スキルを取得してから、何事もなく数日が経過した。
あの日以来、異世界には行っていない。
クラリステレス姫の表情を思い出すと、どうしても乗り気になれないんだ。
気持ちが沈んで、スキルも放置したままだった。
まぁ、ゲームで遊んだり、アニメを見たりして、十分に英気を養うことが出来た。
今日から積極的に、スキルに触ってみよう。
「──と、そんな訳で、お小遣いが欲しいんだ」
「駄目よ。今月のお小遣いは、もう渡したでしょう」
平日の夜、食事時に母親に頼んでみたが、素気無く断られた。
【呪言】を使っているのに……このゴミスキル、全く役に立たないな。
「お兄ちゃん、何が欲しいの? またゲーム?」
「いや、医学書が欲しい」
舞香の質問に答えると、父、母、妹の三人が、ギョッとしながら俺を見つめてきた。
「……一茶、正気? 熱でもあるの? 病院へ行く?」
「お兄ちゃん、やめておきなよ。どうせさ、アニメかゲームに影響されたんでしょ?」
母と妹の物言いに、少しだけムカついた。
俺がむすっとしていると、寡黙な父が話し掛けてくる。
「一茶、医者になりたいのか?」
「いや、医学に興味があるだけで、医者になりたいとまでは思ってない」
「そうか……。いいだろう、このお金を使いなさい」
父は自分の財布から一万円札を取り出して、俺に渡してくれた。
なんて優しい父親なんだ。後で肩叩き券を発行してあげよう。
「えーっ、お兄ちゃんだけズルい! 舞香もお小遣い欲しい!」
「いいだろう、このお金を使いなさい」
父は舞香に甘いので、再び財布から一万円札を取り出した。
しかし、それは母に没収されてしまう。
「舞香、駄目よ。我慢しなさい。貴方も、あんまり舞香を甘やかさないの」
「う、うむ……」
母に叱られて、父はしゅんとしながら引き下がった。
ちなみに、母は没収した一万円札を自分の懐に入れている。
「ママのケチ! 意地悪!」
「舞香、お金は簡単に得られるものじゃないのよ? パパに甘えっぱなしだと、大人になってから苦労するわ」
母が滾々と舞香に説教し始めたので、俺は素早く自室に戻った。
なんの拍子に母の矛先が変わるか、分からないからな。
──翌日。俺は学校へ行く途中で、大きな本屋に立ち寄った。
医学書というジャンルの本は、目が回るほど大量に並べられている。
かなりの厚みがある本。その一冊一冊に、色々な病気に関することが、ビッシリと書かれているんだ。
軽く立ち読みしたが、専門用語が散りばめられているので、頭が痛くなった。
ネットで検索でもして、専門用語を一つ一つ調べながら、読み進めないといけない。
とりあえず、基本的な人体に関する本を読み漁ろう。
合わせて、マッサージ関連の本も購入しておく。
スキルを使って、いきなり大きな怪我や病気を治そうとするのは、どう考えても敷居が高い。
だから、当面の目標は、『一人前のマッサージ師』にしておく。
──本屋での用事が終わり、学校に到着した。
俺は自分の席に座って、静かに読書を始める。
こうして、始業までの時間を潰していると、隣の席のシマが話し掛けてきた。
毒島花子、オタクの腐女子だ。
「トバっち、何を読んでいるのですかな?」
「人体に関する本だよ」
「ふひひっ、エロ本ですな? トバっちもお年頃なので、拙者は理解を示しますぞ」
シマはニヤニヤと、下品な笑みを浮かべた。
こいつ……。まぁ、面倒だし、訂正はしなくていいか。
「シマ、男友達みたいなノリで絡んでくるなよ。もっと女子としての自覚を持て」
「拙者は女など、とっくの昔に捨てましたぞ。リアルで女を磨いたって、二次元の彼ピたちには、見て貰えませんからなぁ……」
俺がどれだけ医学に精通したとしても、シマの頭だけは手の施しようがない。
「女を捨てたって言うなら、マッサージの練習に付き合って貰えないか? 他の女子に頼むと、セクハラで訴えられそうだし」
「ふひぃ……? そ、それは、拙者にエッチなことがしたいという……こと!?」
「いや、違う。正真正銘、他意のないマッサージだ」
俺はきちんと訂正するべく、ブックカバーで隠していた本の表紙を見せた。
普通のマッサージの本なので、シマは訝しげな表情を浮かべる。
「トバっちの将来の夢は、マッサージ師ですかな……?」
「いや、将来のことまでは考えてないけど、才能があるみたいだから、磨こうかなって」
「才能、ですか……。マッサージの練習なら、男友達に頼めばいいと思いますぞ?」
「えぇー……。それは、ちょっと……」
俺の男友達は、背が低いオタクAと、太っているオタクBだ。
俺は痩せ型の背が高いオタクCなので、『チビ、デブ、ガリのキモオタ三銃士』という、不名誉な称号が与えられている。
誰からって、学年のカースト上位に君臨している陽キャどもからだ。
ちなみに、俺はガリガリに痩せている訳じゃない。
縦に長いので、余計に細く見えるだけだ。
これが嫌で、普段から猫背を心掛けている。
閑話休題。オタクの男友達にマッサージをして、気持ちよさそうな声を出させるのは、生理的にキツイ。
シマは腐っても女子なので、まだマシだろう。
俺の表情から色々と察したシマは、何度か頷いて承諾してくれた。
「仕方ありませんなぁ……。拙者とトバっちの仲ですから、協力してあげますぞ」
「そうか、ありがとう」
マッサージが上手くなったら、運動部の連中を相手に商売が出来るかもしれない。
シマとの話し合いが終わったところで、授業が始まった。
可もなく不可もなく、真面目に先生の話を聞き取って、黒板に書かれた内容をノートに写す。
そうして、瞬く間に時間が進み──放課後。俺はシマと一緒に、図書室へと向かう。
俺たちは図書委員であり、週に一回だけ、放課後に図書室の受付係を務めているんだ。
ほとんど人が来ないので、マッサージの練習をするなら今しかない。
「シマ、早速だがマッサージをさせてくれ」
「こ、心得ましたぞ……!! なんだか、ドキドキしますな……」
「今日のところは、手のツボを押すぞ。それと、肩も揉むから」
「りょ、了解でありますぞ……」
シマはおずおずと、自分の手を差し出してきた。
こいつは緊張すると汗を掻く体質なので、ベッタベタになっている。
思うところはあるが、文句は言うまい。
俺はスキル【治癒掌】を使いながら、シマの手に触れてツボを押す。
「いっ、痛タタタ……ッ!? 痛いけど、気持ちいいですぞぉ!?」
このマッサージには、疲労回復や新陳代謝を促す効果があるらしい。
しばらく続けていると、彼女の腹部からギュルギュルと音が聞こえてきた。
「ん……? なんの音だ?」
「ちょっ、待って!! トバっち!! ストップっ、ストップ!! トイレぇ!!」
シマは大慌てで俺の手を振り払い、図書室から出て行った。
「やっぱり、人体への理解を深めることが、このスキルの熟練度を上げる近道か……」
俺は確かな手応えを感じながら、シマが戻ってくるまでの間、人体とマッサージの本に目を通す。
手のひらだけを見ても、目の疲れ、頭痛、肌荒れ、便秘、吐き気、睡眠不足など、様々な症状に効くツボがある。
同様のツボが身体のあちこちにあるので、それらを合わせて刺激してやれば、効き目が大きくなるのだろう。
「ふひぃ……。まさか、拙者の便秘が治るとは……」
シマが頬を赤らめながらも、どこかスッキリした様子で戻ってきた。
「おかえり。効き目はどうだった?」
「抜群ですぞ! って、こんなこと言わせないでくだされ!!」
「別にいいだろ。お前、女を捨てたんだし」
この後も、俺はシマを滅茶苦茶マッサージした。
こいつはおっぱいが重たいから、肩凝りも大分酷くて、俺のスキルを鍛えるには十分な患者だ。