未だ無名のリンゼ   作:七海香波

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ホルン地区/■を生やす魔法

 勇者ヒンメルの死から28年後。

 

 北側諸国、シュヴィ伯爵領ホルン地区。

 

 

 

 

 

 その二つの人影を目にした瞬間、フェルンは杖に込めた魔力に殺意を乗せることを即決した。

 

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 瞬く青白い燐光。

 飛翔する二閃の貫通の魔弾がフリーレンらの前にいた人影を――消し飛ばせなかった。

 

「判断が早いよ、フェルン」

 

 人影の前に展開された障壁が、いつの間にかフェルンの魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を打ち消していた。

 その障壁を構成する魔力は紛れもなく、彼女の隣で杖を掲げる師フリーレンのものであって。

 

「何故ですか、フリーレン様。あれらは魔族(・・)です」

 

 責めるような目を向けたフェルンに、フリーレンは同じ目を以て弟子の顔を見返した。

 

「違うよ。よく見てみるんだ」

 

 そう言われ、フェルンは仕方なしに自分が攻撃した人影たちのことをよく見てみることにした。

 ――それぞれ異形の角を生やした(・・・・・・・・・)人影。

 それは紛れもない人類の怨敵、ありふれた魔族の特徴そのものであって。

 

 ――かつ、いずれも魔力を持っていない(・・・・・・・・・)人影。

 それは殺すべき魔族にはない、彼らが守るべき一般人の特徴であった。

 

「あれは魔族じゃない。ただの人間だよ」

「……え?」

 

 その言葉を聞いて、フェルンは一瞬フリーレンの言っていることを呑みこめなかった。

 だが、その意味を遅れて徐々に理解するにつれて……顔色が青褪めていく。

 滲んだ手汗のせいか、彼女は握りしめていた杖を落としてしまった。

 

「――フェルン!」

 

 崩れ落ちる足。

 驚いたシュタルクが自らを案じてくれる声も良く聞こえない中、フェルンの頭の中にはぐわんぐわんと目の前の事実が反響していた……そう、彼女はたった今、紛れもなく人を殺しかけてしまったのだという罪の意識が。

 

 

 

 

 

「――ああ、構いませんよ。どうせいつものことですから」

 

 そう、フェルンに殺されかけた一組の男女は彼女の謝罪を受け入れながら諦観交じりに語った。

 その目には生への渇望など微塵もない。

 ただ、自らの現状に諦めがついた、死を待つだけの生ける屍の如き虚無感だけが映し出されている。

 

 近くにあった倒木を椅子代わりにして向かい合い、フリーレンは正面の男女に事情を問う。

 

「一般的な感性を持っていれば、好き好んで自分から角なんて生やさない。それはたった今フェルンが勘違いした通り、誰の目から見ても分かる恐怖の象徴だからね。……何者かに魔法をかけられたんだね」

「ええ。数年前、この辺りで急に私たちのように頭から角が生えてしまう人々が出てきたんです……」

 

 当時のことを、彼らは互いの手を重ね合わせながらぽつりぽつりと語った。

 

 ――このシュヴィ伯爵領の各所で発生した、急に角が生えた人間(わたしたち)

 普段から顔も言葉もよく知っている知り合いが、ある日突然、一晩のうちに角を生やしてしまった……初めは変装した魔族による成り代わりが起きたのではないかと、よく疑われたものです。あの向けられる目は……厳しいものでした。

 

 ――自分では魔族ではないと分かっているのに、他人にはそうは思えないの。

 魔族は言葉で人を騙すものですし、いくら私たちが弁明しようとしても、一度服についた染みが全て落とし切れることがないように、疑義が完全に拭われることはなかったわ。家族であれば、まだ……。しかし、そうではない他人の眼からは、私たちは針の筵よ。

 

 ――領主様は、そんな私たちを一か所に纏めて隔離することに決めたのです。なんでも、普通の魔法使いには解けない『呪い』だとか……。

 

 ――聖都から専門の方を派遣していただく、という話もあったみたいだけど。でも、それはなくなったらしいわ。

 なんでも「『魔族もどき』が自然発生するなどというけったいな噂でシュヴィ伯爵領の評価を落とすわけにはいかない」みたいね。お貴族様にとって、私たちの命なんて大した価値もないのよ。

 

 ――そうして生まれたのが、この一帯の隔離地区です。普通の旅人なら選ばない、過酷な道を辿ってようやくたどり着ける角付きの(ホルン)地区。

 ですが、たまに訪れてしまう、事情も知らないお強い方々によって一年に数人は殺されてしまいますが……。

 

 ――この間は誰だったかしら? ああ、お隣のセインさんの家だったわね。

 薬草取りに出かけて、偶然出くわした商人の護衛に斬り殺されたのよね。死体はそのまま放置されてて……回収する時の腐敗臭がひどかったわね。……まだ、あの臭いが鼻に残っているわ。嫌なものよ。次は私たちだって思うと猶更ね。今回は偶然助かったけど……。

 

 最後に向けられた女性からの視線にびくっ! とフェルンが肩を震わせる中、シュタルクは気づかない内に握っていた彼女の手をそっと握り返した。

 その様子を尻目に、フリーレンは語る。

 

「ちなみに、その『呪い』。私にも看せてもらえないかな?」

「どうぞ、お好きなように」

 

 男女に近づいたフリーレンは、その身体に手を添えながら内面に廻る『呪い』の正体を探る。

 

「ふむふむ……なるほど……」

 

 角だけでなく、額、首、心臓、腕など様々な相手の体の箇所を触って、彼女は唸った。

 

「単に角を生やすだけの魔法じゃないね。アンデラーの不可逆性の原理、東側諸国の狩人一族が使う変獣魔法、双角のボロスの『外見を成長させる魔法(ヴァクストゥーム)』……人類が解析済の魔族の生得魔法すら組み込んだ、まさに人類の英知を集積させた呪いだよ」

「……解けるのですか?」

 

 一縷の望みにかけた、男性の呟き。

 ……例え見放され、生きることをほぼ諦めたような様子であったとしても、彼らは未だなお生きている。

 自死を選ぶこともできただろうに。

 だが、それが出来なかったということは……。

 彼らは本当の本当には、生を諦めきってしまったわけではないのだろう。

 

 己を見上げる男女の顔に、フリーレンは確固たる頷きを返した。

 

「解けるよ。……ただまあ、時間はかかるけどね。大体二ヶ月くらいかな。それくらい良いよね、二人とも」

「もちろんだぜ!」

「はい……ただ、その。私にも協力させてください。それが贖罪の代わりになるかは、分かりませんが……」

 

 深い後悔の篭められたフェルンの声。

 だが、今の間に気持ちの整理をつけられたのか、シュタルクの腕を握る彼女の手には確かな力が戻っていた。

 それで良い、とフリーレンは愛弟子の成長に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 宣言の日から、一ヶ月半。

 

「……終わった」

「そうですね……」

 

 ぐったりと呟きながら、フリーレンとフェルンはそれぞれ椅子の背と机の上にもたれかかる。

 フリーレンの知識と、フェルンの奮起。

 その両者が合わさってこそ為せた、『解呪』に至るまでの期間の二週間の短縮。

 その間大人しく、居座ることを許されたこの地域の村人の手伝いを行っていたシュタルクは精魂尽き果てたといった様子の二人に声をかける。

 

「お疲れさま。今じゃ外で皆、ようやく角がなくなったって大喜びしてるぜ。このまま勢いで祭りでも開いちまいそうな感じだ」

「これで領主様も、皆様が元の生活に戻ることを認めて下さるでしょうから。親や友人と離れ離れになってしまった、もう大切な人々に会えないものだと思っていたと……」

「そうか。そういった相手にまた会えるんだもんな……死んだも同然の家族とまた会えるんだ。そりゃ嬉しいよな……」

 

 シュタルクとフェルンはそれぞれ、たった一ヶ月半の間に過ぎないが、それなりに深く関わることになったここの人たちのようやく得られた安心に、自分たちもまた安心した様子だった。

 ただ、とその様子を見ていたフリーレンは師として一応言っておく。

 

「もうフェルンも身に染みて分かったと思うけど。次からは気を付けるようにね」

「はい……魔族は角を生やしているものであっても、角の生えた人形が必ずしも魔族とは限りません」

「私たちは魔法使いだから。必ず相手は身に秘めた魔力を露にしてくる。……だからと言って、今度は角が生えただけのただの人間の魔法使いが現れるかもしれないけれど」

 

 そう釘を刺したフリーレンに、シュタルクは眉間に皺を寄せる。

 

「ええー。そんな場合になったらどうすりゃいいんだよ?」

「さあ、これは私も出くわしたことがないから分からない」

「フリーレンっ!?」

 

 経験による判断力を信頼していた相手に肩を竦められ、シュタルクは情けない声を上げる。

 しかし、フリーレンは変わらず落ち着いた声で二人に諭した。

 

「でも、大丈夫だよ。結局、私たちは同じような姿をしていてもまったく別の生き物なんだ。ちゃんとよく見れば、相手が魔族か人間か。私たちは必ず理解できる。……例えば、心配した相手に手を重ねて寄り添うとか、魔族はまずやらないしね」

 

 ――フェルンが取り返しのつかない過ちを起こしかけたあの日。

 被害者になりかけた男女が、自らの事情を説明する際に自然と手を重ね合わせていたように。

 自責の念に囚われていたフェルンを支えようと、シュタルクがその手を取っていたように。

 

 ――かつて、フリーレンが病の熱に倒れて床に伏していた時。

 彼女の不安を払拭しようと、ヒンメルがかつての母親を真似て側にいたように。

 

「……シュタルク様」

「なんだよ?」

 

 あの時の感触を思い出して、フェルンはふと自らの手を握ったり開いたりしてみた。

 その中に今も、与えられた熱が残っているような気がして……。

 

「……えっち」

「なんで!? 今回は俺なんもした記憶ないんだけど!?」

 

 

 

 

 

「そう言えば、フリーレン様」

「ん?」

「あの魔法は、結局何を目的として作られたのでしょうか。『黒金の翼を操る魔法(ディガドナハト)』に近い、ただ角を生やすだけの結果をもたらすといえばそれだけですが……」

「そうだね。あの『角を生やす魔法(ギャルアホン)』はフェルンが今危惧している通り、単に魔法の完了に留まらない影響を及ぼす。製作者の意図については……正確には分からないけれど」

 

 フリーレンは一言区切った。

 魔法を解析している最中、彼女は術式の隅に刻まれていた無意味なメモを確かに認識していた。

 ――『# 足し算は出来た、次は引き算。リンゼ』

 

「十中八九、碌なものじゃないだろうね」

 

 

 




「ただ角が生えただけなのに。知識もないままに「怖いから」と領主の言う通りに突き放してしまったかつての友人を、恋人を、治ったから戻ってきたと言われて、貴方たちは果たして元のように受け入れられるのかな。
 『情けは人の為ならず』ってあるだろう? やったことはいつか自分に返ってくるって貴方たちは知っているはずだよね。その上で、自らの行った差別(あくい)を否応なしに思い起こさせる相手を側に置き続けられるのか、……知りたいな、貴方がたの答えを」

 少女の顔をしたモノは、フリーレンたちが元の生活に戻る権利を与えた人々のその後(・・・)にこそ興味を示している。
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