俺は串焼きを一本だけ完食して、残りは少年にプレゼントした。
バチクソに不味いが、彼は大喜びで食べている。
街の案内をして貰う前に、軽く自己紹介だけしておこう。
「俺の名前は、イッサだ。そっちは?」
「オイラはヌグリ。この街はオイラの庭みたいなもんだし、ドンと任せてよ」
「おー、それは頼もしいな。よろしく」
俺はヌグリと一緒に街を回って、色々と教えて貰った。
あの武器屋は看板娘が可愛いけど、粗悪品を売っている。
あの道具屋は店主が強面だけど、とても親切にしてくれる。
あっちの飯屋は腐った肉をたまに出す。こっちの路地裏では人がよく殺される。
あそこの娼館は格安だが、病気が蔓延している。
あそこの甘味処は砂糖が不足して、とても困っている。
ヌグリは子供なので、案内には然程期待していなかったが、素晴らしい仕事振りだ。
道中、俺たちは大広場に立ち寄って、一際目立つ天幕を発見する。
「──なぁ、ヌグリ。あの大きな天幕はなんだ? サーカス団でも来てるのか?」
「いや、あそこはオークション会場だよ。今夜の目録なら、銀貨一枚で買えるぞ」
「へぇー、買ってみようかな」
俺はオークション会場の受付係に話し掛けて、目録を売って貰った。
羊皮紙に書かれているのは、見慣れない言語だったが、一瞬で理解出来るようになった。
そういえば、ここは異世界なのに、言葉も普通に通じるんだよな……。
恐らく、これも勇者召喚の特典だ。そう結論付けて、目録を確認する。
魔剣とか、スキルオーブとか、奴隷とか、日本ではお目に掛かれないモノばかりが並んでいた。
「スキルオーブって、使うとスキルが手に入る代物か?」
「そうだよ。あんちゃん、悪いことは言わないから、買おうなんて思わない方がいいぞ」
「えっ、なんで……?」
「だって、どんなスキルを取得出来るのか、使うまで分からないんだ。世の中にはゴミスキルも多いし、そんなものに大金を使うなんて、馬鹿のやることだよ」
ヌグリ曰く、世の中にはデメリットがあるスキルまで、存在するらしい。
しかも、一度取得したスキルは、消すことが出来ない。
ギャンブル要素が大きいな……。
ただ、スキルオーブを使えば、日本での生活に役立つスキルが、手に入るかもしれない。
異世界基準のゴミスキルだって、日本で使えば超能力だろう。
「ヌグリ。スキルオーブって、大体幾らくらいで落札出来ると思う?」
俺が問い掛けると、ヌグリは呆れたような眼差しを向けてきた。
「だから、やめとけって……。そんな金があるなら、奴隷でも買ったらどうだ? 美人の奴隷とかさ」
「ど、奴隷……だと……!? それは、まさか、エッチなやつ……?」
「ああ、エッチなやつだよ」
「大変、魅力的な提案だと思います」
俺はごくりと生唾を飲み込んで、エッチな奴隷とのハーレム生活を妄想した。
「なんで敬語……? ま、いいや。とりあえず、オイラの案内はここまでだ。あばよー」
ヌグリはしっかりと仕事を熟してから、路地の方へと消えて行った。
一人残された俺は、スキルかエッチかで悶々としてしまう。
さて、どちらを選ぶべきか……。いや、そもそも、金貨一枚で買えるのか?
諸々の価値は不明なままだが、資金は多いに越したことはない。
日本で何かを安く仕入れて、異世界で高く売る。
この方法で、一稼ぎ出来ないか、試してみよう。
「そうと決まれば、日本に逃げ帰る! 脱兎の如く!」
風景が一瞬で切り替わり、俺は帰宅した。
それから、ありったけの小遣いが詰まっている財布を持って、ドタバタと玄関へ向かう。
その途中、リビングでテレビを見ている妹に、声を掛けられた。
「お兄ちゃん、お出掛けするのー?」
「ああ、スーパーに行ってくる」
「それじゃあ、舞香のプリンも買ってきてー」
「分かった。安いやつな」
妹の名前は、
まだ中学生で、染めた茶髪をサイドテールにしており、最近では爪のデコレーションまで始めている。
誰がどう見ても、完全無欠のギャル。しかも陽キャなので、オタク陰キャの俺とは、正反対の属性を有している。
それでも、兄妹の関係は悪くない。
昔から、両親の帰りが多々遅くなるので、兄妹で助け合って生きてきたんだ。
ちなみに、兎場一家は父、母、俺、妹の四人家族。ペットは飼っていない。
──俺は駆け足でスーパーへと向かい、業務用の砂糖を購入した。
無論、安いプリンも忘れていない。
「よしっ、退屈な日常から逃げ出す! 脱兎の如く!」
再び異世界へと舞い戻り、ヌグリに教えて貰った甘味処へと向かう。
砂糖が不足しているらしいから、買い取って貰えるかもしれない。
お店の入り口には、『閉店中』の看板が掛かっているけど、扉を開けて声を掛ける。
「ごめんくださーい、誰かいますかー?」
「はひっ!? い、いらっしゃいませー……? あのぉ、閉店中ですよぅ……?」
店内の奥から現れたのは、砂糖菓子みたいにふわふわしている幼女だった。
左右の側頭部には、巻き角が生えており、羊毛みたいな長髪によって、後ろ姿が覆い隠されている。
耳の形も羊のもので、お尻には尻尾まで生えている。
きっと、羊がベースの『獣人』ってやつだ。可愛い。
俺は思わず、彼女の髪をモフモフしてしまった。
極上の質感と、砂糖菓子のような甘い香りにやられて、頭がクラクラしてくる。
「キミは、このお店の人?」
「はぃ、こう見えても店長ですぅ……。ええっとぉ、どのようなご用件が……? あと、勝手にモフモフしないでくださいぃ」
「ハッ!? ご、ごめん。無意識に触ってた……。要件は、お砂糖を買い取って貰えないかと……」
俺が要件を伝えると、気弱な様子を見せていた幼女の態度が、くるっと一変した。
円らな黒い瞳に、獲物を狙う肉食獣みたいな雰囲気を宿して、グルルと喉を鳴らす。
「お砂糖うううぅぅぅ……ッ!! 欲しいですぅ!! 寄こせですぅ!!」
「お、落ち着いて……? 砂糖は逃げないから……」
じりじりと、幼女がにじり寄ってくるので、俺は壁際まで退避してしまった。
サバンナでライオンに狙われた獲物は、今の俺と同じ気分を味わうのかもしれない。
「最近、お砂糖はグリード商会が買い占めているので、わたしのところまで流れてこないのですぅ……!! このままだとっ、甘味処メルメルは潰れてしまうのですぅ!!」
「へ、へぇ……。そんな事情が……」
この甘味処の名前は、『メルメル』というらしい。
勿体ぶるつもりはないので、俺は業務用の砂糖を幼女に差し出す。
「真っ白……? これは、小麦粉なのでは? 詐欺はよくないですよぅ!」
「え、いや、普通に砂糖だけど……?」
「お砂糖って、もっと茶色い感じですぅ!!」
「そうなのか? ごめん、俺は白い砂糖しか知らないんだ」
砂糖なんて、甘ければなんでもいいと思うが、異世界だと白い砂糖は駄目か……。
当てが外れたな、とガッカリしながら、俺は砂糖を回収しようとした。
すると、幼女が尋常ではない力で、俺の腕をガシッと掴む。
「ちょっと待つですぅ!! 味見っ、まずは味見させてくださいぃ!!」
「あ、ああ、うん……。どうぞ……」
断ったら、腕をへし折られる。そんな圧を感じたので、俺はいそいそと業務用の砂糖の封を切った。
幼女は砂糖を一摘みして、恐る恐る口に運ぶ。
そして、クワッと目を見開き、大きな声で叫び出す。
「こ、これは……っ、お砂糖ですううううぅぅぅッ!!」
どうやら、買い取って貰えそうだ。