砂糖の売値を交渉する前に、羊の幼女が自己紹介をしてくれた。
「申し遅れました! わたしの名前は、メルルですぅ! 甘味処メルメルの店長で、第四十三回王都パティシエールコンクールの、準優勝者でもありますよぅ」
「おおー、なんか凄そうな肩書だ……!! 俺はイッサです」
「イッサさん、是非ともお砂糖を売っていただきたいのですが、お幾らになりますか?」
「相場が分からないし、言い値でどうぞ」
俺の言葉を聞いて、メルルは目を丸くした。
商人としては、あり得ない物言いだったのかもしれない。
「えーっとぉ、こちらのお砂糖は、雑味もなくて非常に上品な味わいなので、相場よりもお高いと思いますですぅ……」
「へぇー……。それで、お幾ら?」
「こ、これ全部で、金貨百五十枚……っ!! 何卒、お願いしたいですぅ……!!」
メルルに提示された金額は、予想以上に大きかった。
きっと、甘味は高級品なのだろう。
「じゃあ、取引成立ということで」
「えぇっ!? い、いいんですかぁ!?」
メルルは驚いて、目を見開いた。どうやら、俺が渋ると思ったらしい。
渋るどころか、貰いすぎではないかと心配になる。
こうして、俺は金貨百五十枚を手に入れた。
なんだか申し訳ないので、妹に渡す予定だったプリンもあげよう。
「よければ、これもどうぞ。サービスです」
「ほぇ……? なんですか、これ?」
「甘味だよ。プリンって、知らない?」
「し、知らないですぅ……!!」
メルルは見知らぬ甘味に瞳を輝かせて、プリンの実食を始めた。
安物だから、口に合うか心配だったけど、じーーーっくりと味わっているので、お気に召したのだと思う。
素材や作り方を暴いてやろうという、並々ならない気迫が感じられる。
「それじゃ、俺は帰るよ。気が向いたら、またくると思う」
メルルはプリンを味わうことに夢中で、俺の存在を忘れている。
邪魔をしないように、お暇させて貰おう。
大金が手に入ったので、今夜のオークションが楽しみだ。
──脱兎の如く、俺は日本に逃げ帰り、一旦帰宅した。
プリンを心待ちにしていた妹が、玄関に駆け付けてくる。
「おかえりー! お兄ちゃんっ、舞香のプリンちょーだい!」
「ごめん、幼女にあげた」
「えぇっ!? ま、舞香のプリンなのに……!? でも、幼女なら、仕方ないかも……」
舞香はしゅんとして、トボトボとリビングに引っ込んだ。
ああいう態度を取られると、罪悪感が刺激されてしまう。
異世界の金貨を日本で換金出来れば、舞香にプリンを山ほど買ってあげられるが、どうしたものか。
「金の取引って、デリケートなイメージがあるんだよな……」
出所不明の黄金は、在り処を探られたりしそうだ。
悪い大人に目を付けられるのも怖いし、やめておこう。
スマホゲーで時間を潰していると、あっという間に夕方になった。
俺は金貨が詰まった布袋を持って、異世界へと舞い戻る。
「退屈な日常から逃げ出す。脱兎の如く」
一瞬で風景が切り替わり、オークション会場の手前へ。
受付で入場料の銀貨五枚を支払って、大きな天幕の中に入れて貰う。
富裕層と思しき人たちが、数多く席に座っており、会場は異様な熱気に包まれていた。
俺が指定された席に座ると、隣の熊が話し掛けてくる。
「こんにちはクマ。オークション、楽しみクマね」
「あ、ああ、はい……。こんにちは……」
熊だ。紛うことなき熊だ。
体長が三メートルくらいの熊が、タキシードを着用して、シルクハットまで被っている。
声は非常に愛らしく、喋り方が流暢なので、俺は面を食らってしまった。
「お兄さん、今夜は何を狙っているクマ?」
「ええっと、スキルオーブが欲しくて……」
「競合相手じゃなくて、よかったクマ。クマは魔剣を狙っているクマよ」
この熊は語尾も『クマ』で、一人称も『クマ』だ。
お前が熊であることは、もう十分に理解出来た。
「へ、へぇ……。魔剣……」
俺はちらりと熊の手を見遣り、『どうやって剣を握るんだ?』と疑問を抱く。
この世界のファンタジーに触れて、俺が困惑していると、いよいよオークションが始まった。
舞台の上に現れた司会者の男性が、商品を紹介してくれる。
「最初にご紹介するのは、こちら! 『魔剣ティターン』となります!! 持ち主の意志によって、十倍まで巨大化するという、途轍もなく強力な魔剣!! 金貨五十枚から、落札スタートです!!」
「五十五枚クマっ!!」
熊が即座に入札して、後から『五十七』『六十』『六十五』と、別の人たちが値段を吊り上げていく。
しかし、熊が金貨七十枚の入札をしたところで、ピタリと声が止まった。
「七十枚!! 七十枚以上の方は、いらっしゃいませんか!? ……はいっ、では七十枚で落札となります!!」
「やったクマ! 魔剣ゲットだクマー!!」
熊はキャッキャと燥いで、興奮気味に手足をバタつかせている。
不覚にも、少しだけ可愛いと思ってしまった。
「あの、熊さん。魔剣とスキルオーブって、どっちの方が高価ですか?」
「魔剣は性能によって、値段が大きく変わるクマ。だから、一概には言えないクマ」
「ああ、そうですよね……」
「魔剣ティターンと比べるなら、ティターンの方が上クマね」
熊の話を聞いて、俺はホッと安堵した。
スキルオーブは俺の手持ちの金貨で、普通に落札出来そうだ。
「続きましては、出所不明のスキルオーブです! 金貨四十枚からスタート!!」
「四十五枚!」
俺はビシッと手を挙げて、透かさず入札した。
すぐに『四十六』『四十七』と被せられたが、金貨一枚刻みでの入札だ。
恐らく、競合相手の資金力に余裕はない。
「五十五枚っ!!」
俺は一気に値段を吊り上げて、強気の姿勢を示した。
すると、他の声がピタリと止まる。
「五十五枚!! 五十五枚以上の方は、いらっしゃいませんか!? ……はいっ、では五十五枚で落札となります!!」
「よかったクマね! 素敵なスキルを引き当てられるといいクマ!」
「あ、どうもどうも」
熊に祝福されて、俺は笑みを返した。
お金がまだあるので、次は可愛い奴隷を買いたい。
奴隷制度に思うところはあるけど、雑に扱うつもりはないし、不満を持たれたら解放しよう。
「続きましては、再びスキルオーブです! 金貨四十枚からスタート!!」
「四十五枚!」
俺は反射的に、入札してしまった。
二つ目のスキルオーブがあるなんて、聞いてなかったよ。
他の参加者から、『またお前か……』という目を向けられた。
今度は誰も競りに乗ってこないまま、呆気なく終わる。
「四十五枚!! 四十五枚以上の方は、いらっしゃいませんか!? ……はいっ、では四十五枚で落札となります!!」
先ほどよりも、安値で落札出来てしまった。
奴隷を買う資金が減ったので、少し後悔したけど、やっぱりスキルは魅力的だ。
そんなことを思っている間に、司会者が次の物品を紹介する。
「三度登場っ、スキルオーブです! 金貨四十枚からスタート!!」
「またかよ!? 四十五枚!!」
俺は再び、入札してしまった。今回も競合相手が現れないまま、呆気なく落札。
これで三つ目だ。所持金が金貨五枚まで減ったので、奴隷は諦めるしかないだろう。