操着の裾が捲れて、お腹がチラチラと見えることもある。
「よかった……。箒星のファンボになれて、本当によかった……!!」
感無量とは、まさにこのことだ。
俺が幸せを噛み締めていると、箒星が滑り込んで拾ったボールが、高々と宙を舞い──俺の方へ落ちてくる。
この瞬間、強烈なサーブを打っていた高身長女子の動きが、俺の脳裏に浮かび上がった。
スキル【狙撃手】のおかげで、その動きをトレース出来る。これも立派な狙撃らしい。
折角、箒星が拾ったボールなんだ。このまま落とすのも忍びないので、俺は向こう側のコートの隅を狙い、渾身の力を籠めてボールを打った。
お手本にした高身長女子の動きが素晴らしかったので、狙い通りの場所にボールが突き刺さる。
「「「…………」」」
点数が入ったら、ピッと笛が鳴るのだが、鳴らして貰えなかった。
みんなが沈黙して、唖然としながら俺に視線を向けてくる。
こんなときに使う台詞は、これ。
「──俺、なんかやっちゃいました?」
一度でいいから、言ってみたかったんだ。