デスマスターはかえれない ダイの大冒険奇譚 作:デスマス怒る
パプニカの王女レオナは今年6歳になるばかりにして、大変な才を秘めた少女であった。母を幼くして亡くしたが、父王は復興に忙しい中でもきちんと愛情を注いだ。
それもあって彼女は幼いながらに聡明で、すでにいくつかの呪文を身につけていた。ゆくゆくは伝説のザオリクを体得するのではないか、という話である。当然、契約は済ませてある。
しかしこの少女……
「お待ちくだされ〜姫〜!」
「姫様! 勉学の時間から逃げるのはおやめ下さい!」
とんでもないお転婆姫だったのである。
姫と親しい老兵バダックと教育係でもある賢者バロンの追跡を姫君は難なく撒くことに成功し、そのまま王城どころか城下町を飛び出した。
一方その頃、非番の魔法兵エピロはいつもの湖のほとりでソロキャンプを行なっていた。この所ロメウスとは休みが重ならない。何せ彼は今年度から教官を併任することになったのだ。血筋も良く、実力もある彼が昇格することは当然といえよう。エピロとしても魔王軍残党のモンスターと戦う任務で共に死戦を潜った戦友の出世は嬉しかった。彼の攻撃呪文が決め手となったことは何度もある。
だがエピロだけは出世と縁が無かった。研究発表の内容は全て上官に取られ、武勲に関しては、彼はロメウスとコンビでサポートに徹したため、直接倒した敵の数は少ない。結果しか見ない上層部からは当然評価されなかった。
その上、これまでそれとなく彼を庇い続けてきた団長が定年で退職したのだ。最後の勤務の日、彼はエピロにただの一言「すまない。」とだけ告げた。彼の退職以降、エピロに対するイジメの陰湿さと、頻度とが目に見えて増加した。ロメウスと休日がずらされているのもその一環である。
新しい団長もエピロに対して友好的だったが、彼を守るには経験や実力が不足していたのだ。
最近のエピロは武勲を立てるのを嫌ってか前線に出してもらえず、もっぱらルーラ要員として扱き使われていた。
小岩に腰掛け、釣り糸を垂らす。本当に垂らすだけで、何かを釣り上げようという気もない。本当に形だけで遊んでいる。
「はぁ……」
「ためいきをつくと幸せがにげるってバダックさんが言っていたわ。」
「あの人の言いそうなことですが、生憎おれには逃がせるだけの幸せが残っていま……」
エピロははっと振り返り、声の主を見つめた。
「レオナ王女! どうしてここに! バダックさんは? バロンさーん、姫様はここでーす! ああもう、とにかくルーラで戻りますよ、姫!」
「おちつきなさい!」
両手で痩せこけた頬を挟み込まれ、エピロは沈黙した。
「その顔のまま街にもどるつもりかしら?」
「
エピロは湖を覗き込み、自らの鏡像を確認した。紫の髪。長い下睫毛。うっすらピンクがかった肌。黒地に金の瞳の眼。カチューシャの飾りにも見える小さな金色のツノ。
「〜〜〜〜〜〜⁉︎」
声にならない悲鳴が上がる。モシャスが切れていることに、今の今まで気が付かないでいたのだ。
「にぇ⁉︎ ナンデ! いつから!」
「気がつかなかったのかしら。さっきわたしがあなたの背中から零の洗礼をあびせたのよ。」
「な!」
零の洗礼。アストルティアの賢者が使う特技で、対象にかかっている良い効果を吹き飛ばす術。正義にも悪にも偏らず、それらを冷静に俯瞰する悟りを開いた者こそ真の賢者。その賢者が扱う純粋な『零』の魔法力を撃ち出すことで相手を零の状態に近づける呪法。凍てつく波動と結果は同じだが原理は異なり、効果範囲も狭い。
「その特技はアストルティアの! どうして貴女が!」
「これよ。」
そう言ってレオナが取り出したのはボロの羊皮紙を束ねただけの粗末なノートだった。それは間違いなくエピロが手ずから書き留めた研究資料。ただしそれは出世のテムジンを釣るエサとして提出するための研究ではなく、自らの強化を目的とした研究を束ねた資料だった。
零の洗礼や
「半年前、おれとロメウスの部屋は空き巣にあいました。狙われたのはおれの研究成果です。犯人の目星はついていましたし、放っておいても害はないと思ったのですが、その資料を知ってしまったならば話は別ですね。」
「いいえ。ぬすんだ人はこれを解読できていないわ。そのまま捨てるのももったいなくてダメもとでわたしにおしつけたのよ。」
「では、王女殿下が解読を?」
「ぜんぶはむりでも、光とか闇とか、くりかえし使われている単語なんかは意味のすいそくができた。それでこの零の洗礼は習得できたの。それ以外はまるでダメだったわ。」
「貴女以外にこれを読んだ人は?」
「いないわ。読まないときはずっとカギつきの引き出しに入れていたもの。」
そう言ってレオナはノートを差し出した。
「そうですか。確かに、受領しました……
ノートをそっと受け取り、湖目掛けて放り投げ、念には念をと極大呪文で焼き尽くす。巨大な火球がノートを包み、火柱を上げる。後には灰塵一つも残さない。
「すごい。あなたずいぶん能あるタカだったのね。」
「使っちゃいけない呪文です。この世界においては一部の極大呪文は神々のもの。人間に許されたのは
「でも、その2つにも上があるんでしょう。」
「最近の6歳児は恐ろしい。おれが6歳だった時の100倍は頭がいい。……ベギラゴンの上には
「教えて、と言ったら?」
「教えられない、とだけ。契約魔法陣が存在しませんし、おれもそれを描くことは不可能です。それに、この世界のバランスを崩したときは
今頃バランはどうしているだろうか。我が子と再会し、親子水入らずで暮らせているといいが、そうエピロは思った。もうバランが戦う必要はないのだ。ハドラーは倒れ、ヴェルザーも封印されている。どこか綺麗な景色の人の場所。かつて暮らしていたテランの外れの小屋に戻っているやも。この仕事が終われば、一度顔を見せに行くのもいいかも知れない。
「美しい…………そう思ってくれているのね……他の兵士たちはあなたにずいぶん意地悪したのに。」
「織り込み済みですから。全てを承知でおれは潜入したのです。ある未練を断ち切り、哀れな魂を解き放つために。」
「テムジンに殺された魔族の人たちね。」
「!……なぜそれを…………いや、あの人たちの差金でしょうね。零の洗礼を用いれば、あの塚にかけた隠匿呪法を暴ける。」
レオナは隠匿呪法が存在していることには気が付いていた。時折王都を抜け出しては森の中を探索していた。だがその結界を暴く術を持たなかったところ、偶然エピロのノートを手に入れた。そして結界を暴いたのだ。ほんの、好奇心からだった。純粋無垢な子供ゆえに、賢者の悟りを開くことができ、それどころか魂を見据える力をも身につけていた。一般人には見えないはずの死霊と対話することに成功していたのである。
「あの人たちはわたしに頭を下げたわ。パプニカの王女であるわたしのことだって憎かったはずなのに。あなたを助けて欲しいと。このままだとあなたは死んでしまうと。」
「デスマスターは死なない……」
「身体はそうでも心が死んでしまうわ!」
それは悲痛な叫びだった。
「ここ…ろ……が?」
「……デルパ。」
王女は魔法の筒を取り出し、開放の呪文を唱えた。白い煙と共に優しい緑の巨体が飛び出してくる。
「ベホマン!」
「ぴぃ!」
スライムベホマズンはその巨体でもってエピロを押し倒し、自らにもたれ掛けさせた。
「はは……ベホマンは……あったかいなぁ。」
「悪いことは言わないわ。あなたはもう手を引いて。その子と一緒にあなたのいるべきところへ帰って。」
「帰れないんですよ。どうやって来たかも分からない。」
「どうして? あなたも魔族なら魔界から来たはずでしょう。」
「おれ達は魔界以前に、アストルティアの民です。」
レオナはアストルティアについて勘違いしていた。それを魔界の一国の名前と思っていた。エピロが
「アストルティアは異世界です。この世界の地上と魔界のような単純な、地上地下の関係じゃあなく、まるっきり異世界なんです。それも次元を隔てた遠い遠い世界。」
単に別次元だというならアビスジュエルで帰還できた。アストルティアの地上と魔界は地上地下であると同時に次元の壁をも隔てていたからだ。しかしそれで帰還できなかった以上、次元と次元の距離も遠く離れているのだと理解せずにはいられなかった。
「誰が何のためにおれを連れて来たのかもわからない。ただの自然現象の可能性すらあるんですよ。或いはいわゆる……」
「神隠し。」
ありえないとは言えなかった。エピロは確かに神ではないが、かといって彼に抵抗一つ許さず引き込むのなら相当な強者でなければ不可能だ。それこそ神そのものか、それの生み出した摂理によってこの世界に放り出された可能性がある。
「夢なら、いい夢だった、美しい世界だった、で済むんですがね。」
頬を叩いても、ハリセンでどついても、
「この国は賢者の国。であれば世界を渡る伝承くらい伝わっているのでは?」
「それは……たしかに……いくつかは……」
「まぁ、今それは
「は?」
今の今まで深刻な表情をしていたくせに、エピロはどうでもいいとはき捨てた。
「どんな世界であろうとも、おれはデスマスターです。仕事を途中で投げ出しては、おれは自分に誇りを持てなくなる! もう
彼の目はデスパワーで蒼く染まるにとどまらず、狂気の光を湛えていた。説得は不可能だとレオナは悟った。
「わたしがあなたをそれでも止めると言ったら?」
「王女殿下に記憶処理を施すことになりますね。」
「わたしがあなたを魔族だと告発したら?」
「あなたはそれをしない。なぜならこの国で魔族は生きていることが罪。その罰は死あるのみ。そうテムジンが定めてしまいましたから。それをしたが最後、あなたはおれを殺すことになる。それは不本意でしょう。」
「あなたは逃げられる。」
「逃げません。」
「あなたはこの国を滅ぼせる。」
「滅ぼしません。あの人におれを殺させるわけにはいかない。」
「ベホマンはどうするの⁉︎」
「もしものときはロモス王が面倒を見てくれます。ですからどうかお願いです。おれにおれであることを辞めさせようとしないで下さい、殿下。」
エピロは膝を付き、うやうやしく頭を下げた。レオナは理解した。もし彼女が
「例え出自や種族を偽ろうとも、我が忠誠と親愛に一点の偽りなし。」
魔法師団所属の兵士として彼の忠誠は国王、ひいてはパプニカ王国に。そして親愛は親しくしてくれたパン屋の店主であったり、贔屓の魔法具店のアルバイトであったり、助けた村の子供であったり。彼の出会ったパプニカの民に。
テムジンは国家転覆を企む邪悪。放っておけばパプニカは腐った果実も同然になるだろう。いや、すでに一部は腐っているのだ。すぐさま排除しなければ、この国は終わりだとエピロは理解しているのだった。
「あの男に王者の器はない。民あってこその王という理解がない。周りを利用することしか考えない掛け値なしの外道です。ですがあの男はあまりにも高い位置にいる。パプニカの枢軸に食い込んでいる。切除には痛みを伴うでしょう。しかし放置すればその痛みはさらに大きくなる。どうか、おれに友人を見捨てて逃げろ、などと仰らないで下さい。」
「エピロ……」
彼はパプニカを美しい国と言った。そこに住まう人々を好ましく思っていた。この国そのものに愛着を抱いていた。
「テムジンを排するには証拠も何もかも足りません。おれは何としてでも奴の懐に入り込む必要がある。奴の罪を暴こうとする者は死者の声を聞ける者だけなのです。」
「だったら!」
「ぴぴ。」
レオナの合図でベホマンが王冠をどけるとそこには黒いフレームの眼鏡が隠されていた。
「『オカルトメガネ』……」
「これを解析して量産できないかしら?」
「したところで、どうなります? 魔族の言葉に耳を傾けて下さるのは貴女だけです。」
「だったら、せめてわたしかお父様が動くべきよ!」
「王族の責は重い。証拠がないのに軽々しく動いてはなりません。私1人が動く分には、切り捨てるのも容易。」
「切り捨てるなんて!」
「失敗したらばそうすべきです。王族が権威をなくした王国は、脆い。失礼!」
エピロはレオナに人差し指を向けた。
「全て片付いたならば、この咎、極刑であろうとお受けしましょう。
「あぁっ……うぅ……」
記憶処理を施され、レオナはしばらくぼうっとしていた。
「わたしは…」
「帰りましょう、殿下。あまりバダックさんを困らせてはいけません。」
独自設定
・極大蒸発呪文
イメージはゴ◯ラ-1、0の熱線。着弾地点の固体が一瞬で気体になり、水蒸気爆発を引き起こす。オリハルコンでも溶けかねない。ギラグレイドの漢字表記は調べても分からなかったのでこうなった。
・極大臨界呪文
イオナズンより遥かに大規模な爆発を引き起こす。公式の漢字表記は呪文限界突破なのだが、統一感を出すために漢字表記を捏造。極大呪文のさらに上があると判明したのはイオグランデが発見されたから別名呪文限界突破、などと考察してみる。