あまねくさん、☆10ありがとうございます。
虎視虎子王決定戦にここまで話数をかけてしまうとは……
【鹿乃子のこ-死亡-】
────なんてシリアス展開が起きるはずもなく、天に召されたのこたんは主神・鹿照大御神の後脚キックをくらい、その魂は元の肉体に戻った。
「鹿乃子……! おまっ、生きて…………」
「よく戻ってきた、のこたん!」
のこたんが生きていた理由、それはシカ部への襲撃の際、餡子が罠に使ったシカせんべいを密かに懐に入れていたからだった。それが盾となり、のこたんの命を救った。
「昔の映画かよ!」
「前に言ったはずだぞ、こしたん。シカせんべいには無限の可能性が秘められていると」
「言われてないが?」
「だが、流石は俺の運命のシカ。そう易々と倒れはしないというわけか」
「運命の、シカ…………ハッ!? まさか、お兄様が言っていることって……!?」
瞬間────
餡子の脳裏に過ぎるのは────
存在する記憶────────
「貴方が、いつもいつもお姉ちゃんに付きまとっている男ね」
2年前、建御命は中学校からの帰り道、虎視餡子と出会った。
「君は……そうか、君が虎子の言っていた餡子ちゃんか」
「はん! 貴方みたいな男に名前で、しかもちゃん付けで呼ばれたくないわ。それにお姉ちゃんまで名前で呼ぶなんて……! 汚らわしいのよこの害虫が!」
餡子の瞳は憎悪に揺らめいていた。ドロドロと、おぞましさを感じるもので、一般人なら腰を抜かすほどに。
だが、建御命はその頃から既に普通ではなかった。
「それで? 君は何をしたくて俺を待ち伏せていた? 虎子の家とは逆方向だろ」
「単刀直入に言うわ、もう二度とお姉ちゃんに関わらないで。お姉ちゃんは貴方に会ってから変わってしまった……部屋でスマホを見ながら一人でニヤニヤする時間が増えたし、今までは気にも止めてなかった朝の星座占いにさりげなく聞き耳を立てるようになったし、この前なんてぬいぐるみ達と恋愛相談していた…………こっそり部屋に盗聴器を仕掛けたり、尾行してみたら……その相手が貴方と分かったわ!」
「なるほど…………断る、と言ったら?」
「これで串刺しにしてあげるわ」
ズラっと、両手におびただしい量のクナイを持ち命に見せつける。
「それは怖いな。だが、俺とて『はい、そうですか』と頷くわけにはいかない。アイツとは気が合うし、友達だからな」
「友達? そう言って舐め回すようにお姉ちゃんのことを見ているんでしょう! なんてイヤらしい!!」
睨み合う命と餡子。一瞬の静寂の後、命が口を開いた。
「お互い譲れないというのなら、戦うしかなさそうだな」
「そうね。でも、私だけ得物や罠を使うのはフェアじゃないわ」
「ならば……」
「ええ、貴方と気が合うのは癪だけど、『アレ』が一番決着をつけるのに相応しいわ」
「それは……」
「「虎視虎子王決定戦」」
「良いだろう、受けて立つ」
「私の得意分野に挑むこと、後悔させてあげるわ」
そして、日野中学で第1回虎視虎子王決定戦が開催された。
互いに一進一退の展開が繰り広げられ、2人は引っ掛けや難問につまづくことなく大会は続けられた。
ちなみにこしたんはこの時ヤンキーであるため、仲間たちと峠を攻めに行っていて不在である。まさか、こんな催しが開かれていたとは、2年経つまで知る由もない。
(おかしい……妹である私と同じくらい、この男はお姉ちゃんについて知っている!!)
「…………」
大会が開始され4時間が経過、スコアポイントは両者ともに99000000となっていた。まさに同等、実力は拮抗している。
「では最終問題です! 虎視さんが────」
命よりも先に、餡子が早押しをした。これに勝てば、自動的に勝者は餡子となる。
「アイドル!!」
場が静まり返った。どくん、どくんと、心臓の音が鮮明に聞こえるほどに観衆も、司会も、餡子も、命も最終問題に集中していた。
「────────不正解!!」
「そ、そんな……!?」
「『虎視さんが今密かに憧れている職業はアイドルですが、では小学校2年生の頃になりたかった職業はなんでしょうか』!」
全文聞いた今ならもちろん餡子はこの答えがわかる。だが、一度間違えた今解答権は無い。あるとすれば、それは建御命が間違えた時のみ。どうか外れろ、そう必死に胸の中で願い続ける餡子。
しかし、運は味方しなかった。命が回答ボタンを叩き、静かに答えを口にする。
「────白菜の漬物」
世界の音が止まった。風の音も、車の音も、全ての音がここにいる者の耳には入らない。
「────────正解!!」
爆発するかのように盛り上がる観衆。接戦に次ぐ接戦、一歩も引かない二人の戦いの行方は、命の勝利で決着が着いた。
しかし、この結末に納得行かない者がいた。
「……けるな、ふざけるな!! 妹である私がお前なんかに負けるはずがない!! こんな結果は認めない!!!! もうこうなったら実力行使よ!! なんとしてでも排除してやるわ!!」
制服のポケットから取りだしたボタンを餡子は躊躇無く押した。すると、何処かから大量のクナイが一斉掃射され、その全てが命目掛けて飛んできた。だが、
「やはりそう来たか。だが、その程度で俺は倒せないぞ!」
命の両腕から繰り出される超スピードのラッシュ。圧倒的パワー、スピード、精密動作性を誇るそのラッシュは、大量のクナイ全てを弾き飛ばした。無論、弾いた先に人がいることが無いようにコントロールもされている。
「くっ、コイツにこんな力があったなんて! さっさとやられなさいよ! このこの!!」
懐からもクナイを取り出し、尚もがむしゃらに命目掛けて投げる。だが、それは先程の焼き直しに過ぎなかった。
「ハァ……ハァ…………なんで、なんでなのよ! なんでお姉ちゃんから離れようとしないのよ! なんでそんなに強いのよ!! なんで私よりお姉ちゃんのことを知っているのよ!!!!」
「進〇ゼミだ」
「え?」
「進研〇ミをしていた。だから君に喰らいつけた」
「進研、ゼ〇……」
合点が行った。確かに〇研ゼミならば、虎視虎子王決定戦でも十分戦える。餡子は納得した。
「そして俺が強い理由、強くあろうとする理由。それはな……いつか会える、運命のシカを守れる男になりたいからだ」
「運命の、シカ……?」
「そうだ。だがそれだけじゃない。シカ以外にも家族や親戚、虎子、友人たち、知り合いのマタギ、行きつけの喫茶店のマスターといった、俺の大好きな人たちも守りたいんだ。そんな人たちのためなら、俺はどこまでも強くなれる」
「大切な人のため……強く…………」
「ああ。そしてそれは、君だって例外じゃない」
「!!」
「虎子の妹なら、俺の大切な人だ」
強く、優しげな眼差し。自分への絶対的な自信と覚悟が感じられる瞳を見た餡子は、そこに自分が虎視虎子王決定戦で勝てなかった理由を察した。
「……負けた、完敗だわ。貴方は常に、誰かのために強くあろうとしている。私は、お姉ちゃんが離れて行くのが嫌で、自分のために貴方と戦おうとしていた。その時点で、勝敗は決まっていたというわけね…………」
「いや、そうとも言えないさ」
「え?」
「最後の問題の時、俺は山勘に頼るしか無かった。君の言った間違えの答えすら導き出せなかったから、白菜の漬物に賭けるしかなかった。だから敢えて言おう、君は誰よりも姉のことを想える、優しくて強い妹だと」
「…………!! 『お兄様』と、呼ばせていただいても……?」
「……ああ、構わない。『餡子』」
2人の笑顔で、第1回虎視虎子王決定戦は幕を閉じた。
「そう……そうだったのね…………彼女が、お兄様の言っていた運命のシカ」
「ねえ何!? 今の回想何!?!? 白菜の漬物に憧れる小学生って何!?!?」
「鹿乃子のこ」
安定のツッコミ力を発揮しているこしたん、シカせんべいを丸かじりしているのこたん、その様子を微笑ましく眺めている命。
3人のそばに餡子がやってきた。
「お姉ちゃんを助けてくれてありがとう。私の完敗よ」
「…………」
「私は、憎しみや怒りに囚われすぎてお姉ちゃんを傷つけるところだった。こんな私は妹失格だわ! お姉ちゃんの隣にいるのに相応しいのは、あな……」
「そんなことない!!」
のこたんが餡子が言おうとしたことを遮る。
「……そんなことないよ。君が……ううん、こしあんがくれたシカせんべいのおかげでこしたんを守ることができたんだ。こしあんは命の恩人だよ!」
「????」
「でも……でも! 貴女はお兄様の運命のシカ!! お兄様が待ち望んでいた貴女を、私は勝手な思い込みで始末しようとした! 穢らわしいとか、薄汚いとか、酷いこともいっぱい言ったわ!! 2年前、お兄様に会ってから私は変わった……変わろうとした…………なのに」
後悔。餡子は姉と同じくらいに信頼を寄せている命の大事なシカを葬ろうとした自分が許せなかった。自分が変わるきっかけとなった2年前に、命には運命のシカがいると聞いていたにも関わらず、勝手に暴走したことが。
「餡子。確かに俺は、今のお前を許せない」
「ッ!?」
「命!」
「たけみん!」
非難の目が彼に突き刺さる。餡子はこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべる。しかし、
「だから────────変わりゃいいじゃないか、今日からよ」
「「「!!」」」
「お前にその気があるなら手ぐらい貸すさ。兄妹だろ、俺ら」
「いや、兄妹ではない」
一瞬、ヒューマンドラマ的な雰囲気に飲まれかけるが、すぐ冷静にこしたんが突っ込む。
「…………か……変われるかしら…………」
餡子の目に、涙があふれる。命の言葉は、なんだかんだ言って餡子の心を突いた。
「変われるかしら!? 私、変われるかしらぁ!?!?」
崩れ落ち、号泣する餡子の目の前にゆっくりと命が近づく。そして静かに膝を着き、手を差し出した。
「前にも言っただろ、お前は俺の大切な人だって。変わりたいと思うなら、いつまでもどこまでも見ていてやるよ」
「ッ!! ……おにい、さま…………」
「そうだよ! それに、たけみんだけじゃないよ! 私やこしたんも、こしあんのそばにいる! もう私たちは友達! だから、今度は私にこしあんを助けさせてよ!」
(命が口を開いた時、一瞬謎の悪寒を感じたが……気のせいだったか)
澱んでいた餡子の瞳が、綺麗なアメシスト色に輝く。それは、怒りと憎しみから解放された証。
「……のこたんと呼ばせていただいても…………?」
「もちろん!」
「フッ……」
まるで初めからこうなると分かっていたかのような笑みを、命は浮かべていた。
「これからも、お姉ちゃんをよろしく頼むわ。のこたん」
「任せて! こしあん!」
夕日に照らされ、固い握手が交わされた。観衆は大盛り上がり、のこたんこしあんコールが幾度となく繰り返され、鵜飼先生も思わず号泣。
「それと、お兄様!」
「なんだ」
「……私、のこたんには負けないからっ!」
「ッ! ……フッ。ああ、負けるなよ」
餡子の宣言。さしもの命も、この時ばかりは虚をつかれたがしっかりとその想いを受け取った。
まさに大盛況。観客たちのコールにはたけみんも追加され、虎視虎子王決定戦は皆の笑顔で盛大に幕が閉じられた。
「……なんだったんだ、一体」
結局こしたんは、最後の最後まで展開について行くことができなかった。
ーおまけー
「そういやなんで私は『お姉ちゃん』なのに命は『お兄様』なんだ?」
「ウフフッ。それはね、『お姉ちゃん』は肉親への愛情と信頼を込めて、『お兄様』は尊敬と憧れを込めてなのよ」
「ほーん」
「あっ♡ でも『お義兄さま』も良いかもだし、『お兄ちゃん』も良いかも! でもでも『兄様』も捨て難いし、将来を見越してあ、『あなた』とかも……うふっ、うふふひへへへ」
「」
虎視家は今日も平和だった。
お読みいただきありがとうございました。
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