シカと和解せよ   作:アラウンドブルー

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あまねくさん、☆9ありがとうございます。

しかのこのこのここしたんたん、終わったってマジ……? 実は餡子が一番好きです。



シカ部への襲撃

 

 鹿乃子のこ、もといのこたんが日野南高校に襲来して数日経った放課後。こしたんは生徒会の仕事を早めに終えてシカ部部室に向かっていた。

 

 

「さあ〜、部活の時間だー!」

 

 

 半ば無理やり入部させられたとは思えないほどウキウキな様子のこしたん。

 

 それもそのはず、部室の模様替えのため今日の朝5時に起床。家具や小物類をこれでもかと用意し、業務用の荷車を使って正気なフリをした狂人・建御命と共に学校へ運搬。一緒に模様替えをしたからだ。

 

 なお、2人で模様替えをしている時、新婚みたいと毛色の違う浮かれ方もしていたり。

 

 ちなみに命は生徒会に入っていないため、のこたんと先に部室に向かった。

 

 

(壁紙も変えて、棚も作って……あーあー! まだまだやること山積みで大変だなー!! ンフー! 待ってろ私のユートピア!!)

 

 

 しかし、こしたんの目に入ったものは想像もしていない光景だった。

 

 粉々に砕かれたシカ部の看板がドラム缶に入れられ丸焼きにされていて、可愛く彩られた花壇は無残に荒らされた跡。至る所にクナイが突き刺さっていて、部室の窓ガラスは割られ、壁には『鹿許さない』と大量の落書きが。

 

 

「アアアアア────ッ!!??」

 

 

 絶叫。何だかんだ気にはなっている命と共に2時間かけて作ったユートピア、そんなオシャレ空間で楽しく部活動をできると浮かれていた矢先にこれである。

 

 急いで中に入ると、中も外同様に荒れ果てていた。

 

 メタルラックは倒れ、カーテンは引き裂かれ、DIYで作ったテーブルは真っ二つ。

 

 クマのぬいぐるみ(熊五郎)の首はもがれ、クナイで壁に縫い付けられていた。

 

 

「ど、どういうことだ……私のユートピアが…………私と命とで、今朝2時間かけて作り上げたユートピアが……っ!」

 

「こしたん大丈夫? そんなところにいたら危ないよ、こっち来て」

 

 

 物陰に隠れていたのこたんがこしたんに声をかける。

 

 

「鹿乃子お前か!? お前なのか!! 私のユートピアをこんな姿にしたのはぁーっ!!??」

 

 

 気が動転したこしたんはのこたんに詰め寄り、肩を揺らし始めた。

 

 

「虎子、落ち着け。俺とのこたんが部室に来た時は既にこの有様だった。そして、今朝からのこたんは何者からか命を狙われている」

 

「ッ! 命。どういうことだ」

 

 

 のこたんの反対側にいた建御命がこしたんを諌め、現状を簡潔に伝える。彼もまた、どこから攻撃を受けるか分からないため思うように動くことができない。

 

 

「通学中、5mの落とし穴に落ちかけたし」

 

「間一髪のところで助けたがな」

 

「それ下水管の破損とかが原因だろ!」

 

「空から槍が降ってきたし」

 

「確実に殺しかかっている!」

 

「いきなりの事で軌道を逸らすのが精一杯だった」

 

 

 手の甲を見せる命。そこにはシカの絵柄がプリントされた絆創膏が貼ってあった(byのこたん)

 

 

「水の入ったペットボトルも置いてあったし」

 

「それは俺の不覚だ。まさか意味の無いネコ避けがのこたんには効くとは……くっ! 知っていれば、通学ルートを変えられたと言うのに!」

 

「水入りペットボトルとか今どき猫でも怖がらねぇぞ!!」

 

「とにかくここは危険なんだってば!!」

 

「落ち着け。普通に考えて、お前を狙うヤツなんか────」

 

 

 いないだろ。こしたんはそう言いかけて、チラリと命の方に目を向ける。

 

 ────そう言えば、この前コイツは鹿乃子が来るのを待ち望んでいたみたいなことを抜かしていたな。……なんかムカつく。

 

 

「…………いないだろ。多分

 

「ちゃんと否定してよ! ていうか、今小さく多分って言わなかった!?」

 

「心配すんなって! そんな物好きがいる訳ないだろ! きっと

 

「きっと!? きっとって何!?」

 

「どうどう。落ち着けよ、落ち着け。良いかお前ら、こういう時は外の空気でも吸ってだな、一旦心をフラットにして考えをまとめるのが…………」

 

「ッ! イカン!!」

 

 

 外へ出ようとしたこしたんに突然飛びかかる命。それと同時に、空気を切り裂く音が3人の耳に入る。

 

 クナイが粉砕されたソファに突き刺さった。こしたんは命によって地面に伏せられたため無事。

 敵の狙いであるのこたんは骨格を変形させ回避。

 

 

「おい! 迂闊に顔を外に出すやつがあるか! ここは戦場だぞ!!」

 

「誰!?」

 

 

 世紀末の画風に変化したのこたん。見た目だけでなく声までもが野太く勇ましくなっていた。だが、それはのこたんだけでは無かった。

 

 

「まったくこの虎視虎子め! もう少しで眉間に風穴が空くところだったぞ! この愚か者めが!!」

 

「お前も誰!?!?」

 

 

 こしたんから離れた命の画風は、日常系ロボットアニメに出てくる某慈愛大帝のそれになっていた。声もエフェクトがかかり、某野球漫画の父親そのもの。

 

 伏せられた時はドキッとしたこしたんだったが、そんなもんは一瞬で消し飛んでしまった。

 

 

「ていうか鹿乃子、お前マジで狙われてんの……?」

 

「そうみたい」

 

「だからさっきからそう言ってるだろ」

 

 

 同時に画風と声が元に戻るのこたんと命。

 

 

「こ、こんな危ないところにいられるか! 私は帰るからな!!」

 

「よせ、それは死亡フラグだ!」

 

 

 教官を置いて逃げ帰るのかとのこたんがこしたんを引き留めようとするが、その時こしたんの足元にあったスイッチが踏まれてしまう。

 

 天井からこしたんの頭部目掛けて落下してくるステンレス製のたらい。しかし、すんでの所で命が裏拳で弾いた。

 

 

「くっ、この様子じゃまだまだ罠は仕掛けられてるな」

 

「────舐めたマネしやがって。ヤンキー時代でもここまでバカにされた覚えはねぇぞ……! もう我慢ならねえ、私のユートピアをぶっ壊したドグサレがァ!! その首ねじ切ってサッカーボールにしてやるぞゴラァッ!!!!」

 

 

 完全にプッツンしたこしたん。その迫力は、熊と渡り合える命すら震えさせるほど。

 

 こしたんは無意識のうちに猫足立ちをしていた。どこから、どんな攻撃をされても即座に対応できるよう、防御態勢を本能的に取っていた。

 

 その時、外から何かが投げ込まれた。

 

 

「ヤベッ! 手榴弾だ!!」

 

 

 と思ったが、実態はただのシカせんべい。こしたんは拍子抜けするが、すぐにその意味に気づく。背後にいたのこたんがいない。

 

 

「おい! あれは罠だ!」

 

「行くな! のこたん!!」

 

 

 一手先に動いていた命は、シカせんべい目掛けて全速力で走り出したのこたんの腕を掴んでいた。

 

 

「離して! たけみん!」

 

「いいや離さん! こしたんの言う通り、あれは敵の作戦だ! お前を誘き出すための! シカせんべいなら俺が持ってきている! そいつを食べればいい!!」

 

 

 腕を掴まれて暴れるのこたんだったが、命の説得を聞くと落ち着きを取り戻し、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 

「……そうだね。確かにたけみんやこしたんの言う通り、あれは罠。敵の作戦かもしれない」

 

「だったら!」

 

「……ねえ、たけみん。もし、もしもだよ? 私が、洪水の川で流されていたとしたら、その時どうする?」

 

「そんなの、助けるに決まっているだろう」

 

 

 言い淀むことなく、命は即答した。

 

 

「うん。じゃあ、もし何処にでも売っている普通のシカせんべいが洪水の川に流されていたとしたら、どうする?」

 

「流される前にふやけて沈むだろ……」

 

「そうだったとしても、助けるに決まっている」

 

「お前正気か?」

 

 

 正気を疑う質問に対して、何故か先程同様命は即答した。真っ直ぐ、凛々しい瞳をのこたんに向けていて傍から見ればカッコイイシーンと勘違いしそうだが、実態はただただおかしい。

 

 

「…………だよね。私の想像通りの答えだ。きっとたけみんは今言った通り、実際にそんな場面に遭遇しても命懸けで行動するんだろうね」

 

「シカせんべいを命懸けで助けるってなんだよ」

 

 

 ツッコミを入れるこしたんだが、2人の耳には届いていなかった。

 

 

「だから私も……私もっ、たけみんみたいに! 普通のシカせんべいでも高級シカせんべいでも、分け隔てなく助けられるようなシカになりたい! 貴方に誇れる私になりたいッ!!」

 

「のこたん……っ!!」

 

 

 のこたんの宣誓。ヒロイン力溢れる迫真の表情と声色に、脳の一部が欠落していると思われるさしもの命も心を動かされてしまった。

 

 

「なに、この雰囲気」

 

「そうか…………そうか。お前のその意志、確かに受けとった。ならば行け、のこたんッ! だが、約束してくれ。必ず俺たちの元に帰ってくると」

 

「っ!! ……うん! シカせんべいを助けて、必ずシカ部に……ううん、貴方の元に帰ってくる! 見ていてっ! 私の戦う姿を!!」

 

「何だこの三文芝居」

 

 

 そして、再びダッシュするのこたん。

 

 涙を堪えながら、その後ろ姿を目に焼き付けようとする命。1人正気を保っているため、なおも止めるべく動こうとするこしたん。だが、そんなこしたんの肩を命は掴んだ。

 

 

「止めるな、こしたん。あれは1人のシカの、信念を込めた決死の行動だ」

 

「何馬鹿なこと言ってんだ! なんて言おうがあんなの罠に決まって……ってああああ────ッ!!??」

 

 

 案の定、のこたんは捕獲用ネットに捕らえられてしまった。ネットは地面から離れ、吊るされている。

 

 

「ぬかった……」

 

「だから散々罠だって言った……」

 

「最後少しスピードが落ちてシカせんべいに手が届かなかった!」

 

「そっち!?」

 

「ガッツは十分、次は踏み込みを意識して挑戦しよう」

 

「スポーツじゃねぇんだぞ! てか次ってなんだよ、さっきのやり取り茶番だって認めてるようなもんだぞ!!」

 

 

 今の状況を理解出来ていない愚か者が2人。相変わらずシカせんべいのことしか頭に無いのこたんと、見当外れのことを言い出す命。

 

 

「おい! コソコソ私を狙っている奴! 聞こえているんだろ! 私の名はのこたん! 用があるなら出て来い!! この勝負正々堂々受けて立つ!!!!」

 

「もう既に負けているのでは?」

 

「後シカせんべいもっとください!」

 

「昼休みに散々命から貰ってただろ、まだ欲しがるか」

 

「うーむ、踏み込みだけでなく直前での加速と不測の事態への対応力も必要か」

 

「お前はまだ分析してるのか! つーかその映像はどうやって撮った!?」

 

 

 タブレットを使って、先程ののこたんの動きを録画した映像を再生している命。コイツだけ何故どんどんと横道に逸れて行ってしまうのだろうか。

 

 

「随分と図太い害獣なのね」

 

 

 その時、姿を現したシカ部襲撃の張本人。アホ毛が生えた紫色の長髪、制服は日野南高校のものでは無い。そして何より、目を引くのは黒よりもなお深い闇をたたえたその瞳。

 

 

「もっと早く駆除するつもりだったけれど、全く計算が狂ったわ。勝負? 良いわよ、受けて立とうじゃない。地獄へ突き落としてあげるわ」

 

「っ! お前は……」

 

「貴様一体何者だ!!」

 

「「餡子!?」」

 

「餡子?」

 

 

 ハモるこしたんと命。なんだかんだ言ってこの2人も息ピッタリである。

 

 

「おまっ、何してんだこんな所で!?」

 

「お……お…………」

 

 

 ワナワナと震え出す餡子と呼ばれる人物。一体、どうしたと言うのだろうか。

 

 

「おねえちゃあん♡」

 

 

 はにゃんと、目をハートにさせながらこしたんに抱きつく彼女、餡子はこしたんの妹なのである(周知の事実)

 

 読者の皆さんは当然ご存知であろうが、あえて紹介させて頂こう。彼女は姉限定のヤンデレである。現に今は姉の臭いを堪能し、学校はどうしたのかと聞くこしたんに対して怒った顔も可愛いと見当違いの返答をしている。

 

 

「フッ。久しぶりだな、餡子」

 

「あらっ、()()()! ご機嫌よう」

 

「「お兄様??」」

 

 

 次はのこたんとこしたんがハモった。いつもはのこたんの奇行に振り回されていると言うのに、この時ばかりは思考が一致した。

 

 

「たけみん、妹がいるの?」

 

「ああ、自慢の妹だ」

 

「うふふっ。もう、お兄様ったら」

 

「サラッと嘘をつくな。こいつは私の妹【虎視餡子】だ。お前なんで命のことを兄呼ばわりしてんだ?」

 

 

 こしたんが餡子に質問をするが、やはり耳に届くことはなくのこたんを睨みつける。

 

 

「鹿乃子のこ、私はお前を許さない」

 

「いや私の質問に答えろ……って、ハッ! もしかして、全部お前の仕業なのか!?」

 

「そうだよ。全部私がやったの」

 

「流石、あの頃から腕を上げているな。暗殺者らしい豊富な攻撃手段、見事だったぞ」

 

「ふふっ、お兄様に煮え湯を飲まされた2年前から私は格段に強くなったのよ。気に入ってくれた?」

 

「ああ。UMAと間違われてハンターから追い回された時も、ここまでの危険は感じなかったよ」

 

 

 あははっ、うふふっと笑顔で笑い合う2人。

 

 

「何ほのぼのしてんだ! うちの妹を暗殺者呼ばわりすな!! ん゛ん゛っ。餡子、お前何でこんなことを……」

 

「全部全部、そこのシカが悪いのよ!!」

 

「テンションの急降下!!!!」

 

 

 突然金切り声を張り上げる餡子。数十秒の間にコロコロと態度が変わる彼女もまた、大分おかしい方に分類される。

 

 

「シカのせいでお姉ちゃんは変わっちゃった」

 

 

 淀んだ口振りで語り出される餡子の想い。これまでは学校が終わったらすぐ自分の元(両親もいる家)に帰って来ていたのに、最近は夜遅くまで帰ってこない(最大19時)。

 

 

「遅くまで何してるのかと思って、ちょっと尾行をしてみたら部活と称して密室でお兄様とシカのお世話(意味深)!? なんてイヤらしい! 穢らわしい!!」

 

「イヤらしいのはお前の思考回路だよ!」

 

「のこたん、さっき自販機でミルクティー買ったんだけど飲む? 新商品らしいよ」

 

「飲む飲むー」

 

「命、お前も何とかしてくれよ!!」

 

 

 何処からか缶のミルクティーを取り出した命はネットの隙間に手を入れて、のこたんに差し入れをしていた。

 

 

「それに、今日なんて朝早くに家を出たと思ったらシカとの愛の巣作りに夢中じゃない……!」

 

「はい、お茶請け用のシカせんべい。お味はいかが?」

 

「うまー! 一緒に食べるとシカせんべいの香りとミルクティーが混ざって新感覚!」

 

「お前らはお前らで何盛りあがってんだ!」

 

「あんな得体の知れないシカとここでナニをする予定だったの!?」

 

 

 ほのぼのとしているのこたん・命ペアと修羅場状態のこしたん・餡子ペア。温度差は歴然であった。

 

 

「ハッ。答えられないってことはもしかして…………もう、寝たの?」

 

「んなわけねえだろ! メンヘラ彼女か、お前は!」

 

「のこたんが俺の彼女になったらメスジカ彼女になるのかな」

 

「つまんね」

 

「ぐぽぁ」

 

 

 一刀両断。のこたんからの一撃を受けて、命は血を吐き出し倒れた。

 

 

「この馬鹿はもういいや……鹿乃子! お前からもなんか言ってやれよ!」

 

「こしたんは私の女だ!!!!」

 

「いや、虎子は俺の女だ!」

 

「お姉ちゃんは私のものよッ!!」

 

「「どーぞどーぞ」」

 

「漫才やってんじゃねーんだぞ!!」

 

 

 ゼーハーと息を切らすこしたん。それもそのはず、本日は開幕からずっとフルスロットルなため疲労が溜まっている。

 

 

「許せない……私からお姉ちゃんを奪ったシカも…………シカと一線を超えたお姉ちゃんも……」

 

「そもそも越えてないが!?」

 

「こしたんは、私が守るッ」

 

「大変そうだな2人とも」

 

 

 のんきにもう1缶買ってあったミルクティーを開けて飲みだす命。

 

 

「でも……何より許せないのは…………」

 

 

 ギロリと、憎悪に満ちた瞳が命へ向いた。

 

 

「────貴方よ、お兄様」

 

 

 予想だにしていなかった殺意をぶつけられ、命は飲んでいたミルクティーを吐き出してしまった。

 

 

「お兄様なら、お姉ちゃんを任せても良いと思った……私の愛するお姉ちゃんを、信頼と尊敬に値するお兄様ならばと、苦渋の思いで認めていた…………なのに!!」

 

「」

 

「よりにもよって、シカ!? そんな何処からやって来たのかも分からない、薄汚いシカを取るの!!?? お姉ちゃんはオマケでまとめてウコチャヌㇷ゚コㇿしたっていうの!?!?」

 

「」

 

「ウコ……なんだって?」

 

「ヌン?」

 

 

【ウコチャヌㇷ゚コㇿ】

 

 100年以上前、白銀の大地・北海道で1人のとある偉大な学者がシカやクマなどに行った伝説的ボディランゲージのことを指す。

 

 

「許せない……許せないわ…………シカなんかとウコチャヌㇷ゚コㇿしたお姉ちゃん、お姉ちゃんを誘惑してウコチャヌㇷ゚コㇿに及んだ賎しいメスジカ、そしてお姉ちゃんとシカまとめてウコチャヌㇷ゚コㇿしたお兄様…………だから、全部壊しちゃおうって思ったの」

 

「「」」

 

「ヌヌン?」

 

「シカ部なんてふざけた部活をめちゃくちゃにして、害獣を駆除すれば、お姉ちゃんは私の元に返って来る。お兄様も、前のカッコイイお兄様に戻る」

 

「────けど、考えが変わったわ」

 

 

 餡子は懐から取り出したクナイを放つ。狙いは、のこたんを吊るしているネットのロープ。

 

 

「ヌンッ!」

 

 

 ロープが切り裂かれ、地面に落下したのこたんの元に餡子が静かに近づく。

 

 

「貴女、正々堂々勝負って言ったわね? 面白いじゃない、受けて立ってあげる…………その代わり」

 

 

 穏やかで優しい口振りだが、それは嵐の前の静けさ。

 

 

「────私が勝ったら、貴女には一生奈良公園のシカとして生きてもらう」

 

「奈良っ」

 

「そしてお兄様」

 

「ッ! ……なんだ」

 

「お兄様は、永遠に私がお世話してあげる。寝る時も、ご飯の時も、お風呂の時も、ありとあらゆる時全てにおいて、私がお世話してあげるわ。そうすれば、シカに穢されたお兄様はお姉ちゃんに近づけない。もうこれ以上、お姉ちゃんが穢れることは無いって事」

 

「別に私も命も穢れてねえから!!」

 

 

 頭のネジが数本外れた命も、流石に餡子の発言にはドン引いた。イカレていると。実際はどっちもどっちではあるが。

 

 

「もちろん私が負けたら貴女とお兄様、そしてお姉ちゃんの爛れた関係を認め、私は潔くお姉ちゃんから身を引くわ」

 

「誤解を生む言い方やめろ! 餡子お前いい加減にしろよ。こんなの馬鹿げている、勝負する意味は無いだろ」

 

 

 こしたんが口にした正論。馬鹿げているのはそもそもこの作品ではあるのだが、それを言ってはおしまいだ。

 

 だが、人もシカも正論だけでは考えを変えないものである。

 

 

「何で? そこのシカが勝負しろって言い出したんだよ?」

 

「うっ……それは、そうなんだけどさ」

 

「────良いよ、勝負しよう」

 

「「!?」」

 

「……!」

 

 

 立ち上がったのこたん。すでにおふざけの様子はなく、彼女の目は1人の戦士のそれになっていた。

 

 

「ちょ、待てよ。本気か? お前が奈良公園のシカになったら、シカ部はどうなっちゃうんだよ! 命のこれからだってかかってるんだぞ!」

 

「大丈夫だよこしたん」

 

「え?」

 

「フッ」

 

 

 のこたんの自信に満ちた瞳がこしたんを捉える。

 

 

「────────私を信じて!」

 

「……そうだ。俺たちシカ部は友情と信頼、そして」

 

「シカせんべいより固い絆で結ばれているんだから!」

 

「命……鹿乃子…………って、命のはともかくシカせんべい!? サックサクじゃねーか!!」

 

 

 一瞬雰囲気に流されかけるこしたんだったが、すぐにツッコミポイントを見つける。

 

 

「ただし、私からも条件がある! もし私がこの勝負に勝ったら……」

 

「「「…………」」」

 

「シカせんべい、いっぱいください!」

 

「もう奈良行けよ!」

 

「ハハッ。まったく変わらないな、のこたんは」

 

「お前はなに平然としてんだ!!」

 

 

 相変わらず命は状況を読めていない……訳では無かった。10年以上追い求めていた運命のシカが、こんなところで倒れるはずがないと、心で確信していた。

 

 シカせんべいとシカ部、そして命の命運を賭けた戦いの幕が今、切って落とされた。

 

 

「帰っていい……?」

 

 

 こしたんの力無き声は、闘志を燃やすのこたんと餡子の耳に届くことはなかった。

 





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