未だ無名のリンゼ   作:七海香波

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ミスバウア村/人の■■を晴らす魔道具

 勇者ヒンメルの死から28年後。

 北側諸国、ミスバウア村。

 

 

 

 

 

「……おい、フリーレン。これって……」

「――っ」

「……これは」

 

 それは、彼らが魂の眠る地(オレオール)へ向かう旅路の中で訪れた村でのこと。

 その村の中央広場に設置されていたとあるモノ(・・)を見て、フリーレン、フェルン、そしてシュタルクは絶句していた。

 

「ああ、ソレですか。数年前に村を訪れた魔法使いの方が設置して行ってくださったのです。どうですか? よろしければ皆様も是非、使っていただいて結構ですよ」

 

 慣れたように、近くに居た村人が三人に説明する。

 

「どれだけ殴っても丈夫で壊れない、《人の憂さを晴らす魔道具(・・・・・・・・・・・)》だとか。これのおかげで、どれだけ日々の生活のストレスが溜まっても一日の終わりにはスッと解消することが出来るのです。いやぁ、実に素晴らしい魔道具で――」

「――違うだろっ!!」

 

 思わず叫んだシュタルクに、村人は心底不思議そうに首を傾げる。

 

「だって、あれはっ……アレはっ……!!」

 

 それは、村人たちに囲まれながら好き放題に鞭で打たれ、殴られ、蹴り飛ばされていた。

 

 それは、残酷にも光る杭のようなもので四肢を直接固定されていた。

 

「そいつは――っ!!」

 

 それは、近づいてみれば、少女のような見た目(からだ)を持っていた。

 

 ――それは、側頭部から伸びる一対の()を持っていた。

 

 その正体を示す名詞を喉につっかえさせていたシュタルクに変わって、村人はそれを口にした。

 

「ええ。魔族(・・)です。人を騙し、人を喰らう化物。同じヒトではないのだから、ああやったって罪には問われません。ですので、いくら痛めつけてやったって良いのです。なのに――どうして貴方はそんなにも怒っておられるのですか?」

 

 

 

 

 

「――遅れたね。それで、さっきのだけど……」

「……」

「……」

 

 宿を取ったフリーレンたちは、一つの部屋に会して顔を突き合わせていた。

 先に集まっていたフェルンとシュタルク、そこに他の用事を済ませてから合流したフリーレン。

 彼らの脳裏に過ぎっていたのは他ならぬ、先ほど目にした衝撃的な光景についてだった。

 

「まさか、魔族を拘束して村全体のサンドバッグとして扱うなんてね。考えてもみなかったよ」

「はい。……その、あの身体を拘束していたのは……」

「封魔鉱だね。それを釘みたいに直接打ち込んで、魔族の抵抗する手段を封じてる。そうすれば、残るのは手軽なストレスのはけ口って訳だ」

「……」

 

 椅子の上で俯いたまま沈黙に徹するシュタルクを置いて、フリーレンとフェルンは言葉を続ける。

 

「確かに、理論的には有用な使い道だよ。暴力はもっとも原始的な、ストレスを吐き出すための手段だ。そして、魔族を虐待することを罪に問う法はない」

「ですが……法はなくとも、倫理的によろしいと言えるものではありません」

「フェルンの言う通りだね。じゃあ、どうする?」

 

 目を細くして問いかけるフリーレンに、フェルンはうっと声を詰まらせた。

 ――囚われの魔族を解放するのか?

 それを素直にはい、と彼女は頷くことが出来なかった。

 その英雄的行動が正しいと思う自分(フェルン)がいることは間違いない。

 

 同時に、あの残酷な光景が魔族に相応しいものだと思ってしまう自分(フェルン)がいた。

 ――魔族(あれ)は、自分(フェルン)の家族を殺したものと同族だ。

 きっとああなるまでに、多くの悲劇を生み起こしてきた化け物に違いない。

 だとすれば、あの末路は受けるべき当然の仕打ちに他ならない。

 

「……私、は」

 

 「ああされて当然」という感情と、「それでも見過ごすことに納得できない」という理性。

 相反する思考が同居してぐるぐると互いを追いかけるように回り続け、フェルンはうまく答えを口に出すことが出来なかった。

 

「……あのまま放っとくわけにはいかねーだろ」

「シュタルク様……」

 

 そう言って顔を上げたシュタルクを、フェルンは見た。

 浮かび上がる、自身と同じ複雑な思いがないまぜになった……情けない表情。

 だがその瞳だけは力強く、正解を映し出しているように彼女は見て取った。

 

「魔族は魔族だ。どれだけ小さくったって可愛くったって、情けをかけられる相手じゃねぇ。だけど……違うだろ」

 

 なにが『違う』のか、シュタルクは明確には口にしなかった。

 彼自身、言葉として纏められるだけの整然とした理由を持っているわけではないのだろう。

 ただ、そこに込められた言葉以前のあやふやな彼の理屈に、フェルンは深く共感することが出来たように感じた。

 

「……そうですね」

「魔族を憐れむ必要なんてない。二人とも、アウラの部下たちと戦った時にも実感したよね。それでも?」

「ああ」

「はい」

 

 シュタルクと、今度こそ確かな決意を示したフェルン。

 覚悟を決めた二人の様子に、フリーレンはそれまで引き締めていた頬を小さくほころばせた。

 

「そうだね。きっとヒンメルだって、その選択を取っただろう」

 

 

 

 

 

 村人たちが寝静まった頃、ひっそりと宿を抜け出した三人は村の中央広場を再び訪れた。

 そこには村を訪れた時と違って村人の垣根がないせいで、囚われの魔族の身をよく見ることができた。

 

 無事な肌色よりも痣と疵で変色した痕の面積の方が広く、喉が傷ついているのか擦れるような吐息を荒く浅く繰り返しており、付着した埃やその他(・・・・)の汚れを洗い落とすべくかけられた水でズブ濡れになっており、焦点の定まらない虚ろな目で宙を見つめている……少女(ヒト)のような、魔族(モノ)

 

「かひゅー、かひゅー……け、て……」

「……じゃあな」

 

 魔封鉱の影響のせいで、フリーレンとフェルンはここで魔法を使えない。

 消去法で彼女の最期を決める役割を任せられたシュタルクは、斧を魔族の首に振り下ろす傍らで、最後に彼女の声にならない声を確かに聞き取った。

 

「……たす、け、て……」

 

 それは、魔族(しょうじょ)の求めていた救いとは異なるものだったかもしれない。

 だが、間違いなく『人間に相応しい行為』であったことをこの場に居る三人は認識していた。

 ――ザンッ!!

 

「よし。じゃあ逃げようか」

 

 首と胴の繋がりを絶たれた魔族の身体は、間もなく魔力の塵となって消えていく。

 それを見送って、すぐさま彼らは村の外へ発った。

 

 この村の人の感覚からしてみれば、フリーレンたちは村の財産を壊した紛れもない罪人なのだ。

 彼らにとって都合の良い八つ当たり道具が消えた今、もしそれを奪った連中が残っていればどのような扱いを受けるか……。

 あえて、フリーレンたちはその最悪の想像を口にすることはなかった。

 

 

 

 

 

「それにしても……魔法使い、リンゼか」

 

 宿の部屋でフェルンとシュタルクに合流するより先に村人から聞き取っていた、件の魔道具を村に持ち込んだという魔法使いの名をフリーレンは秘かに呟く。

 その名を口にした途端、彼女は妙に唇が乾いたような感覚を覚えたのだった。

 




「さて、ようやく公然と暴力を振るうことに慣れた頃に、それまで自由に扱えていた『気に入らない誰か』の代替品が急に失われたとして。貴方たちは果たして、近くにいる本物の『気に入らない誰か』へ暴力(あくい)を振るうことを我慢できるのかな? 見せておくれよ、貴方がたの答えを」

 少女の顔をしたモノは、フリーレンたちが去った後の村をこそ覗き見ている。
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