──目が覚めると、そこは保健室にあるベッドの上だった。
すぐ隣で、箒星が椅子に座っている。
「やっと起きたわね……。ったく、手間を掛けさせるんじゃないわよ」
「う、うん……? あ、そうか。ボールが……」
俺は自分の顔面に、ボールがぶつかったことを思い出した。
歯や鼻が折れているということもないし、軽傷で済んだらしい。
「あたしと美鈴が、あんたをここまで運んであげたのよ。感謝しなさい」
「はい、ありがとう」
「…………あたしも、ありがと」
箒星は小さな声で、俺にお礼を言った。
ツンとそっぽを向いているが、声色からは誠意が感じられる。
助けることが出来たので、好感度が上がったのかもしれない。
ふと窓の外を確認すると、もうすぐ夕日が沈みそうだ。
「も、もしかして、ずっと看病してくれた……とか?」
「看病なんてしてないわ。ただ座ってただけ。あんたが起きるまで、あたしはここに残るべきだって、美鈴に言われたの」
「そ、そっか……」
鬼咲の姿は見当たらないので、意中の相手と二人きりという、素晴らしいシチュエーションだ。
これを用意してくれた鬼咲には、感謝するべきなのだろう。
しかし、会話が途切れて気まずくなった。
俺が視線を彷徨わせていると、箒星が小声で『キモ』と呟き、立ち上がる。
「じゃ、あたしはもう帰るから」
ヒロインを窮地から救ったのに、ボーイミーツガールは始まらないらしい。
現実はこんなものかと気落ちして、俺は箒星の背中を見送り──
「ま、待った……!!」
意図せず、制止する声を出していた。
どうしてこんな勇気が出せたのか、自分でもよく分からない。
「なによ?」
箒星は振り返り、冷たい目を向けてくる。
俺は怯みそうになったが、『頑張れ勇者!』と内心で自分を鼓舞して、おどおどしながら口を開く。
「な、悩みがあるならっ、聞かせてくれ……ると、嬉しい……です……」
「は? キモっ」
「ぐはぁっ!! い、生きてて、ごめんなさい……」
俺のなけなしの勇気は、たった二文字の言葉によって粉砕された。
『キモ』の威力が高すぎる。もう駄目だ。お終いだ。
鬼咲曰く、『朱里は今、色々と上手くいかなくて』とのことなので、お悩み相談で好感度を上げようと思ったのに……。
きっと、そんな下心を見透かされたに違いない。
スキル【脱兎】を使って、この辛い現実から逃げよう。
──時計の針が、少しだけ巻き戻る。
立ち去ろうとしていたはずの箒星が、俺の隣で椅子に座っていた。
なんだこれ、と困惑していると、彼女は小声で『キモ』と呟き、立ち上がる。
「じゃ、あたしはもう行くから」
俺が箒星を呼び止めた事実が、なかったことになっている。
どうやら、俺の逃げ足は、世界の壁だけではなく、時間の壁すら跨ぐらしい。
そう気付いたとき、俺は再び彼女を制止していた。
「ちょっと待った!」
「なによ?」
これまた再び、冷たい目を向けられたが、今度は真っ直ぐに見つめ返す。
失敗しても、逃げればいい。そう思うと、気が楽になって、心にゆとりが生まれた。
「悩みがあるなら、聞かせてくれないか? もしかしたら、助けになれるかもしれないし」
「はぁ? キモっ!」
「ぐっ……!! ふぅ……っ」
痛い痛い。胸が痛い。けど、先ほどよりも苦しくない。
何度も聞かされているから、耐性が付いたんだ。
俺がキリッと表情を引き締めて、箒星を見つめると、今度は彼女が怯んだ。
「そ、その目はなによ……? マジでキモいんですけど……」
「俺はっ、キモくない!! 悩みを聞かせてくれ!!」
「キモいわよ!! それとウザい!! あんたには関係ないでしょ!?」
「関係ある!! だって、好きだから!!」
勢い余って、俺は告白してしまった。
慌てて自分の口を押えたが、発言をなかったことには出来ない。
……いや、逃げれば出来るのか。
逃げようと思えば、いつでも逃げられるので、一先ずは立ち向かってみよう。
俺のライフは、まだ尽きていない。
「は、はぁ!? 好きって、なに言ってんのあんた!? どさくさに紛れて告白した!? だったらお断りよ!! あんたみたいなキモオタっ、死んでも無理!! ってか死ね!!」
「ち、違うんだ……!! 俺はその、バレーボールが好きで! 箒星は凄いよなっ、小さいのにコートの中を縦横無尽に駆け回って! なんかこう、見てると勇気を分けて貰えるというか!! だからっ、俺は応援してて、選手として好きで! ファンというか、そのっ、アレがアレで……!!」
俺は言い訳を並べている内に、自分でも何を言っているのか、分からなくなってきた。
バレーボールは別に好きじゃないし、ルールにも詳しくない。
ただ、体育の授業中に、箒星がバレーを行っている姿は、見たことがある。
身長が低いから、スパイクは全く打っていなかったが、とにかくボールを拾いまくって、誰かに繋げていたんだ。
一生懸命なその姿に、俺は見惚れてしまった。
それと、おっぱいがばるんばるんで、素敵だった。
「そ、そうなの……。あんた、あたしのファンボだったのね……。ふぅん……。へぇ……」
『ファンボ』とは、ファンボーイの略称だ。
俺の熱意が伝わったのか、箒星はまんざらでもない表情を浮かべて、椅子に座り直す。
これは、上手くいったのか……?